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Ⅶ 魔女の決意
vii 賢人たちのゲーム
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チェックメイト。
王城のゲームルームで繰り広げられていた王弟とカルロスの一戦は、本来ならば王弟の思惑通りカルロスがアズレイアと近衛隊長の二つの駒を得る代わりに、自分自身をトレルダルに差し出して終わる……はずだった。
カルロスの交渉はかなり歩の悪い掛けだった。
まず王弟がカルロスを充分に買っていてくれなければ成立しない。
ありがたいことに、そこはどうにか合格だったらしい。
その上で、このモントレーの名を捨て自分をトレルダルで拾ってもらえるよう提言したのだ。
モントレー家とトレスダル家には長いライバル関係が成立していた。
それは父とローの勢力争いでもある。
同じ第三王子を擁護する高位貴族としても、ながらくお互いを牽制しあってきた。
ここでカルロスがトレスダル家に移るのは、トレルダルにしても悪くない条件のはずだった。
そうせねば、一度婚約を破棄してしまっているカルロスにはアズレイアに結婚を申し込む手がない。
非合法ならば内縁の妻として娶ることはできる。
街でなら普通の結婚もできただろう。
だが、それではもうアズレイアを守ることはできない……。
アズレイアを手に入れつつ、彼女を守れる盾であり続けるには、彼がなんとしても大きな後ろ盾を持って近衛隊に戻るしかなかった。
そんな思惑を抱いてのトレルダルとの会談は、この最終局面で大きく反転した。
今まさに、思い通りにカルロスが自分の将来を差し出したその矢先、なぜかトレルダルが物惜しげにカルロスを見た。
そして、非常に不服そうに次の言葉を紡ぎ出す。
「モントレー伯にはそれを受け入れるつもりがないようだよ」
何を言い出されたのか、カルロスには一瞬理解できなかった。
今まで一度たりとも、彼がカルロスをモントレーの名で呼んだことはない。
この人の口から自分の父の名が出るとは思いもしなかった。
そして続けて、カルロスには思いもよらぬ真実を語りだす。
「モントレー家の婚約申し込みは、レイモンドが通知を出すよりも早く、前もってモントレー伯によってレイモンドの名前に書き換えられている」
「……は?」
手の内を明かされたカルロスが、まるで初めての王手を食らったときのような顔で呆けた。
それを一瞬楽しそうに見たトレルダルが、粛々と説明を続ける。
「なぜ知ってるかって? その手配をしたのが僕だからだよ」
そう言ったトレルダルの顔はなんとも言えない苦笑いを浮かべていた。
「あの時の僕にはまだ、君のお気に入りの魔女を横からかっさらったレイモンドなどのために、なぜモントレー伯がそんな面倒なことを頼み込んでくるのか分からなかった」
不服そうにへの字に口を曲げるトレルダル。
「だが蓋を開けてみればどうだ。今ここにきて、結局君はあの偏屈のおかげで自分の求める求婚のチャンスを得る為に、自分の名を捨てる必要が失くなった。全く持って不満だね」
そう言う割に、トレルダルの顔はまんざらでもなさそうだ。
「確かにここで真実を告げずに君を当家に取り込むこともできたよ」
そこで一瞬カルロスが思い浮かべた疑問をレイモンドがあえて先に言い当てる。
そしてなんとも楽しそうに続けた。
「でもね、カルロス。ゲームには、ルールがあるからこそ楽しめるんだ」
束の間、カルロスが自分の言葉を理解する時間を与えてから、トレルダルが長年に渡るこのゲームの結末を伝える。
「おかげで僕はモントレー伯に大きな貸をひとつ、作らせてもらった。今その貸をかえしてもらおうか」
勝負の勝敗に気づいた日から、この借りを返せる一番美味しいタイミングを狙っていたトレルダルだ。
ここぞとばかりに、コホンとわざとらしい咳をひとつして立ち上がる。
そして背を正し、目前の一介の兵士を見据えて偉大な王弟が言い渡す。
「フアン・カルロス・デ・モントレー。本日をもって近衛兵隊長の任に戻す」
思わぬ結末に、カルロスの目が大きく見開かれた。
失ったはずのとっておきの駒が、今三つも同時に彼の手に戻ってきたのだ。
「彼女を守れるように、急いで奔走するといいよ」
一瞬王弟らしき威厳をまとっていたトレルダルだが、すぐにまたいつもの韜晦した笑みを浮かべて深々とソファーに倒れ込む。
そんなトレルダルをまじまじと見つめて、今のやり取りを脳内で反芻するカルロス。
どうやら、この御仁のゲーム盤の上には、自分の知らないゲームが走っていたらしい……。
父はどこまで知っていたのだろう。
何を思って自分に婚約を持ち掛け、何を考えてレイモンドにすり替えた……?
