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第八章 動転する物語とハッピーエンド
馬鹿と馬方蕎麦(その6) ※全8部
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◇◇◇◇
ガタガタガタッと急遽廊下にテーブルが並べられ、即席の高座が作られる。
料理番組のセットのよう。
「儂は新そばを食べに来ただけじゃのに……」
そう板前長さんは言うけど、態度はノリノリ。
これから、僕たちの五色蕎麦 VS 馬鹿田蕎麦の対決審査。
野次馬も集まってきていてSNSのランキングにも載り始めた。
話題性十分。
「これが拙者たちの五色蕎麦でござる!」
「これがオラの馬鹿田蕎麦ズラ!」
ふたつの蕎麦が並べられ、板前長さんはそれをしげしげと眺める。
「この五色蕎麦は江戸時代に雛祭りの祝いで食べられていた伝統のものじゃな。この旧暦9月9日の後の雛祭りの日にそれを出すとは面白い」
板前先生から事前に説明を受けていたのか、板前長さんは五色蕎麦の背景を説明。
「こちらの馬鹿田蕎麦の名は、かつて馬方が腹を満たすのに愛好した馬方蕎麦とかけておるのじゃな。新そばの緑があざやかで旨そうだ」
板前長さんははそう評した後、箸を取り出すと、ズルズルっと僕たちの五色蕎麦を食べ始めた。
……そして、一瞬で食べ終えた。
「うむ、この五色蕎麦は各々に卵白、卵黄、黒胡麻、梅酢、そして新そばに蕎麦の新芽のペーストを練り込んでおるな。特に称賛するべきは新芽を練り込んだ緑の蕎麦よ。元々は味の劣化した蕎麦への工夫であったものだが、新そばにその技法を使うことで、風味を重畳させておる。美味いっ!」
大絶賛の声に周囲から「おおぉ~」という声が上がる。
「さて、次は馬鹿田蕎麦じゃな。ほう、大根おろしの汁のツユに、大根おろしを使った蕎麦大根餅とは嬉しい仕掛けじゃ」
再び箸を取った板前長さんはズルズルズルッっと一気に蕎麦を食べ尽くすと、モグモグモグッっと蕎麦大根餅も食べ切った。
「馬方蕎麦とは馬方の腹を満たすための大味のものであったが、新そばに大根おろしの汁のツユ、さらにはそれに味噌を加えることで味に刺激と変化をもたらしておる。さらに蕎麦大根餅がこれでもかと胃を充足させ満足感が高い。これまた旨いっ!」
そして、また大絶賛。
「で、板前長さんよ。どっちの蕎麦の勝ちだい?」
緑乱兄さんがどこからか調達したマイクを片手に問いかける。
この発言で勝負が決まる。
そんな面持ちで僕たちはそれを見守る。
「言ったじゃろ、儂は新そばを食べに来ただけじゃと。どちらの蕎麦も伝統を残しながらも新規性に溢れている。何よりも作り手の熱意じゃな。その一生懸命さを前に優劣をつけるなんて野暮というもの。その熱意の持続こそプロの中で最も難しいことじゃ」
「おやおや、うまいこといっちゃって。ま、それもそうだな。どっちの蕎麦が上かは食べたやつらの舌にゆだねるとしようぜ」
「うむ”この味は君たちの舌で確かめてくれっ!”というやつじゃよ」
どこかの攻略本のようなことを言いながら、板前長さんは席を立つ。
周囲から「しょうがねぇ、せっかくだから俺はこっちの蕎麦を選ぶぜ」という声が聞こえた。
◇◇◇◇
た、たすけて……
し、死ぬ……
腕が死ぬ、腰が死ぬ、指が死ぬ。
板前長さんの審判の動画がSNSで拡散されたため、僕たちの店は大入り。
隣の馬鹿の店も。
僕らは予定していた休憩も取れず延々蕎麦を打ち続けている。
「大変そうですね」クイッ
「すごーい、人も”あやかし”もイモあらいみたい」
午後になって蒼明兄さんと紫君が来店。
「……助けて、蒼明兄さん」
「ダメです。これは貴方たちの勝負でしょう。私は中立です」クイッ
「でも蒼明おにいちゃん、これだとボクたち食べれないよ」
廊下の行列はかなり長い。
それは馬鹿の店も同じ。
でも、行列の長さでは僕たちが勝っている。
「それより気を付けなさい。西の龍王の手の者たちがこの学園祭に忍び込んだという情報があります」クイッ
「とってもあぶないやつなんだって。で、デ……なんだっけ?」
「四天王の四を死とかけて、死天王だそうです。ネーミングセンスはどうかと思いますが」クイッ
直訳!
