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留守番の中
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俺達が目的地と定めたのは、ハワイで最大のショッピングセンター「アラモアナセンター」だ。
四階建てのそこは、日本でよく見る大型ショッピングセンターとは趣が異なるが、熱気がそれ以上に伝わってくる場所だった。
センター内は南国風のインテリアで飾られているが、押しつけがましくなく、それでいてこの地が観光地であることをアピールする、丁度いい塩梅で設置されていた。周囲を見回せば、観光客の一団がガイドブックやお土産が詰まった紙袋を手にしてそこらを歩き回り、地元民らしきグループがドリンク片手に談笑しているのが目に入る。
『リンカーン』にあったモールとは違う、庶民的でホッとする空気が流れている。
「それじゃあ、子供服の店を探すか」
案内図を探すために壁の方に目を向けていると、イリナが肩を叩いた。
「せっかく来たんだし、探すついでにここを一周、ぐるっと見ていかない?」
要はここを観光していこうと言っているのだろう。
「俺は構わんが……。エレナは?」
そう言いエレナの方に目を落とすが、質問が必要無い事が分かった。彼女は先程の高層建築に向けていたのと、同じ目をしている。何もかもが輝いて見えるお年頃らしい。
「……服買う前に少し、見て回るか?」
エレナに伝わるようにスペイン語で問う。
「見たい!」
即答され、おまけに「あっちに行きたい」と方向まで示す。
反対するだけの材料も無いし、なりより楽しげなエレナを悲しませたくない。
「じゃあ、そっちに行くか」
エレナが指差した方に身体を向け、俺は迷子にならないように、彼女と手を繋いだ。
イリナもそれにのっかるように、エレナの左手を握った。
すると彼女は、両手に握られた俺達の手の感触を確かめるよう、優しく握り返した。
一人で留守番するナザロフ。
彼は自分の家にいるだけなので、留守番という表現には少し語弊がある。だが、客人の帰りを待っている状況なので、留守番でも決して間違いではないのだが。
彼はパソコンに向かっていた。だが、キーボードを叩くはずの指は動く気配は無い。
出版社に次回作の構想を求められ、とりあえずパソコンの電源を点けた彼。しかし、ありもしないものを文字に起こすのは不可能だった。
ラジオやテレビも無い書斎兼寝室は静かなもので、音といえば少し離れたプランテーションの作業員の声が微かに聞こえるだけ。
「俺も付いて行けばよかったかな……」
椅子に深く持たれながら、彼は呟く。既に執筆のことなど頭から消えていた。
目的地がアラモアナセンターなのは石田の口から聞いていたので、そこで食料品や日用品の買い物でもしていけばよかったなどと思い始めた。
(食料の減りも四倍だし、イリナさんはビールガブガブ飲むし……)
彼が今からでも車で追いかけようかなどの案を脳内で出していると、玄関のチャイムが鳴った。
石田達ならナザロフが家に居るのを知っているので、わざわざチャイムを鳴らさない。宅配サービスを頼んだ覚えもない。つまり、客が来る覚えはないのだ。彼は首を傾げた。
そうはいっても、チャイムを鳴らされているので応対しないわけにはいかず、腰を上げる。
「誰です?」
チャイムの端末に映るのは、スーツを着たどことなく影の薄い三十絡みの男だ。
『沿岸警備隊の者ですが。……石田さんとイリナさんはご在宅ですか?』
男は身分証を、チャイムに備え付けられたカメラに向けて見せつける。
「いや。今は出掛けてますが」
『……そうですか。リンカーンに置きっぱなしだった、お二人の荷物を届けにきたんですが』
「荷物……」
沿岸警備隊の人間がわざわざ、船内に置きっぱなしになっていた荷物を届けに来るだろうか。
そんな疑問がナザロフの脳裏をよぎるが、提示された身分証が偽造された物には見えなかったのと、疑問がそこまで深いものにはならなかったことから、彼は男を信用し玄関を開けた。
男はナザロフに一礼すると、地面に置いてあった二つの鞄を彼へ差し出した。
「どうも。これが、荷物になります」
使い込まれたボストンバックと、新しめの黒のキャリーバッグ。
彼はそれらを一目見て、ボストンバックが石田の物でキャリーバッグがイリナの物だと判断した。
「では、私はこれで。お二人に、よろしくお伝えください」
それだけ言うと男は踵を返し、停めてあったセダンの助手席に乗り込んだ。セダンには他にも何人か乗っているようで、他の乗員も男と同じ様にどことなく影が薄い。
沿岸警備隊は影の薄い人間の集まりなのかとナザロフが思うより先に、セダンは走り去っていく。
セダンが吐き出した排気ガスを眺めながら、ナザロフはふと思った。荷物を届けるのは一人で事足りるはず。現にあの男一人で荷物を届けた。なのに何故、何人も連れてきたのか。
(……まぁ、いいや)
今更、走り去った車を追いかけて問いただす訳にもいかず、彼は荷物を玄関に置いて扉を閉めた。
