戦う理由

タヌキ

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休憩室の中

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 とんでもない光景を目にしてから飲んだ茶は、味が全くしなかった。
 子供達は食うだけ食って、間借りした会議室の中でまた寝てしまう。俺とイリナは会議室の外のソファーを並べただけの休憩スペースで、子供達の事を話すことにした。
「……あの子達は、これからどうなるんだろうな?」
「普通に考えて、施設に送られるでしょうね。保護したのが沿岸警備隊だし、十中八九アメリカの施設に入る事になるでしょう」
「……そこで、上手くやっていけるのかな」
「さぁね。そればかりは、本人達の意識の問題だし。私達がどうやっても何も出来ないよ」
「……だよなぁ」
 俺の気分が段々下がっていくのに、イリナは変わらない様子で、というか足をブラブラさせて余裕そうでもある。
「何度も言うけどさ。こればかりは、私達が悩んだってどうしようもないことなんだからさ。もう少し建設的な話をしようよ」
「……………………」
 建設的な話。イリナは暗に養子の件を進めようとしているのだ。誘導されるのは少し気に食わなかったが、ここで貝の如く押し黙っているよりは百倍マシだと思い、本音を口にする。
「……俺個人としては、引き取りたい」
 俺はその理由として、イリナにさっきの食堂で見た光景を話した。勿論、イリナも同じ場所に居たから共感はすぐに得られた。
「……なるほど」
 括りとしては文明人に入る彼女も、何も知らないという残酷さとグロテスクさを知っている。それほど、何も知らないということは、ある意味では幸せで、恐ろしいのだ。
「だからさっきからテンションが低かったのね」
「……ああ」
 俺が肯定の意として頷くと、イリナはさもありなんと顔に出す。
「……エレナちゃんも、似たような感じだったしね」
 あの光景の中には、当然エレナもいた。他より歳上な分、幾らかマシではあったがそれでも酷い有様だった。
 彼女の足元には、お盆を知らないクラッカーの欠片が散らばっており、スプーンの握り方も赤子のそれだ。
 まともな躾をされていない証拠とも言える。
 嫌悪より先に哀れみ、いやそれすらも通り過ぎた恐怖がきてしまった。しかし、それらの感情が過ぎ去って残ったのは一つの決意だった。
「なんというか……アレ見て、思ったんだよ。理屈とか、細かい感情を抜きにしてよ。"育ててやらなきゃ"って」
 俺の言葉にイリナは微笑んだ。まるで、その言葉を待っていたと言わんばかりに。
「……そう」
 そして、驚くぐらい優しい声で呟いた。と同時に、先の見えないこの事態も、なんとかはならなくてもどうにかはなるはずと思わせてくれるくらい、力強い声だった。
 だが。
「……養子縁組って、どうすればいいんだろうな」
「さぁ?」
 前途多難である事に変わりはない。

 インターネットを使い、養子縁組について調べた。結論から言えば、俺がエレナを養子として迎え入れる事は不可能では無い。
 養子を迎え入れられる大まかな条件は四つある。
 まず一つが、養親が二十歳以上であること。次が養子が養親よりも歳下であること。その次が、養子が十五歳未満の場合は法定代理人の許可をとること。最後が、養子が二十歳未満である場合は家庭裁判所の許可をとることである。
 前述の二つはクリアしている。俺は四十八歳、エレナは八歳程、少なくとも俺より年上ではないだろう。
 家庭裁判所の許可も、詳しい事は分からないが貯金や社会性なんかを見られるだろうから、然程不安には感じないのだが、最後の一つは中々に難しく厳しい。
 (おそらくだが)親に捨てられたエレナに法定代理人なんて存在がいるとは思えないし、付きそうな代理人としてはFBIか彼等が何処からともなく連れてくる奴だ。
 そんなお硬そうな奴が、果たしてこんな俺との養子縁組を認めるであろうか。
 もっともこればかりは、実際に試してみないと話にならないが。
「……聞いてみるか」
 FBIのコッポラもこの建物の中にいるはずである。
 あの若造がどんな反応をするか。それが一番気になり、一番怖いところである。
 イリナを伴ってオフィスに向かう。そこを覗いて、コッポラがいなかったので近くにいた隊員に彼の所在を尋ねた。
「あのFBIなら、第三会議室にいますよ」
「そうですか。ご丁寧にどうも」
 心優しき隊員に礼を言い、件の第三会議室に向かう。その扉の前で俺は拳を握りしめノックをしようとしたが、イリナはノックもせずに扉を開けた。
 傲岸不遜もここに極まれりである。
「……おい」
「……あの」
 俺の白い目と、コッポラの小さな自己主張がイリナを中心にして交差する。だが、彼女はそんなもの知ったことじゃないと言わんばかりの態度だ。
「いきなり失礼」
 悪びれもせず飄々とそう言い放つのが良い証拠だ。
「……なんです?」
 それに対しコッポラは、口元を引きつらせながらもなんとかそのエリート面を崩さないよう努力している。一般市民に舐められない様、頑張る姿はとても涙ぐましい。
 俺は申し訳ないと思いつつも、喋らなきゃ話が進まないので口を開く。
「相談があるんだが……」
「なんでしょうか」
 イリナよりかは話が通じると思われているのか、少しだけ声色が穏やかになっている。
 だけど。
「保護した子供を引き取りたいんだが……」
 俺の発言を聞いた瞬間、コッポラの顔はムンクの叫びへと変わった。
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