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アマデウス侯爵領
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いよいよ涼貴処刑の日は2日後に迫っていた。
涼貴と勲美の魔力操作も、サフィエレイア指導のもとめきめきと上達し、今では2人とも術を組むことなく一通りの攻撃と防御を習得した。特に勲美はエルフ族にも引けを取らない程の魔力量で広範囲に強力な魔法を発動する術まで身につけるに至っていた。
脱出経路についても、こちらはアマデウス家主導のもと念入りな準備がなされ、涼貴が今いる東の森から隣接している荒野へと抜ける手はずとなっている。処刑はアマデウス領の中心、アマデウス侯爵家の城下に広がる大広場で行われるため、涼貴につけられている監視もほとんどがそちらに随行するだろう。そうやって手薄になった監視の隙をついて、涼貴の処刑が大々的に行われた日の夜に闇に紛れて発つ予定だ。身を隠すことの難しい荒野の移動に関してはサフィエレイアが羽織っていたマントの予備を被ることで人からの認識が困難になるらしい。ついてきてくれるオットーとニブの2人に関しては怪しまれないように別行動をし、道中のある地点で落ち合う。
手筈の最終確認と、涼貴達の旅の準備を全て整えて持ってきてくれたエルヴィスが緊張した面持ちでこう告げる。
「今日の夜には王族やその他処刑に参加する王侯貴族が続々とこちらに到着する。そのため、私がここに来れるのもこれが最後だろう。」
きりっとした騎士の顔でこちらを見つめるエルヴィスの目に浮かぶ一抹の寂しさを見て、涼貴はぐっと下唇を噛む。
先週コンラッドが最後の別れを告げた後も別れる辛さと自分助けることによって彼らが直面するであろう未来が想像できてしばらく涙が止まらなかった。なぜ彼らは命を失うかもしれないのにこれほど平然としていられるのか。どうしてそんな覚悟を決めた顔を俺に見せるんだ。自分に一体どれだけの価値があるというのか。自分たちの信念の為だと何度聞かされても自分のせいで大事な人の命が失われるかもしれないなんて涼貴には耐えられない。エルヴィス達、アマデウス侯爵領に住んでいる領民たち、自分に手を貸してくれる全ての人たち、彼ら全ての命を背負い彼らの犠牲の上に助けられるなら自分1人が傷つくほうがよっぽどマシである。もうやめてくれ、俺を差し出して殺せばいいだろう、と叫べればどれほどよかっただろう。だがそんな言葉で目の前の男の決意を動かすことなど出来ないのは分かりきってる。だから涼貴には唇を嚙みしめてその重みに耐えるしかないのだ。
こちらも覚悟を決めて最後の別れくらい毅然としようとした努力も空しく、涼貴の目からは音もなく涙があふれる。こちらに来てから涼貴の涙腺は随分と緩くなってしまった。日本にいる時には人の死なんてこんな身近になかったのだから仕方がない。簡単に人が傷つけられ、殺されるなど遠い世界の話だった。一度別れれば二度と会えないかもしれないという悲壮感など想像したこともなかった。
「涼貴、君の心は痛い程伝わる。だが、我々は覚悟を決めた。この先何が起ころうとも涼貴を逃がすことに何の後悔もないのだよ。それに、我々とてそう易々と死んだりはしない。」
泣きながら、それでも真っすぐにエルヴィスと目を合わせる涼貴に落ち着いた声で語りかける。
「これは私とエリオットから。袋はマーサとマルタが編んだものだ。皆君に会えなくなっても君を大事に思っていることに変わりはない。だから、必ず無事でいなさい。」
エルヴィスに手渡されたのは温かな毛糸で編まれた手のひらに収まる小さなポーチ。中には500円玉ほどの大きさの琥珀色に輝く石が入っている。
「この石は邪悪を寄せ付けないという迷信があってね、家を出る子ども達に母親が袋を作って贈る習慣があるんだ。」