「なんでも即死系の能力を持っているそうです」クイッ
「……似た話を聞いた。元件憑きの九段下さんから」
「あの子ですか。なら信憑性は高いですね」クイッ
「……気を付けて、西の龍王、大悪龍王は妖怪王候補を狙っているみたい。兄さんが最も危険」
「それは良かった。私ひとりでならどうとでもなりますから」クイッ
ドッ、ドーン!!
ジリリリリ、ウゥウゥウゥー
そんな時、箔発音と避難訓練で聞いた火災報知器の音が聞こえた。
さらに、ドン! ドドーン! と散発的な爆発音。
続けて『第二化学室で爆発事故が発生しました。みなさんは速やかに避難して下さい』のアナウンス。
そして、トドメのゴゥドーン!! というひときわ大きな爆発音。
「おい、今の音は第二化学室じゃないぞ!?」
「なにそれ!? ひょっとして、事故じゃなくテロ!?」
「にっ、にげろー!!」
教室と廊下からそんな声と「キャー」という悲鳴が上がり、みんなが波を打って逃げ出す。
「……兄さん、これは!?」
「死天王の仕業でしょうね。いいでしょう、火元には私が行きます。橙依君はみんなと安全な所……いや、避難場所は私が用意します。迷い家さん、お願いできますか」クイッ
蒼明兄さんが胸元から紅い玉を取り出し、それが輝く。
あれは先月の開店祝いで『酒処 七王子』のパーティルームを拡張した迷い家の核。
「わかりました。蒼明様」
紅い玉からの光が廊下の突き当りに達すると、そこに緑の非常口が発生。
「あの中に誘導してください。あそこなら普通に避難するより安全です」
「……わかった。珠子姉さんもあそこに連れていく」
「理解が早くて助かります。迷い家さんは貴方に預けます。私が居ない間を頼みましたよ。なに、すぐに終わります」クイッ
蒼明兄さんはそう言って僕に紅い玉を渡すと、「ふぅ~」と霧を口から吐き出し、その霧と一緒に駆け出した。
◇◇◇◇
『さあ、みなのもの! 王の隠し通路に逃げ込むがいい』
「みんなー! こっちでござるよ! この非常口に!」
「あわてろー! はしれー! そしたら死ぬぞー!」
「あわてず、はしらず、おちついてゆっくりとにげるズラ! はしるとこうなるズラよ!」
天野の天邪鬼発言に続言えて、列の横をダダダダと走る馬鹿がドタッと転び、それを見た人たちが笑う。
いい感じ、みんなの緊張が柔ぐ。
よしっ、避難は完了。
珠子姉さんも紫君も先に中に入ったのも確認。
そう言えば、鎌井さんたちも居た。
午前に僕らの店で食べて、お腹がこなれたら馬鹿の店に行くって言ってたから、ちょうとその頃だったのだろう。
僕らも続けて避難。
非常通路という異空間を抜けるとそこは庭付きの屋敷。
ここの大広間にみんなはいるはず。
「あっ、たまこせんせーと、さとうくんズラ!」
大広間への襖の前で先に避難したはずのふたりが待機。
「……何かあったの?」
「すまない橙依、しくった」
いつもの全てをわかっているといった飄々とした顔とは違う真剣な面持ちで佐藤が発言。
「……くわしく」
「死天王とかいうふざけたヤツのひとりが避難者の中にいる。あの覆面の男」
襖の隙間から指さす先は、覆面レスラー男。
