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第三章 二回戦
その4 皇帝おばんざい
しおりを挟む火鍋のスープは激辛臭が漂う所を除けば普通の物だ。
陰陽形状に仕切られた二つのエリアに赤色と白色のスープが入っている。
赤色の鶏出汁ベースには赤唐辛子が入っている。
白色の匂いからして豚骨白湯ベースには黄色の唐辛子が入っている。
ここまでは予想通りだ。
だが、それに入れて食べる具材が予想と違っていた。
いや、予想を遥かに上回っていた。
並べられているのは、ラクダの瘤、鯨のコロ(脂肪)、形のしっかりしたフカヒレ、戻した干しナマコ、アワビ、白キクラゲ、キヌガサタケ、蒸した金華ハム、羊ばら肉、スッポン、湯葉、伊勢海老、熊の掌、新鮮な烏賊の刺身、青梗菜、葉ニンニク……、食材が何か分かるようにネームプレートが付いている。
「ねえ、なでちゃん、これってもしかして……」
「ええ、私も食べるのは初めてだわ」
「部長も食べた事ないのか」
俺たちは息を飲む。
「これは、この豪華絢爛な具材はもしかしてー!」
司会者のテンションもダダ上がりである。
「フフフ……、審査員の皆も、わしの料理を見ている者も気づいたであろう!」
「たぁーぷりと味わいなよ! 人生で最初で最後になるかもしれないイカした料理を! ちなみにイカはアオリイカだ! サマーが旬だナウ!」
「こ、これが! さ、山海の珍味を! げ、激辛火鍋で味わう! そ、その名も!」
「「「明王満辛全席!!!」」」
三人が決めポーズを取る。
うーん、決めポーズを取るのはお約束なのだろうか。
俺たちのチームも取り入れた方がいいのかな。
「これは凄い! かつて中国の皇帝が数日掛けて食べると言われた満漢全席! それを火鍋で表現している~! 明王は火生三昧と言われる炎の世界に住んでいます。この鍋を食べると! まさに炎の世界で悪魔を調伏だー!」
あの司会者、物知りだな。
確かに、この珍味を食べる機会は人生で最初で最後かもしれない。
真夏の太陽と、火鍋の熱さと、食べずとも分かる辛さで口腔にあふれる唾液が食欲を増進させる。
というか、熊の掌なんて実物は初めて見たぞ!
しかも全ての食材が下味付けや、煮る焼くなどの仕事がされた上で薄くスライスされ、火鍋でしゃぶしゃぶする形になっている。
どれだけの手間と金を掛けているんだ!
「それでは、試食していただきましょー!」
そして一同は恐る恐る箸を進め始めた。
◇◇◇
「からっ! いたっ!」
思わず感想が声に出る。
会場のあちこちからも同じ声が聞こえる。
これは辛いというより痛い。
ラクダの瘤、つまり脂肪なわけだが、その脂肪で辛さが中和されると思った俺が馬鹿だった。
「くっそ辛ぇぞ! これ!」
「だが、この辛さで食材の旨みが増している気がする!」
「くやしいっ! でも……、食べちゃう!」
「胃がー! 胃がー! 辛さを感じてる!」
審査員からも辛い、でも美味いという声が上がっている。
確かに胃が熱い、辛さを中和する為に氷水を飲んでも、まだ熱い!
「フハハハハ! ハバネロ程度の辛さなど、稚戯よ!」
「スコビル値が違うんだよぉー!」
「こ、この辛さを、い、一度味わえば、や、病みつきですよー」
「ここで、聞きなれないスコビル値という単語が出てきましたー! スコビル値とは何でしょうかー! 解説のフリージア様に聞いてみましょう!」
げっ! フリージア様がなんで!
「ハーイ! 夜のアイドルフリージアよ!」
相変わらずエロいな。
「スコビル値とは辛さを表現する指標で、その数値はそのトウガラシのエキスを砂糖水で何倍に希釈すれば辛みを感じなくなるかになりマース」
ん、俺の桃闇が何か危険を感じているぞ!?
「ちなみにスコビル値はハバネロで約20万、だけどトリニダート・スコーピオンでは約120万にも達するわ!」
「120万! それは凄いですね!」
「エロく例えるなら、感度を120万倍に改造されたカラダに……、ちょっ! 何? ホワイ? あーれー!」
フリージア様の席には可愛いライオンのぬいぐるみが置かれた。
「まさに激辛の頂点! その辛さは殺人級! だが箸を止める者は誰もいません! 熱い! 痛い! 辛い! そう言いながらも食べ進めています」
司会者の言う通り、この辛さにもかかわらず食は進む。
「やるわね。普通の食材ならともかく、この満辛全席では食材の珍しさと貴重さが相まって食べてしまうわ」
「ほんと~、一生に一度だから~、もったいないもんね~」
熱い、暑い、汗が止まらない、動機が早くなる、舌も胃も限界を訴えている、だけど手が止まらない。
「さ、最後はデザートですよ。つ、燕の巣のココナッツミルクがけですよ~」
助かった! ああっ女神さまっ!
「うぬの分は、わしが手づから入れてやろう! 食材の旨みがたっぷり入った火鍋の汁を加えて完成だ!」
おゆるしを! 辣王様!
でも美味い、ココナッツミルクの甘味と燕の巣に含まれた出汁の旨みが辛みで引き立って、甘辛く、辛く、からく、から……うま……
気が付くと完食してしまっていた。
◇◇◇
「これはスゴイ! 相当な量があったはずだが、テーブルの食材は全て無くなってしまったー!」
くっ、負けた! くあしいが、おれたちの料理よりはるかに上の完成度だ。
「だ、だいじょうぶ!? りっくん? 顔が真っ青よ?」
まっさお? なにをいっているんだ? こんはにあついじゃのいか!?
「いかん! 少年!」
師匠が俺の側に駆け寄り、マスクを取り、服を緩める。
眩暈がする、体幹が狂っているのは分かるが止められない。
俺だけじゃない、狭くなる視界の端には床に倒れこむ審査員の姿が見えた。
そして師匠は俺を椅子から床におろすと、下にタライを置いた。
「うっ! うぇぇー」
こんな状態でも味は分かるんだな。
辛みと酸味と鉄の味がした。
ヒロインが第一話で吐く漫画はあったが、ヒーローが吐く料理漫画はあったかな?
定まらない思考の中で、俺はそんな事を考えていた。
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