52 / 70
病院の中
しおりを挟む
イリナとナザロフが病院に駆け込むと、ロビーに立っていたコッポラが気が付き、寄ってくる。
「イリナさんとナザロフさん……」
彼の顔も真っ青で、切羽詰まっているのが分かる。それでも、一般市民を前に動揺を表に出さないように努力しているようだった。
「亮平は……」
「ICUにいます。付いて来てください」
病院の奥。何枚もの自動ドアを進んだ先に、ICUはあった。しかし、部屋の中には入れず分厚いガラス越しに様子を窺うしかない。
石田は一つのベッドに寝かされており、口元には酸素マスクが付けられていた。その瞼は固く閉ざされ、目覚める気配は無い。
「手術は成功しましたが、重傷には変わりありません。なんなら、生きてるのが奇跡らしいです……」
「……そうですか」
心電図モニターの表示が、石田の生命活動がまだ行われていることを知らせると同時に、それから発せられる頼りなさげな機械音が彼の生命力をも表しているようだ。
すると、ICUから一人の医者が出てきた。石田を手術した執刀医だった。
「ご家族の方……ですかな?」
「いえ……。家族ではないんですけど、彼の戦友です」
医者はイリナの戦友発言に目を丸くしたが、すぐに納得したように頷く。
「なるほど。彼は元軍人、そうでなくとも戦場で戦う立場にいた訳ですか。どうりで、傷だらけなわけだ」
「……元傭兵です」
「そうですか」
ここで医者は咳払いし、自身の白衣のポケットから小袋を出した。
袋の中には、茶色のひしゃげた弾丸が二つ入っている。
「彼は、イシダさんでしたね。彼が撃たれたのはご存知ですよね」
「ええ」
「彼は四発撃たれていました。一発は肩を掠め、一発は脇腹を貫通。胸に命中したうち、一つは肋骨で止まり、もう一つは肺の手前で止まっていました。摘出されたのが、これになります」
医者は石田が撃たれた箇所に指を当てながら説明をし、持っていた小袋をイリナへ差し出した。
「詳しいことは鑑定に出さないと分かりませんが、おそらく五・五六×四五ミリ弾でしょう。NATO弾というやつですね」
イリナは医者の話を聞きながら、弾丸の小袋を握りしめ、怒りに震えた。
誰がこんなことをしたのか。
エレナと二人で買い物に出掛けたのだから、きっと撃たれた時もエレナがすぐそばにいたはずだ。彼女の目の前で石田が撃たれたとしたら。
そこまで想像してから、彼女は本来いるべき少女がいないことに気がついた
「……まって、エレナは? 女の子、見ませんてました?」
「え?」
詳しい怪我の状態を話していた医者は、イリナの発言にポカンという顔をする。
コッポラが慌てて話を引き継ぎ、心底申し訳なさそうに口を開く。
「……エレナちゃんですが、行方が分からないんです」
それを聞いて、イリナの頭はまた真っ白になった。だが、今度は早く復帰した。
「なんですって!」
彼女は勢いのまま、目の前の医者の胸ぐらを掴んだ。突然の出来事が重なり、彼女は混乱しているのだ。
当然、事件とはなんの関係も無い、ただ病院に担ぎ込まれた石田を手術しただけの医者は、もっと混乱し怯えた表情をしているが。
ナザロフとコッポラが急いで、医者からイリナを引き離す。
引き離した瞬間、彼女は勢いを失い、崩れ落ちるように床にへたり込んでしまう。
「……場所を変えましょう」
コッポラは呆然としているイリナの腕を肩に回しながら提案し、ナザロフは善良な医者に謝罪しながらそれに賛同した。
休憩スペースのソファーにイリナを座らせたコッポラは、自販機で砂糖とミルクがたっぷりのコーヒーを買い、彼女へ渡した。
コーヒーの香りが気付けになったようで、彼女はコーヒーを受け取る。
「どうも」と小さいながらも礼を言い、一口啜る。
「……甘い」
「ブラックの方がよかったですか?」
イリナは無言で首を振った。それから、彼女はゆっくりと紙コップを傾け、半分ほど飲んだ。
「疲れている時は、甘い物が一番効きますからね」
「……そうね」
彼女の返事には力がこもっていなかったが、顔色はへたり込んだ時に比べると大分良くなっていた。
コッポラはそれを見て、石田の身に何が起こったかの説明を始めた。
武装集団に追われた石田とエレナが、駐車場まで逃げたこと。
そこで乱闘の末に敵の一人を人質に取ったであろうこと。
しかし、人質ごと武装集団は石田を撃ったこと。
石田から摘出された弾丸の位置が普通に撃たれた時よりも浅く、弾丸に石田とは違う血液型の血が付着していたから、そう判断したこと。
最終的にエレナは攫われてしまったこと。
コッポラは知っている情報全てを、イリナとナザロフに話した。
「……エレナを攫った連中は?」
イリナが地の底から響くような声で訊ねる。
「警察と連携して、全力で捜査中です」
お役所的な回答だと内心自嘲しつつも、誠意をもってコッポラは答えた。
自分達の管轄で、何の罪もない人間が殺されかけ、何の罪もない女の子が変態の毒牙にかかろうとしているのだ。
到底許されることではない。
何も出来ない様なら、FBIのバッジなんてゴミ以下の価値しかないからだ。
覚悟を新たにした時、彼の携帯が鳴った。発信者は彼の直属の上司だった。
