戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
20 / 70

朝日の中

しおりを挟む
 ハワイの警察当局の番号を教えてもらい、そこに電話を掛けた。事情を説明するのにかなり難儀したが、アメリカ人も多く乗っている豪華客船に不法な銃器が山のようにあると伝えると、「すぐにヘリを向かわせる」との返事をしてくれた。
 電話が切れたと同時に、身体からフッと力が抜ける。無理していた分の疲れが、ここに来てドッと押し寄せてきたのだろう。
 衛生電話を船長に返し、俺は計器類にもたれかかると足を伸ばした。
「スマン。……少し、休ませてくれ」
 身体が重い。腕を上げるのもダルく、酷く億劫に感じる。ゆっくりと息を吐いて、強張った身体から力を抜いていく。
 目を閉じると、意識が沈み込むまま眠りに落ちた。

 一体、どれだけの時間が経っただろうか。
 一瞬だけだった気がするし、何年も寝ていたような気もする。天地がひっくり返ったような気もする。
 ここが果たして何処なのかも分からない。曖昧な意識の中、点々と思い出すのは駆け巡ってきた戦場の記憶である。
 中東の砂漠で、イスラム過激派のテクニカル武装車両に追いかけ回されて死にかけた事。
 黒海に面する半島の街で、敵を目の前に銃が弾切れを起こした事。
 太平洋に浮かぶ豪華客船の中で、サブマシンガンをぶっ放した事。
「…………ん?」
 若干セピアがかった記憶の中に確かにある、総天然色の記憶。
 目をゆっくりと開けてみると、見覚えのある少女が俺の顔を覗き込んでいた。誰かが掛けてくれたのか、毛布が俺の身体に掛けられている。
「ん……。ああ……くそ、寝てた……」
 目をこすり、腕時計を見る。時刻は午前九時。今この船が太平洋の何処を航行しているか分からないので、時差とかも計算出来ない。正確な時刻は分からないけれど、とにかく窓から差し込む光やそれによって出来た影から、今が間違いなく午前中なのは理解した。
 硬い床に硬い背もたれで寝ていたせいで、痛む身体をさすり立ち上がった。
 隣に目を向けると、イリナも毛布に包まってスヤスヤと寝息を立てている。本当に大人しくしていればモデルでもなんでも務まりそうな顔をしているのに、こんな商売を好き好んでやっているのだから世界ってモノはよく分からない。
 その流れで周囲を見てみると、連れてきた子供達も毛布に包まっていて安らかな寝息を立てている。
「起きたみたいだな」
 船長が奥の扉から現れる。その手にあるお盆には、結露で濡れている水差しとコップが何個かあった。
「下は混乱状態だ。プールで走っただけでもかなりのインパクトがあったみたいで、何人かの客が何にも知らない運営側に問い詰めたらしい。それで、色々と騒がしい事になったみたいだな」
 船長は水差しからコップに水を注ぐと、彼はそれを俺に差し出してきた。
「……ども」
 俺はそれを受け取り、冷たい液体を胃に流し込んだ。五臓六腑に染みわたる。よく考えれば、昨日の夕方から飲まず食わずで動いている。染みわたるはずだ。
 口元を拭い冷たい液体が口の中を通り過ぎる余韻に震えていると、船長が椅子に腰掛けながら口を開いた。
「アンタの話、最初は信じられなかったが……。事情が変わった。この船で人身売買が行われていたのは本当の様だな」
 俺はゆっくりと船長の方を向いた。船長の顔からは昨日あった疑いの眼差しは無く、俺を一人の人間として真剣に見ていた。
「……どうして、急にそんな事を?」
 俺の返しに、彼は「いやな、あの姉さんには言ったんだけどさ」と前置きをして話を始めた。
「昨日の夜、何人かのウェイターが姿を晦ましたようだ。奴等の荷物と救命ボートも一隻、消えていたそうだ」
「……逃げた?」
「十中八九そうだろう。エンジン音を聞いた奴もいるらしいから、原動機を救命ボートに着けて、即席のモーターボートにしたんだろうな」
 船長の話を聞く限り、連中の手際がやけに良い。やはり、それなりの訓練を受けた連中なのだろう。
 元軍人か、この撤収の速さから勘繰るに案外俺やイリナと同じ経歴なのかもしれない。元傭兵の再就職先なんて、たかが知れている。
 俺みたいに全く関係ない職種で働く事なんてそもそも稀だ。イリナみたいに昔取った杵柄とばかりにその経験と経歴を活かして、一つの場所に収まるか……もしくは方々で暴れ回るか、その二択しかないものだ。
 要は警備員かヤクザ的な危ない自営業、という事だ。
 仮に連中が前者ならまだ追跡のしようがあるだろう。しかし、後者ならこの事件を追うのは一気に難しくなるだろう。
 俺が捜査する訳じゃないが、それでもこの事件を追う奴には気の毒な話である。
「アンタが寝ている間にそこの姉さんに聞いて、ガキンチョが閉じ込められてたって場所に行ってみたら……閉じ込められてたらしい檻やら、ドンパチに使わなかったらしい幾つかの銃器が残されてたよ」
「……昨日、言っただろ」
「何処かの大陸の国に、『百聞は一見に如かず』っていう言葉がある。それが俺の信条なんだ。海の上じゃあ、リアリズムが無ければ生きていけないもんでね」
「……そうですかい」
 頭を掻きながら、船の男も戦場の男も似たり寄ったりだとぼんやりと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...