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アマデウス侯爵領
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少し残酷な表現があります。
その日、王国民は歓喜に沸いていた。
どんよりと今にも雷雨になりそうな厚い雲に覆われた空に冷たく吹きすさぶ風、そんな不吉な天気も今日遂に国を脅かしていた元凶がいなくなるのだと思えば吉兆にすら思われる。
もう半年ほど前になるだろうか、邪神の使いを騙り王国中を陥れようとした大罪人の男が信仰告白の場で居並ぶ権力者たちに危害を加えたあの事件は未だ国民の胸に言い知れぬ不安を与えていた。タウンハウスに身柄を拘束された途端に自身の周りに瘴気を集めて王都中を瘴気で満たし、神子様もいらっしゃらない中でこの国を滅ぼそうとしているのだとまことしやかに囁かれてはいたが、その魔力のあまりの強さに処刑が執行できないという発表を聞けば、しがない民衆は皆恐れて主神様に慈悲を祈るほかなかった。死と苦しみをもたらすという邪神。その使いが主神様が守護してくださっている国のど真ん中に現れたという絶望はたちまち広がり、ユスタリア王国のみならず周辺の国々にまで波及していた。なぜさっさと処刑しないのか、主神様の力を賜った王家なら可能ではないのか、アマデウス家は国を裏切ったのか、神殿は何をしてる。神子様は浄化を続けてくださっているが瘴気は一向に減らない。
瘴気のせいで生活を失った民たちの不平不満はとうに抑えられないところまで来ていた。連日王宮に押し寄せる群衆、舞い込む嘆願書、各領主より届く悲鳴。国民が暴動を起こすのも時間の問題かと思われた。
その矢先、国への被害を最小限に抑えるためにアマデウス領へと幽閉されたその男が、遂に処刑されると全土にお達しがあったのである。
アマデウス領中心部、領主の城がある小高い丘のすぐ下にある大広場。通常であれば沢山の花と彩り豊かな出店が軒を連ねるそこには物々しい処刑台が設置されていた。広場を挟んだ向かいの櫓には王族たちのための貴賓席が設けられ、眼下の広場を一望できる。処刑までにはまだ一刻以上あるというのにすでに広場は邪神の使いなどというバカな男の最期を見てやろうと群衆がひしめいていた。自分たちを苦しめる者はいなくなる、主神様に逆らうような奴に死刑など軽いくらいだ。口々にがなり立てる人々のせいで会場は異様な熱気に包まれている。目をギラギラさせ処刑を今か今かと待ち構える顔、顔、顔。涼貴が死ぬことに対してひとかけらの悲しみも持っている者はいない。
やがて広場にどらが鳴り響き、櫓に貴族たちが集まり始める。王国の中枢を担う諸侯と神殿の幹部たちである。そのそうそうたる顔ぶれを見てようやくこの処刑の重大さをじわじわと実感し始めた民衆たちもさらに処刑を待ち望む声を高める。
2度目のどら、涼貴が刑場に連行される合図だ。小さな小屋から連れ出された男は両手足を縛られ、両脇の獣人に引きずられるようにして広場中央の処刑台へと進む。汚い服を着ただけの体は痩せ、ぼさぼさに伸びきった髪は肩にかかっている。その髪の半分ほどは真っ黒なのに気付いた群衆は一瞬ひるむが、それでもこの男が罪人であることに変わりはない。狭い通り道を通る男に思い思いの罵詈雑言を吐きかける。目隠しをつけられていない彼の目には自分を蔑み嘲る顔が良く映っていることだろう。広場を突っ切り処刑台の階段を上る。もはや動く気力すら起こらないのか、為すがままにされる姿は人形のようだ。縛られた手足を更に台から伸びる鎖につなぎ留められ、涼貴は遂に首を前に突き出すように台に上半身を乗せた形で完全に固定された。
3度目のどらが鳴る。刑場に処刑人が現れた。大ぶりな斧を腰に携えたエルヴィスが無表情で壇上へと上がる。彼の堂々とした姿は王国騎士団長にふさわしい風格で、横に跪く罪人など眼中にないかのように櫓の上の貴族たちを見上げる。
そして4度目のどらでようやく、王族が姿を現した。賢王と名高いテオドシウス王、若くして優秀な補佐であるカミレウス王子、そして仲睦まじいニコラウス王子と当代神子。国政に関わる王族が全員お出ましになるとは予想していなかった群衆はしんと静まり返った後に、割れんばかりの歓声で王と神子を称える。その大歓声を片手をあげることで制した王は隣に立つ役人に合図を送る。
「これより我が国に仇なした罪人へ議会によって承認された裁きを言い渡す。
