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第八章 動転する物語とハッピーエンド
馬鹿と馬方蕎麦(その5) ※全8部
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◇◇◇◇
「そっかー! これって新そばに蕎麦の新芽のペーストを混ぜたのね。だから、蕎麦の味と香りが普通の新そばより上なんだ。すっごーい!」
この緑の蕎麦の秘密を聞いて珠子姉さんは称賛。
このアイディアのヒントは板前先生との会話の中であった、夏の劣化したそばの対処法。
「夏場の蕎麦の劣化を補うのにそんな方法があったなんてね。しかもそれが失われつつあるなんて、これは是非とも語り継がねば!」
板前先生の話だと、この新芽を混ぜる方法は今はあまり行われてないらしい。
品種改良と外国産の蕎麦が普及されたので、昔ほど劣化が激しくないからだって。
だけど、それを新そばに応用すれば、グレート新そばになるってわけ。
「珠子さんに褒めてもらって良かったな、ヘタレ」
給仕の通りすがりに佐藤が煽ったのは、珠子姉さんの『何でもするから』発言に僕が『じゃあ、学園祭が終わったら僕らにごちそうを作って』と言ったから。
ぐぬぬ、言い返せない。
「そういう言い方はないでござるよ。橙依殿はピュアなのでござる」
「そーだぜ、ピュアだぜピュア」
渡雷と天野がフォローするけど、言い方がちょっと気になる。
天野に言われると特に。
「おいしかった! ねぇ、橙依君は今は暇よね。お返しにあたしたちの蕎麦を食べに来ない?」
実は暇じゃない。
そろそろ天野と蕎麦打ち交代の時間。
ずっと珠子姉さんの食べる姿を見ていたからそう思われたのかな。
「行ってこい」
天野が麺棒を掲げて僕に声を掛けた。
「……いいの?」
「いいから、ここは俺に任せて先に行けってやつさ」
「……ありがと」
死亡フラグを立てながら天野は僕に手を振る。
「よしっ、いこっ!」
珠子姉さんは僕の手を取り、席から起立。
そのまま僕を隣の教室へ。
「たっだいまー! お客さんひとり連れてきましたー!」
隣の教室は満員。
客層が男性が多め。
だけど、僕たちだって負けてない、振り返って見ると僕たちの方は行列が出来るほどの超満員。
「いらっしゃいズラ! オラのソバをたっぷりたべてってズラ!」
アクリルの仕切りの向こうで蕎麦を打っている馬鹿の上には大看板。
”馬鹿田蕎麦”の大文字。
「おいおい、バカのソバだってよ。おっもしれー顔のやつがソバを打ってるぜ」
ちょっとガラの悪い人間が馬鹿を指さして笑う。
馬鹿の人間の姿はちょっと滑稽。
ギョロ目で踊るような動きが、その滑稽さを増強。
でも、嘲笑を受けても、馬鹿の滑稽な動きは止まらない。
それを見て人間たちはさらに笑う。
あ、そんな事を言うと……、僕の隣の挑戦的な人が……。
「ちょっと、君たち! これは『馬鹿田蕎麦』って読むのよ。昔あった馬方蕎麦のもじり。そんなことも知らないなんて、君たちの方が馬鹿なんじゃない?」
言わんこっちゃない。
珠子姉さんが人間に接近。
場がざわつき、走る緊張。
あれ? その中で異質を放つ客を発見。
みんなが緊張した顔の中で笑っている女性がと、それをたしなめる坊主頭の少年。
よく見ると客層の一部もおかしい。
レスラーのような覆面を被っている男とか、七つ子のような同じ顔とか。
人間に化けるのが下手な”あやかし”かな?
「なんだぁ、このオバハン」
「俺たちのどこがバカに見えるって!?」
「そーよ! そのとおりだわ! 馬鹿を馬鹿と言ってどこが悪いっての!?」
あーもう! 珠子姉さんってば好戦的なんだから!
僕がその間に割って入ろうとした時。
ガンガラガッシャーン!
