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クロエの手紙を読み終えたルドルフは、「元気そうでよかった」と、今度はちゃんと彼の為に入れられた紅茶を飲む。
「帝国に嫁がせると聞いた時は、正気か?って思ったけど、正解だったね」
殺された国に再度嫁がせるなど、何を考えているのかと思ったが、ルナティアの根回しはルドルフの考えを遙かに超えたもので、此処までするのかと唸った事を思い出す。
「まあね。お互い愛し合っていたんだもの。やり直しさせてあげてもいいと思ったのよ。それでも破綻するようなら、その程度だったってこと」
「なるほどね・・・・優しいんだか冷たいんだかわからないね、姉上は」
「あら、失礼ね。これほど優しい女性はめったにいないわよ」
コロコロと鈴を転がすような笑い声は昔から変わっておらず、とても孫がいる様には見えないほど可愛らしい。
そして、ざっくりとしたザルに近い計画だったものを、ここまで緻密に組み上げたのもルナティアだった。
彼女が男だったら・・・いや、この国の王位継承権が男女関係なく平等にあったなら、間違いなくルナティアは女王になっていたし、自分を凌ぐ賢王となっていただろう。
そして自分は彼女を支えるために、喜んで補佐をしたに違いない。人の先に立つより、そちらの方が自分の性にあっていると、今でも思っているのだから。
他国と比べこの国は殊の外、男女平等が進んでいる。だが、その例外もある。それが正に王族だ。
周りの者が、自分が、父王がどんなにルナティアが王に相応しいと思っていても、保守的な貴族達の反発に簡単に法を変える事も出来ず、思いを飲み込むしかないのが現状だった。
だが自分が王となり、息子の代には法律を改正できる所まで、下地は整えてきたつもりだ。
後は一年後、国王になるサイラスの腕の見せ所なのだろう。いや、なんとしてもやり遂げろ、と脅しているのだから変わる筈である。
そんなルナティアの優秀さを、息子ではなく孫であるクロエが継いでいたようで、それもまた面白いと思ってみていた。
フルール国は女性も王になれる。だが皮肉な事に、その素質があるクロエは他国に嫁ぎ、無能な妹が女王になるという。
相当優秀な王婿をとらねば国は崩壊するのが目に見えるようだ。
王となるべく人材が、女と言うだけで国を出される。
上手くいかないものだな・・・・と、ルドルフは溜息をついた。
「どうしたの?ルー」
心配そうに顔を覗き込むルナティアにルドルフは、緩く首を振った。
「クロエのお披露目式は、恙なく迎えさせてあげたいね」
「そうね・・・リージェ国のガルドとアドラが呼ばれてもいないのに参加するみたいだから・・・その前にカタを付けた方がいいのかしらね」
「う~ん・・・微妙なところだね。規模を最小限に抑えたいけど、立ち上がる国の数が数だから、下手すればお披露目式は延期になるかもしれない」
「でも、ガルドとアドラを帝国に入れたくないわ。あいつらの狙いがわかる分、被害が大きくなりそうなんだもの」
二人が狙う獲物は、帝国に揃っている。
「式が延期になったとしても・・・早めに何とかしたほうが良いのかもしれないわ」
「そうだな。内密に王位を継ぐというのも不気味だし」
「そうなのよ!何で秘密にしないといけないのかが分からないわ」
「―――意外と意味は無いのかもよ。単に国に誰も入れたくないとか、そんな理由じゃないかと俺は思う」
「なるほど・・・・」
そう言ったきり、ルナティアは腕組みをして目を閉じた。
温かい日差し。時折吹く風にさやさやと葉を揺らす庭の百花王。隣には愛しい姉。
穏やかだなぁ・・・と、一人悦に入るルドルフ。
リージェ国問題を解決し、息子に譲位すれば毎日この幸せを感じられるようになる。
うっとりとした眼差しでルナティアを見れば、組んだ腕を忙しなく叩く指先。これは彼女が頭の中で色々な事を想定し画策している事を表していた。
