あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~

相田 彩太

文字の大きさ
154 / 411
第六章 対決する物語とハッピーエンド

絡新婦(じょろうぐも)とブラッドソーセージ(その3) ※全5部

しおりを挟む
◆◆◆◆

 「どうであったかな? 私のゲテモノ料理は」
 「味はどれも美味しかったわ。そして、段々とゲテモノ度が上がっていく展開もね。ごーかくよ。90点をあげるわ」
 「意外と辛口だな。私としてはこの料理は満点になってもおかしくないと思っていたのだが」
 
 彼女の言う通り、最後の料理はスゴかったわ。満点を上げたくなっちゃうなるくらい、だけどね。

 「うふふ、これがあなたのオリジナルの料理だったら満点をあげたかもね。一応、人間の文献から再現したからちょっとだけ減点したの」
 「そうか、では次は満点を目指すとしよう」
 「ええ、次の輪廻でね」

 アタシはおもむろに立ち上がると、アタシの権能ちからを掌に込める。

 「最期に聞かせて。あなたがどうして”あやかし”であることを止め、人間に生まれ変わりたいかを」

 アタシの問いに彼女は一瞬、その八つの目を閉じる、まるで、遠い何かを思い出すように。

 「そうだな。最期に誰かに私の話を聞かせておいた方が良いかもしれんな。いや、私はこの”あやかし”の生に未練はない。だ、それでもこの私がどのように生きたか、そして、どうして死のうと思ったのかを誰かに聞いて欲しい」
 「ええ、アタシもあなたが首尾よく生まれ変わったのを確認したら、同じような悩みを抱えている”あやかし”を導くわ」

 アタシの返事を聞くと、彼女はその乱れた着物の中から、ひとつのしゃれこうべを取り出しなで始めた。
 少し愛おしそうに。

 「では、聞いてくれ。私の……恋だったかもしれない物語を……」

 あらやだ、ロマンチック。

◆◆◆◆

 「こいつの名は弥太やた。身体が丈夫なだけが取り柄の、純朴な村の男だった」
 
 しゃれこうべを撫でながら、彼女は語り始める。

 「私はかつて伊豆の浄蓮じょうれんの滝を縄張りとしていて、この姿で男をたぶらかし、その生き血を吸って生きていた。血を吸われた男は、やがてやせ細り死ぬ。弥太もそうなるはずだった」
 「絡新婦のよくある手口ね」
 「そうだ、だが、私は姿形を化けることは出来ても、心を操る術を持たない。だから、行くあてのない女として弥太の家に保護されるふりをして潜り込んだ」

 おとぎ話では美女に化けた”あやかし”が『お嫁さんにして下さい』って訪れる話はいっぱいあるけど、それって善良な”あやかし”ばっかりじゃないのよね。

 「その頃、私は何度も男をしゃぶり殺していたことから、退魔の僧たちに追われていて傷ついていた。傷を癒すためには生き血が要る。だが、弥太をすぐにしゃぶり殺せば居場所が退魔の僧にばれる。だから私は、弥太をゆっくりと飼い殺すことにした」
 「飼い殺すって、数日で生き血を吸い尽くすんじゃなく、その弥太って人の回復に合わせて少しずつ血を吸っったってこと?」
 「そうだ、月に二度程度だ。あの時の私は生き延びるのに必死だった。弥太がやせ細ってしまったら村の噂になる。だから、精の付くものを食べさせたり、同衾などして弥太の体調管理に努めた」

 彼女の料理の腕は中々だったわ。
 その起源はそこだったのかもしれないわね。

 「へぇ、お嫁さんみたいね」
 「ああ、やがて弥太は私を女房にするとまで言いふらすようになり。私も形の上でそれを受け入れた。出逢ってから1年ほどたった頃の話だ」
 「形の上ってことは、やがてしゃぶり殺すつもりだったの?」
 「ああ、私の妖力ちからも回復してきたので、ここらで弥太を食い殺して逃げようと思っていた」

 あらやだ、ちょい悪どこじゃないわね。

 「だが、ある日、祝言の下見にと村の祭司さいしが家を訪れ、私の正体は見破られた。村はもう大騒ぎさ。やれ高僧を呼べだの、陰陽師を呼べだの、大蜘蛛退治の侍が近場に来ているだの」
 「それで、あなたは弥太を食い殺して逃げたの?」
 「いや、そんな暇はなかった。食い残しは惜しいが私は身一つで逃げた。だがな、愚かなこの男は、弥太は私を追って来たのだ。女房を、私と守るのだとほざきおって」
 「あら、それって純愛?」
 「弥太にとってはそうだったのだろう。滝に逃げ込んだ私を追って弥太も滝に飛び込んだ。私の正体なぞ、すっかり露見していたにも関わらずな」

 そう言って彼女は着物を大きくはだけ、変化を解く。
 八つの瞳に縞模様の身体、そして六本の足、二本の腕。
 それは巨大な蜘蛛の頭の部分から女の上半身が飛び出ているような姿だったの。

 「その姿を見せても、その弥太って男はあなたについていったの?」
 「ああ、弥太は愚かな男だった。『お前さんのような働き者で美しい女が悪い”あやかし”なはずがない』と、この姿すら美しいと言ってくれた。ああ、その言葉は少し嬉しかったぞ」
 「女の子だもんね。アタシもわかるわ」
 
 アタシの言葉に彼女はクスリと笑う。

 「ああ、そうだな。私を女として見てくれたのはお前が二番目だ」
 「そう、今までの男は見る目がなかったのね」
 「そうだな。そして、私と弥太は追手から逃げ始めた。北は寒いので嫌だとふたりの意見が一致したので、南に逃げ、この肥後の国まで逃げのびたのだ」
 「それでふたりの間に恋と愛が芽生えたってわけね。あらやだ、素敵じゃない」
 
 種族を超えた愛の逃避行!
 うーん、ロマンチック!
 