蕎麦打ち台からものすごい音ともうもうと上がる蕎麦の粉塵。
「うっひゃー! こなをぶちまけてしまったズラよ! こりゃしっぱいしっぱい。でも、しっぱいしてもええじゃないか、ええじゃないか、おどるるアホウにみるアホウ、おなじアホならおどらにゃそんそん。あ、でもオラは馬鹿だったズラ!」
顔を蕎麦粉で真っ白にして馬鹿は踊る。
「プッ」
「ふははっ」
「あひゃあひゃあひゃあひゃ、ふひゃひゃ」
その姿はとっても馬鹿らしくて、ガラの悪い人間も笑いだす。
ついでに僕も、他の客も。
「いや、ははっ、こりゃ馬鹿だ」
「そこまでバカやるなら逆にほめたいくらいだぜ」
「ほめるなら、ソバをたべてからズラ! ”うまかたそば”を食べて、うまかったー! なんてズラ!」
笑いってのはツボがあるみたいで、普段ならこんなギャグで笑わないけど、笑ってしまう。
それとも、これが馬鹿の真の能力なのかな。
でもよかった、大きなトラブルにならなくって。
「クスクス、面白いわ。あたしが逆に笑わせられるなんてね」
「儂は注目を浴びるのが苦手だから、ありがたいわい。うまかったぞ」
あの女性と小坊主はそんな事を言って席を立ち、去っていった。
覆面レスラーはおかわりを頼んでいて、席には蕎麦蒸籠の山がこんもり。
七つ子は無言でうらめしそうに食べている。
なんだろう、気配から”あやかし”だと思うけど、学園でも近所でも見ないやつら。
観光客かな?
◇◇◇◇
「いやまー、ちょっとトラブルはあったけど、これが馬鹿君が作った”馬鹿田蕎麦”よ!」
あれから数分、荒れた場を片付けた珠子姉さんがお盆を僕の前へ。
「フハハハハ! 我の直参の手打ち蕎麦。ありがたく食べるがいい、我が弟よ!」
そして、なぜ黄貴兄さんまで居るの。
エプロンに三角巾まで被って。
まあいいけど。
僕の目の前には薄緑の蕎麦。
この色は、新そばの実を甘皮まで含めた挽きぐるみで作ったから。
だから甘皮の緑が蕎麦に現れている。
でも、僕は板前師匠の店でこれを食べたんだよね。
だから、あまり驚きはない。
そして、ツユはこの前と同じ大根おろしの汁……あれ?
「……珠子姉さん、これ?」
僕はツユの横の小皿の上の茶色い塊を指す。
「それは味噌よ。最初は大根おろしの汁だけで食べて、後からお好みで味噌を溶かして食べるの。おいしいわよ」
「……わかった」
僕は大根おろしの汁のツユでズズッと蕎麦をひと口。
ピリッとした辛みの刺激の中から蕎麦の香りが広がって弾力のある麺が噛むごとに味わいを深める。
この前よりずっとおいしい。
でも板前先生の新そばには劣る。
「……次は味噌を溶かしてっと」
味噌が大根おろしの汁の中で溶け、ツユは薄い茶色。
さて、お味は……
ズズッ、ズズズッ
おいしい! 大根の汁だけだと辛さが強すぎとも感じたけど、味噌がそれにほのかな甘さと、大根の辛さとは違った塩辛さを加える。
蕎麦はツユの味に負けると思いきや、その濃い味の中からでも己の存在を主張。
「どう、おいしいでしょ。蕎麦の名産地、信州では昔はこのツユの方が一般的だったのよ」
「……おいしい、こんな食べ方があったなんて」
ズルズルッと僕が箸をさらに進めると、
「それでは王の追加の一品だ! これも食せよ!」
黄貴兄さんが白い四角い餅のようなものを追加。
「これは?」
「大根餅だ。ただし、蕎麦粉を使っておる」
「うふふ。馬鹿君がね、大根おろしの汁でツユを作ってた時『あまっただだいこんおろしがもったいないズラ』って言ったのよ。そこで! 黄貴様が大量買い付けた蕎麦粉を使って大根餅にしたってわけ。レシピは大根おろしに蕎麦粉と片栗粉と出汁を加えて練って焼くだけ。ちょーかんたん!」
まだ焼き立ての熱さが残る大根餅からは蕎麦の香りとは違う、パリッとした香ばしさが匂い立つ。
「そのままでも、味噌の残りを付けて食べてもいいわよ」
「……わかった」
パリッ、モチッ、サクッ
