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58話 ダークエルフの幼女2
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火竜様は必要以上に激昂していた。外出中に尻尾を失うような特別な出来事があったからなのか、それとも自らの巣穴にエルフが紛れ込んでいることに怒りを滲ませていたのかは判断がつかない。
一頻り暴れたあと、スンスンと匂いを嗅ぐようにしながらも、私が隠れている岩場の横をゆっくりと通りすぎていった。
これで、しばらくは大丈夫かもしれない。二人の姉はあっさりと亡くなってしまった。ダークエルフにとって自由を願うことはここまで難しいものなのか……。どちらにしろ、私の体力でこの崖を登りきるのは不可能。そもそも、火竜様が戻ってきたことで、逃げ出すという手段はなくなった。そんなことしたら、あっという間に八つ裂きにされてしまうだろう。
私はどうしたいのだろう。
図らずも、自由を得てしまった。いや、こんな状況が自由かと聞かれたら、ちょっと違うのかもしれない。それでも、生まれてから自分の意思でほとんど行動したことが無いだけに、この自由をどのように使えばいいのか悩まされる。
火竜様の身の回りのお世話をするというのは、二人の姉が惨殺されたことからも難しいということはわかっている。別にもう死んでもいいのだけど、姉からは少しでも長く生きてほしいと言われた気がする。あとは何というか、自分で考えて行動するということに、少しだけ興味深さを感じてしまった。
うむ、とりあえず、もう少しだけ生きてみようか。
特に理由はなかった。どうせすぐに無くなってしまう命だ。初めて得たこの自由というものを楽しんでみたいと思ったのだ。
これが、私が死ぬ前に与えられた最後の自由なのだから。
火竜様は、帰ってきてからというもの、暫くは深い眠りに入っていた。ようやく動き始めたのは三日近く経った頃だった。その間、私には食料もなく、壁から染み出る水を舐めるようにして、喉の渇きと飢えを何とかしのいでいた。何故、ここまでして生きようとしているのかは自分でもよくわからない。
外に出ようと私の前を通り過ぎる時の火竜様は、やはり鼻をスンスンとさせていた。私の匂いで何かしら違和感を感じさせているのは間違いないのだろう。
外へ出ていく火竜様を見送ると同時に、私はすぐに火竜様の寝床へと向かった。そこで、火竜様のものと思われる糞尿を体に擦り付けた。火竜様は何度も匂いを気にしていた。自分の匂いを消すこと、それがここで生きる上で何よりも大切なことだと理解した。
そして、ここには、僅かながら火竜様の食べ残しがある。骨に少しだけへばりつくように付いている何かしらの肉。なるべく多く肉の付いている骨を数本拾うと、すぐに入り口近くの岩場の陰に戻る。この隙間は私の小ささがギリギリ入り込めるスペースだ。ここで物音を出さない限りは見つからないはず。
これで、ごく少量の水と食料といえるかもわからない微妙な物を手に入れた。
改めて考えてみよう。私は何がしたいのか。死にたいのか、生きたいのか。姉の仇を討ちたいのか、それともここから逃げたいのか。
少なくとも姉の仇討ちというのは無理がある。相手はあの火竜様なのだ。なら、私は何がしたいのだろう。
そこまで、生きたいとも思わない。私はあの里から出たかっただけだ。私たちを異物のように扱い、虫けらのように扱い、そこにいなかったことにしようとする、あの者たちから、一刻も早く離れたかっただけなのだ。
それなら、もう願いは叶っているのだろう……。
……でも違う。私が求めていたのは、こんな自由ではないはず。
なら、私が求めていた自由とは?
わからない。生まれてから、自由を得たことはない。空を見上げて、自由に空を飛ぶ鳥を見てうらやましいと思った。私は鳥にも劣る。そして、もう、二人の姉はいない。
この場所で、生きることに意味を見いだせないのは確かだが、もう少しだけここにいよう。
そう決心してから、数日が経過した時だった。
……外から人が来た。
いつも通り息を潜めてやり過ごす。来たのはエルフではない。おそらく人間という種族だ。
自分でも何で息を潜めたのかはわからない。助けを求めたら、ここから出るのを手伝ってもらえるのだろうか?
