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出陣の中
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空港といっても、正面玄関から入るわけではない。
裏の方に車を回し、物々しいゲートの近くに停める。すると、反射チョッキを着た警備員が駆け寄ってきた。
「すいません、ここは関係者以外立ち入り禁止です」
車から降りながら、それに応じる。
「FBIから連絡あったでしょ、『あとで男女二人がそっちに行く』って」
俺の言葉に警備員は心当たりがあったようで、僅かに警戒心を解いた。
「……すいませんでした。飛行機の方は、出発準備が出来ているそうです」
そう、目には目をじゃないが、俺達も小型ジェット機をレンタルしたのだ。経費はFBI持ち、項目としては「捜査費用」となる。間違ってはいないのがタチが悪い。
「どうも」
俺とイリナは自分の分の武器弾薬が詰まった鞄を持ち、車を降りる。
車はあの沿岸警備隊の男の物で、イリナ達が奴を拉致する段階で奪ったらしい。ピカピカの新車で、車種はセダン、お高い欧州ブランド製だ。
人身売買組織からの報酬と、押収品の横流しで得た金で買ったのだろう。
でも、帰る時はこの車には乗らないだろう。こうして、裏口からコソコソと出入りする必要はないからだ。
あの男が取りに来なければ、この車は駐車場の片隅で壊れていく。そして、俺の作戦では奴が車を取りに来れる状況は、もう一生訪れない。
誰にも知られることなく、朽ちていく高級車。それには、何とも言えないうら寂しさがある。
と同時に、朽ちていく様を想像すると、俺は「ざまあみろ」という感情も湧いてくる。
そして、何かが終わるという感覚もひしひしと感じていた。
イリナが何を考えているかは分からない。でも、俺と同じようなことを考えているだろう。表情が物語っている。
「……行こうか」
「ええ」
俺達はゲートをくぐり、滑走路内に入る。だだっ広い滑走路内には、数々の旅客機がいた。自分の身体より何倍も大きな飛行機が何機もいるのは壮観だが、ここには観光しにきたのではない。
「アレじゃない?」
イリナが指さす方には格納庫があった。その中には、小型のジェット機が収まっている。
それ以外に、小型ジェット機らしきものは見えない。
近づいていくと、パイロットらしき中年男性が飛行機から出てきて、俺達へ声を掛けてきた。
「FBIの?」
「ああ! そっちはバハマ行きの便か?」
「そうです」
お互いに確認が取れたので、俺達はタラップを昇った。
「バハマ諸島には、昼頃に着きます。それまで、快適な空の旅をお楽しみください」
簡単な機内の説明をした後、パイロットは操縦室へ消える。
それを見計らって、俺達は鞄を開けた。
銃器と弾を一緒に出して、弾を弾倉や銃に込めていく。
金属同士が触れ合う音に慣れてきた頃、飛行機は動き出した。
「いよいよね……」
弾倉に目を落としたまま、イリナが口を開く。俺も弾帯に散弾を入れながら、「ああ」と返した。
俺達の間に、これ以上の会話は必要ない。
目的はただ一つ。エレナを連れ、三人で五体満足で戻ることだと理解していたからだ。
エレナが目覚めたのは、時間が朝から昼へ移ろうとしていた頃だった。
彼女は一瞬、天井が低いことに違和感を覚えたが、すぐに昨夜の出来事を思い出した。
自らベッドの下に避難したこと、石田達を思って泣いたこと、そのうちに泣き疲れてしまったことを全て。
周囲に人の気配がないことを慥かめてから、エレナはゆっくりとベッドの下から這い出た。
縮こまっていた身体を伸ばし、周囲を見渡す。
昨夜と内装は変わっていないようだったが、彼女の目に唯一昨夜からかわったものが映った。
