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陰謀の中
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なんとなくだが、エレナの遠慮がちな性格の源流が見えた気がする。
唯一自分に良くしてくれた人が、自分の目の前で、それも自分のせいとも解釈出来る事象によって殺されたのだ。
おおかた、その「おじさん」と俺を同一視しているのだろう。自分に優しくしてくれる人は、みな、死んでしまう。そんなジンクスめいたことを信じているに違いない。
俺はエレナの頭を撫でながら、滔滔と自分の考えを語る。
「……エレナのせいじゃないよ」
「でも!」
「……そのおじさんの事は、俺、よく分かんないけどさ。きっと、そのおじさんは、立ち向かわなければならなかったんだよ」
「なんで?」
「前に言っただろ? 『コイツだけは許せないって、気持ちが湧いてくる』って、おじさんはそうだったんだよ」
何を思ってその「おじさん」がエレナに接していたのかは、想像が付かない。
案外、エレナを買おうとした連中みたいな変態だったのかもしれないし、人並みの良心を持ったただのおじさんだったのかもしれない。
それでも、目の前で子供が連れ去られようとしているのを、見て見ぬふりせず立ち向かったのは事実なのだ。
打算も作戦もなく、なんとなく腹が立つという理由だけで無謀な状況に突っ込んでいく。
「……それが正義感なんだよ」
若い時の俺がそうだった。義憤に駆られ、後先構わず突っ込んでいく。
傭兵時代は尚更だ。自分が正しいと思う方に着いて、戦う。
戦う理由なんて、どうでもよかった。
自分を納得させられれば、なんでも。
きっと、その「おじさん」も自分を納得させて、敵の前に出たに違いない。
「『おじさん』は、自分を犠牲にしても、エレナを守ろうとしたんだよ」
「なんで?」
なんで、と言われても俺には上手く説明が出来ない。
正義感のボーダーライン、戦う理由なんて、人それぞれだからだ。
それでも、エレナを守ろうとする気持ちだけは分かる。もっとも、エレナに説明しても、そこは伝わらないだろうが。
「……そのうち、分かるときがくるよ」
誤魔化す、というか回答の先延ばしだが、とりあえずそう答えておく。
「……くるかな?」
「絶対にくる。断言するよ」
「……………………」
納得はしてないが、俺の言うことを理解はしたらしい。沈黙がなによりの証拠だ。
「とにかく、その『おじさん』が死んだのはエレナのせいじゃない。自分を責めなくてもいいんだ」
「……本当に?」
「……ああ」
俺はもう一度、エレナの頭を優しく撫でた。
そして、気分を変えるように明るく、別の話題を振った。
「早く寝よう。それで、早起きして、あのクマのぬいぐるみを買いに行こう」
「えっ? クマさん、買ってくれるの?」
エレナは変わった話題に驚きつつも、ぬいぐるみが手に入りそうなことへの喜びが、滲み出ている。
「ああ。約束したろ?」
「うん」
「早起きして、あのクマを迎えに行こう」
「うん!」
こうして、俺達は家に戻った。空には丸々とした月が煌々と照っている。
満月の下。一人の男が煙草を吸いながら、携帯電話で話をしていた。
「明日、決行します。商品は、ホテルの方にお届けしますが、それでよろしいですか?」
『いや、別荘に届けてくれ』
電話の相手は梁であった。
「いつもの場所ですね。かしこまりました」
彼はバハマの小島に別荘を所有しており、これまでに買った商品――少女達をそこに住まわせているのだ。
『ところで、本当に大丈夫なんだろうな』
「なにがです?」
『あの日本人とアメリカ女、それにロシア人もいるんだろ? 失敗するんじゃないか、こっちは心配でね』
豪華客船での一件以来、梁は人身売買組織への信頼を少し欠いている。なので、事あるごとに、重箱の隅をつつくような発言をするのだ。
男は梁の発言に苛つきを覚えたが、商売人としてそれをおくびに出さないよう細心の注意を払いながら、話を続けた。
「心配ありません。殺せば、後腐れはありませんから」
『それもそうか』
「はい。それに、彼等に関しては、こちらの方で身辺調査を行いました。万全の状態で、商品をお届けいたしますよ」