「あれはオラのみせで、なんどもおかわりしていたヤツズラ。わるいやつだったんズラね。よーしオラがブッたおしてやるズラ!」
「……ダメ、ここは僕に任せて」
死亡フラグを立てる馬鹿を僕は制止。
「すまん。俺の能力が疲労で弱くなっていて、気付かなかった。俺の……俺のミスだ」
普段なら覚の佐藤は敵の接近を許したりはしない。
万一、心が読めない相手が来たなら警戒する。
覚の警戒網を抜ける方法は、その能力の範囲外にいること。
今日の佐藤の仕事はお客の好みの味付けの判別。
疲労でその範囲が狭まったことが敵の侵入を許した原因。
「……大丈夫、僕が何とかする。でも他の人の避難が必要」
「未来の我が臣民は我が避難させよう。迷い家よ、場所を確保できるか?」
『はい、大広間の奥と中庭を繋げました。中庭に誘導をお願いします』
黄貴兄さんの申し出に、迷い家さんが連携。
「よくわからないけど、あのルチャレスラーがテロリストなのね。あたしも協力するわ」
「……珠子姉さんは安全な場所に……」
僕の心配をよそに、黄貴兄さんが珠子姉さんに声をかける。
「うむ、女中は混乱を起こす助力を頼む。そうだな、爆発事故などがよかろう。爆発が起きたら我があの覆面をテロリストだと名指ししよう」
爆発ってそんな……珠子姉さんはテロリストじゃないんだから。
そんな僕の心のツッコミをよそに、
「わっかりましたー。10分ほどお待ち下さい」
珠子姉さんは軽いサムズアップを決めた。
……なにこの台所の女スパイ工作員。
◇◇◇◇
ドーン!!
大広間から少し離れた台所から爆発音が聞こえる。
この間、8分20秒。
ホントにやっちゃったよ、あの台所の爆裂魔法使い。
「では、作戦実行だ! ゆくぞ!」
「……わかった、あの覆面の足止めは僕ひとりでする」
蒼明兄さんの情報だと、あの敵は即攻撃持ち。
即死を逃れるには、即死無効というか相手の意志に絶対的に逆らう天邪鬼の妖力をコピーした僕じゃないとダメ。
そして僕ひとりですると言ったなら、
「よっしゃ、ふたりのコンビプレイといこうぜ」
天邪鬼の天野が協力するのも自然な流れ。
『テロリストがこの中にも侵入しているぞ! そこの覆面男だ! みなのもの! 奥の扉から逃げよ』
爆発音で混乱している室内に黄貴兄さんの声が響き渡り「キャー」という声を上げてみんなが奥へと殺到。
「どうして俺様の存在が見破られた!? くそっ、こうなったら!!」
ガシッ
「……悪いけどそうはさせない!」
「好き勝手暴れさせたりはさせないぜ!」
覆面が狼狽する隙に、僕と天野は敵にしがみつく。
よしっ、このまま抑え込んで……。
「はっ、その非力で俺様を捕えられるとでも思ったかよ!」
「うわっ!?」
僕の身体がブンと振り回され、その勢いで吹っ飛ばされる。
ものすごい怪力。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
僕はもう一度立ち上がろうと……。
「なるほど、あれが蒼明様の敵ですわね」
「オレたちで切り倒してやろうぜ!」
「さ、最後の傷薬は無しですよ」
そんな時、奥の間へと通じる襖の前に立つ3つの影。
その姿は鎌井さんたち。
逃げなっかったの!?
