51 / 70
暗転の中
しおりを挟む
防弾ベストは無条件にどんな弾も防いでくれる訳ではない。
防弾ベストにもクラスが存在し、高いクラスの物だと七・六二ミリの徹甲弾を防げるが、低いクラスだと拳銃弾しか防ぐことしか出来ないのだ。
男が装備していたのは安物では無かったが、五・五六ミリ弾の猛攻を防ぐには力不足であった。
ベストを突き破り、男の身体の中を搔きまわす。いくつかの弾は止まること無く、身体を貫通する。
そしてそれは、男の真後ろにいる俺に当たった。
腹を襲う衝撃と、焼け火箸をねじ込まれた様な痛みが全身を駆け巡る。
一気に全身から力が抜けていく。
(仲間ごと俺を撃ち抜きやがった……!)
それを理解した時には、俺は男の死体に押しつぶされる形で倒れていた。
弾は抜けておらず、比較的浅いところで留まっている。激痛で指一本動かすのも
「おじさん!」
エレナは血相を抱え、血が付くことも厭わず、男の死体をどかそうとする。だが、防弾ベストなどの装備を着けた成人男性を退かすなんて、女の子一人でどうにかなるわけがない。今の俺にも退かせられない。
「エ、レナ……。逃げ、ろ……」
だが、俺はまだ拳銃を手放していない。
「でも……」
今にも泣きそうになエレナ。
「いいから、逃げろ……!」
男達は銃を手に、段々と近づいてきている。それでも彼女は。
「いやだ!」
俺の言葉を拒否し、覆いかぶさってシャツを掴む。
「絶対に離れない! 死なないでって約束したじゃん!」
その意思は言葉だけでなく、シャツを掴む力にも現れている。
これで俺が殺されれば、エレナはもう一度、目の前で世話してくれた人が死ぬことになる。彼女のこの行動は、その事に対する抵抗なのだろう。
しかし、ささやかな抵抗は圧倒的な暴力の前には無力だった。
「来い!」
男の一人に肩を掴まれ、無理矢理引き剥がされる。
「イヤァァァァァッ!」
エレナはもがき、手を振りほどこうとするが、もう一人が彼女の腕を掴んで動けなくする。
「放して! 放して!」
「連れて行け!」
ワーゲンに押し込められるエレナ。身動きの取れない俺は、それただ見ているしか出来なかった。
底無しの無力感と身を焦がすような怒りで、頭が真っ白になる。
そんな時。男の一人がが仲間の死体を回収しようと、その足を掴み、引っ張った。
胸から下の身体を押さえていた死体が無くなり、一気に自由となる。
俺は最後の力を振り絞り、自らを鼓舞する雄叫びを挙げながら立ち上がった。
そして、一番近くにいた、死体を運んでいた男に向けて銃を撃った。
防弾ベストを着けているとか、そんなことはどうでもいい。
ここで何もしなければ、俺じゃなくなる。
本能がそう訴えてきたのだ。
P228から発射された弾は男の胸と肩に命中し、男を地面に伏せさせた。
だが。
一発の銃声と共に目の前が真っ暗になった。
身体は動かない。
上も下も、右も左も分からない。
自分が今、立っているのか倒れているのかも分からない。
エレナが俺を呼ぶ声がする。
それに応えようとするも、口は動かない。
そうこうしているうちに、彼女の声も聞こえなくなる。
留めなく流れる血潮の代わりに、ネバネバとした悔しさが体内を巡る。
何も出来なかったという事実が、意識が薄れていくにつれ強くなる。
(エレナ……)
彼女の笑顔が脳裏に浮かんだのを最後に、俺は何も感じなくなり、自分という存在すらも観測出来なくなった。
イリナの怒りは、時間が経つにつれて不安にすり替わり、それは段々と膨れ上がっていった。
窓の外は既にオレンジ色に染まっているが、石田からの遅くなる等の連絡は無く、逆に彼の携帯電話にかけても留守電になってしまうのだ。
「……事故にでもあってないといいけど」
「大丈夫なんじゃないですか? 石田さんだって、そこまで耄碌はしてないでしょう」
ナザロフは楽観的に構え、のほほんとしている。
イリナは彼のその態度に苛つきを覚えつつも、そうであってほしいと強く願っていた。彼女の脳内では、コッポラと石田が交わしていた、ある会話がリフレインしていた。
『石田さん、イリナさん、貴方達が喧嘩を売ったのはそんなプロを囲い込んでいる組織です。そんな組織の商売を潰したんです……』
『"報復される"。そう言いたいのか?』
二人の帰りが遅いのが、楽しんでいて時間を忘れているだけならないい。
クマのぬいぐるみと買い物袋を抱えて帰ってくる二人を迎え、「なんで置いていったのよ」と怒ってみせて、「ごめんごめん」と言いながら差し出してくるであろうお詫びの品をありがたく受け取り、お礼を言えばそれでチャラだ。
けれど、何物かに襲われたとしたら。
連絡が来ないのも、連絡が通じないのも辻褄が合う。
報復。
会話のリフレインに代わり、彼女の脳内にその二文字がデカデカと躍る。
(こんなことになるんだったら、無理にでも追いかけておくんだった)
彼女が後悔しながら携帯電話を見詰めていると、着信が入った。知らない番号であった。
「石田さんですか?」
「……知らない番号」
恐る恐る彼女は画面をスワイブし、耳に当てる。
『イリナ・ガルキアさんの携帯ですか?』
聞き覚えのある声だった。
『私です。FBIのコッポラです』
「……どうされました?」
冷静を装うが、FBIからの連絡という時点でいいニュースではないのは明らかだ。
『いいですか、落ちついて聞いてください。……石田さんが撃たれて、病院に運ばれました』
「え……」
『意識不明の重体です』
それを聞いた途端、イリナは全身が一気に冷たくなっていくのを感じた。
防弾ベストにもクラスが存在し、高いクラスの物だと七・六二ミリの徹甲弾を防げるが、低いクラスだと拳銃弾しか防ぐことしか出来ないのだ。
男が装備していたのは安物では無かったが、五・五六ミリ弾の猛攻を防ぐには力不足であった。
ベストを突き破り、男の身体の中を搔きまわす。いくつかの弾は止まること無く、身体を貫通する。
そしてそれは、男の真後ろにいる俺に当たった。
腹を襲う衝撃と、焼け火箸をねじ込まれた様な痛みが全身を駆け巡る。
一気に全身から力が抜けていく。
(仲間ごと俺を撃ち抜きやがった……!)
それを理解した時には、俺は男の死体に押しつぶされる形で倒れていた。
弾は抜けておらず、比較的浅いところで留まっている。激痛で指一本動かすのも
「おじさん!」
エレナは血相を抱え、血が付くことも厭わず、男の死体をどかそうとする。だが、防弾ベストなどの装備を着けた成人男性を退かすなんて、女の子一人でどうにかなるわけがない。今の俺にも退かせられない。
「エ、レナ……。逃げ、ろ……」
だが、俺はまだ拳銃を手放していない。
「でも……」
今にも泣きそうになエレナ。
「いいから、逃げろ……!」
男達は銃を手に、段々と近づいてきている。それでも彼女は。
「いやだ!」
俺の言葉を拒否し、覆いかぶさってシャツを掴む。
「絶対に離れない! 死なないでって約束したじゃん!」
その意思は言葉だけでなく、シャツを掴む力にも現れている。
これで俺が殺されれば、エレナはもう一度、目の前で世話してくれた人が死ぬことになる。彼女のこの行動は、その事に対する抵抗なのだろう。
しかし、ささやかな抵抗は圧倒的な暴力の前には無力だった。
「来い!」
男の一人に肩を掴まれ、無理矢理引き剥がされる。
「イヤァァァァァッ!」
エレナはもがき、手を振りほどこうとするが、もう一人が彼女の腕を掴んで動けなくする。