そこまで考え進めたカルロスは、だけどすぐに諦めた。
この二人と自分では、経験値がそれこそ賢者と小僧ほど違うのだ。
その間で、俺のような政治下手がここまでついてこれただけでもめっけものと言えよう。
一つ間違いないのは、どうやら自分は、この二人が用意した一番正しい正解を引き当てられたと言うことだけだ。
これ以上は、この老獪なジジイどもにゲームの続きを遊ばせておけばいい。
普段やらない政治的やり取りにすっかり疲れ切っていたカルロスは、ふぅっと大きく息を吐く。
そしてすでに手元の本に視線を移したトレルダルに、かける礼の言葉も見つからず、軍人らしく、ただ深く深く頭を垂れたのだった。
王城のゲームルームで繰り広げられていた王弟とカルロスの一戦は、本来ならば王弟の思惑通りカルロスがアズレイアと近衛隊長の二つの駒を得る代わりに、自分自身をトレルダルに差し出して終わる……はずだった。
カルロスの交渉はかなり歩の悪い掛けだった。
まず王弟がカルロスを充分に買っていてくれなければ成立しない。
ありがたいことに、そこはどうにか合格だったらしい。
その上で、このモントレーの名を捨て自分をトレルダルで拾ってもらえるよう提言したのだ。
モントレー家とトレスダル家には長いライバル関係が成立していた。
それは父とローの勢力争いでもある。
同じ第三王子を擁護する高位貴族としても、ながらくお互いを牽制しあってきた。
ここでカルロスがトレスダル家に移るのは、トレルダルにしても悪くない条件のはずだった。
そうせねば、一度婚約を破棄してしまっているカルロスにはアズレイアに結婚を申し込む手がない。
非合法ならば内縁の妻として娶ることはできる。
街でなら普通の結婚もできただろう。
だが、それではもうアズレイアを守ることはできない……。
アズレイアを手に入れつつ、彼女を守れる盾であり続けるには、彼がなんとしても大きな後ろ盾を持って近衛隊に戻るしかなかった。
そんな思惑を抱いてのトレルダルとの会談は、この最終局面で大きく反転した。
今まさに、思い通りにカルロスが自分の将来を差し出したその矢先、なぜかトレルダルが物惜しげにカルロスを見た。
そして、非常に不服そうに次の言葉を紡ぎ出す。
「モントレー伯にはそれを受け入れるつもりがないようだよ」
何を言い出されたのか、カルロスには一瞬理解できなかった。
今まで一度たりとも、彼がカルロスをモントレーの名で呼んだことはない。
この人の口から自分の父の名が出るとは思いもしなかった。
そして続けて、カルロスには思いもよらぬ真実を語りだす。
「モントレー家の婚約申し込みは、レイモンドが通知を出すよりも早く、前もってモントレー伯によってレイモンドの名前に書き換えられている」
「……は?」
手の内を明かされたカルロスが、まるで初めての王手を食らったときのような顔で呆けた。
それを一瞬楽しそうに見たトレルダルが、粛々と説明を続ける。
「なぜ知ってるかって? その手配をしたのが僕だからだよ」
そう言ったトレルダルの顔はなんとも言えない苦笑いを浮かべていた。
「あの時の僕にはまだ、君のお気に入りの魔女を横からかっさらったレイモンドなどのために、なぜモントレー伯がそんな面倒なことを頼み込んでくるのか分からなかった」
不服そうにへの字に口を曲げるトレルダル。
「だが蓋を開けてみればどうだ。今ここにきて、結局君はあの偏屈のおかげで自分の求める求婚のチャンスを得る為に、自分の名を捨てる必要が失くなった。全く持って不満だね」
そう言う割に、トレルダルの顔はまんざらでもなさそうだ。
「確かにここで真実を告げずに君を当家に取り込むこともできたよ」
そこで一瞬カルロスが思い浮かべた疑問をレイモンドがあえて先に言い当てる。
そしてなんとも楽しそうに続けた。
「でもね、カルロス。ゲームには、ルールがあるからこそ楽しめるんだ」
束の間、カルロスが自分の言葉を理解する時間を与えてから、トレルダルが長年に渡るこのゲームの結末を伝える。
「おかげで僕はモントレー伯に大きな貸をひとつ、作らせてもらった。今その貸をかえしてもらおうか」
勝負の勝敗に気づいた日から、この借りを返せる一番美味しいタイミングを狙っていたトレルダルだ。
ここぞとばかりに、コホンとわざとらしい咳をひとつして立ち上がる。
そして背を正し、目前の一介の兵士を見据えて偉大な王弟が言い渡す。
「フアン・カルロス・デ・モントレー。本日をもって近衛兵隊長の任に戻す」
思わぬ結末に、カルロスの目が大きく見開かれた。
失ったはずのとっておきの駒が、今三つも同時に彼の手に戻ってきたのだ。
「彼女を守れるように、急いで奔走するといいよ」
一瞬王弟らしき威厳をまとっていたトレルダルだが、すぐにまたいつもの韜晦した笑みを浮かべて深々とソファーに倒れ込む。
そんなトレルダルをまじまじと見つめて、今のやり取りを脳内で反芻するカルロス。
どうやら、この御仁のゲーム盤の上には、自分の知らないゲームが走っていたらしい……。
父はどこまで知っていたのだろう。
何を思って自分に婚約を持ち掛け、何を考えてレイモンドにすり替えた……?
そこまで考え進めたカルロスは、だけどすぐに諦めた。
この二人と自分では、経験値がそれこそ賢者と小僧ほど違うのだ。
その間で、俺のような政治下手がここまでついてこれただけでもめっけものと言えよう。
一つ間違いないのは、どうやら自分は、この二人が用意した一番正しい正解を引き当てられたと言うことだけだ。
これ以上は、この老獪なジジイどもにゲームの続きを遊ばせておけばいい。
普段やらない政治的やり取りにすっかり疲れ切っていたカルロスは、ふぅっと大きく息を吐く。
そしてすでに手元の本に視線を移したトレルダルに、かける礼の言葉も見つからず、軍人らしく、ただ深く深く頭を垂れたのだった。
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