 「いや、その時の私は弥太のことを非常食か家畜くらいだと思っていたぞ」
 「へ? なにそれ? あなた、最初に恋の話っていったじゃない」
 「恋話だ」

 彼女はそこに念を押すように言う。

 「ここに流れ着いた私たちは平和に暮らした。その平和は最期まで破られることはなかった。私は弥太の健康に気を使い、月に二度血を吸った。その頃は今とは違い、金など都で使えるだけのもので、自然からの恵みだけで生きていけたのだ。ざっと50年が過ぎて、弥太は老い、最期の時を迎えようとしていた」
 「そうね! それで彼を失って初めて恋心に目覚めたのね! うんうん、まずまずロマンチック」

 大切な物を失って初めて気づく恋心!
 それって素敵なことじゃない。

 「いや、その時点での私は次の獲物をどうしようかとのんびりと考えていたぞ。幸いにも50年間で私の妖力ちからはかなり増大していたからな」
 「まだひっぱるの!?」

 んもう、なんだか続きはCMの後でみたいだわ。

 「最期に愚かな弥太は『生まれ変わっても必ずお前と結ばれる。だから、俺が死んだらこの身体を全て食べてくれ』と言い残して死んだ。私はその通りに弥太の身体を喰い尽くした、骨も残さずにな。このしゃれこうべだけを除いて」

 しゃれこうべを撫で続けながら、彼女は遠い目をする。
 昔を思い出すかのように。

 「最初は記念に取っておくくらいの気持ちだった。だが、私の身体に異変が起きたのはそれから間もなくのころだった」
 「どんな異変なの?」
 「人間が食えなくなった。人間を食おうとすると『こいつは弥太の生まれ変わりかもしれない』という考えが頭をよぎってしまい、牙が止まる。少しの血くらいならばと吸っても『味が弥太と違う』と体が受け付けなくなってしまった。なあ、これは恋や愛の類なのだろうか?」

 その問いにアタシは言葉を詰まらせる。
 それはきっと恋で愛なのだと思う。
 好きな相手を食べれなくなってしまうのは、その相手を大切に想う気持ち。
 だけど、同時に好きな相手を食べてしまいたいというのも愛なのかも。
 あらやだ、あたし好みの光と闇の混沌。

 「わからないわ。だけど、それを確かめたい気持ちが、あなたが生まれ変わりたいという気持ちの源なんじゃないかと思うわ」
 「そうだな。こんな気持ちのままでは何も進まない。あれから千年、私は人間社会の中に溶け込み、その気持ちの正体を知ろうとした。数多くの文献を読み漁り、時には人間に協力もした。だがこの心の正体は未だわからぬ」
 「わからないことだらけね。それで首尾よく生まれ変われたら、あなたは再び弥太ちゃんと結ばれたいと思っているのかしら?」

 …
 ……
 
 ほんの少しの沈黙、その間に彼女はしゃれこうべをギュっと抱きしめる。

 「やはり誰かに私の物語を語るのはいいな。気持ちの整理がついた。やはり私は再び弥太と結ばれたいと思っている。そして、それは捕食者としての生の本能というよりも、女としての性の欲望からみたいだ」
 「あら、その理由わけは?」
 「彼を想うと腹が鳴らずに胸が高鳴る」

 あらやだ、可愛らしい。

 「そして、このままだと弥太の生まれ変わりと結ばれる未来もないだろう。ほら、私はこんな醜い姿だからな」
 
 そう言って彼女はその蜘蛛の半身をくるりと一回転させる。
 蜘蛛の肉体からだに女の身体からだ
 それは、”あやかし”の目から見ると普通に、人間の目から見ると奇異に見えるかもしれない。
 だけど、アタシはそれが、彼女のり方が、とても美しく見えた。

 「いいえ、あなたは美しいわ」
 「それはお前が”あやかし”だからだろう。少なくとも人間は蜘蛛を見ると悲鳴を上げ、嫌悪感を示すものだ」
 「違うわ、あなた人間の社会に溶け込んだって言ってたでしょ。なら、蜘蛛がモチーフのファッションやアクセサリーだって沢山見たはずよ。人間が本当に蜘蛛を嫌っていれば、そんなことにはなっていないはずよ」

 蜘蛛に蛇、サソリに虫、大半の人間はそれらを嫌うけど、同時に大好きっていう人間も多い。
 そして、それを嫌っていても、そのデザインは大好きという人間はもっと多いのよ。

 「そうか、私は美しいのか」
 「ええ、アタシはそう思うし、そう思う人間も沢山いたと思うわ」
 「……ありがとう、最期に少し心が晴れた。さあ、やってくれ」
 「あら、これで思い直したりしないの?」
 「良い女は一度決めたことは覆さないものだ。それに、やはり私は弥太を愛していたのだろう。その気持ちに気付いたならもはや止められぬ。再び出逢える可能性がどれだけ低かろうと、私は弥太と結ばれる未来を探すわ」

 その言葉の最後は、彼女が女だったことを示していた。
 その顔は恋と愛と未来を夢見る女の子の顔だった。
 彼女は最期に笑ってった。

 死を眼前にして笑っていけるなんて、ホント、あなたってアタシ好みだったわ。
 
 その日、アタシは童貞を捨てた。
 今から約20年以上前の夏の日の思い出の話よ。

◆◆◆◆
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...