「放して! 放して!」
「連れて行け!」
ワーゲンに押し込められるエレナ。身動きの取れない俺は、それただ見ているしか出来なかった。
底無しの無力感と身を焦がすような怒りで、頭が真っ白になる。
そんな時。男の一人がが仲間の死体を回収しようと、その足を掴み、引っ張った。
胸から下の身体を押さえていた死体が無くなり、一気に自由となる。
俺は最後の力を振り絞り、自らを鼓舞する雄叫びを挙げながら立ち上がった。
そして、一番近くにいた、死体を運んでいた男に向けて銃を撃った。
防弾ベストを着けているとか、そんなことはどうでもいい。
ここで何もしなければ、俺じゃなくなる。
本能がそう訴えてきたのだ。
P228から発射された弾は男の胸と肩に命中し、男を地面に伏せさせた。
だが。
一発の銃声と共に目の前が真っ暗になった。
身体は動かない。
上も下も、右も左も分からない。
自分が今、立っているのか倒れているのかも分からない。
エレナが俺を呼ぶ声がする。
それに応えようとするも、口は動かない。
そうこうしているうちに、彼女の声も聞こえなくなる。
留めなく流れる血潮の代わりに、ネバネバとした悔しさが体内を巡る。
何も出来なかったという事実が、意識が薄れていくにつれ強くなる。
(エレナ……)
彼女の笑顔が脳裏に浮かんだのを最後に、俺は何も感じなくなり、自分という存在すらも観測出来なくなった。
イリナの怒りは、時間が経つにつれて不安にすり替わり、それは段々と膨れ上がっていった。
窓の外は既にオレンジ色に染まっているが、石田からの遅くなる等の連絡は無く、逆に彼の携帯電話にかけても留守電になってしまうのだ。
「……事故にでもあってないといいけど」
「大丈夫なんじゃないですか? 石田さんだって、そこまで耄碌はしてないでしょう」
ナザロフは楽観的に構え、のほほんとしている。
イリナは彼のその態度に苛つきを覚えつつも、そうであってほしいと強く願っていた。彼女の脳内では、コッポラと石田が交わしていた、ある会話がリフレインしていた。
『石田さん、イリナさん、貴方達が喧嘩を売ったのはそんなプロを囲い込んでいる組織です。そんな組織の商売を潰したんです……』
『"報復される"。そう言いたいのか?』
二人の帰りが遅いのが、楽しんでいて時間を忘れているだけならないい。
クマのぬいぐるみと買い物袋を抱えて帰ってくる二人を迎え、「なんで置いていったのよ」と怒ってみせて、「ごめんごめん」と言いながら差し出してくるであろうお詫びの品をありがたく受け取り、お礼を言えばそれでチャラだ。
けれど、何物かに襲われたとしたら。
連絡が来ないのも、連絡が通じないのも辻褄が合う。
報復。
会話のリフレインに代わり、彼女の脳内にその二文字がデカデカと躍る。
(こんなことになるんだったら、無理にでも追いかけておくんだった)
彼女が後悔しながら携帯電話を見詰めていると、着信が入った。知らない番号であった。
「石田さんですか?」
「……知らない番号」
恐る恐る彼女は画面をスワイブし、耳に当てる。
『イリナ・ガルキアさんの携帯ですか?』
聞き覚えのある声だった。
『私です。FBIのコッポラです』
「……どうされました?」
冷静を装うが、FBIからの連絡という時点でいいニュースではないのは明らかだ。
『いいですか、落ちついて聞いてください。……石田さんが撃たれて、病院に運ばれました』
「え……」
『意識不明の重体です』
それを聞いた途端、イリナは全身が一気に冷たくなっていくのを感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる