戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
25 / 70

甲板の中

しおりを挟む
 イリナはまずトイレでのエレナの様子を語った。
「エレナちゃん。うずくまって、震えてたわ。まるで、何かに怯えているみたいだった」
「……怯えてる」
「そう。だから、聞いたの。『何に怯えてるの? 何が怖いの?』って」
「そしたら?」
「『一人になるのが、怖い』って返してきたの」
「……一人」
「そう。一人」
「独りぼっち……」
 『ひとり』と何度も呟き、俺はゆっくりと首を上へと傾けた。そこには雲一つ無い瑞々しい青が広がっている。しかし、そこに答えは書かれていない。
「……あの子、親はどうなんだろうな」
 そう口にした後、俺はエレナと最初に出会った時の事を思い出した。
『私達は売られたり、攫われたりした』
 とあの子は言っていた。
「……いや、望み薄か」
 すぐにそう言って、先程の発言を相殺する。
 攫われたならいいが、売られたとしたら希望もへったくれもあったものではない。第一、どんな理由があろうが子を売る親なんて、親と呼ぶ事すら許されない奴だ。というか、それ以前に人間として失格だ。
「味方となってくれる人もいない。せっかく知り合った同じだったり、似た様な境遇の仲間もいずれは……」
 俺の呟きから察したようで、イリナも天を仰ぐ。
 今思えば、あの年相応でない大人びた雰囲気も彼女なりの、処世術。正確に言えば、生存戦略だったのだろう。一人で生きていくには全てが厳しい状況下で、早くに大人になって生きようとしたに違いない。
 しかし、エレナの風貌から考えて歳の方は行ってて十歳だ。だが、ここにきて年相応の脆さが現れてしまったのだろう。
「独りぼっち、か」
 その気持ちは分からないでもない。ここ数日は起きていないが、発作が起きた時は嫌でもそんな気分にさせられるる。自分一人しか味わっていない苦しみという点と、その瞬間は強制的に外部との交流を閉ざされるからだ。
「……助けになってやりたいけど、いったいどうすりゃあいいのか」
 俺の言葉に対し、イリナは即座に言葉を返してきた。
「独りぼっちにさせないって事なら、あの子を養子にするって方法があるけど」
 養子。結婚と並んで、血の繋がりの無い他人を家族に出来る数少ない方法である。だが、結婚と違ってペラ紙一枚に名前書いてハンコ押して終わりじゃないのが養子縁組だ。
 詳しい訳じゃないが、あれには大変な諸々の手続きがあったはずだ。それに、本人の意思も重要だろう。
「……簡単に言ってくれるよ」
「あら。結構、良い案だと思ったんだけど」
「ほざけ。こんな奴が女の子と養子縁組したいなんて言ってみろ、一発で犯罪者扱いだ」
 手続きを踏んでいるだけ人身売買の買い手よりいくらかマシだが、何も知らない他人からしたらロリコンと思われてもおかしくはない。
 しかし、イリナは冷静に。
「……他人がどう思おうが、それは他人の勝手であってアンタには関係なくない?」
 そう言いながら、真面目な顔で俺を見詰めてきた。本質を突いたその言葉に、俺は「そうだな」と肯定の意を示すしかなかった。
「でしょ? だったら、つべこべ言わずに動いてみればいいじゃない。私も、出来ることならやるからさ」
「お前……」
 俺がイリナを見つめ返すと、彼女も今度は得意げな笑みを浮かべた。
「やるだけやってみようよ。やっちゃいけないってルールもない事だしさ」
 俺はもう一度、首を上へ傾けた。相も変わらず空には何も書かれていない。それなのに何故、誰に言われたでも教えられたでもないのに、天を仰いでしまうのか。
「……そう、だな」
「でしょ? 当たって砕けろの精神で、やってみれば」
「……砕けちゃ駄目だろ」
「ハハハッ。それもそうだね」
 イリナは笑みを強め、次には声に出して笑いだした。
 たまに、コイツが馬鹿なのか頭良いのか分からなくなる時がある。今がその時だ。
「ま、とにかく。やってみようよ」
「話は分かった。ただ……もう少し考えさせてくれ」
 正直なところ、今はこれで精一杯だった。
「……あれ? 船の時はあっさりと乗ってくれたのに」
「あの時とは状況も何も違い過ぎるんだよ」
 船の時は俺とイリナの二人だけで敵地に突っ込んでいくだけだったが、養子云々は突っ込んでいくだけでは済まない。
 人一人の人生を背負うのだ。傭兵時代とは違う。殺し殺され、死ぬ時は一人寂しく路傍に打ち捨てられるのみ。要は一人で世話が済んでいた。
 だが、どうだ。人を一人育てる苦労は育てたものにしか分からぬものであり、結婚すらしたことの無い俺には想像すら及ばない。それに、生きる目的すらあやふやで、鏡に映る姿は、まさに死にぞこないのそれ。
 そんな奴に、果たして子供を立派に育てられるのか。
 十人中十人が「NO」と答えるだろう。正直なところ、自分でも自信が無い。
「……まぁ、時間はまだあるし。相談にも乗るからさ」
 俺の顔が曇りに曇っているのを見て、イリナも押すのを一度止めて置きにきた。やはり、ただの猪突猛進の馬鹿女ではない。
 そして俺も、そういった気遣いが分からない男ではない。
「ありがとうな」
 ぎこちない笑いしか作れなかったが、彼女には伝わったようで小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

僕らの10パーセントは無限大

華子
青春
 10%の確率でしか未来を生きられない少女と  過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと  やたらとポジティブなホームレス 「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」 「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」    もし、あたなら。  10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と  90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。  そのどちらを信じますか。 ***  心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。  追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。  幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...