戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
70 / 70

終わりの中

しおりを挟む
 全てを終え、日本に帰ってきた。
 しばらくはエレナの養子縁組などの手続きなどで忙しかったが、それ以外になんの波乱もない日々が半年ほど続いた。
 そんなおり、俺の携帯に電話が掛かってきた。発信元はアメリカだ。
 心当たりはいくつかあるが、そのうちのどれもエレナに聞かせられない話が出てくるはずだ。
 俺は、「電話」と一言告げて、キッチンへ行って通話ボタンを押した。
「はい」
『もしもし。石田さんですか?』
 心当たりの内の筆頭、コッポラの声だった。
「おお、久しぶりです」
 彼とのコミュニケーションの間合いを忘れるくらい、久しぶりに話す。
『こっちもだいぶ落ち着いてきたので、近況を聞こうかと』
「近況かぁ……」
 俺はエレナの小学校編入の目途が付きそうなことと、来月イリナと籍を入れることを話した。
 その二つとも、コッポラは嬉しがってくれた。
『式は開くんですか?』
「イリナとか? 今のところ、開く気はない」
『え? なんでです?』
 なんでと言われても、俺とイリナで話し合った結果なのだから仕方がない。呼ぶ親類も開くだけの金が無いという現実と、式を開いて再確認するほど弱い関係でもないのが、お互いに分かっていたというのがある。
 そもそも、エレナと養子縁組するのに配偶者が必要と言うので、「それじゃあ」といった感じで恋愛感情をすっ飛ばした、夢もへったくれもない結婚である。
 そのことをコッポラに伝えると、少し寂しそうに「そうですか」と言った。式に出たかったのかもしれない。
 それでも彼はすぐに調子を戻し、自分達の近況を話しだした。
 俺達が帰った後、彼は俺の言う通りに書いた報告書を提出し、またアメリカ本土での仕事に戻ったらしい。しばらく監視されている気配もあったようたが、今はそれもないようだ
『マークが外れたんだと思います。世間様に自分達のことをバラす心配がないと、判断したんでしょうね』
「もしくは、お前さんにそう思わせて、忘れた頃に……ってパターンかもな。夜道と地下鉄のホームには気をつけた方がいいぞ」
『脅さないでくださいよ……』
「冗談だ。こっちは爆弾抱えてるからな。向こうだって、下手に刺激して爆発させるより、様子見ていた方がリスク低いことくらい、分かってる」
 コッポラが捜査を打ち切られる前に集めた資料や、エレナの存在、そして敵対した相手を皆殺しに事実など、俺達を消そうとすればとんでもないことが起こるのは、馬鹿でも察せられる。
 そのことを理解しているコッポラは、深く突っ込まず別の話題に切り替えた。
『そういえば、ナザロフさんの本、来年の冬に出版されるみたいです』
「……そうか、案外早かったな」
 俺がナザロフに書くよう頼んだ小説。どうやらそれが書き上がったらしい。
『ナザロフさん曰く、問題なく世に出せそうだと』
「そりゃあよかった」
 ナザロフに書けと言った目的が果たせそうなのと、ナザロフがしっかりと書き上げてくれたことへの言葉を口にする。
『石田さん達に献本するって言ってましたよ』
「献本っていってもなぁ」
 本の内容は、ほとんど俺とイリナとエレナが経験したものだ。名前と登場人物の設定などが現実と少し違うだけで、起こった出来事に大きな相違はない。
『自分も少し読ませてもらいましたけど、よく書けてるんで、読んどいて損はないと思いますよ』
「……そうか。アイツも元気でやってるんだな」
『そう言うんだったら、連絡してあげてください。喜びますよ』
 ここのところは忙しさに意識を取られており、連絡しようという発想すら浮かばなかった。せっかく、連絡先を交換したのだから、電話かけないともったいない。
「だな……。あとで掛けてみるよ」
『そうしてあげてください』
 そこから、少しの世間話を交わし、電話を切った。
 会話が終わった気配を感じ取ったのか、イリナがキッチンと居間を仕切る引き戸の陰から、顔を覗かせる。
「誰?」
「コッポラ。ご機嫌いかが? ってさ」
「元気だって言った?」
「言ったよ」
「私達が結婚するって、言った?」
「……言った」
 俺は籍を入れるなんて、小難しい言い回しをしたが、イリナはハッキリと言う。
 俺からしたら、イリナは恋愛対象というより、数々の視線を共にくぐってきた戦友である。彼女のどこをどう女扱いすればいいのか、半年共に暮らしても未だに分からない。
 しかし、イリナの方はこれまでに増して、じゃれついてくる。
 鬱陶しいったらありゃしないが、毎日じゃれついてくるので最近は慣れてきた。
「ラブラブだって言った?」
「言った言った」
 ふざけモードになってきたのを察し、適当にあしらいながら居間に戻る。
 本を読んでいたエレナが振り返り、カタコトの日本語で「デンワ、ダレだった?」と聞いてくる。幼いだけあって、言語の吸収が早い。
「コッポラのおじさんだよ」
 二十そこらの青年をおじさんというのは違和感があるが、エレナからすればいい年の男は皆おじさんである。
「ゲンキそうだった?」
「元気そうだった」
 どうせなら、コッポラにエレナの声を聞かせてやればよかったが、まぁいい。彼も、俺達がエレナを大切にしていることぐらい分かるだろう。
 俺は座椅子に腰掛け、足を伸ばした。
 季節は春から秋へ変わり、俺達三人の生活は大きく変わろうとしている。
 不安要素は多いが、何とかなる気がする。
 秋の柔らかな日差しの中、エレナの笑顔を見ながら、イリナのかましい声を聴きながら、俺はそう思った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...