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第3章 覚醒
告白 ― 1 ―
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私の名はレシーネ。
私はバートン卿を父に持ち、土精霊の母を持つ。肉体は死後半年の腐りかけた元バートン卿夫人クロエから生まれました。
肉体の母は私が物心つく頃には朽ち落ちていて顔を見ることはありませんでしたが、土精霊の母には母の故郷で何度も会っています。
夜、屋敷が眠りに付くと私は必ず土精霊界に降ります。母たちに名はありません。それでもどれが母であるかはすぐに分かります。そこでの私も肉体を持たず自由に皆と戯れるのです。しかし朝日の最初の一筋が屋敷を照らし出すと、私は必ずまたこの肉体に戻ってしまいます。
土精霊のハーフ。その出生の有り様から忌避される存在。例え正式な息女であっても、邸内に私を令嬢として心から仕える者は居なかった……
父だけが私を娘として扱い、そして沢山の知識と目標を与えてくれました。
社交界の礼儀作法。
魔力の訓練。
戦闘訓練。
隠密行動の訓練。
房中術。
擬態。
使える武器は多いほうがいい、そう言われて土精霊界でもありとあらゆる薬や魔術の知識を吸収しました。
そんな中ある日父が噂話を聞かせてくれたのです。ルトリアス公国の高名な魔術師が実は竜王とアレフィーリア神聖王国女王の隠し子だと。父は政略的な理由で興味を持った様ですが私は違いました。
竜と人のハーフ。
禁忌の子供。
忌避され、貶められ、誰からも愛されない悲しい子供。
誰からもみとめられず、自国に居場所もなく。それでも自力で這いあがって来た力のある者。それは私には出来なかった生き方。私が尾尻を隠すように自分の本当の姿を一生隠して生きる者。私の番にふさわしき者。彼の番にふさわしいのもきっと私だけ──
私は父の申し出に喜んで便乗し、土精霊の鳴り子を使って海竜を上げ潮に乗せて水道橋に誘導しました。アーロン様の実力を疑問視する父に伴われ、あの日遠見で初めてアーロン様のお姿を拝見しました。黒いローブを翻し、金の刃を水路に渡して容赦なく海竜を殲滅するアーロン様。その凛々しいお姿に心が躍りました。
私は確信を持って父に戦況を伝え、水道橋の補修を終わらせました。そしてその夜、父に言われるまでもなく私は自分から進んで最も美しく見える服装でアーロン様をお迎えし、私の媚薬を混ぜた酒を供して自分の身体を捧げました。
一糸纏わぬ身一つでアーロン様を私の知る限りの方法で悦楽の境地にお連れしようとした瞬間。腕を引かれ褥に組み敷かれそのまま身体の自由を奪って思うままに貪られました。ただの悦楽や享楽とは全く別の、心を満たす幸福感。今まで感じたことの無かった充足感。
朝、目を覚ました私は気付きました。それが全て幻想だったのだと。
土精霊のハーフの私は眠りません。眠りと言う行為はそのまま精霊界を渡ることを意味します。その私が眠りから目覚めたという事は。原因はただ一つ。
すぐに理解できてしまいました。
あの甘やかな時間が己の欲望をアーロン様の魔力が具現した作りものだったという事を。
気が狂うほど泣きました。あれ程の幸福が全て幻。決してそこにない虚実。私の中にあった全ては実は何も無かった。
裏切られたとは思いませんでした。それどころかすぐに理解しました。これは私が得るべき未来なのだと。私はすぐに父に私とアーロン様の婚礼を申し込んでもらうようお願いしました。
私の申し出は父の謀略に正にそぐう形となり、すぐに密偵を出して情報収集が行われました。魔導騎士団総師団長と王宮魔術師顧問という肩書は大き過ぎず小さ過ぎず、婚姻の申し出は問題なく受け入れられると考えられていました。
それにもかかわらず──
私たちの申し出にいつまでたっても返事が訪れず、ルトリアス城内の協力者に問い合わせてみればアーロン様が弟子と婚約すると言うではありませんか。辺境の汚い孤児のアエリアが外ならぬアーロン様の弟子となり、アーロン様に纏わりついているのに気付いたのはこの時です。私の身体に指一本触れてくださらなかったアーロン様を騙した汚く貧相なドブネズミ。高々魔力が少しくらい高いと言うだけで図に乗って婚約までねだった厚顔な孤児。アーロン様をこの汚い政略結婚からお救いしなければと、私は急遽ルトリアス城内に侵入しました。
見張り? はい、存じあげておりました。ただ私が姿を変えてしまえば何方も気付くことは御座いません。
城内での活動を始めると、すぐに協力者の方が非常にいい案を下さいました。自分たちの使う休憩所に置き去りにすればアエリア様を皆でアーロン様に顔向けの出来ない身体に落として片付けて下さるというのです。
ええ、訓練生のお二人でしたわ。他にも既にお金を頂いていて一緒に参加させると言ってらっしゃいました。
アエリアを拘束して調べればやはり大した魔力もなく、貧相な体のどこにでもいる田舎娘でアーロン様に相応しいとは到底思えない小娘でした。
幸いまだアーロン様に寵愛をいただいている様子もなく、安心して協力者の申し出通り媚薬で身体を準備してやって隣の部屋で待っていた協力者に声をかけたのですが、生憎彼らが部屋を出る前にアーロン様がアエリアを見つけてしまいました。せめてアエリアがだらしなく腰を振る様でもご覧頂けていればいいのですが。
ええ、魔術騎士団の方が部屋にいらっしゃいましたわ。
転移? とんでもない。私は単に訓練生の一人に擬態していただけです。
父は一度の失敗で少し引け腰になりましたが私は自信を持って今回のパーティーでアーロン様を射止めると申し出ました。
ええ。アーロン様がアエリア様の血に酔うであろうことは母たちが教えてくれました。
え? 危険? いいえ存じません。
あのドブネズミになりすますのは嫌でしたが、一度私を抱いていただければアーロン様はもう絶対にあの汚いドブネズミなど見向きもされない自信がありました。
アエリアにはアーロン様をそそのかした当然の罰を与えてやりましたわ。あの子の足にナイフを突き立てて、あのちんくしゃな顔が痛みに歪む様に胸がすっといたしました。でもこれからも長く血を取るためには殺してしまうわけにもいきませんし……
仕方がないので閉じ込めてア-ロン様の好まれる血をたっぷりと抜き出し、アーロン様に私が愛される様を思う存分楽しんでもらえるようにちゃんと同じ部屋に残してあげましたわ。
体中にあの臭い娘の血を塗りたくって、アーロン様をお迎えしました。母たちが教えてくれた通り、アーロン様は私をうっとりと見つめ、夢で見たのと同じ目をやっと私に向けて下さいました。
私の身体に抱きつき、私の体を舐めあげて、あの夢のように私を貪り……
貪り………
むさ……
むさ…
さ…が?ひっ!! ヒィィィィィィぃぃぃ! ぎぃやああああぁぁぁ! ヒィィィ、ヒィィィ……
▽▲▽▲▽▲▽
突然悲鳴を上げてレシーネさんが痙攣を始めたことで尋問は切り上げられた。
レシーネさんはよく喋った。聞いたことも聞かれていないことも全て。きっとあれはアーロンに聞いて欲しかったんだと思う。
正式な聴集人であり、尋問をしていた魔術騎士団第三師団長のポールさんとタイラーさんを他所に、同席したアーロンをじっと見つめて語り続けてた。隣にいた私のことはまるで目に入っていなかったようだ。
一つレシーネさんが気になることを言っていた。褥に入る前、アーロンが自分を欲したと。
「経験からわかります。アーロン様、貴方は私を欲して下さった」
何かアーロンが気不味そうにこちらに視線を送りながら言い訳をしていた。
チクリと心が傷んだ。あの日見たレシーネさんは美しい豪奢な金髪に真っ赤な女性らしい唇、出るところが出た美しい人だった。惹かれない男性などいないのだろう。
アーロンはこの人に惹かれたのだろうか。
重い気持ちを抱えたまま、叫び続けるレシーネさんが尋問室から引き出されていくのを見送った。
考えてしまう。レシーネさんが私にした全ての行為はアーロンをあそこまで思い続けた結果だった。
私はどうだろうか?
明後日この婚約が正式に破棄されたら私もアーロンに告白するのだ。
もしアーロンがそこで私の申し出を断ったら?
もしアーロンに思いを寄せる相手がいたら?
私は今自分が手にしてしまった強大な力をその女ひとに向けないと言い切れるだろうか。
レシーネさんにされたことを許すことはないと思う。レシーネさんにしてしまったことを悔いない日も来ないと思う。
でももし自分が彼女の立場だったら?
私は世界を破壊してでもアーロンを手に入れようとするんじゃないだろうか?
自分の思い付きがすごくリアルでしかも甘やかに感じることに背筋が寒くなる。
「終わったな」
アーロンが私のほうに向き直って言葉を紡いだ。
「何も終わってませんよ総師団長。全く、ご自分の婚約者殿を守るために戦争まで引き起こそうとするのはあなたぐらいのものですよ。この始末、ちゃんと最後まで責任を持って対処してくださいよ」
短く刈り上げたオレンジの鮮やかな髪をガリガリとかきあげながらポールさんが文句をたれる。
「本当ですよアーロン様。ピピン様がすぐに対処してくださったから良かったようなもののあのまま聴聞会で決裂したらフレイバーンに難癖つけて攻め込む準備をなさっていたそうじゃありませんか! 水源の問題も残っているのに何を考えてらっしゃるんですか! 近衛師団、魔術師団、王宮王都騎士団それぞれの騎士団長が口止めをおしてピピン様に諫言下さったから良かったようなものの、あのままいったら今頃我々はフレイバーンと全面戦争の真っ只中ですよ」
へ?
は?
戦争?
「師匠、ほ、本当に戦争するつもりだったんですか!?」
「遅いか早いかの違いだ。今回の件を足掛かりにどの道フレイバーンとは戦争になるだろう。安心しろ。水源を荒らされる前にあっという間に終わらせる」
「そんな簡単に言わないでください! 戦争ですよ?」
「何を言っている。こちらには『勇者』が付いているんだぞ? どこの馬鹿が戦争に来る?」
はっ! ひどいこの人、私を使う気だ!
「駄目です。もう『勇者』の力はいりません。もう出しません!」
私たちの様子を仕方なそうに見ていたポールさんとタイラーさんが付き合いきれないというように肩をすくめて「お先に失礼します」と言い置いて出ていってしまう。お陰でここでやっとアーロンと二人きりになれた私は昨日聞き損ねた質問を蒸し返すことにした。
「師匠、大体師匠には色々聞きたいことがまだまだあるんです」
「俺はお前が知らなくていいことまで教えてやるつもりはないと言っただろう」
「おかしいですよ、大体、何で師匠は私が『勇者の卵』だって知ってたんですか? どうやって分かったんですか? それなのに何で私を保護したんですか?」
「…………」
アーロンは口を引き結んでムスッとしたまま何も答えない。
「アエリア様の言う通りです。アーロン様、そろそろ少しは素直になりましょう」
突然まるで私達の会話を聞いてたかのように、扉の外からピピンさんの声が響いた。
──── ガッチャン
続いてすぐに冷たい鍵の掛かるような音と共に耳がキーンとして空気が一瞬凍りつく。
「ピピン!」
途端、アーロンが凄い形相で怒鳴りあげた。
え? 何が起きたの?