再びパソコンの前に座る気も無く、かといってやるべきことも無い。なので彼は、三人が帰ってくるまで昼寝をすることにした。
四階建てのそこは、日本でよく見る大型ショッピングセンターとは趣が異なるが、熱気がそれ以上に伝わってくる場所だった。
センター内は南国風のインテリアで飾られているが、押しつけがましくなく、それでいてこの地が観光地であることをアピールする、丁度いい塩梅で設置されていた。周囲を見回せば、観光客の一団がガイドブックやお土産が詰まった紙袋を手にしてそこらを歩き回り、地元民らしきグループがドリンク片手に談笑しているのが目に入る。
『リンカーン』にあったモールとは違う、庶民的でホッとする空気が流れている。
「それじゃあ、子供服の店を探すか」
案内図を探すために壁の方に目を向けていると、イリナが肩を叩いた。
「せっかく来たんだし、探すついでにここを一周、ぐるっと見ていかない?」
要はここを観光していこうと言っているのだろう。
「俺は構わんが……。エレナは?」
そう言いエレナの方に目を落とすが、質問が必要無い事が分かった。彼女は先程の高層建築に向けていたのと、同じ目をしている。何もかもが輝いて見えるお年頃らしい。
「……服買う前に少し、見て回るか?」
エレナに伝わるようにスペイン語で問う。
「見たい!」
即答され、おまけに「あっちに行きたい」と方向まで示す。
反対するだけの材料も無いし、なりより楽しげなエレナを悲しませたくない。
「じゃあ、そっちに行くか」
エレナが指差した方に身体を向け、俺は迷子にならないように、彼女と手を繋いだ。
イリナもそれにのっかるように、エレナの左手を握った。
すると彼女は、両手に握られた俺達の手の感触を確かめるよう、優しく握り返した。
一人で留守番するナザロフ。
彼は自分の家にいるだけなので、留守番という表現には少し語弊がある。だが、客人の帰りを待っている状況なので、留守番でも決して間違いではないのだが。
彼はパソコンに向かっていた。だが、キーボードを叩くはずの指は動く気配は無い。
出版社に次回作の構想を求められ、とりあえずパソコンの電源を点けた彼。しかし、ありもしないものを文字に起こすのは不可能だった。
ラジオやテレビも無い書斎兼寝室は静かなもので、音といえば少し離れたプランテーションの作業員の声が微かに聞こえるだけ。
「俺も付いて行けばよかったかな……」
椅子に深く持たれながら、彼は呟く。既に執筆のことなど頭から消えていた。
目的地がアラモアナセンターなのは石田の口から聞いていたので、そこで食料品や日用品の買い物でもしていけばよかったなどと思い始めた。
(食料の減りも四倍だし、イリナさんはビールガブガブ飲むし……)
彼が今からでも車で追いかけようかなどの案を脳内で出していると、玄関のチャイムが鳴った。
石田達ならナザロフが家に居るのを知っているので、わざわざチャイムを鳴らさない。宅配サービスを頼んだ覚えもない。つまり、客が来る覚えはないのだ。彼は首を傾げた。
そうはいっても、チャイムを鳴らされているので応対しないわけにはいかず、腰を上げる。
「誰です?」
チャイムの端末に映るのは、スーツを着たどことなく影の薄い三十絡みの男だ。
『沿岸警備隊の者ですが。……石田さんとイリナさんはご在宅ですか?』
男は身分証を、チャイムに備え付けられたカメラに向けて見せつける。
「いや。今は出掛けてますが」
『……そうですか。リンカーンに置きっぱなしだった、お二人の荷物を届けにきたんですが』
「荷物……」
沿岸警備隊の人間がわざわざ、船内に置きっぱなしになっていた荷物を届けに来るだろうか。
そんな疑問がナザロフの脳裏をよぎるが、提示された身分証が偽造された物には見えなかったのと、疑問がそこまで深いものにはならなかったことから、彼は男を信用し玄関を開けた。
男はナザロフに一礼すると、地面に置いてあった二つの鞄を彼へ差し出した。
「どうも。これが、荷物になります」
使い込まれたボストンバックと、新しめの黒のキャリーバッグ。
彼はそれらを一目見て、ボストンバックが石田の物でキャリーバッグがイリナの物だと判断した。
「では、私はこれで。お二人に、よろしくお伝えください」
それだけ言うと男は踵を返し、停めてあったセダンの助手席に乗り込んだ。セダンには他にも何人か乗っているようで、他の乗員も男と同じ様にどことなく影が薄い。
沿岸警備隊は影の薄い人間の集まりなのかとナザロフが思うより先に、セダンは走り去っていく。
セダンが吐き出した排気ガスを眺めながら、ナザロフはふと思った。荷物を届けるのは一人で事足りるはず。現にあの男一人で荷物を届けた。なのに何故、何人も連れてきたのか。
(……まぁ、いいや)
今更、走り去った車を追いかけて問いただす訳にもいかず、彼は荷物を玄関に置いて扉を閉めた。
再びパソコンの前に座る気も無く、かといってやるべきことも無い。なので彼は、三人が帰ってくるまで昼寝をすることにした。
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