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渡る世間に鬼はなし
神子の浄化
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神子を乗せた真っ白な馬車は周囲を騎士に守られながらゆっくりと王都の中心を城壁へと進む。
遂に神子の浄化の旅が始まったのだ。
王都一の大通りの集まった民衆は馬車の窓からにこやかに手を振る光の神子様とその隣に寄り添う第2皇子に花を降らせながら歓声を上げる。沿道に並ぶ人、窓やバルコニーから身を乗り出す人、馬車と並走しようとする子ども達。みんな当代の神子様が転移前の世界で負った深い心の傷を治して、今度は自分たちの世界を守ろうとしてくださっていると知っていた。この穏やかで健気な青年が自分たちを苦しめる瘴気を払ってくださることに感謝をし、旅の無事を祈って主神様の一層の祝福を祈る。
浄化は約1年程かかる大変な行程だ。浄化の力を十分に使役できるようになった神子はまず王都周辺に漂っている薄い瘴気を浄化しながら徐々に各領に蔓延る瘴気へと移動していく。王都から離れて主神の加護が薄まるにつれて瘴気の濃度も濃くなっていく。神子は瘴気との付き合いを実践で学びながらその力を鍛え、最終的には国境に淀む一際濃い瘴気を浄化して全ての役割を終えるのだ。同じように瘴気に苦しむ周辺国からの要請に応じて派遣されることもあるが、これは神子が自国を浄化し終えてからの話となる。
割れんばかりの歓声を受けながら神子を乗せた馬車は城壁をくぐって外へ旅立つ。後ろで扉が閉じられると同時に遠のいた歓声を背にあおいは憂鬱な溜息をついた。
「僕にちゃんと浄化が出来るのかな。」
「もちろんだよ。あおいは魔力もうまく操れるようになったし主神様の加護だってある。それに、私がいつでも隣にいるでしょう。」
自分を神か何かのように希望にあふれた目で見上げていた人々の期待にしっかり応えることが出来るのか、不安になって目線を下げるあおいの手をニコラウスは両手で包み込む。
「何も怖がることはないよ。あおいが自分を信じられないなら、私を信じて。」
ね?と微笑むニコラウスにつられてあおいも笑顔になる。全幅の信頼を置き、自分を何よりも大切に思ってくれるニコラウスが離れず傍にいてくれるのなら、力はいくらでも湧いてくるように思えるのだ。
そこから数日、アオイを乗せた馬車は一番近い瘴気だまりへと到着した。降り立った村は寂れ、人が暮らしていたであろう痕跡をわずかに残して朽ち果てようとしている。辺りには薄暗い霧が立ち込め、雑草も生えない灰色の景色が広がるばかりである。雰囲気に負けそうになる自分をふっと奮い立たせたあおいは自身の周りに浄化を付与した鎧を出現させた。これがある限り、あおいが瘴気に取り込まれることはない。後は瘴気の中心に自らの魔力を流し込むだけである。
瘴気には近づけない他の兵たちが見守る中、あおいは1人で淀みの中心へと近づいていく。
それから四半刻ほど、周囲が心配でおろおろし始めた時、黒く渦巻いていた瘴気に変化が訪れた。あおいが消えた方、一番瘴気が濃い辺りからわずかに光が漏れ出してきたのである。その光は徐々に力を増して闇を散らす。光にさらされた瘴気は粉々になるように崩れ去り、やがてキラキラした結晶となって空へと昇ってゆく。まるでダイヤモンドダストのように光り輝き舞う結晶の中心に白い衣をまとったあおいが立ち尽くしている様は一幅の絵画のように神聖であった。光の神子の名の通り、幻想的な光に包まれる当代神子の姿に誰からとはなく跪く。空を見上げるあおいの目から零れる涙ですら、その美しさを際立たせるものであった。
皆がその神秘的な光景に見惚けている中、あおいの体がぐらりと傾いた。咄嗟に駆けだしたニコラウスはあおいが地面とぶつかる直前にその体を抱き留めた。
「魔力の使い果たしたのだ。すぐに薬湯を用意せよ。」
その一言で周りが慌ただしく動き出す中、ニコラウスはあおいを天幕へと運び込む。何かにうなされるようにもがく彼を寝台に寝かせ、侍女が手渡した薬湯の器を傾けてその口に流し込む。少しずつ喉が動くのを確認しながら更に数度飲ませると、ようやくあおいが目を開いた。
「ぅうん…ニコ…?」
「あおい、起き上がらないで。そのまま寝てて。気分はどう?」
「頭がぼんやりする…。僕どうなったの?」
「魔力を使い果たして倒れたんだ。けれど浄化は成功したよ。初めてなのによく頑張ったね。」
えらいえらいと頭を撫でるニコラウスにあおいは不安げに問う。
「でも、僕何があったのかほとんど覚えていない。」
「それも主神様の加護なのかもね。瘴気の中心は実におぞましいと聞くから忘れていた方がいいかもしれないよ。」
「そうなのかな…」
今日はゆっくり休むんだよ、と告げてあおいを穏やかな眠りに誘ったニコラウスはいまだ頭を撫でながらほくそ笑む。王族である彼はあおいが瘴気の中で何を見、どのような体験をしたのか知っている。今回は比較的薄い瘴気であったためあおい自身は覚えていないようであるが、これから濃いものと対峙していけばそうはいかないだろう。あおいの心がこの1年で折れないように、それが帯同するニコラウスの使命であった。
