戦う理由

タヌキ

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会議室の中

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 ムンク面が戻らないコッポラに茶を寄こし、なんとか落ち着かせる。呼吸が正常に戻り、ムンクが写実画くらいになった時、彼は俺を見て口を開いた。
「……モウ一度、オ聞キシテモヨロシイデショウカ」
 本気で困惑し、片言になったコッポラには申し訳ないと思いつつも、俺は話を進めるしかなかった。
「俺達が保護した子供いただろ? その中の一人で、エレナって子を引き取りたいんだ」
「……何故、唐突に?」
「……俺からすれば、唐突じゃないんだけどな」
 そう呟きつつも、何があったのかを、あの場にいなかったコッポラへ説明をする。この頃になると、半ば衝動的だった俺の気持ちも固まり出した。
 絶対に成し遂げようと思う意志が、芽を出したのだ。
 あまり上手く説明出来なかった。けれど、コッポラの頭の作りは俺とは根本的に違うようで、彼は状況を先程の困惑した様子からは考えられないくらい早く正確に理解した。
「……なるほど。ただの同情って訳でもなさそうですね」
 落ち着きを幾分か取り戻した彼は、今度は真剣な顔で俺を見る。
「まず、最初に言わせてもらいますと……石田さんがそのエレナちゃんを引き取る事は出来るでしょう」
「……おお」
「ですが、そう簡単にはいきません」
 そう前置きしたうえで、彼は問題を理路整然と分かりやすく教えてくれた。
 まず初めは、俺が子供を育てた事がないこと。
 育児経験の無い四十過ぎの男に、裁判所はおいそれと養子縁組の許可を出したりはしない。
 勿論、神や天地神明に誓うが、エレナ達を買おうとした変態と同じ目的を持っていると思われるかもしれない。
 だが最終的には、収入や生活状況で判断される。元傭兵という経歴はマイナスに働くかもしれないが、絶望的というほどではないらしい。
 次に、エレナの出生地が不明なことにある。根本、彼女が何処で産まれ親に売られるまでいた地が何処にあるかが分からない以上、法的な手続きが取れないのだ。
 これまでの話を聞き、俺は唸った。俺の問題なら俺の努力次第でどうにかなるが、エレナの出生地に関しては俺にはどうしようもない。
FBI我々も全力を尽くします。……ですが、今言った事よりも大きな問題がまだ残っています」
「なんだよ。勿体ぶって」
「……貴方達がちょっかいを出した、人身売買組織ですよ」
「ああ……」
 存在を忘れていた、というか完全に頭から抜け落ちていた。ウェイター軍団だって逃げたまま消息不明な訳で、組織に関しては何も分かっちゃいないのだ。
「豪華客船の方に同僚が何人か派遣されていますが、捜査状況は芳しくありません。石田さんとイリナさんの話に出てきたウェイター達が、証拠を一切合切持ち去ったようで」
「……プロだな」
「ええ。その表現が一番でしょう。沿岸警備隊がヘリを使って、彼等が乗っていったと思われる救命ボートを探していますが、見つかったとの報告は来ていません」
「煙のように消え去ったってか……」
 俺のぼやきに、コッポラは苦笑したがすぐに真顔に戻る。
「それだけじゃありません。石田さん、イリナさん、貴方達が喧嘩を売ったのはそんなプロを囲い込んでいる組織です。そんな組織の商売を潰したんです……当然、法を犯しているのは組織の方ですが……」
 口ごもるコッポラ。だが、言わんとすることは察せた。
「"報復される"。そう言いたいのか?」
「……ええ」
 カタギだろうがヤクザだろうが、商売人がなにより嫌うのはメンツを潰されることである。
 そして、そのメンツを直すには潰した者の血を必要とする。
 カタギなら『血』が比喩で済むかもしれない。しかし、ヤクザの場合は比喩ではない真っ赤な血が流れる。
「相手が何者か分からない以上、何処に人脈があるか分かりません」
「商売相手もそれなりの金持ちだろうし。何処が出しゃばってくるかも分からん。……そのうちに謀殺されるかもな」
 自嘲と挑発を織り交ぜた口調で俺は笑った。すると、コッポラは眉間にシワを寄せ、こう言った。
「元傭兵だとしても、石田さんやイリナさんが一般市民であることには変わりありません。善良な一般市民が身勝手な理由で殺されるのは、自分、嫌ですよ」
 言い方には熱が籠もっており、彼がただの大卒のお坊ちゃんじゃないのを表していた。
「ただじゃやられん。道連れを二・三人くらい作るさ。そんで、その死体をアンタ達が調べればいい。運が良ければ、組織の連中パクれるかもしれないぞ」
 コッポラは俺の言葉に一瞬だけ引きつった笑みを浮かべたが、すぐに真顔に戻る。
「……馬鹿な事、言わないでくださいよ」
 その声には若干、怒気が含まれていた。
「安心してくれ。まだ死ぬ気も、殺される気もない。……けれど、それこそそっちFBIが本腰を入れて調べるべきことじゃないのか?」
 虚を突かれたようで、彼は大きく目を見開いた。
「……………………」
「だから俺は、俺がすべきだと思う事をするさ」
「……そうですか」
 俺の覚悟を聞くと、コッポラは何処か何かを諦めたような、それでいてスッキリしたような顔で薄く微笑んだ。
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