蕎麦大根餅の表面の焦げの部分はパリッとしていて、中はその名の通りモチモチした弾力でありながら、前歯でサクッと切れる。
熱を通した大根の甘味が蕎麦の風味と相まって、口の中に信州の蕎麦畑が広がるよう。
味噌をつけると、さらに大地の味わいが増強。
「おいしい。それにスゴイ満腹感」
この”馬鹿田蕎麦”はボリューム満点。
蕎麦の量も多めだし、この蕎麦大根餅がガッツリと胃を満たす。
「やっぱお腹に満足感をもたらすのはケーキよね。ちなみに大根餅は英語でRadish Cakeって言うのよ」
ふふーんと自信たっぷりに珠子姉さんは言う。
「これも我が見込んだ馬鹿の努力あってのことよ。あやつは朝からずっとひとりで蕎麦を打ち続けておる。見上げた力と体力よ」
そう言って黄貴兄さんは馬鹿を見て感心。
蕎麦打ちって簡単そうに見えるけど、ものすごく疲れる。
1時間も続ければクタクタのクッタクタ。
すごいな、馬鹿は。
「おー、やってるやってる」
「いよっ、とっておきの助っ人を連れて来たぜ」
「君はこっちにいたんですね。天野君が死んでましたよ、疲労で」
やってきたのは緑乱兄さんと赤好兄さんと板前先生。
天野は死亡フラグは回避できなかったみたい。
「それで助っ人って、どなたです?」
「儂じゃよ。お嬢さん」
兄さんたちの影から現れたのは初老の男性。
確か、TVで何度か見た有名料理人。
「板前長さん! お久しぶりです! 今日は築善尼さんはご一緒じゃないんですか?」
「あいつは残念だが仕事中だ。ま、またの機会に会えるじゃろて」
どうやらこの人も珠子姉さんのお知り合いみたい。
「師匠、今日はご足労頂きありがとうございます」
板前先生が板前長と呼ばれた男に挨拶。
「ふっ、儂は新そばを食べに来ただけじゃよ。今、東京で新そばが食べられるのはここだけだと聞いてな。界隈でも噂になっていたぞ。新そばの実を買い占めた馬鹿がおると」
「馬鹿ですよねぇ」
「ありゃないぜ」
「あたしもあれは馬鹿だと思います」
みんなの冷ややかな視線を集めた黄貴兄さんは「そんなに馬鹿な王だとを称えるなよ、裸になってしまうではないか」と言ってポーズ。
客の中からも「あいつかぁ~」といった声。
そんな中、馬鹿だけは「おうさまとは、きがあいそうズラ!」と喜んでいた。
「そっかー! これって新そばに蕎麦の新芽のペーストを混ぜたのね。だから、蕎麦の味と香りが普通の新そばより上なんだ。すっごーい!」
この緑の蕎麦の秘密を聞いて珠子姉さんは称賛。
このアイディアのヒントは板前先生との会話の中であった、夏の劣化したそばの対処法。
「夏場の蕎麦の劣化を補うのにそんな方法があったなんてね。しかもそれが失われつつあるなんて、これは是非とも語り継がねば!」
板前先生の話だと、この新芽を混ぜる方法は今はあまり行われてないらしい。
品種改良と外国産の蕎麦が普及されたので、昔ほど劣化が激しくないからだって。
だけど、それを新そばに応用すれば、グレート新そばになるってわけ。
「珠子さんに褒めてもらって良かったな、ヘタレ」
給仕の通りすがりに佐藤が煽ったのは、珠子姉さんの『何でもするから』発言に僕が『じゃあ、学園祭が終わったら僕らにごちそうを作って』と言ったから。
ぐぬぬ、言い返せない。
「そういう言い方はないでござるよ。橙依殿はピュアなのでござる」
「そーだぜ、ピュアだぜピュア」
渡雷と天野がフォローするけど、言い方がちょっと気になる。
天野に言われると特に。
「おいしかった! ねぇ、橙依君は今は暇よね。お返しにあたしたちの蕎麦を食べに来ない?」
実は暇じゃない。
そろそろ天野と蕎麦打ち交代の時間。
ずっと珠子姉さんの食べる姿を見ていたからそう思われたのかな。
「行ってこい」
天野が麺棒を掲げて僕に声を掛けた。
「……いいの?」
「いいから、ここは俺に任せて先に行けってやつさ」
「……ありがと」
死亡フラグを立てながら天野は僕に手を振る。