跳ねるように立ちあがったアーロンが扉に飛びついて凄まじい量の魔力をぶつける。ところがアーロンの魔力はスッと綺麗に霧散してしまった。
「アーロン様、ご存知でしょう? ここは魔力無効の古代魔法がまだ残る王城設立時そのままの尋問室ですよ。いくらアーロン様でも簡単には破れません」
「何を企んでやがるピピン!」
「企むも何も、アーロン様には一度きちんとアエリア様とお話するように再三申しあげてきましたよね。それを無視し続けられるので仕方なく今日この部屋を選ばせていただいたまでです」
「何を言っている?」
「アーロン様もご存知でしょう? この部屋の目的を。いかなる尋問にも審問される者が嘘がつけなくなる魔術の施されたこの部屋が『真実の間』と呼ばれていることを」
ピピンさんの嬉しそうな説明に反して、アーロンが顔色を変えるのが私にもしっかり見えてしまった。
私はバートン卿を父に持ち、土精霊の母を持つ。肉体は死後半年の腐りかけた元バートン卿夫人クロエから生まれました。
肉体の母は私が物心つく頃には朽ち落ちていて顔を見ることはありませんでしたが、土精霊の母には母の故郷で何度も会っています。
夜、屋敷が眠りに付くと私は必ず土精霊界に降ります。母たちに名はありません。それでもどれが母であるかはすぐに分かります。そこでの私も肉体を持たず自由に皆と戯れるのです。しかし朝日の最初の一筋が屋敷を照らし出すと、私は必ずまたこの肉体に戻ってしまいます。
土精霊のハーフ。その出生の有り様から忌避される存在。例え正式な息女であっても、邸内に私を令嬢として心から仕える者は居なかった……
父だけが私を娘として扱い、そして沢山の知識と目標を与えてくれました。
社交界の礼儀作法。
魔力の訓練。
戦闘訓練。
隠密行動の訓練。
房中術。
擬態。
使える武器は多いほうがいい、そう言われて土精霊界でもありとあらゆる薬や魔術の知識を吸収しました。
そんな中ある日父が噂話を聞かせてくれたのです。ルトリアス公国の高名な魔術師が実は竜王とアレフィーリア神聖王国女王の隠し子だと。父は政略的な理由で興味を持った様ですが私は違いました。
竜と人のハーフ。
禁忌の子供。
忌避され、貶められ、誰からも愛されない悲しい子供。
誰からもみとめられず、自国に居場所もなく。それでも自力で這いあがって来た力のある者。それは私には出来なかった生き方。私が尾尻を隠すように自分の本当の姿を一生隠して生きる者。私の番にふさわしき者。彼の番にふさわしいのもきっと私だけ──
私は父の申し出に喜んで便乗し、土精霊の鳴り子を使って海竜を上げ潮に乗せて水道橋に誘導しました。アーロン様の実力を疑問視する父に伴われ、あの日遠見で初めてアーロン様のお姿を拝見しました。黒いローブを翻し、金の刃を水路に渡して容赦なく海竜を殲滅するアーロン様。その凛々しいお姿に心が躍りました。
私は確信を持って父に戦況を伝え、水道橋の補修を終わらせました。そしてその夜、父に言われるまでもなく私は自分から進んで最も美しく見える服装でアーロン様をお迎えし、私の媚薬を混ぜた酒を供して自分の身体を捧げました。
一糸纏わぬ身一つでアーロン様を私の知る限りの方法で悦楽の境地にお連れしようとした瞬間。腕を引かれ褥に組み敷かれそのまま身体の自由を奪って思うままに貪られました。ただの悦楽や享楽とは全く別の、心を満たす幸福感。今まで感じたことの無かった充足感。
朝、目を覚ました私は気付きました。それが全て幻想だったのだと。
土精霊のハーフの私は眠りません。眠りと言う行為はそのまま精霊界を渡ることを意味します。その私が眠りから目覚めたという事は。原因はただ一つ。
すぐに理解できてしまいました。
あの甘やかな時間が己の欲望をアーロン様の魔力が具現した作りものだったという事を。
気が狂うほど泣きました。あれ程の幸福が全て幻。決してそこにない虚実。私の中にあった全ては実は何も無かった。
裏切られたとは思いませんでした。それどころかすぐに理解しました。これは私が得るべき未来なのだと。私はすぐに父に私とアーロン様の婚礼を申し込んでもらうようお願いしました。
私の申し出は父の謀略に正にそぐう形となり、すぐに密偵を出して情報収集が行われました。魔導騎士団総師団長と王宮魔術師顧問という肩書は大き過ぎず小さ過ぎず、婚姻の申し出は問題なく受け入れられると考えられていました。