「かまいさんたち、あぶないズラ! にげるズラお!」
凛と立つ鎌井さんたちの隣で馬鹿が必死に制止をかける。
だけど、彼女たちは止まらない。
「恋太刀、伊豆奈いきますわよ! カマイタチ一族の必殺連撃!」
「こいつで、切り切り舞いさ」
「こ、こんかいは傷薬無しです!」
「「「ジェット! ストリーム! スラッァァァーシュ!」」」
そして、彼女たちが放つのは、初撃の白美人さんが相手を転ばせ、次撃の恋太刀さんが敵を斬り、追撃の伊豆奈さんが薬で傷を癒すカマイタチ伝統の三連撃。(傷薬無しVer)
でも、僕は、僕たちは知っている。
それが最悪の一手だと。
「駄目だ! 止めて! 野槌を転ばせちゃいけない!!」
ガタガタガタッと急遽廊下にテーブルが並べられ、即席の高座が作られる。
料理番組のセットのよう。
「儂は新そばを食べに来ただけじゃのに……」
そう板前長さんは言うけど、態度はノリノリ。
これから、僕たちの五色蕎麦 VS 馬鹿田蕎麦の対決審査。
野次馬も集まってきていてSNSのランキングにも載り始めた。
話題性十分。
「これが拙者たちの五色蕎麦でござる!」
「これがオラの馬鹿田蕎麦ズラ!」
ふたつの蕎麦が並べられ、板前長さんはそれをしげしげと眺める。
「この五色蕎麦は江戸時代に雛祭りの祝いで食べられていた伝統のものじゃな。この旧暦9月9日の後の雛祭りの日にそれを出すとは面白い」
板前先生から事前に説明を受けていたのか、板前長さんは五色蕎麦の背景を説明。
「こちらの馬鹿田蕎麦の名は、かつて馬方が腹を満たすのに愛好した馬方蕎麦とかけておるのじゃな。新そばの緑があざやかで旨そうだ」
板前長さんははそう評した後、箸を取り出すと、ズルズルっと僕たちの五色蕎麦を食べ始めた。
……そして、一瞬で食べ終えた。
「うむ、この五色蕎麦は各々に卵白、卵黄、黒胡麻、梅酢、そして新そばに蕎麦の新芽のペーストを練り込んでおるな。特に称賛するべきは新芽を練り込んだ緑の蕎麦よ。元々は味の劣化した蕎麦への工夫であったものだが、新そばにその技法を使うことで、風味を重畳させておる。美味いっ!」
大絶賛の声に周囲から「おおぉ~」という声が上がる。
「さて、次は馬鹿田蕎麦じゃな。ほう、大根おろしの汁のツユに、大根おろしを使った蕎麦大根餅とは嬉しい仕掛けじゃ」
再び箸を取った板前長さんはズルズルズルッっと一気に蕎麦を食べ尽くすと、モグモグモグッっと蕎麦大根餅も食べ切った。
「馬方蕎麦とは馬方の腹を満たすための大味のものであったが、新そばに大根おろしの汁のツユ、さらにはそれに味噌を加えることで味に刺激と変化をもたらしておる。さらに蕎麦大根餅がこれでもかと胃を充足させ満足感が高い。これまた旨いっ!」
そして、また大絶賛。
「で、板前長さんよ。どっちの蕎麦の勝ちだい?」
緑乱兄さんがどこからか調達したマイクを片手に問いかける。
この発言で勝負が決まる。
そんな面持ちで僕たちはそれを見守る。
「言ったじゃろ、儂は新そばを食べに来ただけじゃと。どちらの蕎麦も伝統を残しながらも新規性に溢れている。何よりも作り手の熱意じゃな。その一生懸命さを前に優劣をつけるなんて野暮というもの。その熱意の持続こそプロの中で最も難しいことじゃ」
「おやおや、うまいこといっちゃって。ま、それもそうだな。どっちの蕎麦が上かは食べたやつらの舌にゆだねるとしようぜ」
「うむ”この味は君たちの舌で確かめてくれっ!”というやつじゃよ」
どこかの攻略本のようなことを言いながら、板前長さんは席を立つ。
周囲から「しょうがねぇ、せっかくだから俺はこっちの蕎麦を選ぶぜ」という声が聞こえた。
◇◇◇◇
た、たすけて……
し、死ぬ……
腕が死ぬ、腰が死ぬ、指が死ぬ。
板前長さんの審判の動画がSNSで拡散されたため、僕たちの店は大入り。
隣の馬鹿の店も。
僕らは予定していた休憩も取れず延々蕎麦を打ち続けている。
「大変そうですね」クイッ
「すごーい、人も”あやかし”もイモあらいみたい」
午後になって蒼明兄さんと紫君が来店。
「……助けて、蒼明兄さん」
「ダメです。これは貴方たちの勝負でしょう。私は中立です」クイッ
「でも蒼明おにいちゃん、これだとボクたち食べれないよ」
廊下の行列はかなり長い。
それは馬鹿の店も同じ。
でも、行列の長さでは僕たちが勝っている。
「それより気を付けなさい。西の龍王の手の者たちがこの学園祭に忍び込んだという情報があります」クイッ
「とってもあぶないやつなんだって。で、デ……なんだっけ?」
「四天王の四を死とかけて、死天王だそうです。ネーミングセンスはどうかと思いますが」クイッ
直訳!
