祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太

文字の大きさ
95 / 100
エピローグ 夢のつづき

エピローグ③ 右手に愛を 左手に祝福を

しおりを挟む
 鈴成凛悟の目覚めはモヤモヤとしたものだった。
 ”祝福ゲーム”における最後の賭けに彼は勝ち、彼の夢のラストシーンは生き返った蜜子の膝枕。
 ここだけなら彼の目覚めはスッキリしたものだっただろう。

 最後に見たのが泣き顔ってのがなぁ。

 瞼を閉じると浮かぶ顔、それが凛悟の目覚めをモヤモヤとさせていた。
 だから彼はそれをスッキリとさせることにした。
 衝動的とも言えるスピードで家を飛び出して。

 ◇◇◇◇

 ハッハッハッと息を切らしながら凛悟は走る。
 周囲の人には目もくれずに。
 そして正面からも同じように一目散いちもくさんに走って来る少女を見つけた。

「センパイ!」
「蜜子!!」

 互いを見つけたふたりは走る速度を上げてそのまま衝突する。
 凛悟は蜜子の身体を抱きかかえるように回転してその威力を殺した。
 往来の真ん中で。

「無事だったんですね! あたしセンパイが死にそうになっているとこを夢で見て、それはもう心配で心配で」
「おっと、涙は厳禁だ。俺は蜜子の笑顔を見に息を切らして来たんだからな」
 
 蜜子の目の端に浮かんだ涙が、そっとぬぐわれる。
 
「えへへ、そうですか。いやー、あたしもちょうど同じ気持ちでした。ところでセンパイ、やっぱりあの夢って……」
「ああ、現実だ。正確にはあの現実は夢になった。藤堂がそうしてくれた」

 凛悟が藤堂に授けた作戦、その最後は、死んだ人が生き返り始めたら”最恵国待遇”で第9の願い『夢にしてくれ』をもう一度リフレインしてくれ、というもの。
 賭けで命を手に入れ、それで死人を生き返らせる。
 さらに夢にして全てを元に戻そう。
 これが凛悟が求めた”祝福ゲーム”のエンディング。

「全部センパイの作戦通りってことですね」
「そうでもない、想定外のことはいっぱいあったさ。俺は蜜子が死ぬシナリオは考えてなかった」

 エゴルトが誰かの死を願わせるところまでは予想出来た。
 だが、その場合殺されるのはみのりのはずで、蜜子の死は凛悟の想定外だった。

「それに最後に話を決めてくれたのはグッドマンさんだったんだぜ。あの人じゃなければここで蜜子と逢えることもなかった」

 そう言いながら凛悟は半ば覆いかぶさるように蜜子をギュッと抱きしめる。

「ちょ、ちょっとセンパイ! そんな情熱的にハグしちゃ周りの人の目が……」
「いいじゃないか。こうしたい気分なんだ」

 アワワワと照れる顔も可愛いなと思いながら凛悟はそのままハグを続ける。

「あー、ペロみてー、あべっくだよ、あべっく」

 ワンッ、ワンッ

 凛悟の情熱的な行動が、嫌でも周囲の人と犬の目を引く。

「ほ、ほら、他の人や犬がみていますから」
「大丈夫だ、たとえ犬が襲ってきても俺が守る」
「え、あ、その、あたしもそんな気分も悪くないけど、あ、そ、そん、そんな……」

 雰囲気に押し流されそうになるふたりを引き裂いたのはピロロロと鳴るスマホの着信音だった。

「あ、センパイ、電話です、電話が来ちゃいました。あー、登録していない番号だけど知ってる! これ藤堂さんでしょ。いやー、やっぱり夢じゃなかったんですねぇー」

 わざとらしく言いながら蜜子はハグから脱出してスマホをタップする。

「はい、花畑です」
『おー、嬢ちゃんか。藤堂や、生きとっか?』
「生きてますよー。死にましたけど」

 藤堂の声を蜜子は冗談混じりで軽く返す。

『そっか、そりゃよかった。あとひとつ確認なんやけど。そこに凛悟はんおる?』
「いますよ、目の前に。代わりましょうか?」
『よかよか、おるんならそれでよか。凛悟はんには作戦は仕上げまで含めて全部上手く行ったって伝えとって。じゃなー』
「え、もう切っちゃうんですか?」
『ワイはこれからみのりちゃんの握手会の徹夜並びに行くとよ。ワイが身を切った結果もわかったし、十分や』

 あまりにも短い報告に蜜子はチラチラと凛悟の方を見る。
 だが凛悟は、こちらも話すことはない、と手を振るだけ。

『あ、そうや、ひとつ言い忘れとった』
「何ですか?」
『幸せになりや』
「言われなくても」

 その返事に満足したように通話は切れた。

「藤堂は何て言ってた?」
「作戦は仕上げまで上手く行ったそうです」
「そいつは良かった。結局、この”祝福ゲーム”の勝者は藤堂ってことか」

 ”最恵国待遇”で手に入れたもう一度リフレインの願いの数々。
 この”祝福ゲーム”で最も利益を得る存在が勝者だとしたら、それは間違いなく藤堂だろう。
 そう思いながら凛悟は軽く肩をすくめる。

「それがですね。妙なことを言ってたんですよ」
「妙なことって?」
「センパイがここにいるならいいとか、身を切ったとか、幸せになりやとか」
「なるほど、それで蜜子は『言われなくても』って答えたわけか」

 ニヤニヤと笑う凛悟を前に蜜子の顔が赤くなる。
 
「で、でも、いったいどういう意味なんでしょね。それにセンパイの作戦にも興味あります」
「そうだな、それじゃどこかの店でゆっくりと話そうか。俺も別れている時に蜜子がどうしていたか気になる」
「あら~、ひょっとして不安だったんですかぁ? 他の男に口説かれてないかとか」

 今度は蜜子がニヤニヤと笑う番だった。
 
「それじゃ、どこか落ち着ける所で話すとするか」
「はい、ふたりっきりになれる所でゆっくりとお話しましょう」

 凛悟が差し出した右手を蜜子の左手が包む。
 そしてふたりは手をつないで歩き出した。
 互いの手からふたりが感じるのは温かさと愛しさ。
 それはまるで──。
 ”祝福”がその手に宿っているかのようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...