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お出掛けの中
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翌朝。
示し合わせた訳でもないのに、俺とエレナは同時に目を覚ました。
イリナとナザロフはまだ寝ている。ナザロフはともかく、イリナは昨日の疲れをまだ消化しきれていないのだろう。
「……お姉ちゃんはどうする?」
「朝飯作ってる間に起きなかったら、二人で言行っちゃおう。……その時は、お土産でも買ってってあげるか」
「そうだね」
そこまで話してから、俺達は朝食を作ることにした。
昨日買ったベーコンと玉子で、ベーコンエッグを作り、それをトーストの上に乗っける。
それに牛乳とオレンジジュースを付けてやれば、立派な朝食だ。
それを、鳥の声だけが聞こえるキッチンで、静かに食べた。
食べ終わってから少し待って、リビングを覗いた。
だが、イリナはまだ寝ていた。
「おい」
声を掛けるが、唸って寝言のなりそこないみたいな声を出すだけで、起きる気配はない。
仕方ないので書き置きを残して、エレナと二人で出かける。
彼女が目を覚まして書き置きを見たら、きっとむくれるだろう。そのままの勢いで電話を掛けてきてもおかしくはない。
(お土産買い忘れたら、殺されるかもな)
爆睡する彼女のタオルケットをかけ直しながら、俺は苦笑した。
少し高めの酒とツマミを買う、と忘れないように脳内へメモをする。
「エレナー。行くぞー」
「はーい」
エレナは、昨日買ったハイビスカス柄の袖なしワンピースを着て、外出する準備をとっくに終えていた。
「早いな……」
驚く俺に、エレナは笑顔で応じる。
「だって、楽しみなんだもん」
「そうか」
俺も笑って、手を差し出す。
エレナがそれを握り、エヘヘと頬を緩める。
その笑顔を見ていると、心が温かくなっていく。
(……父親か)
自身を親と位置づけるのは、まだ恥ずかしいし、自覚が足りてないとも思う。
でも、そろそろ「父親」と名乗ってもいいかもしれない。そう思ったのだ。
ナザロフ宅から少し離れた位置にある、パイナップルのプランテーション。
そこにヒッピーが載っているような、古いフォルクスワーゲン・タイプ2が停まっていた。車内には八人の男がいて、助手席に座る男は双眼鏡を手にしており、そのレンズはナザロフ宅の玄関に向けられている。
玄関から出てきた二人を目にして、男は呟いた。
「まずいな」
「……どうした」
すぐ隣にいた運転席の男が反応する。他の六人は寝ていた。沿岸警備隊の男から連絡を受け、一晩中、ナザロフ宅を交代で見張っていたのである
「例の日本人と対象が出てきた。……出掛けるらしいな」
「……やるか?」
男はダッシュボードに手を伸ばした。
「やめとけ」
しかし、助手席の男がそれを諫める。
「何故だ。武器も持っていないし、なにより一人だ」
「今から行っても、間に合わない」
「なにが」
助手席の男は無言で道路の方を顎でしゃくった。指されるがまま、男が道路を見るとバスが丁度登ってくるところだった。
「………………」
「出かけるには、あのバスに乗るはずだ。このまま行ったら、バスの乗客ごと殺さなければいけない。弾と時間の無駄だ」
「……だな」
運転席の男は再び座席に身を預けた。
「……だが、何処に行くかは確かめるべきだ」
「賛成だ」
助手席の男は頷き、双眼鏡をダッシュボードに仕舞う。その中にはSIG P228が一丁、予備弾倉と共に入っていた。
運転席の男が後ろの座席に座っていた男達を起こす。
「なんだ」
「動いたのか?」
腫れぼったい目をこする男達は、口々にそんな言葉を発する。それらの言葉が一瞬、途切れたタイミングを突き、運転席の男が話し始めた。
「対象が日本人と一緒に出掛けた。バスを追う」
端的に状況を説明し、イグニッションを回す。
「状況開始だ」
バスの後を追うべくワーゲンは走り出した。
ワーゲンが走り去った後、パイナップルの葉の中から従業員が顔を出した。額に浮かんだ汗を拭いながら。
「……パイナップル泥棒じゃなかったのか」
そんな言葉を漏らした。
バスは市街地に入って停留所に停まった。
アラモアナセンターまでは、ここから歩いて五分だ。
「クマさん、クマさん」
エレナは歌うように節を付けて、そう何度も連呼している。
「そんなに楽しみなのか?」
「うん」
俺は昨日見たクマのぬいぐるみを思い浮かべる。七十センチはあろう、ぬいぐるみにしては巨大な代物だった。
日本に帰る際に持って行くのに、酷く難儀しそうだ。
「毎日抱いて寝るんだ」
「毎日かぁ……」
ナザロフの家のソファーはエレナ一人が寝るスペースしかない。抱いて寝るのは難しいだろう。更に言えば、俺のアパートもそこまで広くない。
(引っ越しも視野に入れないとなぁ……)
そう考えると、不思議なことだ。つい数か月前まで、あのアパートを終の棲家と決めていた節があったものだが、今はこうして引っ越しまで考えるようにもなったのだから。
(……それに、ここ最近は発作も出てない。目覚めも悪くない)
変われば変わるものだ。
豪華客船に乗ろうと思ったのを皮切りに、たまたま出会ったエレナを実の娘のように可愛がっているのだ。
瓢箪から駒とは、このことを言うのだろう。