それにもかかわらず──
私たちの申し出にいつまでたっても返事が訪れず、ルトリアス城内の協力者に問い合わせてみればアーロン様が弟子と婚約すると言うではありませんか。辺境の汚い孤児のアエリアが外ならぬアーロン様の弟子となり、アーロン様に纏わりついているのに気付いたのはこの時です。私の身体に指一本触れてくださらなかったアーロン様を騙した汚く貧相なドブネズミ。高々魔力が少しくらい高いと言うだけで図に乗って婚約までねだった厚顔な孤児。アーロン様をこの汚い政略結婚からお救いしなければと、私は急遽ルトリアス城内に侵入しました。
見張り? はい、存じあげておりました。ただ私が姿を変えてしまえば何方も気付くことは御座いません。
城内での活動を始めると、すぐに協力者の方が非常にいい案を下さいました。自分たちの使う休憩所に置き去りにすればアエリア様を皆でアーロン様に顔向けの出来ない身体に落として片付けて下さるというのです。
ええ、訓練生のお二人でしたわ。他にも既にお金を頂いていて一緒に参加させると言ってらっしゃいました。
アエリアを拘束して調べればやはり大した魔力もなく、貧相な体のどこにでもいる田舎娘でアーロン様に相応しいとは到底思えない小娘でした。
幸いまだアーロン様に寵愛をいただいている様子もなく、安心して協力者の申し出通り媚薬で身体を準備してやって隣の部屋で待っていた協力者に声をかけたのですが、生憎彼らが部屋を出る前にアーロン様がアエリアを見つけてしまいました。せめてアエリアがだらしなく腰を振る様でもご覧頂けていればいいのですが。
ええ、魔術騎士団の方が部屋にいらっしゃいましたわ。
転移? とんでもない。私は単に訓練生の一人に擬態していただけです。
父は一度の失敗で少し引け腰になりましたが私は自信を持って今回のパーティーでアーロン様を射止めると申し出ました。
ええ。アーロン様がアエリア様の血に酔うであろうことは母たちが教えてくれました。
え? 危険? いいえ存じません。
あのドブネズミになりすますのは嫌でしたが、一度私を抱いていただければアーロン様はもう絶対にあの汚いドブネズミなど見向きもされない自信がありました。
アエリアにはアーロン様をそそのかした当然の罰を与えてやりましたわ。あの子の足にナイフを突き立てて、あのちんくしゃな顔が痛みに歪む様に胸がすっといたしました。でもこれからも長く血を取るためには殺してしまうわけにもいきませんし……
仕方がないので閉じ込めてア-ロン様の好まれる血をたっぷりと抜き出し、アーロン様に私が愛される様を思う存分楽しんでもらえるようにちゃんと同じ部屋に残してあげましたわ。
体中にあの臭い娘の血を塗りたくって、アーロン様をお迎えしました。母たちが教えてくれた通り、アーロン様は私をうっとりと見つめ、夢で見たのと同じ目をやっと私に向けて下さいました。
私の身体に抱きつき、私の体を舐めあげて、あの夢のように私を貪り……
貪り………
むさ……
むさ…
さ…が?ひっ!! ヒィィィィィィぃぃぃ! ぎぃやああああぁぁぁ! ヒィィィ、ヒィィィ……
▽▲▽▲▽▲▽
突然悲鳴を上げてレシーネさんが痙攣を始めたことで尋問は切り上げられた。
レシーネさんはよく喋った。聞いたことも聞かれていないことも全て。きっとあれはアーロンに聞いて欲しかったんだと思う。
正式な聴集人であり、尋問をしていた魔術騎士団第三師団長のポールさんとタイラーさんを他所に、同席したアーロンをじっと見つめて語り続けてた。隣にいた私のことはまるで目に入っていなかったようだ。
一つレシーネさんが気になることを言っていた。褥に入る前、アーロンが自分を欲したと。
「経験からわかります。アーロン様、貴方は私を欲して下さった」
何かアーロンが気不味そうにこちらに視線を送りながら言い訳をしていた。
チクリと心が傷んだ。あの日見たレシーネさんは美しい豪奢な金髪に真っ赤な女性らしい唇、出るところが出た美しい人だった。惹かれない男性などいないのだろう。
アーロンはこの人に惹かれたのだろうか。
重い気持ちを抱えたまま、叫び続けるレシーネさんが尋問室から引き出されていくのを見送った。
考えてしまう。レシーネさんが私にした全ての行為はアーロンをあそこまで思い続けた結果だった。
私はどうだろうか?
