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12話 ギルドのお仕事

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仰向けに転がってギャン泣きしたリーエは、別にどこかを打った様子もなく、リアスが肩に抱きながらあやすうちに眠ってしまった。
本当によく眠る、手のかからない娘である。

そっと背負子に寝かせようとして、リアスがあるものを見つけてエゾンを呼んだ。


「エゾン、これ見て」


リアスが指さしていたのはリーエの小さな右手だ。
よく見れば、赤い顔のまま眠り込んでしまったリーエの手が、何かをしっかりとつかんでいる。
それを開いてやると、さっきリーエが手を伸ばしていた小さな花が握り潰されていた。
一緒に覗き込んでいるエゾンを突いて、リアスが小声でささやく。


「もしかして、これをエゾンに渡したかったんじゃねーの?」
「まさか」


そう言いつつも、エゾンが困ったように眉をしかめた。

なんだ、この変な感覚は。

あまり感じたことのない、どこか首筋の辺りがそわそわとする感覚に、エゾンは戸惑いを隠せない。

そんなエゾンの様子をニヤニヤしながら見ていたリアスだが、眠るリーエをひと撫ですると、エゾンにタオルを渡して声をかけた。


「そろそろ出発するか」


太陽はとっくに中点を過ぎている。
リアスとしては、ギルドには近づきたくない。
近づきたくはないが、どうしても行くのであれば、何としてもギルドにたむろう連中が酔っぱらう前に用事をさっさと済ませたかった。


   ★   ★   ★


ダンジョンの南西、二人が住む田舎町からはほぼ真南に位置する街ダース。ここは街道を馬車と人が絶えず行きかう、この辺りでは一番大きな商業都市だ。

そこで二人が向かったのは、中央広場に面して建つギルド会館。
二人が定期的に魔石を持ち込むのは裏にある取引き窓口なので、ギルドの本館に顔を出すのは久しぶりだった。

リアスがギルドの重厚な扉を開くと、途端、あちらこちらから若い女性の歓声がキャアキャアとあがる。
もうこれは恒例の儀式と言ってもいい。

エゾンは思う。
リアスは認めたがらないが、リアスが女性にモテるのは事実だ。
これもまた、リアスがパーティーからお断りを突きつけられる理由の一つだろう。

荒くれ者だらけの冒険者やハンターのなかで、リアスはひときわ目立つ。

肩より少し長いブロンドの髪を無造作に後ろで縛り、黒い革鎧の上下、そして背に背負う大剣。
まあ、今日は背中に赤子を背負っているので、大剣は肩に担ぎっぱなしだが。
身長こそ低いものの、体躯のバランスは良く、袖からのぞいて見える筋肉も美しい。にもかかわらず、すらりとした肢体のおかげで決してゴツくは見えない。

そして何より顔がいい。
男前というよりは男臭さの薄い、少年のような綺麗な顔立ちというほうが正しいだろう。

イケメンは周りを黙らせる。
事実周りの男連中が一斉に鼻を鳴らして黙り込む。
無論、エゾンも本来鼻を鳴らす側だ。

だが、そんなことを考えているエゾンも、実は見目は悪くない。
高身長、黒髪の細面にきりりとした切れ長な目。
黒いマントに黒の上下。銀細工の精巧な道具が腰の革ベルトに並び、細身の眼鏡は彫り深い顔を理知的に飾る。
スマートイケメンと言えないこともない。

ただ、無口で常にしかめっ面の鉄仮面、守銭奴で金にうるさく冷徹で、そのうえ男女問わず周囲を凍らせる塩対応……のせいで、決して女性陣にモテたためしがないだけだ。
それを本人も自覚しているからこそ、鼻を鳴らす側なのだ。


「よう、珍しいじゃねーか」


担いだ大剣でギルドの扉を切りさきそうになり、慌てたエゾンに引き止められていたリアスを目ざとく見つけ、案内所の奥から威勢のいいダミ声がかけられた。
その声に、ギルド嫌いのリアスが珍しく笑顔でそちらに歩み寄る。