そう言いながら、男は手元にあるファイルへと目を落とす。
そのファイルには、石田亮平、イリナ・ガルキア、ミハイル・ナザロフ、以下三名のこれまでの経歴がまとめられている。
『そうか。……そうだ、ということは、あの日本人のことも調べてあるんだよな』
「ええ勿論」
『……どう思う』
男には、梁の質問の意図が掴めなかった。何故、日本人のことを気にしているのか。同じ黄色人種だからか。若干の差別意識混じりの感想を思いながらも、素直に私見を述べる。
「戦争に、仁義とか正義があると勘違いしている、古臭い、『ランボー』みたいな人間ですよ。私達なら、まばたきする間に殺せます」
男はファイルの一番上にある石田のファイルを改めて見た。しかし、男の目には四半世紀も前から傭兵として戦っていたロートルとしか映らなかった。
それでも梁は。
『……そうですか。一応、あの日本人を見た一人の人間として言っておきますが、侮らない方が良いですよ』
そんなことを口にする。
「……お気遣いいただきありがとうございます。では」
電話を切るなり、男は舌打ちをした。男は自分達は何もしないクセにいっちょまえに対等な口を利く、お客様が大嫌いだった。
煮え切らないイライラが舌打ちとなって現れる。咥えていた煙草を地面に捨て、八つ当たりとばかりに靴ですり潰す。
そんなことをしていると。
「こんなところにいたんですね」
FBI捜査官のコッポラがやってきた。男はコッポラのような、大学しか世間を知らない、鼻持ちならないお坊ちゃまも嫌いだったが、表情には出さずにいつも通りの影の薄い優男として対応する。
「なんです?」
コッポラは興奮した様子で、持っていたファイルを男へ差し出す。
「いや、ようやく死体の身元が分かったんですよ」
「ああ……」
死体――イリナが殺害したウェイターの一人だ。人身売買に関わっていたウェイター達は逃げたが、死体だけはどうにもならなかったのである。
「元軍人で、古巣を不名誉除隊されていたようで――」
聞いてもいないのにベラベラと話しだすコッポラを眺めながら、男はオークションの顧客に合衆国司法省幹部がいることを考えていた。
このあたりで捜査ごっこも終わりにしなければならないと、男はコッポラの話を聞くフリをし、どう圧力を掛けるか考えていた。
唯一自分に良くしてくれた人が、自分の目の前で、それも自分のせいとも解釈出来る事象によって殺されたのだ。
おおかた、その「おじさん」と俺を同一視しているのだろう。自分に優しくしてくれる人は、みな、死んでしまう。そんなジンクスめいたことを信じているに違いない。
俺はエレナの頭を撫でながら、滔滔と自分の考えを語る。
「……エレナのせいじゃないよ」
「でも!」
「……そのおじさんの事は、俺、よく分かんないけどさ。きっと、そのおじさんは、立ち向かわなければならなかったんだよ」
「なんで?」
「前に言っただろ? 『コイツだけは許せないって、気持ちが湧いてくる』って、おじさんはそうだったんだよ」
何を思ってその「おじさん」がエレナに接していたのかは、想像が付かない。
案外、エレナを買おうとした連中みたいな変態だったのかもしれないし、人並みの良心を持ったただのおじさんだったのかもしれない。
それでも、目の前で子供が連れ去られようとしているのを、見て見ぬふりせず立ち向かったのは事実なのだ。
打算も作戦もなく、なんとなく腹が立つという理由だけで無謀な状況に突っ込んでいく。
「……それが正義感なんだよ」
若い時の俺がそうだった。義憤に駆られ、後先構わず突っ込んでいく。
傭兵時代は尚更だ。自分が正しいと思う方に着いて、戦う。
戦う理由なんて、どうでもよかった。
自分を納得させられれば、なんでも。
きっと、その「おじさん」も自分を納得させて、敵の前に出たに違いない。
「『おじさん』は、自分を犠牲にしても、エレナを守ろうとしたんだよ」
「なんで?」
なんで、と言われても俺には上手く説明が出来ない。
正義感のボーダーライン、戦う理由なんて、人それぞれだからだ。
それでも、エレナを守ろうとする気持ちだけは分かる。もっとも、エレナに説明しても、そこは伝わらないだろうが。
「……そのうち、分かるときがくるよ」
誤魔化す、というか回答の先延ばしだが、とりあえずそう答えておく。
