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渡る世間に鬼はなし
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涼貴を取り巻く状況は刻一刻と悪化してきていた。
瘴気を自身に引き寄せている涼貴が邪神の使いであるというのはもはや共通認識。神子が浄化の旅に出られて王都にいないのをいいことに、この国の要である王族と大神殿を一気に攻め落とそうとしている、なんという噂までまことしやかに囁かれ始めたせいでタウンハウスの周囲では怒りに満ちた群衆が涼貴を殺してしまえと暴動を起こすまでになった。彼らは自分たちの怒りと恐れが瘴気にとっての恰好の餌であることも理解せず、日に日に膨らむ靄を全て涼貴のせいとしてさらに激しく抗議の声を上げる。
そんな中、アマデウス家に対する風当たりも厳しくなってきていた。貴族連中からは涼貴をすぐに処刑せず野放しにしたために国を危険にさらしたとなじられ、神殿からは邪神の使いを今なお庇い立てる異端者であると糾弾される。民衆からも国に忠誠を誓うアマデウス家が乱心したと疑いの目を向けられた。早く涼貴を差し出して処刑を執行せよと騒ぎ立てる周囲をよそに、王は登城した親子にただ一言、この混乱を招いた責をどう取るかと問うた。
コンラッドを筆頭とするアマデウス家の答えは最初から1つしかない。彼らは涼貴を自らの領に引き受けると答える。どよめく者をちらりともせず、王を見据えたコンラッドは良く響く声でこう告げた。
「現在あの男を殺すことは出来ません。なにしろ瘴気を周囲に従えております。刑を執行しようにもまず近づくことさえ困難でしょう。ここはひとまずあの脅威を王都から出来るだけ遠くの地へと追いやることが先決かと存じます。他国との関係上、国外追放は望ましくないため、我が領地の東端に幽閉するのが最適かと。そもそもあの者を生きて王都に留まらせたのは我が家の責。我が領に瘴気を一手に引き受けるという形で我らの罪を償わせてはいただけないでしょうか。」
宰相が声を震わせながら聞く。
「そなたの息子エルヴィスは奴に一度魅了されて操られておった。そなたらも同様に操られていないとどうして信じることが出来る?」
「そのことでしたら、王が一番よく分かっておられるのではないかと。もし我らが国に剣を抜くことを恐れておいででしたら、私の名に懸けてここに誓いましょう。あの男を我が領に迎え手段が整い次第、全国民の前で処刑を致します。その際、執行人には我が息子エルヴィスを。」
貴族界に多大な影響力を及ぼし、常に正義を貫くコンラッドが自分の名前に誓った。この宣誓に正面切って意見できる者など多くはない。
「ふむ、確かにそなたらは正気であるようだな。」
王は薄く笑みを受けべながら続ける。
「しかしこの先どのようなことが起きるか。邪神の使いを自領に引き取った者たちを国政に深くかかわらせるのはあまりに危険だとは思わんか?」
「どういうことでしょうか?」
「そなた達が国に反旗を翻す可能性があると言っているのだ。コンラッドよ。」
王の言葉に今度こそ室内は恐慌状態に陥る。真実を見通す目を持った王が告げる内容に疑いを挟む余地もない。国の守護を一手に担ってきたアマデウス家の裏切りが予言されたも同然だ。
「王よ、それは余りにも屈辱的なご発言。建国当初より続く我らの忠誠を疑っておられるのですか?我らは一度誓った内容を覆すことはございません。」
「ふっ…ではここに邪神と相対することがあればそなたらは主神様と我が国のために戦うと誓え。さもなくばアマデウス家は国賊であるとこの場で断じてくれよう。」
「そのようなこと既に誓っているも同然。私の名において今後とも我々アマデウス家は、主神様と我が国を守護する盾、敵とあらば邪神とて打ち砕く剣となることを、改めてここに誓います。」
王を含む重鎮貴族全てが証人となる中、コンラッド達はアマデウス家がこれからも王家のために働くと誓うことでようやくその場を収めることが出来た。
「邪神の使いをアマデウス領に引き取る際、神殿より監視者を派遣しよう。そなたらに少しでも怪しい動きがあれば即刻裏切り者として処分する。肝に銘じて置け。」
「「はっ」」
コンラッドとエリオットは再び平伏して王の御前から退いた。
「父上、仕方なかったとはいえ、本当にあのような誓いを立てて良かったのですか。」
「心配するな。策を弄するのは好かんが、それしか涼貴を保護する道がなかったからな。まあ、王はもう勘づいておるかもしれんが。」
困った顔をする息子を見遣りながらコンラッドは笑う。彼はまっすぐな人間ではあるが、長年の貴族生活でごまかしの1つや2つは容易く言える。もし本当に涼貴と敵対する時が来たら誓いの穴などいくらでもついてやろう。
こうやって、涼貴はアマデウス領へと移送されることとなった。国民からの憎悪は消えることなく常に瘴気に取り込まれて涼貴を苛んだし、アマデウス一族もこの一件で反逆の意思があるなどと告げられた以上大人しく領地に籠るしかなくなってしまった。唯一の救いは、エリオットによって説明を受けていた領民が比較的穏やかに涼貴を受け入れてくれたことだった。