「う゛ぅ……」
袋を胸に抱いて呻く涼貴の背を勲美が撫でる。エルヴィスとの別れを邪魔しないように離れて見守っていたが、あまりに泣く涼貴に耐え切れずやって来たのだろう。
「それに涼貴、そこまで悲観しなくていい。オットーとニブには私と連絡が取れる通信魔道具を持たせる。いつでもそれで我々に会えばよい。」
この凛々しい青年でも死というものには耐性がないのだろう。人の苦しみには人一倍敏感な彼は泣きながら、それでも力強い目でエルヴィスを見据える。あぁもっと別の形で出会えていればお互いにこれほど苦しまなかっただろうか。だが、今自分には彼の真っすぐな精神を歪めようとする者から逃がすことで精一杯だ。一瞬辛そうに顔をしかめたエルヴィスはそれでもすぐに無表情に戻り、勲美に向き直る。
「やってくる者達がこちらを探りに来る可能性は十分ある。決行の時まで一切姿を見せないでくれ。エルフたちもだ。相手は手段など問わずに涼貴を害する。どこに目があるか分からない以上注意するに越したことはない。」
「あぁ、承知した。何から何まで頼りっぱなしですまない。」
「いや、いいんだ。勲美殿もくれぐれもご無事で。」
「エルヴィスさんも。お父上たちにもよろしくお伝えください。このご恩決して忘れない。必ずお返しする、と。」
固く握手しあう男たちに挟まれて涼貴は鼻をぐずらせていたが、自分がこんなではいけないとごしごしと目を拭くとにかっと笑って見せる。
「エルヴィス本当にありがとう。俺は絶対に逃げきるから、エルヴィス達も絶対に無事でいてくれ。エルヴィスが俺を信じてくれているように俺もエルヴィス達を信じている。だから、約束して欲しい。俺は戻ってくる。その時まで生きていてくれ。」
「あぁ涼貴。私の名に懸けて誓おう。また涼貴と会える時まで、父上も兄上も、もちろん私も必ず生きていよう。」
本当に無事でいてくれるかなんて誰にも分からない。だが、アマデウス家の人間は誓いを違えないと言っていた。だから、俺もエルヴィスもこの約束を胸にあがく。
涼貴と勲美の魔力操作も、サフィエレイア指導のもとめきめきと上達し、今では2人とも術を組むことなく一通りの攻撃と防御を習得した。特に勲美はエルフ族にも引けを取らない程の魔力量で広範囲に強力な魔法を発動する術まで身につけるに至っていた。
脱出経路についても、こちらはアマデウス家主導のもと念入りな準備がなされ、涼貴が今いる東の森から隣接している荒野へと抜ける手はずとなっている。処刑はアマデウス領の中心、アマデウス侯爵家の城下に広がる大広場で行われるため、涼貴につけられている監視もほとんどがそちらに随行するだろう。そうやって手薄になった監視の隙をついて、涼貴の処刑が大々的に行われた日の夜に闇に紛れて発つ予定だ。身を隠すことの難しい荒野の移動に関してはサフィエレイアが羽織っていたマントの予備を被ることで人からの認識が困難になるらしい。ついてきてくれるオットーとニブの2人に関しては怪しまれないように別行動をし、道中のある地点で落ち合う。
手筈の最終確認と、涼貴達の旅の準備を全て整えて持ってきてくれたエルヴィスが緊張した面持ちでこう告げる。
「今日の夜には王族やその他処刑に参加する王侯貴族が続々とこちらに到着する。そのため、私がここに来れるのもこれが最後だろう。」
きりっとした騎士の顔でこちらを見つめるエルヴィスの目に浮かぶ一抹の寂しさを見て、涼貴はぐっと下唇を噛む。
