戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
27 / 70

休憩室の中

しおりを挟む
 とんでもない光景を目にしてから飲んだ茶は、味が全くしなかった。
 子供達は食うだけ食って、間借りした会議室の中でまた寝てしまう。俺とイリナは会議室の外のソファーを並べただけの休憩スペースで、子供達の事を話すことにした。
「……あの子達は、これからどうなるんだろうな?」
「普通に考えて、施設に送られるでしょうね。保護したのが沿岸警備隊だし、十中八九アメリカの施設に入る事になるでしょう」
「……そこで、上手くやっていけるのかな」
「さぁね。そればかりは、本人達の意識の問題だし。私達がどうやっても何も出来ないよ」
「……だよなぁ」
 俺の気分が段々下がっていくのに、イリナは変わらない様子で、というか足をブラブラさせて余裕そうでもある。
「何度も言うけどさ。こればかりは、私達が悩んだってどうしようもないことなんだからさ。もう少し建設的な話をしようよ」
「……………………」
 建設的な話。イリナは暗に養子の件を進めようとしているのだ。誘導されるのは少し気に食わなかったが、ここで貝の如く押し黙っているよりは百倍マシだと思い、本音を口にする。
「……俺個人としては、引き取りたい」
 俺はその理由として、イリナにさっきの食堂で見た光景を話した。勿論、イリナも同じ場所に居たから共感はすぐに得られた。
「……なるほど」
 括りとしては文明人に入る彼女も、何も知らないという残酷さとグロテスクさを知っている。それほど、何も知らないということは、ある意味では幸せで、恐ろしいのだ。
「だからさっきからテンションが低かったのね」
「……ああ」
 俺が肯定の意として頷くと、イリナはさもありなんと顔に出す。
「……エレナちゃんも、似たような感じだったしね」
 あの光景の中には、当然エレナもいた。他より歳上な分、幾らかマシではあったがそれでも酷い有様だった。
 彼女の足元には、お盆を知らないクラッカーの欠片が散らばっており、スプーンの握り方も赤子のそれだ。
 まともな躾をされていない証拠とも言える。
 嫌悪より先に哀れみ、いやそれすらも通り過ぎた恐怖がきてしまった。しかし、それらの感情が過ぎ去って残ったのは一つの決意だった。
「なんというか……アレ見て、思ったんだよ。理屈とか、細かい感情を抜きにしてよ。"育ててやらなきゃ"って」
 俺の言葉にイリナは微笑んだ。まるで、その言葉を待っていたと言わんばかりに。
「……そう」
 そして、驚くぐらい優しい声で呟いた。と同時に、先の見えないこの事態も、なんとかはならなくてもどうにかはなるはずと思わせてくれるくらい、力強い声だった。
 だが。
「……養子縁組って、どうすればいいんだろうな」
「さぁ?」
 前途多難である事に変わりはない。

 インターネットを使い、養子縁組について調べた。結論から言えば、俺がエレナを養子として迎え入れる事は不可能では無い。
 養子を迎え入れられる大まかな条件は四つある。
 まず一つが、養親が二十歳以上であること。次が養子が養親よりも歳下であること。その次が、養子が十五歳未満の場合は法定代理人の許可をとること。最後が、養子が二十歳未満である場合は家庭裁判所の許可をとることである。
 前述の二つはクリアしている。俺は四十八歳、エレナは八歳程、少なくとも俺より年上ではないだろう。
 家庭裁判所の許可も、詳しい事は分からないが貯金や社会性なんかを見られるだろうから、然程不安には感じないのだが、最後の一つは中々に難しく厳しい。
 (おそらくだが)親に捨てられたエレナに法定代理人なんて存在がいるとは思えないし、付きそうな代理人としてはFBIか彼等が何処からともなく連れてくる奴だ。
 そんなお硬そうな奴が、果たしてこんな俺との養子縁組を認めるであろうか。
 もっともこればかりは、実際に試してみないと話にならないが。
「……聞いてみるか」
 FBIのコッポラもこの建物の中にいるはずである。
 あの若造がどんな反応をするか。それが一番気になり、一番怖いところである。
 イリナを伴ってオフィスに向かう。そこを覗いて、コッポラがいなかったので近くにいた隊員に彼の所在を尋ねた。
「あのFBIなら、第三会議室にいますよ」
「そうですか。ご丁寧にどうも」
 心優しき隊員に礼を言い、件の第三会議室に向かう。その扉の前で俺は拳を握りしめノックをしようとしたが、イリナはノックもせずに扉を開けた。
 傲岸不遜もここに極まれりである。
「……おい」
「……あの」
 俺の白い目と、コッポラの小さな自己主張がイリナを中心にして交差する。だが、彼女はそんなもの知ったことじゃないと言わんばかりの態度だ。
「いきなり失礼」
 悪びれもせず飄々とそう言い放つのが良い証拠だ。
「……なんです?」
 それに対しコッポラは、口元を引きつらせながらもなんとかそのエリート面を崩さないよう努力している。一般市民に舐められない様、頑張る姿はとても涙ぐましい。
 俺は申し訳ないと思いつつも、喋らなきゃ話が進まないので口を開く。
「相談があるんだが……」
「なんでしょうか」
 イリナよりかは話が通じると思われているのか、少しだけ声色が穏やかになっている。
 だけど。
「保護した子供を引き取りたいんだが……」
 俺の発言を聞いた瞬間、コッポラの顔はムンクの叫びへと変わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...