表向きはルドルフが計画を練り、ルナティアが実行に移しているように見えているが、実際は実行も計画もルナティアがほぼ一人で行なっていると言っても過言ではない。
元々ルナティアを王とし、自分は補佐として支えたかったルドルフ。
お互い離れ離れで、其々責任ある立場であった時と今は違う。こうして触れられるほど側にいて、彼女の願いを叶えるために知恵を絞り奔走する。
自分の理想としていた、世界。今まさにその願いが、思いが現実として目の前にある状況に興奮を隠しきれない。
人の上に立つ者として正しい事ばかりしてきたわけではない。時にはこの胸を切りつけられる様な痛みを感じながらも、下した命令もあった。
―――清濁併せ呑む・・・・来る者はすべて受け入れる度量の大きさ、などと聞こえはいいが、王だからとてそんな人間になどなれはしない。
だが、ある意味ルナティアはそれに近い人間だ。反対にルドルフは好きなものしか受け付けない所がある。
ルドルフが好きな者の為だけに策を練り、ルナティアがそれを視野の広いものへと練り直す。その繰り返しで此処まできたのだ。
あくまでルドルフはルナティアとクロエを助け、ついでに世界を救うスタンスを変えてはいないのだから。
リージェ国を潰すのは、意外と簡単だ。
既にリージェ国に対する包囲網は完成している。
何が問題なのかというと、リージェ国を潰した後が問題なのだ。
リージェ国は農業国家ではあるが、潤っているのは中央都市とその周辺のほんの一部の農村のみ。王都から遠く離れた地方は土地自体が痩せており、農作物など育つはずもなかった。
その日食べるものにも困っているのに、税金など当然払えるわけもない。
そんな地方の人間に税金を免除する代わりに、ミロの花の管理と加工ををさせているのだ。
ミロの花は、元々雑草の様なもので、放っておいてもどんどん増えていく。
それの管理などとは名目の様なもので、本当の目的は加工と実験だ。
加工に関してはその作業中に、有害な物質を直接体内の取り込んでしまい廃人になるものが多かった為、入れ替わりが激しかった。
ただ、そこで働けば良い食事と綺麗な寝床が与えられる。そんな噂から、周辺国の貧しい小国から我先にと希望者が殺到するので、人を切らしたことはなかった。
だがその実態は、親たちに金が払われ実質売られた形で国に来るのだが、当の本人達は知る由もない事。
そんな彼等にも給金も払われている。それは、他国の最低賃金と比べても、かなり低いものだった。だが、貧しい国で育った彼等には大金に等しく、短い人生を謳歌するかのように自分の為に使う者がほとんどなのだった。
そんな国である。国を落としたとして、誰が管理するのか。
王城にある宝物庫を解放しても、地方まで賄えるのか・・・・
自国に大きな負担を強いるのは避けたい。それは偽らざる本音である。
だが、このままリージェ国を放置しておくこともできない。
頭の痛い問題である。こんな事で足並みが乱れる事も避けたいが、なかなか良い案が浮かばないのも仕方の無い事。
其々、自国が大事なのだから満場一致というのが無理な話なのだから。
姉上はどう判断されるのか・・・と、ため息を吐いた時、ぱちりとルナティアが目を開いた。そして、
「連合国にしましょう」と、一言。
ルドルフは立ち上がり、恭しく頭を下げ「御意」と一言。
そして、篭絡した国々へルナティアの意思を伝えるべく、誇らしげな表情でその場を後するルドルフなのだった。
「帝国に嫁がせると聞いた時は、正気か?って思ったけど、正解だったね」
殺された国に再度嫁がせるなど、何を考えているのかと思ったが、ルナティアの根回しはルドルフの考えを遙かに超えたもので、此処までするのかと唸った事を思い出す。
「まあね。お互い愛し合っていたんだもの。やり直しさせてあげてもいいと思ったのよ。それでも破綻するようなら、その程度だったってこと」
