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第一章 大会前
その7 オレンジアームズ! パインアームズ! プロトメロンアームズ!
しおりを挟む「さて少年、はじめるか」
覆面忍者が暑苦しいコートを翻して脱ぐ、その下から淡い水色のコック服が現れた。
コートがゴトンと音を立てて、椅子に置かれる。
「まさか! こんな重たい服を着ていたというの!?」
部長が驚いている、珍しい。
部長が椅子に駆け寄り、そのコートを持ち上げた。
「これは……保冷剤!」
なんということだ! あの暑苦しいコートには保冷剤が仕込まれていたのだ!
うん、夏だからな。
「どうした!? 驚きのあまり声も出んか?」
いや、呆れているだけです。
ある意味尊敬に値するかもしれません。
「いや、とっとと始めようぜ!」
「その心意気は良し! 腕で劣っていても、勝利を目指す精神は忘れるな!」
言われなくても、忘れねえよ。
◇◇◇
勝負が始まった。
「お先にどうぞ」
冷蔵庫の前で俺は覆面忍者に道を譲る。
「そうか、ではお言葉に甘えさせて頂こう」
覆面忍者はガサゴソと冷蔵庫を漁り、豚バラ肉と人参、玉ねぎ、そしてパイナップルを取り出した。
バカめ! それはトラップだ!
俺は心の中でほくそ笑む。
上の妹の海美はダイエット中で豚バラには難色を示すだろう。
そして下の妹の空楽は肌が弱くパイナップルで軽くかぶれるのだ。
空楽はともかく、海美は『カロリーが』と言っていた事に気付かなかったのか! このマヌケめ!
酢豚のフルーツと言えばパイナップルしか考えられない貧弱な知性を呪うがいい!
ヤツが取り出したのは、他にはグレープフルーツとオレンジジュースか。
あれは甘酢あん、中国語で言う所の糖醋にするのだろう。
竜の舌の厨房には本格中華の酢豚の甘酢あんに使う山査子がなかったので、グレープフルーツとオレンジジュースを選んだのだろう。
それに紹興酒と黒酢か、部長がスカウトしただけあって、腕は確かそうだ。
だが! 俺の愛しのガキどもは、そんな高級中華を食った事はないぜ!
俺はいつものケチャップと酢の糖醋にする。
愛しのガキどもに『なんかちがう』と言われるがいい!
ちょっと悲しくなった。
うん、優勝賞金が入ったら、中華街に豪遊しに行こうな。
そして俺も冷蔵庫から食材を取り出す。
豚肉は脂の少ないヒレを選ぶ。
人参と玉ねぎは覆面忍者と同じだ。
そして、とっておきのフルーツも選ぶ。
見えないようにこっそりと。
そして俺と覆面忍者は調理に入る。
俺はひっそりと、それに対し覆面忍者は饒舌に。
「さあ、まずはパイナップルを剥くぞ! 頑丈に見えて意外と簡単だ。丸ごと買うと経済的にも優しい」
くっ、ちょっと心惹かれる。
特に経済的な部分に。
グキュルルル
宙弥の腹がなった。
「おおっと坊ちゃん、待ちきれないのか!? では前菜だ!」
覆面忍者は手際よくパイナップルをカットし、よくある扇状にスライスする。
それを一枚串に刺し、さらにマシュマロ、そして追加のパイナップルで挟む。
そして、ガスバーナーで炙った。
ジューと水分が蒸発する音がして、マシュマロがとろける。
「はい、坊ちゃんと嬢ちゃんと、大人の方々もどうぞ」
そう言って、覆面忍者は軽い焦げ目の付いた焼きパイナップルを差し出した。
「ああ、このマシュマロは自前なのだ、だから採点にはノーカウントとしてくれ」
宙弥がかぶりついた。
「美味しい!」
くっ、そんなお菓子で心揺さぶられるとは、にいちゃん情けねえぞ。
部長や蘭子も食べている。
あいつら、アメリカン和菓子対決で腹が減っていたのだろうなぁ。
「温めたパイナップルもおつなものね」
「うん、おいし~」
部長と蘭子にも好評のようだ。
「確かにうまいが、俺っちにはちょっと甘いかな」
「せやね、これじゃ酒の肴には不向きかな」
「塩っけが欲しいな」
しかし、魚吉さんの一団にはイマイチのようだ。
そして、覆面忍者は調理を続ける。
豚肉をサイコロ状に切ると、パイナップルの芯と調味料をビニール袋に入れ、揉み始めた。
あー、肉を柔らかくするのにパイナップルの芯を使うのか。
今度、真似しよう。
ふと、覆面忍者の手が止まる。
「どうしたお嬢ちゃん? パイナップルは苦手かい?」
空楽が焼きパイナップルに手を付けてない事に気付いたのだ。
「うん、食べると口の中がピリピリするの」
空楽が応える。
「それは酵素の影響だな。こういう風に肉を柔らかくする効果があるが、人によっては肌が荒れるのだ」
そう言って覆面忍者はパイナップルの芯と肉が入った袋を揉む。
「だが案ずるな。その酵素は高温で破壊される。火を通せば大丈夫だ」
「えっ? 本当?」
「本当よ、コーチの言う通りだわ」
隣から部長が口を挟む。
「じゃ、じゃあ食べてみる!」
嬉しそうに空楽が焼きパイナップルを口に運ぶ。
「本当! ピリピリしない! そして美味しい!」
「喜んで頂いて何よりだ」
覆面の上からも目尻で覆面忍者が笑顔なのが分かる。
「それより、調理を見せてもらうわよ。それがあなたの仕事なのだから」
部長が立ち上がり、調理台を覗き込む。
「あ~、あたしも~」
続けて蘭子も立ち上がる。
「あたしも見ていいかな?」
海美も立ち上がった。
「かまわんよ、男のハートを射止めるには三つの袋があるという。そのひとつ、胃袋を掴むのに役に立つだろう」
ガタッ
海美に続けて、空楽も立ち上がった。
え、お前ら気になる男でも居るの!? 兄ちゃん聞いてないよ!?
「ちなみに、これは男子であっても有効なスキルになる」
肉に片栗粉をまぶし、油に投入しながら覆面忍者が言う。
ん、ちょっと手順が違うな。
俺は今から野菜を油に投入する所だ。
いわゆる油通しだ。
肉はその後になる、覆面忍者とは逆だ。
見た所、野菜もカットされていない、パイナップルも下の部分が焼きパイナップルに使われただけで、ドーナツ状の形を保っていた。
「女の子にもてるの!? じゃあ、ボクもみるー!」
宙弥、お前もか!?
色を知る年齢か!
「ああ、そうだ。その証拠にそこの旦那さんも、美人の奥さんを娶っているじゃないか」
「あらやだ、美人だなんて」
善子さんが頬に手を当て照れる。
うーん、この覆面忍者、口が上手いぞ。
「ちなみに、残りのふたつの袋はなんや?」
おい、魚吉さん! お前知ってて言ってるだろう!?
俺の愛しのガキどもに変な事を吹き込もうとしてるな。
「もうひとつはお袋だな。相手の母親を味方にすると何かと上手く行く」
「最後のひとつはなんや~?」
あいつら少し酔い始めているな。
「それは、笑い袋だな。互いに笑顔を絶やさない事が恋愛の、恋人生活の勝利の鍵だ」
「ちっ、うまいこと言いやがって」
「あら~、そうだったの~、てっきりあたしは、たま……」
「ちょ、蘭子ちゃん! 子供もいるのよ!」
何かを言おうとしていた蘭子の口を部長が塞ぐ。
ナイスだ部長!
「あー、ごめんね撫子ちゃん。でも、この人、腕だけでなく、口も立つね~」
「最初に言ったではないか。この覆面は料理に唾液が入るのを防ぐためにあると」
「そ~だった~」
隣の会話をよそに、ジュワーと俺の鍋が音を立て、野菜に続いて肉が揚げられていく。
そして、俺は隠しておいた秘密食材を鍋に投入する。
じゃーん、その名は白瓜!
シャキシャキとした歯ごたえで、爽やかな甘さを持つ果物だ!
漬物用に冷蔵庫にあったのを俺は知っていたのさ!
えっ、それは野菜であって、フルーツじゃないって?
ちっちっちっ、白瓜は学術的な種はメロンですぞ。
よりメロンの原種に近いのだ!
園芸分野では木に成らないので野菜だが、市場では立派な果物なのさ。
ちょっと、お題にスレスレだが、このくらいは部長もみんなも認めてくれるだろう。
火を通し過ぎると身が崩れるので、最後に投入したのさ。
そして、ケチャップや酢、醤油と酒で調合しておいた甘酢あんと食材を混ぜる。
軽く火を通せば完成だ!
「おしゃべりが過ぎたようだな! 俺の料理は完成したぜ!」
勝利の鍵は俺の手の中にあり、お前は俺の俺の掌で踊っていたのさ。
勝ったな! ガハハ!
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