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千葉恵
第3話 愛にならなかったから
しおりを挟むその日の夜、2人はいつものようにソファでダラダラと過ごしていた。
互いにスマホを眺め、特に会話もなく、各々の時間を過ごしている。
7年付き合っているカップルなんてこんなものだろう、と思う反面。
付き合いたての頃の、終始ベタベタとくっついてたあの頃を懐かしく思うことがある。
あの頃は舞い上がっていて、この人と結婚出来たら幸せだろうなぁ~なんて盲目的に考えていた。
今も別に嫌いになったわけじゃない、このまま一緒にいようと思えば一緒にいられる。
夜の営みだって、回数は少なくなったものの、定期的に誘われる。
一緒にいても、特に大きな不満はない。
ただ、きっと結婚相手ではない。
愛じゃなく、情があるだけなんだ。
彼に対して、愛を捧げることは出来ないし、野山の言った未来のリスクに打ち勝つ覚悟もない。
今だって、航平はどこで何をしているのか、何を考えているのか分からない時がある。
給料日の次の日に、もうお金がないなんて言い出すこともあった。
見ないフリをしていたけれど、本当は指摘したい箇所があるということに気付く。
それはきっと、結婚というものがどういうものなのか、薄っすらとその輪郭が見えてきたからなのだろう。
そしてその輪郭に彼を当てはめてみた結果、恵の結婚相手としては相応しくないと判断せざるを得なかった。
「航平、やっぱり結婚する気はないよね」
恵の質問に、航平はあからさまなため息をつく。
「はぁ~、、、、またその話?流石にウザいんだけど」
「うん、ウザいと思う。何度も同じ話を持ちかけてごめん。私、結婚しなきゃって焦って、間違った選択をしてたっぽい」
「うん、間違ってるよ。結婚は焦ってするものじゃない。時が来たら自然と結婚に向かってるもんなんだよ」
やっぱり、何も分かっていない。
恵の決意は固まった。
「違う、間違った選択ってのは、焦って結婚しようとしていたことじゃなくて、航平を結婚相手にしようとしていたこと」
「、、、、、どゆこと?」
航平は珍しくスマホから顔を上げ、恵を見ていた。
「結婚をするためには、愛と覚悟が必要なんだと思う。私の航平に向けている感情は、愛じゃなくてただの情。7年も一緒にいたっていう慣れ。それなのに結婚を焦るばかり、愛がないのに航平と結婚しようとしていたってことが間違っていたの」
「はぁ?喧嘩売ってんの?」
航平は目を見開き、威圧している。
「これこそ喧嘩するような話じゃないよ。私はこれから先、私たちに訪れるであろう沢山の困難を、航平と一緒に乗り越える覚悟が出来ない」
ああ、言ってしまった。
いつかは言わなければいけなかった、でも言いたくなかった言葉を遂に言ってしまった。
航平はスマホをぶん投げ、怒りを露わにした。
「お前ふざけんなよ!7年も付き合っておいて、今更そんなこと言うか?結婚結婚ってプレッシャーを与えておきながら、あなたとは結婚出来ないって?何様のつもりだ!」
「7年も付き合っておいて、互いに結婚する覚悟が出来なかった。航平だって、だから結婚に踏み出せなかったんでしょ?」
「でた、また結婚だよ。もう聞き飽きたわ」
聞き飽きた?
あなたが先延ばしにしてきたからでしょう!
恵の怒りが頂点に達した。
しかし、言葉をグッと飲み込む。
今の私の望みは、航平と結婚することではない。
結婚についての話題で議論したって、もはや不毛なのだ。
「私は愛と覚悟をもって、結婚を決めたい。そして幸せになりたい。でも、それはあなたじゃないって分かった」
恵の言葉を聞いて、航平は目を伏せた。
「何?別れたいってこと?」
「うん、別れよう」
「マジで言ってんの?」
「うん」
正直なところ、名残惜しい。
7年分の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
「まぁいいや、じゃあ今日から俺とお前は他人ってことで」
航平は荒々しく荷物をまとめ始めた。
この家は恵が契約している。
航平が居候という形で同居していたので、きっと出て行くつもりなのだろう。
その後ろ姿を見て、なんだか哀れに思えてきた。
7年間、同じ時間を楽しく幸せに過ごしたという事実は変わらない。
7年付き合っていても、別れはこんなにもあっさり決まるものなのか。
別れを切り出したのは恵の方だが、身勝手な別れ方だなぁと思う。
ごめんね、と言いかけて、それは違うと思った。
「今までありがとうね」
恵は荷物をまとめる航平の後ろ姿に声をかける。
しかし、返答はない。
すぐに違う彼女が出来るんだろうなぁ。
それはそれで悔しいけれど、航平を支えてくれる誰かがいてくれたら良いなぁと思う。
「ちゃんとバランス良くご飯食べるんだよ」
航平はいつもカップラーメンばかり食べていた。
恵が料理を作らない限り、3食カップ麺を食べることも平気な様子だった。
明日から、またその生活をするのだろう。
そして、また風邪をひくのだろう。
「たまには無理しないで、休んでね」
恵の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
なんてことはない、世の中にはこんな別れがありふれている。
たかが人生の何分の一かを共に生きただけで、ドラマのワンシーンのようにはならない。
「元気でね」
これからは知らない人になるけれど。
航平なりの幸せの在り方を見つけてほしいと、心から願っている。
適当にカバンに衣服を詰め込み、航平は玄関へ向かった。
「じゃあな」
そして荒々しく扉を開け、足早にいなくなった。
「、、、じゃあね」
静まり返った部屋で、恵は孤独を噛み締めていた。
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