(ずっと、こうしていられたら、いいな)
心の中で、噛みしめるように俺は願った。
示し合わせた訳でもないのに、俺とエレナは同時に目を覚ました。
イリナとナザロフはまだ寝ている。ナザロフはともかく、イリナは昨日の疲れをまだ消化しきれていないのだろう。
「……お姉ちゃんはどうする?」
「朝飯作ってる間に起きなかったら、二人で言行っちゃおう。……その時は、お土産でも買ってってあげるか」
「そうだね」
そこまで話してから、俺達は朝食を作ることにした。
昨日買ったベーコンと玉子で、ベーコンエッグを作り、それをトーストの上に乗っける。
それに牛乳とオレンジジュースを付けてやれば、立派な朝食だ。
それを、鳥の声だけが聞こえるキッチンで、静かに食べた。
食べ終わってから少し待って、リビングを覗いた。
だが、イリナはまだ寝ていた。
「おい」
声を掛けるが、唸って寝言のなりそこないみたいな声を出すだけで、起きる気配はない。
仕方ないので書き置きを残して、エレナと二人で出かける。
彼女が目を覚まして書き置きを見たら、きっとむくれるだろう。そのままの勢いで電話を掛けてきてもおかしくはない。
(お土産買い忘れたら、殺されるかもな)
爆睡する彼女のタオルケットをかけ直しながら、俺は苦笑した。
少し高めの酒とツマミを買う、と忘れないように脳内へメモをする。
「エレナー。行くぞー」
「はーい」
エレナは、昨日買ったハイビスカス柄の袖なしワンピースを着て、外出する準備をとっくに終えていた。
「早いな……」
驚く俺に、エレナは笑顔で応じる。
「だって、楽しみなんだもん」
「そうか」
俺も笑って、手を差し出す。
エレナがそれを握り、エヘヘと頬を緩める。
その笑顔を見ていると、心が温かくなっていく。
(……父親か)
自身を親と位置づけるのは、まだ恥ずかしいし、自覚が足りてないとも思う。
でも、そろそろ「父親」と名乗ってもいいかもしれない。そう思ったのだ。
ナザロフ宅から少し離れた位置にある、パイナップルのプランテーション。
そこにヒッピーが載っているような、古いフォルクスワーゲン・タイプ2が停まっていた。車内には八人の男がいて、助手席に座る男は双眼鏡を手にしており、そのレンズはナザロフ宅の玄関に向けられている。
玄関から出てきた二人を目にして、男は呟いた。
「まずいな」
「……どうした」
すぐ隣にいた運転席の男が反応する。他の六人は寝ていた。沿岸警備隊の男から連絡を受け、一晩中、ナザロフ宅を交代で見張っていたのである
「例の日本人と対象が出てきた。……出掛けるらしいな」
「……やるか?」
男はダッシュボードに手を伸ばした。
「やめとけ」
しかし、助手席の男がそれを諫める。
「何故だ。武器も持っていないし、なにより一人だ」
「今から行っても、間に合わない」
「なにが」
助手席の男は無言で道路の方を顎でしゃくった。指されるがまま、男が道路を見るとバスが丁度登ってくるところだった。
「………………」
「出かけるには、あのバスに乗るはずだ。このまま行ったら、バスの乗客ごと殺さなければいけない。弾と時間の無駄だ」
「……だな」
運転席の男は再び座席に身を預けた。
「……だが、何処に行くかは確かめるべきだ」
「賛成だ」
助手席の男は頷き、双眼鏡をダッシュボードに仕舞う。その中にはSIG P228が一丁、予備弾倉と共に入っていた。
運転席の男が後ろの座席に座っていた男達を起こす。
「なんだ」
「動いたのか?」
腫れぼったい目をこする男達は、口々にそんな言葉を発する。それらの言葉が一瞬、途切れたタイミングを突き、運転席の男が話し始めた。
「対象が日本人と一緒に出掛けた。バスを追う」
端的に状況を説明し、イグニッションを回す。
「状況開始だ」
バスの後を追うべくワーゲンは走り出した。
ワーゲンが走り去った後、パイナップルの葉の中から従業員が顔を出した。額に浮かんだ汗を拭いながら。
「……パイナップル泥棒じゃなかったのか」
そんな言葉を漏らした。
バスは市街地に入って停留所に停まった。
アラモアナセンターまでは、ここから歩いて五分だ。
「クマさん、クマさん」
エレナは歌うように節を付けて、そう何度も連呼している。
「そんなに楽しみなのか?」
「うん」
俺は昨日見たクマのぬいぐるみを思い浮かべる。七十センチはあろう、ぬいぐるみにしては巨大な代物だった。
日本に帰る際に持って行くのに、酷く難儀しそうだ。
「毎日抱いて寝るんだ」
「毎日かぁ……」
ナザロフの家のソファーはエレナ一人が寝るスペースしかない。抱いて寝るのは難しいだろう。更に言えば、俺のアパートもそこまで広くない。
(引っ越しも視野に入れないとなぁ……)
そう考えると、不思議なことだ。つい数か月前まで、あのアパートを終の棲家と決めていた節があったものだが、今はこうして引っ越しまで考えるようにもなったのだから。
(……それに、ここ最近は発作も出てない。目覚めも悪くない)
変われば変わるものだ。
豪華客船に乗ろうと思ったのを皮切りに、たまたま出会ったエレナを実の娘のように可愛がっているのだ。
瓢箪から駒とは、このことを言うのだろう。
(ずっと、こうしていられたら、いいな)
心の中で、噛みしめるように俺は願った。
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