野菜士リーン

longshu

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第1章

1-B 水の賢者フィリ

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<失われた私の古き都よ
水底に沈んだ麗しき都よ
ルーンの巡りを現す都よ
その盛衰は真理の慣わし>

『ミズガルズ』の最西端 打ち捨てられた僻地『ファニステール』の断崖絶壁の上で、140cm程の小柄で清楚なノームが静かに一人佇んでいる。一般にノームは人間をそのまま一回り小さくしたような風貌ではあるが、彼女はその中では大きい方である。一目で、数百年の歳月を経て培われた高潔さ、世俗の事にはまったくと言って良いほど心動かされる事の無いであろう幽界の水面のような落ち着きを感じさせた。『水の賢者』フィリである。

フィリは、海底に沈んだ古都『イス』を眼下に収めつつ謳う。鏡のような水面の透き通った海にその過去の栄華は映しだされている。かつて『ミズガルズ』に君臨した、森と水の美都、ノームの栄華を。在りし日の彼女の統治と繁栄を。そしてその上に重たく美しく容赦なくのしかかる美しき水面は、今の日の『死者の海』と変わり果ててしまう機縁となった『世界蛇』の力を見せつける。

断崖絶壁から向こうに続くのは果てしない灼熱の岩石砂漠だ、古来、ノーム達の強大な水のルーンの力で岩石砂漠に築いたオアシス都市であったが、そんな水の都市『イス』を大地ごと飲み込んでしまった『世界蛇』ヨルムンガンドが起こした大洪水以降、辺りは冷徹な自然の雰囲気にすっかり飲まれてしまっている。

<そしてまた繰り返す隆盛と堕落
小宇宙のありのままの姿
あなたは一人どこへ行く
わたしを置き去りにして>

<その王宮は華麗にして繊細
光りあふれる天界の装飾
今では青き生命の子の下
わたしの宮よ>

海底に沈んだ古都『イス』には、もちろん古代のノーム達が住んでいた往年の賑わいはない。ノームに多い商売に長けた商人たちや、繁華街で遊ぶ子供達、水魔法や土魔法を使って農耕に励む農民達、冒険者の一群、そしてノーム特有の敬虔なドルイド僧と自然と調和し清潔に厳かにそびえる寺院、そう言った伝説の民達の面影は数百年も過去のものであった。

そしてその跡地は、今や辺り一面海藻と珊瑚に覆われ、かつての住宅街を楽しそうに縫って泳ぐ熱帯魚や、水中に没した民家に居を構えているマーマンとマーメイドの夫婦、水の自然都市ならではの瀟洒な噴水の中央に設置されている女神像と、それに腰を掛けている歌の練習をしている美しいセイレーン、そんな水の妖精たちの楽園となっている。その移り変わり、栄枯盛衰は、残酷にもフィリの見渡す鏡面のような冷たい水面から鳥瞰図のように見渡すことができるのであった。

<失われた私の古き都よ
水底に沈んだ麗しき都よ
ルーンの巡りを現す都よ
その行く末は時の彼方>

「はぁ、、、感傷に浸ってても仕方ないわね。そろそろ歯車が回り出す頃、はるか神話の古代より道理の定まっている規律的な歯車が。わたしも、友と同じくルーンの導きに従って動くことにしましょう。」

フィリは一人つぶやき、彼女の都、遥か深海に沈んだ廃墟『イス』を後にする。

『水の賢者』イスは、つらつら歩きながら、はるか昔の『ヨルムンガンド』との死闘を思い出していた。現代の人間の栄華の結晶『イスティファルド』王宮に勝るとも劣らなかったノームの水の美都『イス』を、水面下に沈めてしまったあの忌まわしい『世界蛇』との死闘を。

彼女が『ミズガルズ』のノームの都『イス』の女王の立場において『水の賢者』の力を行使したのは300年前の呪蛇から『イス』の都を守らんとした『静謐なる戦い』の一回のみ。そして、彼女の強固な防御魔法や、大蛇を凍らせる魔法、また彼女の国のノーム達の防戦も虚しく、『イス』は水面の下に沈んでしまった。現在の全く波のない鏡のような水面は、ノーム達の防御魔法の名残である。また期せずして、その『イス』の姿をありのままに見せる事で彼女たちの慰みにもなっているのであった。

フィリは、今や地下世界『ムスペッルスヘイム』に居を移すことになった、ノームの王国『ライラックガーデン』の千年女王にして『水の賢者』である。年齢を感じさせない磁器のような美しく無機的な顔立ち、そしてその瞳には賢者としての聡明さも併せ持つ。

薄水色のドレスを身にまとい、艶のある軽くウェーブの掛かった蒼紫色の髪を長く伸ばし、瞳は自然界に燦然と輝く水晶のような蒼色をしている。手にはノームの伝説の工芸家『イルトト』によって作られた、王国に古くから伝わるルーンロッド『シャロス』を携えている。その力は対『ヨルムンガンド』戦にて一旦開放され、それ以降300年に渡り力を蓄え続けているとも言われている。

彼女がノーム達のリーダーとして、手腕を発揮しだしたのは約500年前からである。当時また建設途上だった『イス』の都を、水車や噴水や水路を移動するための水上船といった水魔法による永久機関に彩られた最高の美観を持つ白い水都として構築したのが彼女の最初の仕事であった。

ノームの王は通常世襲ではなく、前王の指名により次の王が決まる任命制によるが、彼女の持つ才覚、人望、業績から満場一致で指名されたのであった。彼女としては荷の重い女王に就くのは乗り気ではなく、世界を裏から支える『水の賢者』のみをつつがなく任じていたかったのだが、老齢のノームのかかる種族病、石化病にかかり徐々に身体の自由を奪われて老い先短くなっていた先王であり伝説の戦士であるハルアンに懇願され泣く泣く引き受けたのであった。

(はぁ、イスの都が沈没瓦解してしまったのも相当の痛手だったけど、女王を引き受けざるを得なかったときも、ちょっとあれだったわね、あれから500年、私もだんだんと疲れてきて人間であるラルフの死にたがる気持ちも分かるようになってきたわ、『水の賢者』は死ねば自動的に次の生命体に引き継がれるからよいとして、女王の仕事もそろそろ次の王にその任を譲りたいのだけど、、、)

そんな、愚痴を語る相手もはるか遠方に一人しかいない。彼女はまた一人での散策を終えると沈んでしまった王都の代わりに建てた地下世界の王都『ルルロロノラムスル』に戻るのであった。
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