アンティーク調の机の上に置かれた、水差しと食事の乗ったプレートだ。
うっすらと焼き目が付くくらいに焼かれたトースト、レタスとトマトのサラダには手作りのドレッシングが添えられ、ジャガイモのポタージュにはクルトンとパセリが散らされている。
置かれてから時間が経っているようで、トーストも湿気て、ポタージュもぬるくなっていたが、不味くは見えない。
メニューや見た目だけなら優雅な朝食だが、エレナはそれに手を付けるのを躊躇った。
これらを提供するよう指示を出したのが、梁であるのが容易に想像出来たからだ。餌付けされるようで嫌だ。そう言語化は出来なかったが、感覚が訴えてきていた。
しかし、食べ物があると意識した途端、彼女の身体は空腹を訴え始めた。
彼女が最後に食事をとったのは、攫われる前。石田と食べた朝食だ。
ほぼ三日何も口にしていない。我慢しようと首を横に振るも、身体は生きるために必死だった。
そもそも、食事と一緒に水分も摂っていないのだ。空腹感と共に押し寄せる喉の渇き。それを無視するには、彼女はまだ幼すぎた。
恐る恐る、水差しを傾け、コップに水を注ぐ。
そして、「ままよ」とコップの中身を一気飲みする。ただの水だった。
苦くもしょっぱくもすっぱくもない、何の変哲もない水だった。
そうと分かると、彼女の若い身体は身体に足りない水分を苛烈に求め始める。何度もコップに水を注ぎ、何度も飲み干す。
渇きが癒えたのち、癒すのは飢えだ。
椅子に座り、彼女はトーストを掴もうとした。しかし、彼女の脳裏に石田の声が流れてきた。
『いただきますとごちそうさま』
エレナは伸ばした手を引っ込め、手を合わせる。
「いただきます」
その言葉を唱えてから、彼女は餓鬼の如く飯へ食らいつく。行儀は良くないが、生きるためだ。
全ての皿を空にし、彼女はまた手を合わせた。
「ごちそうさま」
彼女の顔は、起きた時の何倍も生命力に溢れていた。
裏の方に車を回し、物々しいゲートの近くに停める。すると、反射チョッキを着た警備員が駆け寄ってきた。
「すいません、ここは関係者以外立ち入り禁止です」
車から降りながら、それに応じる。
「FBIから連絡あったでしょ、『あとで男女二人がそっちに行く』って」
俺の言葉に警備員は心当たりがあったようで、僅かに警戒心を解いた。
「……すいませんでした。飛行機の方は、出発準備が出来ているそうです」
そう、目には目をじゃないが、俺達も小型ジェット機をレンタルしたのだ。経費はFBI持ち、項目としては「捜査費用」となる。間違ってはいないのがタチが悪い。
「どうも」
俺とイリナは自分の分の武器弾薬が詰まった鞄を持ち、車を降りる。
車はあの沿岸警備隊の男の物で、イリナ達が奴を拉致する段階で奪ったらしい。ピカピカの新車で、車種はセダン、お高い欧州ブランド製だ。
人身売買組織からの報酬と、押収品の横流しで得た金で買ったのだろう。
でも、帰る時はこの車には乗らないだろう。こうして、裏口からコソコソと出入りする必要はないからだ。
あの男が取りに来なければ、この車は駐車場の片隅で壊れていく。そして、俺の作戦では奴が車を取りに来れる状況は、もう一生訪れない。
誰にも知られることなく、朽ちていく高級車。それには、何とも言えないうら寂しさがある。
と同時に、朽ちていく様を想像すると、俺は「ざまあみろ」という感情も湧いてくる。
そして、何かが終わるという感覚もひしひしと感じていた。
イリナが何を考えているかは分からない。でも、俺と同じようなことを考えているだろう。表情が物語っている。
「……行こうか」
「ええ」
俺達はゲートをくぐり、滑走路内に入る。だだっ広い滑走路内には、数々の旅客機がいた。自分の身体より何倍も大きな飛行機が何機もいるのは壮観だが、ここには観光しにきたのではない。