この者は主神様を唯一神として奉るこの国において邪神の使いを名乗ったばかりでなく、国中に瘴気をまき散らして国民と国土に多大な被害を与えた。また、カミレウス殿下を始めとする尊き方々への狼藉、当代神子様に対する恐喝など、この国と主神様を愚弄するかのような行動の数々、許されることではない。
よってここにユスタリア王国国法22条に基づき、罪人の斬首の刑を執り行うものとする。
異議のある者は今ここで申し出よ。」
物音一つしない静寂の中、役人は広場を見渡す。群衆はもう既に処刑を心待ちにしており、誰も止めようとする者などいない。
「では、執行人よ。始めろ。」
櫓に向かって一礼したエルヴィスは涼貴の首の真下に桶を置き、髪を払ってその首を露出させる。
ふぅっと一つ深く息を吐くと、斧を頭上に振りかぶってそのまま振り落とす。エルヴィスの全身を使って振り下ろされた斧は綺麗に涼貴の首を胴体から離し、落下させた。一度で切り落とされ、痛みが長引かなかったのがせめてもの救いだ。
ことん、という音が広場に響いたのは観衆の幻聴だったのだろうか。バランスを失った体が真っ赤な血を垂れ流しながらゆっくりと傾く。自分に血がかかるのも構わずに桶に手を伸ばしたエルヴィスは進呈するかのように切り落とした首を櫓へと捧げ持つ。先ほどまで確かに生きていた男は2つに分かれ、不随意に痙攣していた体もやがて動かなくなった。それは残酷で生々しい、しかしどこか神秘的な雰囲気を纏った光景であった。
その時、ふと神子の体の周りに小さい光の珠が溢れる。神子を包むように光り輝くそれは徐々に輝きを増していきついには広場の頭上に綺麗な光のヴェールを出現させた。そのこの世のものとは思えない光景にしばし放心していた群衆も次第に目を輝かせ、膝を折って神子様へと祈りをささげる。きっとこれは主神様からの祝福に違いない。邪神の使いを排除した今、常に主神様のみを信じてきた我々に喜んでおられるのだ。邪神の脅威は確かに取り去られたのだ。人々は、櫓にいる貴族たちでさえ、その神秘に目に涙を浮かべて拝んだ。
脅威は取り除かれた今、恐怖の元凶であった男の首は広場に晒されている。徐々に腐ってウジが湧き、野鳥共に啄まれて見る影もなく崩れていくそれを人々は見る度に嘲わらった。国民はあんなに忌み嫌った邪神の使いのことなど数日経てば忘れてしまい、唯一領主一家がどれ程あの青年を気にかけていたかを知っている領民たちだけが人知れず涙を流して彼の魂の平穏を祈るのみであった。
その日、王国民は歓喜に沸いていた。
どんよりと今にも雷雨になりそうな厚い雲に覆われた空に冷たく吹きすさぶ風、そんな不吉な天気も今日遂に国を脅かしていた元凶がいなくなるのだと思えば吉兆にすら思われる。
もう半年ほど前になるだろうか、邪神の使いを騙り王国中を陥れようとした大罪人の男が信仰告白の場で居並ぶ権力者たちに危害を加えたあの事件は未だ国民の胸に言い知れぬ不安を与えていた。タウンハウスに身柄を拘束された途端に自身の周りに瘴気を集めて王都中を瘴気で満たし、神子様もいらっしゃらない中でこの国を滅ぼそうとしているのだとまことしやかに囁かれてはいたが、その魔力のあまりの強さに処刑が執行できないという発表を聞けば、しがない民衆は皆恐れて主神様に慈悲を祈るほかなかった。死と苦しみをもたらすという邪神。その使いが主神様が守護してくださっている国のど真ん中に現れたという絶望はたちまち広がり、ユスタリア王国のみならず周辺の国々にまで波及していた。なぜさっさと処刑しないのか、主神様の力を賜った王家なら可能ではないのか、アマデウス家は国を裏切ったのか、神殿は何をしてる。神子様は浄化を続けてくださっているが瘴気は一向に減らない。
瘴気のせいで生活を失った民たちの不平不満はとうに抑えられないところまで来ていた。連日王宮に押し寄せる群衆、舞い込む嘆願書、各領主より届く悲鳴。国民が暴動を起こすのも時間の問題かと思われた。
その矢先、国への被害を最小限に抑えるためにアマデウス領へと幽閉されたその男が、遂に処刑されると全土にお達しがあったのである。
アマデウス領中心部、領主の城がある小高い丘のすぐ下にある大広場。通常であれば沢山の花と彩り豊かな出店が軒を連ねるそこには物々しい処刑台が設置されていた。広場を挟んだ向かいの櫓には王族たちのための貴賓席が設けられ、眼下の広場を一望できる。処刑までにはまだ一刻以上あるというのにすでに広場は邪神の使いなどというバカな男の最期を見てやろうと群衆がひしめいていた。自分たちを苦しめる者はいなくなる、主神様に逆らうような奴に死刑など軽いくらいだ。口々にがなり立てる人々のせいで会場は異様な熱気に包まれている。目をギラギラさせ処刑を今か今かと待ち構える顔、顔、顔。涼貴が死ぬことに対してひとかけらの悲しみも持っている者はいない。