瘴気を自身に引き寄せている涼貴が邪神の使いであるというのはもはや共通認識。神子が浄化の旅に出られて王都にいないのをいいことに、この国の要である王族と大神殿を一気に攻め落とそうとしている、なんという噂までまことしやかに囁かれ始めたせいでタウンハウスの周囲では怒りに満ちた群衆が涼貴を殺してしまえと暴動を起こすまでになった。彼らは自分たちの怒りと恐れが瘴気にとっての恰好の餌であることも理解せず、日に日に膨らむ靄を全て涼貴のせいとしてさらに激しく抗議の声を上げる。
そんな中、アマデウス家に対する風当たりも厳しくなってきていた。貴族連中からは涼貴をすぐに処刑せず野放しにしたために国を危険にさらしたとなじられ、神殿からは邪神の使いを今なお庇い立てる異端者であると糾弾される。民衆からも国に忠誠を誓うアマデウス家が乱心したと疑いの目を向けられた。早く涼貴を差し出して処刑を執行せよと騒ぎ立てる周囲をよそに、王は登城した親子にただ一言、この混乱を招いた責をどう取るかと問うた。
コンラッドを筆頭とするアマデウス家の答えは最初から1つしかない。彼らは涼貴を自らの領に引き受けると答える。どよめく者をちらりともせず、王を見据えたコンラッドは良く響く声でこう告げた。
「現在あの男を殺すことは出来ません。なにしろ瘴気を周囲に従えております。刑を執行しようにもまず近づくことさえ困難でしょう。ここはひとまずあの脅威を王都から出来るだけ遠くの地へと追いやることが先決かと存じます。他国との関係上、国外追放は望ましくないため、我が領地の東端に幽閉するのが最適かと。そもそもあの者を生きて王都に留まらせたのは我が家の責。我が領に瘴気を一手に引き受けるという形で我らの罪を償わせてはいただけないでしょうか。」
宰相が声を震わせながら聞く。
「そなたの息子エルヴィスは奴に一度魅了されて操られておった。そなたらも同様に操られていないとどうして信じることが出来る?」
「そのことでしたら、王が一番よく分かっておられるのではないかと。もし我らが国に剣を抜くことを恐れておいででしたら、私の名に懸けてここに誓いましょう。あの男を我が領に迎え手段が整い次第、全国民の前で処刑を致します。その際、執行人には我が息子エルヴィスを。」
貴族界に多大な影響力を及ぼし、常に正義を貫くコンラッドが自分の名前に誓った。この宣誓に正面切って意見できる者など多くはない。
「ふむ、確かにそなたらは正気であるようだな。」
王は薄く笑みを受けべながら続ける。
「しかしこの先どのようなことが起きるか。邪神の使いを自領に引き取った者たちを国政に深くかかわらせるのはあまりに危険だとは思わんか?」
「どういうことでしょうか?」
「そなた達が国に反旗を翻す可能性があると言っているのだ。コンラッドよ。」
王の言葉に今度こそ室内は恐慌状態に陥る。真実を見通す目を持った王が告げる内容に疑いを挟む余地もない。国の守護を一手に担ってきたアマデウス家の裏切りが予言されたも同然だ。
「王よ、それは余りにも屈辱的なご発言。建国当初より続く我らの忠誠を疑っておられるのですか?我らは一度誓った内容を覆すことはございません。」
「ふっ…ではここに邪神と相対することがあればそなたらは主神様と我が国のために戦うと誓え。さもなくばアマデウス家は国賊であるとこの場で断じてくれよう。」
「そのようなこと既に誓っているも同然。私の名において今後とも我々アマデウス家は、主神様と我が国を守護する盾、敵とあらば邪神とて打ち砕く剣となることを、改めてここに誓います。」
王を含む重鎮貴族全てが証人となる中、コンラッド達はアマデウス家がこれからも王家のために働くと誓うことでようやくその場を収めることが出来た。
「邪神の使いをアマデウス領に引き取る際、神殿より監視者を派遣しよう。そなたらに少しでも怪しい動きがあれば即刻裏切り者として処分する。肝に銘じて置け。」
「「はっ」」
コンラッドとエリオットは再び平伏して王の御前から退いた。
「父上、仕方なかったとはいえ、本当にあのような誓いを立てて良かったのですか。」
「心配するな。策を弄するのは好かんが、それしか涼貴を保護する道がなかったからな。まあ、王はもう勘づいておるかもしれんが。」
困った顔をする息子を見遣りながらコンラッドは笑う。彼はまっすぐな人間ではあるが、長年の貴族生活でごまかしの1つや2つは容易く言える。もし本当に涼貴と敵対する時が来たら誓いの穴などいくらでもついてやろう。
こうやって、涼貴はアマデウス領へと移送されることとなった。国民からの憎悪は消えることなく常に瘴気に取り込まれて涼貴を苛んだし、アマデウス一族もこの一件で反逆の意思があるなどと告げられた以上大人しく領地に籠るしかなくなってしまった。唯一の救いは、エリオットによって説明を受けていた領民が比較的穏やかに涼貴を受け入れてくれたことだった。
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