いや、こんなところに来る人間だ。どちらかと言えば頭のおかしい部類だろう。見た感じも脳筋タイプだ。そもそも、こんなところに何しに来たのだろう。
その人間は、物音を立てないように静かに火竜様のいる部屋まで行くと、すぐに戻ってきた。つまり、目的は火竜様ということなのだろう。討伐するつもりなのかもしれない。返り討ちの可能性が高いだろうけど。
しかし、ここで戦闘が始まってしまっては困る。さすがに、私がここに隠れていることもバレてしまうかもしれないし、この場所が荒らされるのは私の願うところではない。
「そこにいるのは誰だ……。出てこないなら殺すぞ」
考えごとをしていたら、あっさりと見つかってしまった。脳筋のくせに意外にやる。
「おい、聞こえなかったとは言わせんぞ……。何度も言わせるな。出てこないのなら、問答無用で殺す」
見つかってしまったのならしょうがない。どうやら、私の自由はここまでらしい。
「何故、こんなところにいる。どうやって、ここまでやってきた?」
「……私を殺すのか?」
「ところでお前、酷く臭うな……」
まったく失礼な脳筋だ。
一頻り暴れたあと、スンスンと匂いを嗅ぐようにしながらも、私が隠れている岩場の横をゆっくりと通りすぎていった。
これで、しばらくは大丈夫かもしれない。二人の姉はあっさりと亡くなってしまった。ダークエルフにとって自由を願うことはここまで難しいものなのか……。どちらにしろ、私の体力でこの崖を登りきるのは不可能。そもそも、火竜様が戻ってきたことで、逃げ出すという手段はなくなった。そんなことしたら、あっという間に八つ裂きにされてしまうだろう。
私はどうしたいのだろう。
図らずも、自由を得てしまった。いや、こんな状況が自由かと聞かれたら、ちょっと違うのかもしれない。それでも、生まれてから自分の意思でほとんど行動したことが無いだけに、この自由をどのように使えばいいのか悩まされる。
火竜様の身の回りのお世話をするというのは、二人の姉が惨殺されたことからも難しいということはわかっている。別にもう死んでもいいのだけど、姉からは少しでも長く生きてほしいと言われた気がする。あとは何というか、自分で考えて行動するということに、少しだけ興味深さを感じてしまった。
うむ、とりあえず、もう少しだけ生きてみようか。
特に理由はなかった。どうせすぐに無くなってしまう命だ。初めて得たこの自由というものを楽しんでみたいと思ったのだ。
これが、私が死ぬ前に与えられた最後の自由なのだから。
火竜様は、帰ってきてからというもの、暫くは深い眠りに入っていた。ようやく動き始めたのは三日近く経った頃だった。その間、私には食料もなく、壁から染み出る水を舐めるようにして、喉の渇きと飢えを何とかしのいでいた。何故、ここまでして生きようとしているのかは自分でもよくわからない。
外に出ようと私の前を通り過ぎる時の火竜様は、やはり鼻をスンスンとさせていた。私の匂いで何かしら違和感を感じさせているのは間違いないのだろう。
外へ出ていく火竜様を見送ると同時に、私はすぐに火竜様の寝床へと向かった。そこで、火竜様のものと思われる糞尿を体に擦り付けた。火竜様は何度も匂いを気にしていた。自分の匂いを消すこと、それがここで生きる上で何よりも大切なことだと理解した。
そして、ここには、僅かながら火竜様の食べ残しがある。骨に少しだけへばりつくように付いている何かしらの肉。なるべく多く肉の付いている骨を数本拾うと、すぐに入り口近くの岩場の陰に戻る。この隙間は私の小ささがギリギリ入り込めるスペースだ。ここで物音を出さない限りは見つからないはず。
これで、ごく少量の水と食料といえるかもわからない微妙な物を手に入れた。
改めて考えてみよう。私は何がしたいのか。死にたいのか、生きたいのか。姉の仇を討ちたいのか、それともここから逃げたいのか。
少なくとも姉の仇討ちというのは無理がある。相手はあの火竜様なのだ。なら、私は何がしたいのだろう。
そこまで、生きたいとも思わない。私はあの里から出たかっただけだ。私たちを異物のように扱い、虫けらのように扱い、そこにいなかったことにしようとする、あの者たちから、一刻も早く離れたかっただけなのだ。
それなら、もう願いは叶っているのだろう……。
……でも違う。私が求めていたのは、こんな自由ではないはず。
なら、私が求めていた自由とは?
わからない。生まれてから、自由を得たことはない。空を見上げて、自由に空を飛ぶ鳥を見てうらやましいと思った。私は鳥にも劣る。そして、もう、二人の姉はいない。
この場所で、生きることに意味を見いだせないのは確かだが、もう少しだけここにいよう。
そう決心してから、数日が経過した時だった。
……外から人が来た。
いつも通り息を潜めてやり過ごす。来たのはエルフではない。おそらく人間という種族だ。
自分でも何で息を潜めたのかはわからない。助けを求めたら、ここから出るのを手伝ってもらえるのだろうか?
いや、こんなところに来る人間だ。どちらかと言えば頭のおかしい部類だろう。見た感じも脳筋タイプだ。そもそも、こんなところに何しに来たのだろう。
その人間は、物音を立てないように静かに火竜様のいる部屋まで行くと、すぐに戻ってきた。つまり、目的は火竜様ということなのだろう。討伐するつもりなのかもしれない。返り討ちの可能性が高いだろうけど。
しかし、ここで戦闘が始まってしまっては困る。さすがに、私がここに隠れていることもバレてしまうかもしれないし、この場所が荒らされるのは私の願うところではない。
「そこにいるのは誰だ……。出てこないなら殺すぞ」
考えごとをしていたら、あっさりと見つかってしまった。脳筋のくせに意外にやる。
「おい、聞こえなかったとは言わせんぞ……。何度も言わせるな。出てこないのなら、問答無用で殺す」
見つかってしまったのならしょうがない。どうやら、私の自由はここまでらしい。
「何故、こんなところにいる。どうやって、ここまでやってきた?」
「……私を殺すのか?」
「ところでお前、酷く臭うな……」
まったく失礼な脳筋だ。
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