悪役神子は徹底抗戦の構え

MiiKo

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アマデウス侯爵領

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ユスタリア王国の東に位置するアマデウス侯爵領。王国の国境半分を覆うように広がる広大な領地には肥沃な大地が広がり、農業工業共に盛んな街々には活気あふれる市場が形成されている。周囲にはその豊かな土地を守るように長大な城壁が築かれており、アマデウス侯爵家の私軍が守りを固めている。侯爵領はユスタリア王国に属しながらもその特徴から、もはや1つの国といっても過言ではない。

その東端、侯爵領と幽寂の荒野と呼ばれる未開の地を区切るように存在する深い森に涼貴はいた。処刑までの間幽閉するという名目でアマデウス侯爵領へと移送された涼貴は、森に建てられた簡素な小屋で毎日を過ごしていた。小屋へは数日に一度侯爵家の使いが食料を持ってくる以外に訪れる者はいない。時を見てはエルヴィス達が様子を確認しに来るが、彼らもまた監視をつけられているために、表立って涼貴を支援することは出来ない。何よりも涼貴の周囲には常に瘴気が付き纏うため、普通の人間には近づくことすら不可能であった。

それでも、涼貴は現状を気に入っていた。最初コンラッドは彼に自分たちの城付近に留まることを進めたが、その活気あふれる城下町と心優しい領民に瘴気の影響が出ることを恐れた涼貴が固辞したのである。そのため、人里離れたこの森は涼貴にとっては願ってもいない場所だったのだ。森は枯れつつあるが、それでも自分がもたらす被害の中では最小限に抑えられている。自分に優しく接する人々を傷つけることなく済んでいる、というのは涼貴にとってはそれだけで何物にも代えがたい価値があった。

彼は毎日減ることなく訪れる瘴気に自身の魔力を与え続け、その合間に半透明な者たちと少しの会話をすることが日課だった。瘴気の大きさや濃さによっては魔力を使い果たしてしまうことなど稀ではなく、黒い塊が我先にと魔力に貪りつく様子など何度見ても慣れることはない。その量とおぞましさに身体的にも精神的にも苦痛を与えられ続けている涼貴は、やはり疲れ切って憔悴してしまう。その中で、少しの間でも知性のある他の種族、といってももう死んでいるのだが、と会話をすればそれだけで心が満たされた。彼らは、ヘドロになった魂とは違って涼貴の負担を理解し出来る限り疲れさせないようにと気を使ってくれるので、ありがたいことこの上ない。更には、自分たちを死へと送り届けてくれる涼貴に感謝と尊敬の念も忘れないので、彼はこの終わりの見えない苦行を続ける意義を見失わずに済むのである。

もう一つ、涼貴を奮い立たせる原動力となっているモノがある。彼の首にかけられているネックレスである。この森に入る前にエルヴィスから手渡されたシンプルなチェーンのそれにはアマデウス侯爵家の家紋が入ったプレートと共に歪な銀色の塊がついていた。涼貴の指輪である。正気を失っていた涼貴が自ら壊したその指輪をエルヴィスは騒乱の中で拾い上げ、涼貴が落ち着いたら返そうとずっと大事に保管していたのだ。一見すればただのごみのようなそれは、涼貴の心が折れないためには欠かせない支え。本来ならばこんな形で渡したくはなかったのだが…と告げるエルヴィスは辛そうだったが、彼がこれを持っていてくれたおかげで涼貴は今でもへこたれずに生きている。

久しぶりにヘドロが視界に入らない朝。薄いベッドから起き上がった涼貴は、保存食のパンと乾燥したジャーキーのような肉を嚙みながら外へ出る。厚い靄が光を遮る森の中はお世辞にも爽やかとは言えないが少なくとも新たな朝を迎えられたことに違いはない。うーん、と1つ伸びをしてこれから訪れるであろう地獄に心を備える。どこに隠れていたのか朝日を背に飛ぶ鳥の影を眺めて、さて、今日も一日頑張っていこう、と指輪にキスを落としていると、何者かの視線を感じた。

「誰だ!!」

こんな瘴気渦巻く森の中に涼貴以外の人間が入り込むことなど0に等しい。怪しい人物…暗殺でもするつもりか!と警戒して辺りを見回してみても立ち枯れた木が並ぶだけで何も動くものはない。自分の気のせいだったのだろうか、と首を傾げているうちにヘドロの大群が押し寄せ、涼貴はすぐに朝の違和感など忘れてしまった。
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