明後日この婚約が正式に破棄されたら私もアーロンに告白するのだ。
もしアーロンがそこで私の申し出を断ったら?
もしアーロンに思いを寄せる相手がいたら?
私は今自分が手にしてしまった強大な力をその女ひとに向けないと言い切れるだろうか。
レシーネさんにされたことを許すことはないと思う。レシーネさんにしてしまったことを悔いない日も来ないと思う。
でももし自分が彼女の立場だったら?
私は世界を破壊してでもアーロンを手に入れようとするんじゃないだろうか?
自分の思い付きがすごくリアルでしかも甘やかに感じることに背筋が寒くなる。
「終わったな」
アーロンが私のほうに向き直って言葉を紡いだ。
「何も終わってませんよ総師団長。全く、ご自分の婚約者殿を守るために戦争まで引き起こそうとするのはあなたぐらいのものですよ。この始末、ちゃんと最後まで責任を持って対処してくださいよ」
短く刈り上げたオレンジの鮮やかな髪をガリガリとかきあげながらポールさんが文句をたれる。
「本当ですよアーロン様。ピピン様がすぐに対処してくださったから良かったようなもののあのまま聴聞会で決裂したらフレイバーンに難癖つけて攻め込む準備をなさっていたそうじゃありませんか! 水源の問題も残っているのに何を考えてらっしゃるんですか! 近衛師団、魔術師団、王宮王都騎士団それぞれの騎士団長が口止めをおしてピピン様に諫言下さったから良かったようなものの、あのままいったら今頃我々はフレイバーンと全面戦争の真っ只中ですよ」
へ?
は?
戦争?
「師匠、ほ、本当に戦争するつもりだったんですか!?」
「遅いか早いかの違いだ。今回の件を足掛かりにどの道フレイバーンとは戦争になるだろう。安心しろ。水源を荒らされる前にあっという間に終わらせる」
「そんな簡単に言わないでください! 戦争ですよ?」
「何を言っている。こちらには『勇者』が付いているんだぞ? どこの馬鹿が戦争に来る?」
はっ! ひどいこの人、私を使う気だ!
「駄目です。もう『勇者』の力はいりません。もう出しません!」
私たちの様子を仕方なそうに見ていたポールさんとタイラーさんが付き合いきれないというように肩をすくめて「お先に失礼します」と言い置いて出ていってしまう。お陰でここでやっとアーロンと二人きりになれた私は昨日聞き損ねた質問を蒸し返すことにした。
「師匠、大体師匠には色々聞きたいことがまだまだあるんです」
「俺はお前が知らなくていいことまで教えてやるつもりはないと言っただろう」
「おかしいですよ、大体、何で師匠は私が『勇者の卵』だって知ってたんですか? どうやって分かったんですか? それなのに何で私を保護したんですか?」
「…………」
アーロンは口を引き結んでムスッとしたまま何も答えない。
「アエリア様の言う通りです。アーロン様、そろそろ少しは素直になりましょう」
突然まるで私達の会話を聞いてたかのように、扉の外からピピンさんの声が響いた。
──── ガッチャン
続いてすぐに冷たい鍵の掛かるような音と共に耳がキーンとして空気が一瞬凍りつく。
「ピピン!」
途端、アーロンが凄い形相で怒鳴りあげた。
え? 何が起きたの?
跳ねるように立ちあがったアーロンが扉に飛びついて凄まじい量の魔力をぶつける。ところがアーロンの魔力はスッと綺麗に霧散してしまった。
「アーロン様、ご存知でしょう? ここは魔力無効の古代魔法がまだ残る王城設立時そのままの尋問室ですよ。いくらアーロン様でも簡単には破れません」
「何を企んでやがるピピン!」
「企むも何も、アーロン様には一度きちんとアエリア様とお話するように再三申しあげてきましたよね。それを無視し続けられるので仕方なく今日この部屋を選ばせていただいたまでです」
「何を言っている?」
「アーロン様もご存知でしょう? この部屋の目的を。いかなる尋問にも審問される者が嘘がつけなくなる魔術の施されたこの部屋が『真実の間』と呼ばれていることを」
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