「……くるかな?」
「絶対にくる。断言するよ」
「……………………」
納得はしてないが、俺の言うことを理解はしたらしい。沈黙がなによりの証拠だ。
「とにかく、その『おじさん』が死んだのはエレナのせいじゃない。自分を責めなくてもいいんだ」
「……本当に?」
「……ああ」
俺はもう一度、エレナの頭を優しく撫でた。
そして、気分を変えるように明るく、別の話題を振った。
「早く寝よう。それで、早起きして、あのクマのぬいぐるみを買いに行こう」
「えっ? クマさん、買ってくれるの?」
エレナは変わった話題に驚きつつも、ぬいぐるみが手に入りそうなことへの喜びが、滲み出ている。
「ああ。約束したろ?」
「うん」
「早起きして、あのクマを迎えに行こう」
「うん!」
こうして、俺達は家に戻った。空には丸々とした月が煌々と照っている。
満月の下。一人の男が煙草を吸いながら、携帯電話で話をしていた。
「明日、決行します。商品は、ホテルの方にお届けしますが、それでよろしいですか?」
『いや、別荘に届けてくれ』
電話の相手は梁であった。
「いつもの場所ですね。かしこまりました」
彼はバハマの小島に別荘を所有しており、これまでに買った商品――少女達をそこに住まわせているのだ。
『ところで、本当に大丈夫なんだろうな』
「なにがです?」
『あの日本人とアメリカ女、それにロシア人もいるんだろ? 失敗するんじゃないか、こっちは心配でね』
豪華客船での一件以来、梁は人身売買組織への信頼を少し欠いている。なので、事あるごとに、重箱の隅をつつくような発言をするのだ。
男は梁の発言に苛つきを覚えたが、商売人としてそれをおくびに出さないよう細心の注意を払いながら、話を続けた。
「心配ありません。殺せば、後腐れはありませんから」
『それもそうか』
「はい。それに、彼等に関しては、こちらの方で身辺調査を行いました。万全の状態で、商品をお届けいたしますよ」
そう言いながら、男は手元にあるファイルへと目を落とす。
そのファイルには、石田亮平、イリナ・ガルキア、ミハイル・ナザロフ、以下三名のこれまでの経歴がまとめられている。
『そうか。……そうだ、ということは、あの日本人のことも調べてあるんだよな』
「ええ勿論」
『……どう思う』
男には、梁の質問の意図が掴めなかった。何故、日本人のことを気にしているのか。同じ黄色人種だからか。若干の差別意識混じりの感想を思いながらも、素直に私見を述べる。
「戦争に、仁義とか正義があると勘違いしている、古臭い、『ランボー』みたいな人間ですよ。私達なら、まばたきする間に殺せます」
男はファイルの一番上にある石田のファイルを改めて見た。しかし、男の目には四半世紀も前から傭兵として戦っていたロートルとしか映らなかった。
それでも梁は。
『……そうですか。一応、あの日本人を見た一人の人間として言っておきますが、侮らない方が良いですよ』
そんなことを口にする。
「……お気遣いいただきありがとうございます。では」
電話を切るなり、男は舌打ちをした。男は自分達は何もしないクセにいっちょまえに対等な口を利く、お客様が大嫌いだった。
煮え切らないイライラが舌打ちとなって現れる。咥えていた煙草を地面に捨て、八つ当たりとばかりに靴ですり潰す。
そんなことをしていると。
「こんなところにいたんですね」
FBI捜査官のコッポラがやってきた。男はコッポラのような、大学しか世間を知らない、鼻持ちならないお坊ちゃまも嫌いだったが、表情には出さずにいつも通りの影の薄い優男として対応する。
「なんです?」
コッポラは興奮した様子で、持っていたファイルを男へ差し出す。
「いや、ようやく死体の身元が分かったんですよ」
「ああ……」
死体――イリナが殺害したウェイターの一人だ。人身売買に関わっていたウェイター達は逃げたが、死体だけはどうにもならなかったのである。
「元軍人で、古巣を不名誉除隊されていたようで――」
聞いてもいないのにベラベラと話しだすコッポラを眺めながら、男はオークションの顧客に合衆国司法省幹部がいることを考えていた。
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