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7話 模擬戦2

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 一方で召喚されたファイアベアーだが、経験したことのない猛烈な異臭に顔をしかめていた。熊の嗅覚は犬の七倍から八倍とも言われている。召喚獣であるファイアベアーもご多分に漏れずその嗅覚はとっても鋭敏であった。

「おいっ、どうした? 何をそんなに苦しんでいる? ま、まさか、もう攻撃は始まっているというのか!?」

 サバチャイさんが振り回したパクチーは召喚されたことで、通常の五倍近い臭いを出していたのだ。ファイアベアーの戦意はこの時点で三割減といってもいい。人間でも、ちょっと鼻をつまみたいぐらいには気になっている。

「あ、あのー、サバチャイさん。その草、少し香りがキツイのでどうにかならないかしら?」

 シャーロット様も鼻をつまんでいる。振り回したことで、匂いがかなり強く出ているのだ。

「これ草じゃないね。パクチーね。それにしても、あの熊パクチー苦手なようね。これはサバチャイ神の左が、さく裂するチャンスあるかもよ!」

 サバチャイさんの戦意が一割程度回復しただろうか。少しは熊との戦いに前向きになっている気がする。本人が夢だと思っているのが唯一の救いだろう。


 ここで、動きがでる。


 先制攻撃はファイアベアー。少しでも早くこの場を立ち去りたい、そう思った熊さんなりの解答なのだろう。右手に魔力が集まると、人の頭ぐらいのサイズに膨れ上がった火の玉が投げられた!

「ひっ! し、死んじゃうってば」

 まるで夢から覚めた乙女のような悲鳴が、サバチャイさんからあがる。

「ウォーターバリア!」

 シャーロット様がその場で踊るように回転しながら、ウンディーネを操ると水の防御魔法をあっさりと完成させてみせた。

 僕たちを守るように水の泡のようなものが盾となって立ち塞がると、ぶつかった火の玉はまるで図ったかのように相殺され、消え去ってしまう。

「くっ、シャルの精霊魔法のせいで、こちらの攻撃が当たらないではないか! こうなれば、肉弾戦だ! ファイアベアー、行けっ!」

「サ、サバチャイさん、大丈夫ですか?」

「白い姉ちゃんの魔法スゴいね。これならサバチャイ攻撃だけ考えられるよ。ちょっとぶちかましてくるね」

 そう言うと、サバチャイさんもファイアベアーに向かって走っていく。いまだ夢の世界だと思っているのか、その行動には一切の迷いがない。

 そして、まさかの肉弾戦突入と思われた時、サバチャイさんは急に立ち止まると、おもむろにパクチーを丸めて投げ始めた。

「火の玉が何ね。料理人に炎は友達よ! くらうがいいね、パクチーボール!」

 拳サイズに丸められたパクチーが、容赦なくいくつもファイアベアーの顔周辺に投げ込まれる。

 突然の行動に思わず立ち止まってしまったファイアベアー。その行動はあきらかに失敗だった。何故なら、奇跡的にその内の一つが鼻っ面に当たってしまったのだから。

「ブッシャッギャー!!!!」

 効果は抜群だった。そして、苦しむファイアベアー目掛けて、ぐるぐると腕を回しながらサバチャイさんの神の左が炸裂! と思いきや、そこは中級召喚獣。辛うじてスウェー。際どく避けられてしまう。

 大振りの一撃をかわされたことは、サバチャイさんも想定外だったようで、体を大きく崩してそのまま転倒。右手に持っていた包丁も宙高く飛んでいってしまった。

「し、しまったね!」

 目の前には怒り心頭のファイアベアー。そして、武器をすべて使いきってしまった無手のサバチャイさん。

「フギャー!!!!」

 ファイアベアー怒りの一撃を頭を抱えて座り込むことしか出来ないサバチャイさん。

「ウ、ウォーターバリア!」

 間一髪のところで、シャーロット様の防御魔法が間に合った。

 しかしながら、続けざまの噛みつき攻撃には打つ手なし。

 誰もが、ファイアベアーの勝ちを信じて疑わなかった。



 しかし、ここで再び起きる奇跡。

「ファイアベアー! 上だぁぁぁ! 避けろっ!」

 ファイアベアーも、自らの勝利を疑っていなかったからこそ、油断があったのだろう。ひょっとしたらパクチーで鼻をやられていたのも、影響していたかもしれない。

 テオ様が気がついた時には、既に回避が間に合わないところまで、その危機は迫っていた。

 シュルシュルシュルー、シュパァァーン



 誰もがその一撃に驚愕していた。

 信じられない切れ味。



 一瞬の出来事に、目の前で起こったことに理解が追いつかない。


 ファイアベアーの脳天から綺麗に半分に分かれるように体がずれていく。闘技場の床に落ちてきたのはサバチャイさんの手からすっ飛んでいった包丁。



 そうあの時、大振りの神の左を繰り出した時に飛んでいった包丁が、偶然トドメをさそうとしたファイアベアーの脳天に直撃したのだ。

 驚くべきはその圧倒的な切れ味。中級召喚獣があっさり真っ二つにされてしまったのだ。

 命に関わるダメージをもらった召喚獣は強制的に戻されてしまい、しばらくの間は呼び出すことができなくなる。

 そして、ファイアベアーもその場から消え去り、この時点で勝敗はサバチャイさんの勝ち。

「そこまで! 勝者シャーロット、ルーク組」



「うおおおお!! なんだよ、その勝ち方」
「狙ってたのか?」
「しゃがんだタイミング、敵に勝利を確信させる演技、完璧じゃねぇーか!」

 生徒たちは大いに盛り上がっている。何だかんだ貴族制の階級社会において、下っ端の商人が高位の貴族に勝ってしまうハプニングというのは、なかなかに痛快なものなのかもしれない。



 テレレレッテレー♪

 頭の中に変なファンファーレが鳴り響いている。こちらを見るサバチャイさんの間抜け顔からも、僕たちだけに聞こえているっぽい。

 これって……まさか。

「サ、サバチャイさん?」

「ルーク……サバチャイ、今のでレベル上がったみたいね」

「マジですか!?」


 何を隠そう、サバチャイさんは本当に英霊として召還された超上級召還獣なのであった。

 将来的に英霊になるのか、既に英霊の要素を持っているのかは不明である……。

 元々の力は至って普通の人間並みだったとはいえ、召喚獣としての能力値は超上級。そのためレベルアップの恩恵をこれでもかと受けてしまう。
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