やがて広場にどらが鳴り響き、櫓に貴族たちが集まり始める。王国の中枢を担う諸侯と神殿の幹部たちである。そのそうそうたる顔ぶれを見てようやくこの処刑の重大さをじわじわと実感し始めた民衆たちもさらに処刑を待ち望む声を高める。
2度目のどら、涼貴が刑場に連行される合図だ。小さな小屋から連れ出された男は両手足を縛られ、両脇の獣人に引きずられるようにして広場中央の処刑台へと進む。汚い服を着ただけの体は痩せ、ぼさぼさに伸びきった髪は肩にかかっている。その髪の半分ほどは真っ黒なのに気付いた群衆は一瞬ひるむが、それでもこの男が罪人であることに変わりはない。狭い通り道を通る男に思い思いの罵詈雑言を吐きかける。目隠しをつけられていない彼の目には自分を蔑み嘲る顔が良く映っていることだろう。広場を突っ切り処刑台の階段を上る。もはや動く気力すら起こらないのか、為すがままにされる姿は人形のようだ。縛られた手足を更に台から伸びる鎖につなぎ留められ、涼貴は遂に首を前に突き出すように台に上半身を乗せた形で完全に固定された。
3度目のどらが鳴る。刑場に処刑人が現れた。大ぶりな斧を腰に携えたエルヴィスが無表情で壇上へと上がる。彼の堂々とした姿は王国騎士団長にふさわしい風格で、横に跪く罪人など眼中にないかのように櫓の上の貴族たちを見上げる。
そして4度目のどらでようやく、王族が姿を現した。賢王と名高いテオドシウス王、若くして優秀な補佐であるカミレウス王子、そして仲睦まじいニコラウス王子と当代神子。国政に関わる王族が全員お出ましになるとは予想していなかった群衆はしんと静まり返った後に、割れんばかりの歓声で王と神子を称える。その大歓声を片手をあげることで制した王は隣に立つ役人に合図を送る。
「これより我が国に仇なした罪人へ議会によって承認された裁きを言い渡す。
この者は主神様を唯一神として奉るこの国において邪神の使いを名乗ったばかりでなく、国中に瘴気をまき散らして国民と国土に多大な被害を与えた。また、カミレウス殿下を始めとする尊き方々への狼藉、当代神子様に対する恐喝など、この国と主神様を愚弄するかのような行動の数々、許されることではない。
よってここにユスタリア王国国法22条に基づき、罪人の斬首の刑を執り行うものとする。
異議のある者は今ここで申し出よ。」
物音一つしない静寂の中、役人は広場を見渡す。群衆はもう既に処刑を心待ちにしており、誰も止めようとする者などいない。
「では、執行人よ。始めろ。」
櫓に向かって一礼したエルヴィスは涼貴の首の真下に桶を置き、髪を払ってその首を露出させる。
ふぅっと一つ深く息を吐くと、斧を頭上に振りかぶってそのまま振り落とす。エルヴィスの全身を使って振り下ろされた斧は綺麗に涼貴の首を胴体から離し、落下させた。一度で切り落とされ、痛みが長引かなかったのがせめてもの救いだ。
ことん、という音が広場に響いたのは観衆の幻聴だったのだろうか。バランスを失った体が真っ赤な血を垂れ流しながらゆっくりと傾く。自分に血がかかるのも構わずに桶に手を伸ばしたエルヴィスは進呈するかのように切り落とした首を櫓へと捧げ持つ。先ほどまで確かに生きていた男は2つに分かれ、不随意に痙攣していた体もやがて動かなくなった。それは残酷で生々しい、しかしどこか神秘的な雰囲気を纏った光景であった。
その時、ふと神子の体の周りに小さい光の珠が溢れる。神子を包むように光り輝くそれは徐々に輝きを増していきついには広場の頭上に綺麗な光のヴェールを出現させた。そのこの世のものとは思えない光景にしばし放心していた群衆も次第に目を輝かせ、膝を折って神子様へと祈りをささげる。きっとこれは主神様からの祝福に違いない。邪神の使いを排除した今、常に主神様のみを信じてきた我々に喜んでおられるのだ。邪神の脅威は確かに取り去られたのだ。人々は、櫓にいる貴族たちでさえ、その神秘に目に涙を浮かべて拝んだ。
脅威は取り除かれた今、恐怖の元凶であった男の首は広場に晒されている。徐々に腐ってウジが湧き、野鳥共に啄まれて見る影もなく崩れていくそれを人々は見る度に嘲わらった。国民はあんなに忌み嫌った邪神の使いのことなど数日経てば忘れてしまい、唯一領主一家がどれ程あの青年を気にかけていたかを知っている領民たちだけが人知れず涙を流して彼の魂の平穏を祈るのみであった。
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