「シーワのおっちゃん、まだ働いてたのか?」
「おうよ、こっちは生涯現役組だ」


ギルドの奥から声をかけたのは、彼らの倍くらいは歳をとっていそうなおっさんだ。
リアスも駆け出しのころはさんざん世話になった、このギルドのギルド長。
名をシーワという。
シーワはリアスたちに目配せをして、案内所の端のブースへといざなった。


「なんだ、たまにはこっちの仕事を請け負う気になったか?」


本来、依頼は冒険者たちが自分で依頼ボードから探すものなのだが、この二人が請け負えるような依頼はボードにはない。
ボードにあるのはある意味、受け手を選ばない単純作業が主だ。彼らが請け負うには依頼料が安すぎる。

大きなパーティーにこそ加われないが、二人ともこのギルドでもトップクラスの稼ぎ頭なのだ。

事情をよく知るシーワは、だからこそ自分が話を聞くつもりで二人に声をかけたのだが。
答えるリアスのほうはそんなことには毛ほども気づかず、相変わらず無邪気な声で聞いてくる。


「おっちゃん、なんか楽で割のいい仕事ない?」


リアスの図々しい問いかけに、シーワがガハハと笑って答えた。


「そんなもんあったら俺がやりてーわ」


シーワとは、リアスが冒険者登録したころからの長い付き合いだ。すぐ行方不明になるリアスの捜索隊にも、何十回と参加していた。だからシーワは、こんなやり取りくらいでいちいち目くじらを立てたりしない。


「キャハ、キャッ」


と、突然場違いな赤子の笑い声がギルドホールに響きだす。


慌てて振り返ったリアスの背にリーエの入った背負子を見つけ、シーワが驚いて声を上げた。


「なんだ、まさか攫ってきたのか!?」
「んなわけあるか!」


シーワの素っ頓狂な声に、リアスが思わず怒鳴り返す。
その間もエゾンはただ無言でギルド内に視線を走らせていた。
それを横目にチラッと確認し、シーワがボソリと呟く。


「相変わらず無口だな」


エゾンは必要に迫られない限り、リアス以外と話をしない。
元々無口で有名だったが、リアスと組むようになってからは、人とのかかわりは全てリアスに任せ、必要最低限で済ませようとしているようだった。

エゾンがこの街に来て、まだ数年。
シーワはいまいちエゾンのことを信用しきれていない。
それでもリアスにはいい相棒のようなので、とりあえずまだ様子を見ているところだ。


「それで? まさか子連れでダンジョンに潜るわけにはいかないか」
「え? 今日一緒に潜ってきたよ」
「なに考えてるんだ!?」


単なる話題の一端のつもりで口に乗せたシーワは、リアスの軽すぎる返答にグワッとエゾンを見る。


「エゾン、お前コイツを止めなかったのか?」
「俺に止められるとでも?」


だがエゾンは無表情のまま、すっと肩をすくめてそっけなく答えるだけだ。
それにはーっと大きなため息を一つついて、シーワが首を振り振り続ける。

「それで。やっぱり子連れじゃ無理だっただろう」
「いや? 低級モンスターなら片手で片づけられるから問題ないよ?」


そう言ったリアスの横から、エゾンが魔石の入った袋を差し出す。


「こっちが今日の成果だ」


差し出された袋はずっしりと重く、じゃらじゃらとかなりの数の魔石が入っているのが見えた。
軽く見て、百はくだらないようだ。


「このゴリラめ。お前ひとりで一体どんだけ狩ってんだ!」
「うっさい。でも1階辺りじゃ雑魚しか出てこねーし、俺迷っちまって時間食うし」
「あー」


その数を見だだけでもある程度予想はついていたが、やはりリアスがいつもの病気を発症して突っ走ったらしい。
その様子が想像できたシーワは、つい憐れみをこめてエゾンを見た。
が、エゾンは全く気にしていないようだ。

