戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
35 / 70

食後の中

しおりを挟む
 予想した通り、用意されたスプーンやフォークをエレナは使いこなせず、物をこぼしたりした。
 イリナはもう慣れた様で、タオルでエレナの口を拭ってやったりする。俺もときおり補助をしたりお手本を見せてやるが、初めて見たナザロフは目を丸くして俺達の行動を見ていた。
「美味いか?」
「うん」
 エレナが一番気に入ったのは、冷凍食品のマカロニ&チーズ。アホみたいにカロリーが高い代物だが、普段からロクな飯を食べていない子供には滋養の塊である。気に入るのも不思議な話ではない。
 でも、個人的に冷凍食品を好物にしてしまうのは、情操教育上よろしくないと思うのだが、生憎とこの家には自炊できるだけの生鮮食品は置いていなかった。
 明日にでも車を借りて買い物にでも出かけた方がいいのかもしれない。そんな事を思いながら、俺は脂っこいピザを口に押し込んだ。
 食べるだけ食べた女性陣は早々にテーブルを離れ、リビングに移動した。
 イリナは付け焼き刃のスペイン語でエレナとコミュニケーションを取ろうとし、エレナの方はそんなイリナを見てニコニコしている。その様子から、同性同士、男には分からない信頼関係が既に築かれていることが伺えた。
 俺達の方はというと、ビール片手にとりとめのない話をしていた。
「……色々とありましたけど、自分的にはかなり満足してるんですよ」
 ナザロフはかなり酒が回っているようで顔を真っ赤にしながら、俺が知らない三年間を語る。
 どうやら、クリミア半島で実質的な終戦宣言である停戦合意を聞いた時、本気で故郷くにを捨てる覚悟を決めたらしい。
 彼は田舎の農家の三男坊。継ぐような財産も家柄も無く、学校卒業と同時に口減らし同然に軍隊に入れられた。
 そういった事情も理解していたので親を恨む様なことはないらしいが、自らがふっかけた喧嘩に無様に負け、国内経済も底なし沼に落ちたみたいな有様の故郷に戻っても、学も才もコネも無い身としては良くてホームレスという展望しか描けなかった。
 ならばいっそ、別の国に移住してしまおうと思ったらしい。
 幸い義勇軍に所属していたことがプラスに働き、敵国出身の人間ながらハワイに居を構えられることが出来たのだ。
「……そういえば、本書いたとか聞いたけど」
「書きましたよ。最初は生活費稼ぐ為に、なんかないかなと思って書き始めて、書けた文書を出版社に送り付けてたのが始まりで……。それが想像以上にウケて、トントン拍子で、本まで出すことになって」
「凄いことじゃないか。文才があったってことだろ?」
「みたい……ですね。だからまぁ、思うんですよ。大学行ってたら、また違った人生だったんじゃないかって」
 文脈から考えるにナザロフの大学に行ってたらは、もし軍隊に入らなかったらということなんだろう。
 過去は変えることが出来ないが、人は違う過去を歩んでいたらと思ってしまうものである。かくいう自分もそうだ。あの時、ああしていればと思うから、発作が出るに違いない。
 俺がそんなことを思っていると、ナザロフがポツリと呟いた。
「……親、恨んでるわけじゃないんですけどね」
 誰が聞いても、恨んでいるなというのが分かる声色だった。

 その後、酔い潰れたナザロフをベッドにイリナと二人で放り投げ、エレナに歯磨きなどの身支度をさせて寝かせた。
 エレナが寝息を立て始めたのを確認して、俺も毛布に包まろうとすると、イリナが肩を叩いた。見てみれば、真顔でこちらから目を離そうとしない。
「……なんだよ」
 思わず出した声は硬い。彼女が口を開くと同時に身構え、唾を飲みこむ。
「飲み足りないから付き合って」
「………………」
 身構えて損をした。
「……早く寝ろ。寝ないと育たないぞ」
「もう成長止まったからいいもーん」
 人間的な成長だよ。と言ってやりたかったが、彼女の事だ。それも子供じみた「いいもーん」の一言で流すことだろう。
 諦めの溜息を一つ付いて、俺は包まった毛布を取った。
 酒もビールしかないが、夜更かしする為のアルコールならそれで十分だ。冷蔵庫から本日何本目かのバドワイザーの缶を取り出し、一本をイリナに投げる。
「ありがと」
「どういたしまして」
 自分もプルタブを開け、溢れる泡を啜り、冷たいビールを味わう。
 船で飲んだハイボールもビールも美味かったが、一日の終わりを噛み締めるように飲む缶ビールの方が何倍も美味い。
「やっぱ、これよね」
「……だな」
 思えば、傭兵時代も仕事終わりにビールを飲んでいた。戦闘で死んだ仲間への感慨や漠然とした不安をホップの苦さで押し流し、脳を鈍らせるアルコールで不安の残滓をも忘れさせる。
 もっとも、そうしていたのは若い時だけ。三十を過ぎたあたりで達観にも似た域に達し、四十を過ぎてそれが感情が麻痺していただけだと理解した。
 だが、今はどうだ。怠惰に死を待つのみとすら思っていた節すらあったのに、一人の女の子の親になろうとしているのだから。
「今日一日、どうだった?」
 それを見透かしたように、イリナがそんな事を問いかけてきた。
「悪くなかった」
 俺はイリナの言葉から間を空けずして、そう答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...