遂に神子の浄化の旅が始まったのだ。
王都一の大通りの集まった民衆は馬車の窓からにこやかに手を振る光の神子様とその隣に寄り添う第2皇子に花を降らせながら歓声を上げる。沿道に並ぶ人、窓やバルコニーから身を乗り出す人、馬車と並走しようとする子ども達。みんな当代の神子様が転移前の世界で負った深い心の傷を治して、今度は自分たちの世界を守ろうとしてくださっていると知っていた。この穏やかで健気な青年が自分たちを苦しめる瘴気を払ってくださることに感謝をし、旅の無事を祈って主神様の一層の祝福を祈る。
浄化は約1年程かかる大変な行程だ。浄化の力を十分に使役できるようになった神子はまず王都周辺に漂っている薄い瘴気を浄化しながら徐々に各領に蔓延る瘴気へと移動していく。王都から離れて主神の加護が薄まるにつれて瘴気の濃度も濃くなっていく。神子は瘴気との付き合いを実践で学びながらその力を鍛え、最終的には国境に淀む一際濃い瘴気を浄化して全ての役割を終えるのだ。同じように瘴気に苦しむ周辺国からの要請に応じて派遣されることもあるが、これは神子が自国を浄化し終えてからの話となる。
割れんばかりの歓声を受けながら神子を乗せた馬車は城壁をくぐって外へ旅立つ。後ろで扉が閉じられると同時に遠のいた歓声を背にあおいは憂鬱な溜息をついた。
「僕にちゃんと浄化が出来るのかな。」
「もちろんだよ。あおいは魔力もうまく操れるようになったし主神様の加護だってある。それに、私がいつでも隣にいるでしょう。」
自分を神か何かのように希望にあふれた目で見上げていた人々の期待にしっかり応えることが出来るのか、不安になって目線を下げるあおいの手をニコラウスは両手で包み込む。
「何も怖がることはないよ。あおいが自分を信じられないなら、私を信じて。」
ね?と微笑むニコラウスにつられてあおいも笑顔になる。全幅の信頼を置き、自分を何よりも大切に思ってくれるニコラウスが離れず傍にいてくれるのなら、力はいくらでも湧いてくるように思えるのだ。
そこから数日、アオイを乗せた馬車は一番近い瘴気だまりへと到着した。降り立った村は寂れ、人が暮らしていたであろう痕跡をわずかに残して朽ち果てようとしている。辺りには薄暗い霧が立ち込め、雑草も生えない灰色の景色が広がるばかりである。雰囲気に負けそうになる自分をふっと奮い立たせたあおいは自身の周りに浄化を付与した鎧を出現させた。これがある限り、あおいが瘴気に取り込まれることはない。後は瘴気の中心に自らの魔力を流し込むだけである。
瘴気には近づけない他の兵たちが見守る中、あおいは1人で淀みの中心へと近づいていく。
それから四半刻ほど、周囲が心配でおろおろし始めた時、黒く渦巻いていた瘴気に変化が訪れた。あおいが消えた方、一番瘴気が濃い辺りからわずかに光が漏れ出してきたのである。その光は徐々に力を増して闇を散らす。光にさらされた瘴気は粉々になるように崩れ去り、やがてキラキラした結晶となって空へと昇ってゆく。まるでダイヤモンドダストのように光り輝き舞う結晶の中心に白い衣をまとったあおいが立ち尽くしている様は一幅の絵画のように神聖であった。光の神子の名の通り、幻想的な光に包まれる当代神子の姿に誰からとはなく跪く。空を見上げるあおいの目から零れる涙ですら、その美しさを際立たせるものであった。
皆がその神秘的な光景に見惚けている中、あおいの体がぐらりと傾いた。咄嗟に駆けだしたニコラウスはあおいが地面とぶつかる直前にその体を抱き留めた。
「魔力の使い果たしたのだ。すぐに薬湯を用意せよ。」
その一言で周りが慌ただしく動き出す中、ニコラウスはあおいを天幕へと運び込む。何かにうなされるようにもがく彼を寝台に寝かせ、侍女が手渡した薬湯の器を傾けてその口に流し込む。少しずつ喉が動くのを確認しながら更に数度飲ませると、ようやくあおいが目を開いた。
「ぅうん…ニコ…?」
「あおい、起き上がらないで。そのまま寝てて。気分はどう?」
「頭がぼんやりする…。僕どうなったの?」
「魔力を使い果たして倒れたんだ。けれど浄化は成功したよ。初めてなのによく頑張ったね。」
えらいえらいと頭を撫でるニコラウスにあおいは不安げに問う。
「でも、僕何があったのかほとんど覚えていない。」
「それも主神様の加護なのかもね。瘴気の中心は実におぞましいと聞くから忘れていた方がいいかもしれないよ。」
「そうなのかな…」
今日はゆっくり休むんだよ、と告げてあおいを穏やかな眠りに誘ったニコラウスはいまだ頭を撫でながらほくそ笑む。王族である彼はあおいが瘴気の中で何を見、どのような体験をしたのか知っている。今回は比較的薄い瘴気であったためあおい自身は覚えていないようであるが、これから濃いものと対峙していけばそうはいかないだろう。あおいの心がこの1年で折れないように、それが帯同するニコラウスの使命であった。
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