まあ、これはこれで、いいコンビだということなのだろう。

実際、エゾンと組んで以来、リアスの捜索願いは一度も出ていない。
ギルドとしても、捜索隊を出さずに済んで大助かりなのは確かだ。
ただ、王都からきたというエゾンに関しては、あちらのギルドに尋ねてもまったく情報が集まらなかった。

ギルドは登録しているハンターや冒険者だけではなく、卸先の紹介やその他いくつもの場所とつながりを持っている。
そんなギルドでさえ全く背景をつかめないなど、一体どこで何をしていたのか。

そんなことを考えているシーワに、リアスが凝りもせずに尋ねる。


「だからさ、なんかねー?」
「あるにはあるぞ、ほれ」


なにが「だからさ」なのか知らないが、たまたまさっき申し送りが来ていたレイド用案件を投げてやるシーワ。


「低級のわりにコイツは払いがいいぞ。ゴブリンの巣の掃除だ。3件ある。本来なら駆け出しのレイド用に回してやる案件だが、今回だけ特別にお前らに回してやる。お前なら一人でも朝飯前だろ?」


シーワが渡してくれた案件は、同じ雑魚でも巣を根絶やしにするだけで追加料金が上乗せされる特殊案件だ。

ゴブリンは一体一体は大して強くないが、やはり大きな群れをつくる。しかも巣穴を拡大されると繁殖を繰り返し、上位個体を生み出しはじめる。下手すれば強力なゴブリンが育ち、普通の冒険者では手が出せなくなるので厄介だ。
だからこうして、町や国が補助金を出して定期的に駆除を行っている。
折角シーワが良い案件を回してくれたにも関わらず、リアスがなんともいやそうに眉をしかめる。


「うへぇ。ゴブリンか」
「なんだ、気が乗らないのか? いくら大量でもお前ならゴブリンくらい余裕だろ」


戦闘狂のリアスには珍しく嫌そうな声を漏らしたのを不思議そうに見て、エゾンが横から口をはさんだ。

確かにゴブリン程度の小物はリアスには簡単すぎるくらいだ。
だがリアスにとって、ゴブリンは少しばかり面倒くさい。


「ふにぁあああ」


そんなリアスの背でリーエがむずがり、それを聞いたリアスがグッと手を握って心を決める。


「そ、そうだな、うん。じゃあ行ってみるわ」


それからしばらく、リアスが手続きに手間取っている間に、エゾンが珍しく近場の冒険者の輪に入って話を始めていた。


「こっち終わったぞ」


手続きを終えてリアスが声をかけると、エゾンと話していた男たちが一斉に微妙な顔をしてこちらを見る。


「まだ待つか?」


だが、込み入った話でもしているのかと、気を利かせたのが良くなかった。
それを聞きつけた周囲の女たちが、一斉にリアスに声をかけだした。


「リアス! 暇ならこっち来て話を聞かせてよ~」
「エゾンが忙しいならこっち来て私たちに話を聞かせて!」
「一杯おごるからこっちで一緒に飲みましょう」


途端、リアスが真っ赤になってぶるぶると頭を振り、周囲の男どもが一気に殺気立つ。

これ以上ここで情報は得られまい。


「いや、いい。行こう」


そう判断したエゾンがすぐにきっぱりと答えた。
すでに聞きたいことは全て聞き終えていたのか、未練なさげに席を立ったエゾンに続いて、リアスも逃げるようにその場をあとにした。



二人がギルドの扉を出ていくころ。


「おい、これあの二人に任せたから後の処理よろしく」


後ろのブースに座っていた背の低い職員が、シーワから依頼書を手渡されて首をひねる。


「え、いいんですか? これリアスさんに依頼しちゃって」
「ん?」
「だってこれ、ゴブリンですよ。ほらリアスさんあれで……」
「あ、しまった!」


言葉尻を濁した職員の言葉で、ハッとして大切なことを思い出したシーワだったが、すでにとき遅く。


「俺もとうとうボケてきたか……」


慌ててギルドの外の通りに飛び出すも、二人の姿はもうどこにも見えなくなっていた。
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