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8. 略取①
しおりを挟む「ばれてしまっては仕方がない。こんな田舎に随分と察しの良い若者がいたものだ」
男は俺に向かってにこりと笑いかけるがそれは決して友好的なものではなく、冷たく、嘲るような微笑みだった。
「私は王立騎士団第一部隊の副隊長、レネ・シュナイダー。こっちは副官のスタンだ」
シュナイダーと名乗った青髪の男が背後に控える大男を顎でしゃくる。
"第一部隊"という言葉を耳にした途端、ウィルの身体がぴしりと強張った。俺はウィルを背に隠すように立ち位置をずらす。ウィルの方が背が高いから気持ちの問題だが。
「王都のエリート様がこんな田舎に何のご用ですか? うちの村、特に何もありませんけど」
青髪の騎士ーーシュナイダーは既にウィルの魔力に気付いているかもしれないが、俺はまるで何も知らないという体で目の前の二人に尋ねた。
シュナイダーは顎に手を当て何か思惑するように俺を見下ろすと、その小さな口をゆっくりと開いた。
「先日、大神官の元にとあるお告げが降った。曰く、狼の生き残りが青き装飾を身に纏いこの国を厄災から救う……とな」
「お告げ……?」
大神官とやらのお告げと彼らがこの村を訪ねてきたことに何の脈略も見出せない。ウィルは何か心当たりがあったようで、背後で小さく身じろぐ音が聞こえた。
「お前が青狼衆の生き残り、ウィルフリード・サフィルスだな」
シュナイダーの目線が俺を通り越し、ウィルを捉えながら断言した。
セイロウシュウという言葉に聞き覚えは無い。だが、彼がウィルの正体を知っていることは明白だった。"サフィルス"はウィルがリヒターさんに引き取られる前の姓だ。今やその事実を知っているのはウィルの他には俺と両親、リヒターさんの四人だけのはずだったのだがーー。
「狼の生き残り、というのは全く心当たりがない。他を当たってくれ」
ウィルが感情を殺したような平坦な声で答えた。
「下手な言い逃れは不要だ、サフィルス。村の位置、歳の頃、極め付けにその魔力……お前があの集落の唯一の生き残りだと私は確信を持っている」
じろじろと、舐めるようにウィルの全身を見ながらシュナイダーは続ける。
「魔力は強力そうだし、戦闘向きの体つきだな。見たところ銃も扱えるようだし、鍛えればうちでも十分使い物になるだろう。なぁ、カイデン?」
シュナイダーは身体を少しだけ背後に向け、赤髪の大男に問いかけた。
「さあな。そいつの努力次第だろう」
「お前は相変わらず厳しいな。私は悪くないと思うんだが」
飄々と話す二人を睨みつけながら頭を回す。こいつらはさっき何と言っていた。狼の生き残りがこの国を救う? つまり、ウィルが国を救うって、そう言いたいのか?
シュナイダーはまた笑みを浮かべ、ウィルに向かって語りかけた。
「国民たちはまだ気付いていないが、この国には危機が訪れようとしている。ウィルフリード・サフィルス、王立騎士団の一員となり一緒にこの国を救ってくれないだろうか? 今より良い暮らしを保証するし、厄災から国を救えば英雄として崇められ一生安泰だろう」
「……断る」
ただ一言きっぱりと言い切ったウィルを振り返ると、口を真一文字に結び首を横に振っていた。
「なぜ? 多少大変な思いもするだろうが、悪い話ではないだろう?」
「国を救うのも、一生の安泰もどうだっていい。俺はこの村で静かに暮らしていければそれでいいんだ」
俺の肩に左腕を回し、隠すように抱き寄せながらウィルが言った。ウィルの鎖骨あたりに顔が埋まり、彼がじんわりと汗をかいていることに気がついた。
「へぇ、富や名声よりもよっぽど大切なものがあるようだな」
「そうだ。だから俺は騎士団に入るつもりなんてさらさら無い。国の危機なら、自分たちだけでどうにかしてくれ」
「せっかくこちらが下手に出てやったというのに……」
シュナイダーはため息をひとつ吐き、呆れたような声で続けた。
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