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Ⅶ 魔女の決意

vi カルロスの手の内

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「アズレイア。お前はリズと言う娘を覚えているか?」


 忘れるものか。
 リズこそは一度は彼女の親友を名乗り、後に婚約破棄の通達をアズレイアに突きつけて、学院の講堂でアズレイアを吊るし上げた張本人だ。

 その名を聞いて身を固くしたアズレイアに、カルロスがにやりと笑って先を続ける。


「彼女は子爵家の令嬢で第二王子の元許嫁だ。彼女は当時のことを詳しく覚えていた」


 ああ、王室と繋がりがあるって言っていたのは本当だったのね。


 変なところで得心するアズレイア。


「今日やっと上司のコネで彼女に直接話を聞けた。彼女の記憶にはレイモンド、お前が嬉しそうにアズレイアを社交界に引っ張り出していたことばかり残っているそうだ。だからこそ、婚約が破棄されるまで、彼女を含め誰もアズレイアをとめようとしなかったんだそうだ」


 そこで一度言葉を切り、ちらりとアズレイアの顔を見る。


「アズレイア、今考えれば君への追及は大人げなかったと彼女も言っていたよ」


 リズはリズで、当時、第二王子から婚約破棄を受けたらしい。
 アズレイアの一件のせいで、自分たちも同じように噂されるのがリズには我慢できなかった……と、これらは第二王子と俺に追い詰められて打ち明けた内容だ。

 だが、口止めされているのでカルロスはそれを省いて説明を続ける。


「王国図書館の司書もお前がしつこくアズレイアに声を掛けていたのを覚えていた」


 こちらは簡単だった。
 図書館の司書は貴族の中でも偏屈な連中なので、騒音を出すものは全て敵とみなす。レイモンドの出自だの見た目だのは関係ない。

 当時、その身分のせいで注意し難かっただけでずっと噂になっていたらしい。


「論文にしてもそうだ。研究室のやつらはアズレイアが飽きもせずに何度も繰り返し不発の魔法陣を描き続けていたのを覚えていた。なんで父上が気づかなかったのかが疑問な程に、な」


 こちらは少し時間がかかった。
 アズレイアの研究会の同期はほぼ全員、魔術師だ。現魔術師の副長の悪口は誰だって避けたい。

 だがありがたいことに、数人が近衛隊付きの魔導師になってくれていた。
 俺とアルが直々に保証したことで口を開いてくれた。


 その様子を思い出しながら、カルロスがレイモンドを見る。

 自分の隠蔽を父の前でひとつひとつ崩された今、もうこれ以上の言い逃れは出来ないはずだ。
 なのになぜか、レイモンドはヘラヘラと笑い続けている……。

 伯爵もただ無表情に腕を組み、半分目をつぶっているようだ。


「へぇ。よく調べたね。でももうそんなこと、兄上には関係ないんじゃないの?」


 まるで自分の嘘を暴かれることを知っていたかのように、動じた様子がないレイモンド。
 そして警戒を強めたカルロスに、レイモンドが鋭い視線を向けた。


「だって兄上は近衛隊長の立場のままその宣誓書を書くために、トレルダル家に乗り換えたんだろう?」
「え……」


 レイモンドの言葉に息を飲むアズレイア。

「神殿の宣誓書をその近衛隊長の制服で持ってきたんだ。もうトレルダル家との養子縁組が確定したってことだ」


 一体どこで俺とトレルダルのやり取りを聞き込んだのか。
 あの部屋での会話を盗み聞きするなど、いくらレイモンドでも不可能だ。


 そう思うも、カルロスには大体予想がついていた。


 ズースの報告によれば、ハリスはなぜかこのレイモンドに心酔しているらしい。
 俺は自分の家の事情など、あそこで話したことは一度もない。

 だが、俺が最近、アルとトレルダルに呼び出されて王城に行っていたことはハリスも知っていた。
 だとすれば、それをハリスから聞いたのだろう……。


「養子縁組おめでとう兄上。だけど他家の者が我が物顔でモントレーこの家のことを話すのはやめてくれ」


 レイモンドの貴族らしい、厳格な宣告を耳にして、モントレー伯爵がぎゅっと眉を寄せた。

 レイモンドは、最初から負けることのない争いをしていたのだ。
 そう理解して、アズレイアが絶望に暮れる。

 カルロスもまた、厳しい表情を浮かべてレイモンドを見返した。

 そして重々しく告げる。


「悪いが、俺はまだモントレーの名を捨てていない。その求婚の誓約書をもう一度よく見ろ」


 きっぱりと言い返したカルロスの言葉に、レイモンドが今日、初めて驚いた顔でカルロスを見返した。
 そして慌てた様子で机に投げ出されていた羊皮紙に手を伸ばす。


 そこには、確かに【フアン・カルロス・デ・モントレー・・・・】の署名があった。


「一体どうやって……」


 驚くレイモンドを見やるカルロスの顔は、だがイマイチ嬉しそうには見えない。

 それは、決してカルロス自身の手で手に入れた結果ではない。

 不機嫌そうな顔をすっとモントレー伯爵に向けるカルロス。


「どうやってと問われても、なにも、としか言いようがない」


 そしてカルロスが不服そうに語りはじめた経緯は、少し時間を遡ることになる。
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