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7話 ダンジョンの1階層

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「さぁーて、潜るかぁ」


あれから2日後。
赤子の面倒で眠れぬ夜を交代でやり過ごし、なんとか準備の整った二人は、またも同じダンジョンの前に立っていた。

ダンジョンの入り口で大きく伸びをしながら宣言してるリアスに、エゾンが不安げな視線を送っている。
いや送っているのはリアスにではなく、その背にしょわれているリーエにかもしれない。

結局リアスは買ってきた背負子にリーエを入れて、ここまで来てしまったのだ。
やる気満々のリアスと比べて、後ろに続くエゾンはまだ何か言いたそうだ。


「本気で潜るのか」
「本気だよ」


リアスが自信たっぷりに答えるが、エゾンの顔は晴れない。


「大丈夫だって。見ろ、ばっちり安全な背負子も用意したし」
「半分以上、俺がな」


偉そうに言うリアスにエゾンが横からすかさず突っ込む。

確かにリアスが背負う背負子はなかなか丈夫そうだ。
しっかりとした鉄製の枠に鉄板の背板。頑丈そうな肩紐は鎖で編みこまれている。
……決して赤子を背負うためのものではないはずだ。
普通に考えて、戦闘職でもなければ担ぎ続けられない。

リアスに買い物を任せたのが間違いだった。

ぶつぶつ文句を言いつつも、結局エゾンがさらしとタオルをぐるぐる巻きにして、赤子が中で休めるように改良したのだ。ついでに、何をどうやったのか、リーエを包むタオルのボールが宙に浮いていて、少しばかりリアスが飛び跳ねてもまったく問題ない。


「分かってるって。マジありがとよ」


返すリアスの声は明るく、そこに悪気は皆無だ。
それを聞いていると、なんだかエゾンは釈然としない気分にさせられる。胸にわくモヤモヤに、つい、余計な一言が口をつく。


「リーエの首が座ってなければ、どの道使えなかったがな」


だがリアスがそれに気づくことはない。
ただ素直にウンウンと頷くだけだ。


「ホントよかったね、今朝首が座ってくれてて」


例えある程度衝撃を減らす工夫はしてあるにしても、流石に首の座らない赤子を連れまわすのは危険すぎる。

首が座るまではダンジョンは禁止!

そう言ってエゾンは最後まで反対していた。

だが驚いたことに、今朝突然、リーエの首がしっかり座っていた。それどころか肘でハイハイを始めていたのである。

いや、昨日まで首が座ってなかった赤子が突然ここまで成長するものなのか?

疑問に思うも、エゾンもそこまで赤子に詳しいわけではない。
不安はあるものの、それ以上文句もつけようがない。
一応、ダンジョンに潜る費用を払うのはリアスなのだ。


「リーエも感謝してるよなー?」
「言っとくが、俺じゃそれ、絶対に担げないからな」


背の背負子に視線を送ったリアスに、エゾンが反射的に突っ込む。
担ぐどころか、エゾンではテーブルの上を移動させるのも難しい重量だった。


「わかってるって」


それを、リアスは担いでいることを忘れるほど軽々と動き回る。
重さなど全く感じていない様子のリアスは、余裕の滲む声でそれに答えた。


「まあ、今日は浅い層しか行かないから安心しろって」


心配性な相棒に、リアスが笑ってつけ足す。
事実、今日は1~2階層を回る予定だ。
この辺りにはまだ、低級の魔物しか出没しない。

しかも入り口付近はすっかり整備されており、主な道には安物とはいえ光石が壁に埋め込まれ、うっすらとダンジョンを照らし出してくれている。
その見慣れたダンジョンの入り口へ、リアスが意気揚々と踏み入っていく。

だが、そんな事実さえもエゾンの不安を和らげることはない。


「浅い層だからこそ、心配なんだろう」


リアスの背に小さくぼやいたエゾンは、それでも結局、リアスに続いてダンジョンへと踏み入っていった。



ダンジョンに入ってしばらく行くと、前方から魔犬の群れが襲ってきた。
この辺りでは尽きることなく湧き続ける、定番の魔物だ。


「早速来たぞ」


魔犬は決して強力なモンスターではない。だが結構な数の群れを成して襲ってくるので、単独で潜るハンターには少しばかり厄介だ。
ざっと見で二十頭ほどの群れが、今にもリアスたちをとり囲もうと、細い通路の前方から駆けてくる。

だがそれを目にした途端、リアスは逃げるどころか信じられないスピードで先頭の魔犬に向かって走り出した。
その勢いのまま、先頭の数体をすれ違いざまに弾き飛ばしていく。
リアスのスピードと大剣の重量が相手では、魔犬程度じゃ歯がたたない。
大剣にぶちのめされ、壁まで飛ばされては鳴き声一つ出せずに絶命していく。


「どーだ、リース!」


魔犬もすぐにリアスの強さを認識したようだが、群れはすぐには止まれない。


「お前のカーチャンは強いんだぞぉ!」


続く数匹の魔犬相手に大剣を振るいつつ、調子に乗ったリアスが自慢げにリーエに告げた。
リアスが大剣を軽く一振りするたびに、ボールのように魔犬の体が飛ばされていく。
その光景に恐れをなし、逃げ始めた残りの魔犬を追って、リアスが声を上げながらダンジョンの奥へと走りだした。


「この調子でガンガン行くぞぉ~」


ダンジョンの岩壁をリアスの軽快な声がこだまする。
だが走り去るその姿とともに、リアスの声も遠ざかっていく。
そんなリアスの背を見送って、周りに転がる死体を見回したエゾンが大きなため息をついた。


「あのバカ。魔石を集める俺の身にもなれ」


だからリアスとこの辺で狩りをするのは嫌だったんだ。

二人が普段狩り場にしている7階層辺りとは違い、この辺りは通路もマップも無駄に広い。
それほど複雑なつくりではないのだが、横穴が多いうえに緩いカーブや坂があるので、気づかないうちに道に迷う者も多い。
明り取りの光石も端のほうまでは設置されていない。

走るリアスに追いつくことなど、エゾンは最初からあきらめている。
道すがら、倒された魔犬の死体を辿りつつ、その他の獲物の魔石を回収していくエゾン。
それもリアスが考えなしに叩き飛ばすので、死体が散乱して魔石を集めるのにも手間がかかる。
しかも出てくる魔石は非常に小さい。

無駄に手間ばかり増やしやがって。

ぶつぶつと文句を言いつつも小まめに魔石を回収し、死体に匂いけしを振りまいては進んでいく。
こんな雑魚にはもったいないが、新しい魔犬が呼び寄せられたらエゾンじゃひとたまりもないのだから仕方ない。
だがしばらく行くと見える範囲の道に転がる死体が途絶え、そしてリアスの声は全く聞こえなくなっていた。

どうやら最初の群れの大半を倒したリアスは、追加で来た魔犬を追っていってしまったようだ。


「全く。リーエもいるっていうのに走るか普通」


ため息とともにこめかみを揉みながら、エゾンが腰に下げた袋の一つをごそごそと探りだす。
そして取り出した小さな銀色の円盤を片手に、暗いダンジョンの奥に向かってつぶやいた。


「一人で迷ってろ、この方向音痴」
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