先週コンラッドが最後の別れを告げた後も別れる辛さと自分助けることによって彼らが直面するであろう未来が想像できてしばらく涙が止まらなかった。なぜ彼らは命を失うかもしれないのにこれほど平然としていられるのか。どうしてそんな覚悟を決めた顔を俺に見せるんだ。自分に一体どれだけの価値があるというのか。自分たちの信念の為だと何度聞かされても自分のせいで大事な人の命が失われるかもしれないなんて涼貴には耐えられない。エルヴィス達、アマデウス侯爵領に住んでいる領民たち、自分に手を貸してくれる全ての人たち、彼ら全ての命を背負い彼らの犠牲の上に助けられるなら自分1人が傷つくほうがよっぽどマシである。もうやめてくれ、俺を差し出して殺せばいいだろう、と叫べればどれほどよかっただろう。だがそんな言葉で目の前の男の決意を動かすことなど出来ないのは分かりきってる。だから涼貴には唇を嚙みしめてその重みに耐えるしかないのだ。
こちらも覚悟を決めて最後の別れくらい毅然としようとした努力も空しく、涼貴の目からは音もなく涙があふれる。こちらに来てから涼貴の涙腺は随分と緩くなってしまった。日本にいる時には人の死なんてこんな身近になかったのだから仕方がない。簡単に人が傷つけられ、殺されるなど遠い世界の話だった。一度別れれば二度と会えないかもしれないという悲壮感など想像したこともなかった。
「涼貴、君の心は痛い程伝わる。だが、我々は覚悟を決めた。この先何が起ころうとも涼貴を逃がすことに何の後悔もないのだよ。それに、我々とてそう易々と死んだりはしない。」
泣きながら、それでも真っすぐにエルヴィスと目を合わせる涼貴に落ち着いた声で語りかける。
「これは私とエリオットから。袋はマーサとマルタが編んだものだ。皆君に会えなくなっても君を大事に思っていることに変わりはない。だから、必ず無事でいなさい。」
エルヴィスに手渡されたのは温かな毛糸で編まれた手のひらに収まる小さなポーチ。中には500円玉ほどの大きさの琥珀色に輝く石が入っている。
「この石は邪悪を寄せ付けないという迷信があってね、家を出る子ども達に母親が袋を作って贈る習慣があるんだ。」
「う゛ぅ……」
袋を胸に抱いて呻く涼貴の背を勲美が撫でる。エルヴィスとの別れを邪魔しないように離れて見守っていたが、あまりに泣く涼貴に耐え切れずやって来たのだろう。
「それに涼貴、そこまで悲観しなくていい。オットーとニブには私と連絡が取れる通信魔道具を持たせる。いつでもそれで我々に会えばよい。」
この凛々しい青年でも死というものには耐性がないのだろう。人の苦しみには人一倍敏感な彼は泣きながら、それでも力強い目でエルヴィスを見据える。あぁもっと別の形で出会えていればお互いにこれほど苦しまなかっただろうか。だが、今自分には彼の真っすぐな精神を歪めようとする者から逃がすことで精一杯だ。一瞬辛そうに顔をしかめたエルヴィスはそれでもすぐに無表情に戻り、勲美に向き直る。
「やってくる者達がこちらを探りに来る可能性は十分ある。決行の時まで一切姿を見せないでくれ。エルフたちもだ。相手は手段など問わずに涼貴を害する。どこに目があるか分からない以上注意するに越したことはない。」
「あぁ、承知した。何から何まで頼りっぱなしですまない。」
「いや、いいんだ。勲美殿もくれぐれもご無事で。」
「エルヴィスさんも。お父上たちにもよろしくお伝えください。このご恩決して忘れない。必ずお返しする、と。」
固く握手しあう男たちに挟まれて涼貴は鼻をぐずらせていたが、自分がこんなではいけないとごしごしと目を拭くとにかっと笑って見せる。
「エルヴィス本当にありがとう。俺は絶対に逃げきるから、エルヴィス達も絶対に無事でいてくれ。エルヴィスが俺を信じてくれているように俺もエルヴィス達を信じている。だから、約束して欲しい。俺は戻ってくる。その時まで生きていてくれ。」
「あぁ涼貴。私の名に懸けて誓おう。また涼貴と会える時まで、父上も兄上も、もちろん私も必ず生きていよう。」
本当に無事でいてくれるかなんて誰にも分からない。だが、アマデウス家の人間は誓いを違えないと言っていた。だから、俺もエルヴィスもこの約束を胸にあがく。
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