「アレじゃない?」
イリナが指さす方には格納庫があった。その中には、小型のジェット機が収まっている。
それ以外に、小型ジェット機らしきものは見えない。
近づいていくと、パイロットらしき中年男性が飛行機から出てきて、俺達へ声を掛けてきた。
「FBIの?」
「ああ! そっちはバハマ行きの便か?」
「そうです」
お互いに確認が取れたので、俺達はタラップを昇った。
「バハマ諸島には、昼頃に着きます。それまで、快適な空の旅をお楽しみください」
簡単な機内の説明をした後、パイロットは操縦室へ消える。
それを見計らって、俺達は鞄を開けた。
銃器と弾を一緒に出して、弾を弾倉や銃に込めていく。
金属同士が触れ合う音に慣れてきた頃、飛行機は動き出した。
「いよいよね……」
弾倉に目を落としたまま、イリナが口を開く。俺も弾帯に散弾を入れながら、「ああ」と返した。
俺達の間に、これ以上の会話は必要ない。
目的はただ一つ。エレナを連れ、三人で五体満足で戻ることだと理解していたからだ。
エレナが目覚めたのは、時間が朝から昼へ移ろうとしていた頃だった。
彼女は一瞬、天井が低いことに違和感を覚えたが、すぐに昨夜の出来事を思い出した。
自らベッドの下に避難したこと、石田達を思って泣いたこと、そのうちに泣き疲れてしまったことを全て。
周囲に人の気配がないことを慥かめてから、エレナはゆっくりとベッドの下から這い出た。
縮こまっていた身体を伸ばし、周囲を見渡す。
昨夜と内装は変わっていないようだったが、彼女の目に唯一昨夜からかわったものが映った。
アンティーク調の机の上に置かれた、水差しと食事の乗ったプレートだ。
うっすらと焼き目が付くくらいに焼かれたトースト、レタスとトマトのサラダには手作りのドレッシングが添えられ、ジャガイモのポタージュにはクルトンとパセリが散らされている。
置かれてから時間が経っているようで、トーストも湿気て、ポタージュもぬるくなっていたが、不味くは見えない。
メニューや見た目だけなら優雅な朝食だが、エレナはそれに手を付けるのを躊躇った。
これらを提供するよう指示を出したのが、梁であるのが容易に想像出来たからだ。餌付けされるようで嫌だ。そう言語化は出来なかったが、感覚が訴えてきていた。
しかし、食べ物があると意識した途端、彼女の身体は空腹を訴え始めた。
彼女が最後に食事をとったのは、攫われる前。石田と食べた朝食だ。
ほぼ三日何も口にしていない。我慢しようと首を横に振るも、身体は生きるために必死だった。
そもそも、食事と一緒に水分も摂っていないのだ。空腹感と共に押し寄せる喉の渇き。それを無視するには、彼女はまだ幼すぎた。
恐る恐る、水差しを傾け、コップに水を注ぐ。
そして、「ままよ」とコップの中身を一気飲みする。ただの水だった。
苦くもしょっぱくもすっぱくもない、何の変哲もない水だった。
そうと分かると、彼女の若い身体は身体に足りない水分を苛烈に求め始める。何度もコップに水を注ぎ、何度も飲み干す。
渇きが癒えたのち、癒すのは飢えだ。
椅子に座り、彼女はトーストを掴もうとした。しかし、彼女の脳裏に石田の声が流れてきた。
『いただきますとごちそうさま』
エレナは伸ばした手を引っ込め、手を合わせる。
「いただきます」
その言葉を唱えてから、彼女は餓鬼の如く飯へ食らいつく。行儀は良くないが、生きるためだ。
全ての皿を空にし、彼女はまた手を合わせた。
「ごちそうさま」
彼女の顔は、起きた時の何倍も生命力に溢れていた。
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