「イリナさんとナザロフさん……」
彼の顔も真っ青で、切羽詰まっているのが分かる。それでも、一般市民を前に動揺を表に出さないように努力しているようだった。
「亮平は……」
「ICUにいます。付いて来てください」
病院の奥。何枚もの自動ドアを進んだ先に、ICUはあった。しかし、部屋の中には入れず分厚いガラス越しに様子を窺うしかない。
石田は一つのベッドに寝かされており、口元には酸素マスクが付けられていた。その瞼は固く閉ざされ、目覚める気配は無い。
「手術は成功しましたが、重傷には変わりありません。なんなら、生きてるのが奇跡らしいです……」
「……そうですか」
心電図モニターの表示が、石田の生命活動がまだ行われていることを知らせると同時に、それから発せられる頼りなさげな機械音が彼の生命力をも表しているようだ。
すると、ICUから一人の医者が出てきた。石田を手術した執刀医だった。
「ご家族の方……ですかな?」
「いえ……。家族ではないんですけど、彼の戦友です」
医者はイリナの戦友発言に目を丸くしたが、すぐに納得したように頷く。
「なるほど。彼は元軍人、そうでなくとも戦場で戦う立場にいた訳ですか。どうりで、傷だらけなわけだ」
「……元傭兵です」
「そうですか」
ここで医者は咳払いし、自身の白衣のポケットから小袋を出した。
袋の中には、茶色のひしゃげた弾丸が二つ入っている。
「彼は、イシダさんでしたね。彼が撃たれたのはご存知ですよね」
「ええ」
「彼は四発撃たれていました。一発は肩を掠め、一発は脇腹を貫通。胸に命中したうち、一つは肋骨で止まり、もう一つは肺の手前で止まっていました。摘出されたのが、これになります」
医者は石田が撃たれた箇所に指を当てながら説明をし、持っていた小袋をイリナへ差し出した。
「詳しいことは鑑定に出さないと分かりませんが、おそらく五・五六×四五ミリ弾でしょう。NATO弾というやつですね」
イリナは医者の話を聞きながら、弾丸の小袋を握りしめ、怒りに震えた。
誰がこんなことをしたのか。
エレナと二人で買い物に出掛けたのだから、きっと撃たれた時もエレナがすぐそばにいたはずだ。彼女の目の前で石田が撃たれたとしたら。
そこまで想像してから、彼女は本来いるべき少女がいないことに気がついた
「……まって、エレナは? 女の子、見ませんてました?」
「え?」
詳しい怪我の状態を話していた医者は、イリナの発言にポカンという顔をする。
コッポラが慌てて話を引き継ぎ、心底申し訳なさそうに口を開く。
「……エレナちゃんですが、行方が分からないんです」
それを聞いて、イリナの頭はまた真っ白になった。だが、今度は早く復帰した。
「なんですって!」
彼女は勢いのまま、目の前の医者の胸ぐらを掴んだ。突然の出来事が重なり、彼女は混乱しているのだ。
当然、事件とはなんの関係も無い、ただ病院に担ぎ込まれた石田を手術しただけの医者は、もっと混乱し怯えた表情をしているが。
ナザロフとコッポラが急いで、医者からイリナを引き離す。
引き離した瞬間、彼女は勢いを失い、崩れ落ちるように床にへたり込んでしまう。
「……場所を変えましょう」
コッポラは呆然としているイリナの腕を肩に回しながら提案し、ナザロフは善良な医者に謝罪しながらそれに賛同した。
休憩スペースのソファーにイリナを座らせたコッポラは、自販機で砂糖とミルクがたっぷりのコーヒーを買い、彼女へ渡した。
コーヒーの香りが気付けになったようで、彼女はコーヒーを受け取る。
「どうも」と小さいながらも礼を言い、一口啜る。
「……甘い」
「ブラックの方がよかったですか?」
イリナは無言で首を振った。それから、彼女はゆっくりと紙コップを傾け、半分ほど飲んだ。
「疲れている時は、甘い物が一番効きますからね」
「……そうね」
彼女の返事には力がこもっていなかったが、顔色はへたり込んだ時に比べると大分良くなっていた。
コッポラはそれを見て、石田の身に何が起こったかの説明を始めた。
武装集団に追われた石田とエレナが、駐車場まで逃げたこと。
そこで乱闘の末に敵の一人を人質に取ったであろうこと。
しかし、人質ごと武装集団は石田を撃ったこと。
石田から摘出された弾丸の位置が普通に撃たれた時よりも浅く、弾丸に石田とは違う血液型の血が付着していたから、そう判断したこと。
最終的にエレナは攫われてしまったこと。
コッポラは知っている情報全てを、イリナとナザロフに話した。
「……エレナを攫った連中は?」
イリナが地の底から響くような声で訊ねる。
「警察と連携して、全力で捜査中です」
お役所的な回答だと内心自嘲しつつも、誠意をもってコッポラは答えた。
自分達の管轄で、何の罪もない人間が殺されかけ、何の罪もない女の子が変態の毒牙にかかろうとしているのだ。
到底許されることではない。
何も出来ない様なら、FBIのバッジなんてゴミ以下の価値しかないからだ。
覚悟を新たにした時、彼の携帯が鳴った。発信者は彼の直属の上司だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる