戦う理由

タヌキ

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保身の中

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 コッポラはイリナとナザロフに詫びを入れてから、席を立った。
 重要な話の可能性を鑑みて、声が聞かれない所まで移動してから彼は通話ボタンを押す。
「はい。コッポラです」
『私だ』
 声はやはり直属の上司のものであった。
「どうも。どうかしましたか?」
 少し食い気味にコッポラは言葉を発した。
 『リンカーン』の捜査状況は逐一送っていて、何かしらのミスがあった場合はメールで連絡がくる。なので、コッポラの中には電話が掛かってくる心当たりがないのだ。
『……捜査の調子の方はどうだ?』
「それでしたら、ついさっき今日の分の報告書を送りましたが」
 病院に向かう前にメールに添付して送信してある。送信エラーも無かったので、上司の手元で確認が出来るはずだ。しかも、この上司は本題をすぐに聞く男であり、前置きなんてコッポラが知る限りやられたことがない。
 どこか気を使っているような、遠回しな話の仕方にコッポラは不信感を覚える。
『そうだったな。いや、うっかり、失念していたよ』
「……すいませんが、こっちは今、大変なんです」
 とぼけた口調の上司に、彼はあえて苛つきを隠さずに応じた。人間、何かしら後ろめたいことがある時に限って、普段と異なる口調や態度になるものだ。
 コッポラは上司の不審な態度がそのせいだと判断し、あえて不機嫌であるのをアピールすることで向こうの動揺を誘おうとした。
『あ、ああ……』
 案の定というか、彼の作戦通り上司は動揺の色を濃く見せた。ここでダメ押しと、コッポラは息を吸った。
「……もう一度聞きますね。何の用ですか?」
 上司はしばらくの間口ごもっていたが、やがて大きな溜息をついて、何故電話を掛けてきたかを話し出す。
『……実は、の方から、捜査を止めるよう、私の方に圧力があった』
「上?」
『司法省だ』
「なんですって!」
 合衆国司法省。FBI――連邦捜査局というのは司法省長官・副長官直轄の組織なので、文字通りの上である。そんなところが、上司の上司を通したものではなく頭ごなしに現場へ圧力を掛けてきたのだ。
『"高度に政治的な問題"かつ"被害者である子供達も保護されていて"なお"事件に関わった人間が逃走している"ことから、捜査しても進展が望めない。だから、捜査は中止せよとの御達しだ』
 コッポラは腸が煮えくり返るような怒りを、司法省の人間に抱いた。
「そんな馬鹿な。まだ一週間も捜査していないし、なんならこっちでは、重要参考人が死にかけていて、被害者の子供が一人攫われているんですよ!」
『連中、そのことについても言及していったよ。"イスラム過激派のテロに、たまたまこの事件の重要参考人が巻き込まれたそうですが、相手はイスラム過激派なんで人身売買組織とは関係ないでしょう"とな』
「はぁ?」
 彼が放った「はぁ?」は、失望や憤慨がこもった渾身のものだった。更に追い打ちをかけるように、上司が言葉を続ける。
『コッポラ君。言いにくいんだが……人身売買組織の捜査から手を引きたまえ』
「……はぁ?」
『君もまだ若い。こんなで、将来を失いたくないだろう』
 コッポラには、一瞬、上司が何を言っているのか分からなかった。
『君が優秀なのは、私が一番知っている。だからこそ、こうして、忠告をしているんだ』
 言葉こそコッポラのためと言っているが、彼自身には上司が自らの保身のために言っているようにしか聞こえなかった。
「……………………」
 あまりの出来事にコッポラが絶句していると。
『私も定年が近い。お互い、平穏に過ごしたいじゃないか』
 上司はそんなことを口にした。
 その瞬間、コッポラの脳ミソは沸騰した。
「……そうですか」
『ああ。分かってくれるかね?』
「ええ、じゅうじゅうとね」
『だったら――』
「なので只今から、私はアラモアナセンターを襲撃したイスラム過激派の捜査をします」
『なっ……!』
 上司に反撃の隙を与えないよう、すぐに言葉を紡ぐ。
「先程、おっしゃいましたよね。『相手はイスラム過激派なんで人身売買組織とは関係ないでしょう』と司法省の方が言っていたと」
『……………………』
「ならば、そちらの捜査をします。だって、人身売買組織とは関係無いのなら、司法省だって文句はないでしょう」
『そ、それは……』
 それでも食い下がろうとする上司。その聞き苦しく意地汚い声に、コッポラは上司への愛想を尽かせた。
「課長は、我が国でイスラム過激派がもう一度暴れてもよいと思っているのですか? 思いませんよね。私も思っていません」
『…………………………』
 この時点で、電話の向こうにいる上司は頭を抱えていた。
 適当に収めて話をまとめるつもりが、揚げ足を取られ、やり返されてしまっているので無理もない話だが。
「ですので、たった今から逃走したイスラム過激派について捜査します。報告書は変わらず提出するので、
 最後の言葉を強調し、そのまま上司の返事を聞かずにコッポラは電話を切った。
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