「よしっ、いこっ!」
珠子姉さんは僕の手を取り、席から起立。
そのまま僕を隣の教室へ。
「たっだいまー! お客さんひとり連れてきましたー!」
隣の教室は満員。
客層が男性が多め。
だけど、僕たちだって負けてない、振り返って見ると僕たちの方は行列が出来るほどの超満員。
「いらっしゃいズラ! オラのソバをたっぷりたべてってズラ!」
アクリルの仕切りの向こうで蕎麦を打っている馬鹿の上には大看板。
”馬鹿田蕎麦”の大文字。
「おいおい、バカのソバだってよ。おっもしれー顔のやつがソバを打ってるぜ」
ちょっとガラの悪い人間が馬鹿を指さして笑う。
馬鹿の人間の姿はちょっと滑稽。
ギョロ目で踊るような動きが、その滑稽さを増強。
でも、嘲笑を受けても、馬鹿の滑稽な動きは止まらない。
それを見て人間たちはさらに笑う。
あ、そんな事を言うと……、僕の隣の挑戦的な人が……。
「ちょっと、君たち! これは『馬鹿田蕎麦』って読むのよ。昔あった馬方蕎麦のもじり。そんなことも知らないなんて、君たちの方が馬鹿なんじゃない?」
言わんこっちゃない。
珠子姉さんが人間に接近。
場がざわつき、走る緊張。
あれ? その中で異質を放つ客を発見。
みんなが緊張した顔の中で笑っている女性がと、それをたしなめる坊主頭の少年。
よく見ると客層の一部もおかしい。
レスラーのような覆面を被っている男とか、七つ子のような同じ顔とか。
人間に化けるのが下手な”あやかし”かな?
「なんだぁ、このオバハン」
「俺たちのどこがバカに見えるって!?」
「そーよ! そのとおりだわ! 馬鹿を馬鹿と言ってどこが悪いっての!?」
あーもう! 珠子姉さんってば好戦的なんだから!
僕がその間に割って入ろうとした時。
ガンガラガッシャーン!
蕎麦打ち台からものすごい音ともうもうと上がる蕎麦の粉塵。
「うっひゃー! こなをぶちまけてしまったズラよ! こりゃしっぱいしっぱい。でも、しっぱいしてもええじゃないか、ええじゃないか、おどるるアホウにみるアホウ、おなじアホならおどらにゃそんそん。あ、でもオラは馬鹿だったズラ!」
顔を蕎麦粉で真っ白にして馬鹿は踊る。
「プッ」
「ふははっ」
「あひゃあひゃあひゃあひゃ、ふひゃひゃ」
その姿はとっても馬鹿らしくて、ガラの悪い人間も笑いだす。
ついでに僕も、他の客も。
「いや、ははっ、こりゃ馬鹿だ」
「そこまでバカやるなら逆にほめたいくらいだぜ」
「ほめるなら、ソバをたべてからズラ! ”うまかたそば”を食べて、うまかったー! なんてズラ!」
笑いってのはツボがあるみたいで、普段ならこんなギャグで笑わないけど、笑ってしまう。
それとも、これが馬鹿の真の能力なのかな。
でもよかった、大きなトラブルにならなくって。
「クスクス、面白いわ。あたしが逆に笑わせられるなんてね」
「儂は注目を浴びるのが苦手だから、ありがたいわい。うまかったぞ」
あの女性と小坊主はそんな事を言って席を立ち、去っていった。
覆面レスラーはおかわりを頼んでいて、席には蕎麦蒸籠の山がこんもり。
七つ子は無言でうらめしそうに食べている。
なんだろう、気配から”あやかし”だと思うけど、学園でも近所でも見ないやつら。
観光客かな?
◇◇◇◇
「いやまー、ちょっとトラブルはあったけど、これが馬鹿君が作った”馬鹿田蕎麦”よ!」
あれから数分、荒れた場を片付けた珠子姉さんがお盆を僕の前へ。
「フハハハハ! 我の直参の手打ち蕎麦。ありがたく食べるがいい、我が弟よ!」
そして、なぜ黄貴兄さんまで居るの。
エプロンに三角巾まで被って。
まあいいけど。
僕の目の前には薄緑の蕎麦。
この色は、新そばの実を甘皮まで含めた挽きぐるみで作ったから。
だから甘皮の緑が蕎麦に現れている。
でも、僕は板前師匠の店でこれを食べたんだよね。
だから、あまり驚きはない。
そして、ツユはこの前と同じ大根おろしの汁……あれ?
「……珠子姉さん、これ?」
僕はツユの横の小皿の上の茶色い塊を指す。
「それは味噌よ。最初は大根おろしの汁だけで食べて、後からお好みで味噌を溶かして食べるの。おいしいわよ」
「……わかった」
僕は大根おろしの汁のツユでズズッと蕎麦をひと口。
ピリッとした辛みの刺激の中から蕎麦の香りが広がって弾力のある麺が噛むごとに味わいを深める。
この前よりずっとおいしい。
でも板前先生の新そばには劣る。
「……次は味噌を溶かしてっと」
味噌が大根おろしの汁の中で溶け、ツユは薄い茶色。
さて、お味は……
ズズッ、ズズズッ
おいしい! 大根の汁だけだと辛さが強すぎとも感じたけど、味噌がそれにほのかな甘さと、大根の辛さとは違った塩辛さを加える。
蕎麦はツユの味に負けると思いきや、その濃い味の中からでも己の存在を主張。
「どう、おいしいでしょ。蕎麦の名産地、信州では昔はこのツユの方が一般的だったのよ」
「……おいしい、こんな食べ方があったなんて」
ズルズルッと僕が箸をさらに進めると、
「それでは王の追加の一品だ! これも食せよ!」
黄貴兄さんが白い四角い餅のようなものを追加。
「これは?」
「大根餅だ。ただし、蕎麦粉を使っておる」
「うふふ。馬鹿君がね、大根おろしの汁でツユを作ってた時『あまっただだいこんおろしがもったいないズラ』って言ったのよ。そこで! 黄貴様が大量買い付けた蕎麦粉を使って大根餅にしたってわけ。レシピは大根おろしに蕎麦粉と片栗粉と出汁を加えて練って焼くだけ。ちょーかんたん!」
まだ焼き立ての熱さが残る大根餅からは蕎麦の香りとは違う、パリッとした香ばしさが匂い立つ。
「そのままでも、味噌の残りを付けて食べてもいいわよ」
「……わかった」
パリッ、モチッ、サクッ
蕎麦大根餅の表面の焦げの部分はパリッとしていて、中はその名の通りモチモチした弾力でありながら、前歯でサクッと切れる。
熱を通した大根の甘味が蕎麦の風味と相まって、口の中に信州の蕎麦畑が広がるよう。
味噌をつけると、さらに大地の味わいが増強。
「おいしい。それにスゴイ満腹感」
この”馬鹿田蕎麦”はボリューム満点。
蕎麦の量も多めだし、この蕎麦大根餅がガッツリと胃を満たす。
「やっぱお腹に満足感をもたらすのはケーキよね。ちなみに大根餅は英語でRadish Cakeって言うのよ」
ふふーんと自信たっぷりに珠子姉さんは言う。
「これも我が見込んだ馬鹿の努力あってのことよ。あやつは朝からずっとひとりで蕎麦を打ち続けておる。見上げた力と体力よ」
そう言って黄貴兄さんは馬鹿を見て感心。
蕎麦打ちって簡単そうに見えるけど、ものすごく疲れる。
1時間も続ければクタクタのクッタクタ。
すごいな、馬鹿は。
「おー、やってるやってる」
「いよっ、とっておきの助っ人を連れて来たぜ」
「君はこっちにいたんですね。天野君が死んでましたよ、疲労で」
やってきたのは緑乱兄さんと赤好兄さんと板前先生。
天野は死亡フラグは回避できなかったみたい。
「それで助っ人って、どなたです?」
「儂じゃよ。お嬢さん」
兄さんたちの影から現れたのは初老の男性。
確か、TVで何度か見た有名料理人。
「板前長さん! お久しぶりです! 今日は築善尼さんはご一緒じゃないんですか?」
「あいつは残念だが仕事中だ。ま、またの機会に会えるじゃろて」
どうやらこの人も珠子姉さんのお知り合いみたい。
「師匠、今日はご足労頂きありがとうございます」
板前先生が板前長と呼ばれた男に挨拶。
「ふっ、儂は新そばを食べに来ただけじゃよ。今、東京で新そばが食べられるのはここだけだと聞いてな。界隈でも噂になっていたぞ。新そばの実を買い占めた馬鹿がおると」
「馬鹿ですよねぇ」
「ありゃないぜ」
「あたしもあれは馬鹿だと思います」
みんなの冷ややかな視線を集めた黄貴兄さんは「そんなに馬鹿な王だとを称えるなよ、裸になってしまうではないか」と言ってポーズ。
客の中からも「あいつかぁ~」といった声。
そんな中、馬鹿だけは「おうさまとは、きがあいそうズラ!」と喜んでいた。
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