「なんでも即死系の能力を持っているそうです」クイッ
「……似た話を聞いた。元件憑きの九段下さんから」
「あの子ですか。なら信憑性は高いですね」クイッ
「……気を付けて、西の龍王、大悪龍王は妖怪王候補を狙っているみたい。兄さんが最も危険」
「それは良かった。私ひとりでならどうとでもなりますから」クイッ
ドッ、ドーン!!
ジリリリリ、ウゥウゥウゥー
そんな時、箔発音と避難訓練で聞いた火災報知器の音が聞こえた。
さらに、ドン! ドドーン! と散発的な爆発音。
続けて『第二化学室で爆発事故が発生しました。みなさんは速やかに避難して下さい』のアナウンス。
そして、トドメのゴゥドーン!! というひときわ大きな爆発音。
「おい、今の音は第二化学室じゃないぞ!?」
「なにそれ!? ひょっとして、事故じゃなくテロ!?」
「にっ、にげろー!!」
教室と廊下からそんな声と「キャー」という悲鳴が上がり、みんなが波を打って逃げ出す。
「……兄さん、これは!?」
「死天王の仕業でしょうね。いいでしょう、火元には私が行きます。橙依君はみんなと安全な所……いや、避難場所は私が用意します。迷い家さん、お願いできますか」クイッ
蒼明兄さんが胸元から紅い玉を取り出し、それが輝く。
あれは先月の開店祝いで『酒処 七王子』のパーティルームを拡張した迷い家の核。
「わかりました。蒼明様」
紅い玉からの光が廊下の突き当りに達すると、そこに緑の非常口が発生。
「あの中に誘導してください。あそこなら普通に避難するより安全です」
「……わかった。珠子姉さんもあそこに連れていく」
「理解が早くて助かります。迷い家さんは貴方に預けます。私が居ない間を頼みましたよ。なに、すぐに終わります」クイッ
蒼明兄さんはそう言って僕に紅い玉を渡すと、「ふぅ~」と霧を口から吐き出し、その霧と一緒に駆け出した。
◇◇◇◇
『さあ、みなのもの! 王の隠し通路に逃げ込むがいい』
「みんなー! こっちでござるよ! この非常口に!」
「あわてろー! はしれー! そしたら死ぬぞー!」
「あわてず、はしらず、おちついてゆっくりとにげるズラ! はしるとこうなるズラよ!」
天野の天邪鬼発言に続言えて、列の横をダダダダと走る馬鹿がドタッと転び、それを見た人たちが笑う。
いい感じ、みんなの緊張が柔ぐ。
よしっ、避難は完了。
珠子姉さんも紫君も先に中に入ったのも確認。
そう言えば、鎌井さんたちも居た。
午前に僕らの店で食べて、お腹がこなれたら馬鹿の店に行くって言ってたから、ちょうとその頃だったのだろう。
僕らも続けて避難。
非常通路という異空間を抜けるとそこは庭付きの屋敷。
ここの大広間にみんなはいるはず。
「あっ、たまこせんせーと、さとうくんズラ!」
大広間への襖の前で先に避難したはずのふたりが待機。
「……何かあったの?」
「すまない橙依、しくった」
いつもの全てをわかっているといった飄々とした顔とは違う真剣な面持ちで佐藤が発言。
「……くわしく」
「死天王とかいうふざけたヤツのひとりが避難者の中にいる。あの覆面の男」
襖の隙間から指さす先は、覆面レスラー男。
「あれはオラのみせで、なんどもおかわりしていたヤツズラ。わるいやつだったんズラね。よーしオラがブッたおしてやるズラ!」
「……ダメ、ここは僕に任せて」
死亡フラグを立てる馬鹿を僕は制止。
「すまん。俺の能力が疲労で弱くなっていて、気付かなかった。俺の……俺のミスだ」
普段なら覚の佐藤は敵の接近を許したりはしない。
万一、心が読めない相手が来たなら警戒する。
覚の警戒網を抜ける方法は、その能力の範囲外にいること。
今日の佐藤の仕事はお客の好みの味付けの判別。
疲労でその範囲が狭まったことが敵の侵入を許した原因。
「……大丈夫、僕が何とかする。でも他の人の避難が必要」
「未来の我が臣民は我が避難させよう。迷い家よ、場所を確保できるか?」
『はい、大広間の奥と中庭を繋げました。中庭に誘導をお願いします』
黄貴兄さんの申し出に、迷い家さんが連携。
「よくわからないけど、あのルチャレスラーがテロリストなのね。あたしも協力するわ」
「……珠子姉さんは安全な場所に……」
僕の心配をよそに、黄貴兄さんが珠子姉さんに声をかける。
「うむ、女中は混乱を起こす助力を頼む。そうだな、爆発事故などがよかろう。爆発が起きたら我があの覆面をテロリストだと名指ししよう」
爆発ってそんな……珠子姉さんはテロリストじゃないんだから。
そんな僕の心のツッコミをよそに、
「わっかりましたー。10分ほどお待ち下さい」
珠子姉さんは軽いサムズアップを決めた。
……なにこの台所の女スパイ工作員。
◇◇◇◇
ドーン!!
大広間から少し離れた台所から爆発音が聞こえる。
この間、8分20秒。
ホントにやっちゃったよ、あの台所の爆裂魔法使い。
「では、作戦実行だ! ゆくぞ!」
「……わかった、あの覆面の足止めは僕ひとりでする」
蒼明兄さんの情報だと、あの敵は即攻撃持ち。
即死を逃れるには、即死無効というか相手の意志に絶対的に逆らう天邪鬼の妖力をコピーした僕じゃないとダメ。
そして僕ひとりですると言ったなら、
「よっしゃ、ふたりのコンビプレイといこうぜ」
天邪鬼の天野が協力するのも自然な流れ。
『テロリストがこの中にも侵入しているぞ! そこの覆面男だ! みなのもの! 奥の扉から逃げよ』
爆発音で混乱している室内に黄貴兄さんの声が響き渡り「キャー」という声を上げてみんなが奥へと殺到。
「どうして俺様の存在が見破られた!? くそっ、こうなったら!!」
ガシッ
「……悪いけどそうはさせない!」
「好き勝手暴れさせたりはさせないぜ!」
覆面が狼狽する隙に、僕と天野は敵にしがみつく。
よしっ、このまま抑え込んで……。
「はっ、その非力で俺様を捕えられるとでも思ったかよ!」
「うわっ!?」
僕の身体がブンと振り回され、その勢いで吹っ飛ばされる。
ものすごい怪力。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
僕はもう一度立ち上がろうと……。
「なるほど、あれが蒼明様の敵ですわね」
「オレたちで切り倒してやろうぜ!」
「さ、最後の傷薬は無しですよ」
そんな時、奥の間へと通じる襖の前に立つ3つの影。
その姿は鎌井さんたち。
逃げなっかったの!?
「かまいさんたち、あぶないズラ! にげるズラお!」
凛と立つ鎌井さんたちの隣で馬鹿が必死に制止をかける。
だけど、彼女たちは止まらない。
「恋太刀、伊豆奈いきますわよ! カマイタチ一族の必殺連撃!」
「こいつで、切り切り舞いさ」
「こ、こんかいは傷薬無しです!」
「「「ジェット! ストリーム! スラッァァァーシュ!」」」
そして、彼女たちが放つのは、初撃の白美人さんが相手を転ばせ、次撃の恋太刀さんが敵を斬り、追撃の伊豆奈さんが薬で傷を癒すカマイタチ伝統の三連撃。(傷薬無しVer)
でも、僕は、僕たちは知っている。
それが最悪の一手だと。
「駄目だ! 止めて! 野槌を転ばせちゃいけない!!」
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お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
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