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第七章 決勝
その6 FF:U フグフェスティバル:アンダーグラウンド
しおりを挟む「あっはぁ! あんなゲテモノで、アタシのお魚ちゃんに勝てるかしら」
部長がついに黒い発砲スチロールの箱を開ける。
その中に入っているのは……フグ、トラフグだ。
「これぉ、おいしくいただいちゃうわよ!」
楽しそうに部長がフグを捌いていく。
「撫子選手はトラフグを持ち出して来たー! ご存知の通り、トラフグの調理にはフグ調理師免許が必要です。JKでありながら、免許を持っているとは、さすが『料理愛好倶楽部』のリーダです!」
「もーってるわけ、ないじゃないのさ! ケーケッケ!」
「えっ!?」
ラウンダが驚きの声を上げた。
「あの……それはマズイのでは……」
「これから、もーっとマズくなるわよぉ」
そう言いながら部長は海苔を巻いて軍艦にした酢飯にフグの身と内臓を乗せていく。
腸はしごいて排泄物を除いて酒で洗い、卵巣と精巣は焼いてある。
そして、肝は一口大に切っただけだ。
ご丁寧に肝の軍艦は海苔の代わりに湯引きした皮で巻いてある。
一品、また一品、出来上がる毎に会場のざわつきが強くなる。
「これで、完成よ~、あーおいしそっ!」
確かに見た目は美味そうだ。
食えば極楽が見えるだろう、文字通り。
「えーっと、撫子選手、この魚はトラフグでしたよね? 猛毒のある」
「あらー、そうだったかしら?」
「これは、卵巣と肝と腸ですよね、毒のある部位の」
「あらー、よくわからないわ」
「本当にこれを出すつもりですか!?」
「もちろんよ! ほれ、食べてみる?」
そう言って部長は寿司が盛られた板を突き出す。
「い、いえ、これは審査員の方々の分ですので……、さあ! そろそろターイムアップゥ! です!」
中央モニタの表示が『00:00:00』を指し、プーというブザーが鳴った。
「それでは、先攻の撫子選手の料理から審査して頂きましょお!」
特別審査員と一般審査員の前に部長の寿司が並べられるが、それに箸を伸ばす者はいない。
「ちょっと、これは……ねぇ」
「フグは食いたし命は惜しし、という言葉があってなぁ」
よし、俺の出番だ。
俺は腰を上げてステージに向かう。
だが、俺の隣を一陣の黒い影がすり抜けた。
「フハハ……」
「ほう、うまそうな寿司だな、先に頂いてよいか?」
俺の隣をすり抜けたのは寿師翁だ。
迅い! 俺よりも! 師匠よりも!
「え、ええ、いいわよ。あたしも先に頂いちゃおうかしらっ」
そしてふたりはトラフグ寿司を口に入れる。
「美味いな! この肝と卵巣は初めて食ったが、濃いコクのある味とトロミのある食感が見事なり!」
「ええ、この味は天国に連れて行ってくれるわよぉ」
もっきゅ、もっきゅと部長が頬袋を膨らませて食べる。
ホント、お嬢様なのか。
どっかの騎士王オルタではないのだろうか。
「ふむ、フグの旬は冬であるが、これはそれに匹敵する味わい。つまり養殖ものであろう」
「あー、気づいちゃったっ。そうよ、養殖ものなら季節に関わらず美味しいのよ」
「うぉうぉうぉ! 養殖ものでしたか! それなら安心ですね!」
養殖ものというキーワードに反応して特別審査員の海洋学者が叫び、そして寿司を口に運んだ。
「なるほど、さらに言えば、このフグは海水ではなく、塩泉の水で養殖されているのであろう」
「あらー、ばれちゃった。そうよ、これは養殖もので、塩泉で育った無毒フグちゃんよ!」
「無毒フグ!? そんなのもあるのですか!?」
そう、あれは無毒フグだ。
俺も昨晩初めて知った。
「うぉうぉうぉ! そうですよぉ! フグ毒のテトロドトキシンはエサの藻やプランクトンとその中の細菌が生成した物が生体濃縮された毒なんですよぉ! だから、養殖ものは毒が少なく、エサと環境を完全に管理すれば無毒だって出来るんですよぉ!」
「しかも、これは塩泉で育てている。海水ではなく、湧き水を使っておるのでテトロドトキシンを生成する細菌は最初から入っておらず、増殖の可能性も低い。結果、無毒フグとなる。儂も食べるのは初めてであるがな」
そう言って寿師翁は最後の肝の軍艦を食べ終える。
それに続くように審査員たちも寿司を食べ始めた。
「これ、スゴイ! このコク! 味わい! フグの卵巣ってこんな味だったんだ!」
「腸の肝あえも絶品だ! 肝単体は超絶品だ!」
会場から称賛の声が上がる。
「これはっー! 無毒フグだ! 撫子選手はマズイというテーマに無毒フグをだしてきたぁー! これはマズイ!」
「それだけではないわよぉ!」
「撫子選手!? これ以上マズくなるのですか!?」
部長の言う通り、ここから、この料理の真のマズさが発現する。
さあ、ここからが俺たちのターンだ!
「もーっとマズくなるってのはどういう事でしょうか」
「フグの毒の部位を飲食店で提供する事は法律で禁じられているわ」
「まー、そうでしょうね」
「そして、この無毒フグも例外ではないわ。特区として申請された事はあるけど許可が下りていないの」
「へっ、それって……」
「そーなのさ、これは『法律的にマズイ』料理なのよ! あーおかしい!」
ケタケタと嗤いながら部長が言う。
「アタシ的には、安全が確保されれば特区にしてもいいと思うけど、行政としてはダメなんだろうね。皿に盛った状態だと養殖無毒フグと天然有毒フグの見分けなんてつかないから。もし某探偵事務所が慰安旅行で来たら、きっと死人がでるわ」
「その通りじゃな、行政の言い分は理解できる。毒のある部位を儂の店で出せば、懲役か罰金刑が言い渡されるだろう」
寿師翁もそれに同意する。
「な……撫子選手! あなたは……、もしかして!」
「ええ、アタシはね『命を懸ける覚悟』と言ったじゃないのさ! それは生命を懸けるという意味と、料理人生命も賭けて、アタシはね! ここに立っているのさ! 書類送検くらい、どんとこいよ!」
両手を上げて、Yの字の仁王立ちのポーズで部長が高らかに叫ぶ。
よし、ここで俺の出番だ!
この勝負のターニングポイントは2つある。
ひとつは、審査員が食べてくれるか。
それはクリアした。
そして、ここが2つ目のターニングポイントだ!
「フハハハハ! ニンジャの目を誤魔化せ……」
「ふっ! 残念だが、この寿師翁の目は誤魔化せぬぞ!!」
あれ? 俺のセリフが取られている!?
「この日差しの眩しさで間違ごうてしまったが、お主のフグはサバフグであろう、無毒の」
「あれー? そうだったかしら? アタシは魚には詳しくないので、わからないわ?」
部長がとぼける。
あの、寿師翁がフグの種類を見間違うとは思えない、それはここに居る全員に聞いても意見は一致するだろう。
「うぉうぉうぉ! そうですねぇ! ボクも遠くて見間違えたかもしれません! あれはトラフグじゃなくて、サバフグでしたよぉ!」
著名な海洋学者もそれに続く。
「この皮模様はトラフグに見えるけど、よく見ればサバフグに見えなくもないな」
「うん、サバフグだな」
「養殖だから文様が少し個体差が出てしまったのかもね」
「いやー、さすがに、料理大会で死人が出るなんて事態は起きないさ」
「そうだ、そうだ! サバフグだ! サバフグ!」
「こ、これは!? どういうことでしょぉ! 審査員の皆さんが、あれはトラフグではなく、サバフグだったと事実誤認を宣言しているー!?」
いける! これなら!!
「さあ! いくよ! お前たち!」
部長が俺たちに合図を送り、俺たちはステージに駆けあがる!
「勝利に相応しい素材は決まった!」と師匠が叫ぶ。
「どくがあろうと、たべたくなるみりょく! 白肝!」と蘭子。
「法律なんでくそくらえ! 無法黒!」と俺も叫ぶ。
「そして……、心を惑わせる山吹色の菓子!」と叫ぶのは部長、そして決めるのも部長だ。
「これが魔女のマズイ料理! その名も!」
「「「「フグ祭り! 忖度! ドンタク!!!」」」」
そして俺たちは部長を中心に決めポーズを取る!
決まった! 俺たちの必勝コンボ!
昨晩、俺たちは今日の戦いの勝利への道筋を何度も何度も思案した。
俺たちが勝つ可能性が最も高いのは、師匠も認める最強の寿師翁が出る前の2セットを先取する事。
だが、それでも一筋縄ではいかない。
俺は相手の『目利き』と『包丁技』と『酢飯』を封じる事で勝利を狙った。
部長の策は、なんと審査員を味方に付ける事だった。
部長は自らの覚悟を示し、フグ毒の研究の成果を、無毒フグ養殖を成功させた努力を、文字通り必死な選手を、『”法律違反は即失格”なんて結果で、試合を終わらせたくない!』、そう審査員のみんなに思わせて、『俺たちが何を求めているか』を考えさせて忖度を量らせたのだ。
結果、”有毒のトラフグ”を”無毒のサバフグ”と嘘を言わせた。
「これはっー! マズイー! 何というマズさでしょう! 出した食材も、法律的にも、そして審査員までもグルにしてしまうマズさ!! まさに想像を超えたマズイ料理だぁ―!!」
ラウンダの叫びと共に、会場から割れんばかりの拍手が降り注ぐ。
勝った!
この作戦を立てた時、師匠も言っていた『このコンボが完璧に決まれば勝利は揺るがないだろう』と。
このマズさの前では、たとえ昨年MVPの師匠であっても敗北は必至だと。
その時の俺は気づかなかった。
俺の隣で師匠が流している汗が、暑さによるものではなく、冷や汗だった事に。
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