「なるほどね・・・・優しいんだか冷たいんだかわからないね、姉上は」
「あら、失礼ね。これほど優しい女性はめったにいないわよ」
コロコロと鈴を転がすような笑い声は昔から変わっておらず、とても孫がいる様には見えないほど可愛らしい。
そして、ざっくりとしたザルに近い計画だったものを、ここまで緻密に組み上げたのもルナティアだった。
彼女が男だったら・・・いや、この国の王位継承権が男女関係なく平等にあったなら、間違いなくルナティアは女王になっていたし、自分を凌ぐ賢王となっていただろう。
そして自分は彼女を支えるために、喜んで補佐をしたに違いない。人の先に立つより、そちらの方が自分の性にあっていると、今でも思っているのだから。
他国と比べこの国は殊の外、男女平等が進んでいる。だが、その例外もある。それが正に王族だ。
周りの者が、自分が、父王がどんなにルナティアが王に相応しいと思っていても、保守的な貴族達の反発に簡単に法を変える事も出来ず、思いを飲み込むしかないのが現状だった。
だが自分が王となり、息子の代には法律を改正できる所まで、下地は整えてきたつもりだ。
後は一年後、国王になるサイラスの腕の見せ所なのだろう。いや、なんとしてもやり遂げろ、と脅しているのだから変わる筈である。
そんなルナティアの優秀さを、息子ではなく孫であるクロエが継いでいたようで、それもまた面白いと思ってみていた。
フルール国は女性も王になれる。だが皮肉な事に、その素質があるクロエは他国に嫁ぎ、無能な妹が女王になるという。
相当優秀な王婿をとらねば国は崩壊するのが目に見えるようだ。
王となるべく人材が、女と言うだけで国を出される。
上手くいかないものだな・・・・と、ルドルフは溜息をついた。
「どうしたの?ルー」
心配そうに顔を覗き込むルナティアにルドルフは、緩く首を振った。
「クロエのお披露目式は、恙なく迎えさせてあげたいね」
「そうね・・・リージェ国のガルドとアドラが呼ばれてもいないのに参加するみたいだから・・・その前にカタを付けた方がいいのかしらね」
「う~ん・・・微妙なところだね。規模を最小限に抑えたいけど、立ち上がる国の数が数だから、下手すればお披露目式は延期になるかもしれない」
「でも、ガルドとアドラを帝国に入れたくないわ。あいつらの狙いがわかる分、被害が大きくなりそうなんだもの」
二人が狙う獲物は、帝国に揃っている。
「式が延期になったとしても・・・早めに何とかしたほうが良いのかもしれないわ」
「そうだな。内密に王位を継ぐというのも不気味だし」
「そうなのよ!何で秘密にしないといけないのかが分からないわ」
「―――意外と意味は無いのかもよ。単に国に誰も入れたくないとか、そんな理由じゃないかと俺は思う」
「なるほど・・・・」
そう言ったきり、ルナティアは腕組みをして目を閉じた。
温かい日差し。時折吹く風にさやさやと葉を揺らす庭の百花王。隣には愛しい姉。
穏やかだなぁ・・・と、一人悦に入るルドルフ。
リージェ国問題を解決し、息子に譲位すれば毎日この幸せを感じられるようになる。
うっとりとした眼差しでルナティアを見れば、組んだ腕を忙しなく叩く指先。これは彼女が頭の中で色々な事を想定し画策している事を表していた。
表向きはルドルフが計画を練り、ルナティアが実行に移しているように見えているが、実際は実行も計画もルナティアがほぼ一人で行なっていると言っても過言ではない。
元々ルナティアを王とし、自分は補佐として支えたかったルドルフ。
お互い離れ離れで、其々責任ある立場であった時と今は違う。こうして触れられるほど側にいて、彼女の願いを叶えるために知恵を絞り奔走する。
自分の理想としていた、世界。今まさにその願いが、思いが現実として目の前にある状況に興奮を隠しきれない。
人の上に立つ者として正しい事ばかりしてきたわけではない。時にはこの胸を切りつけられる様な痛みを感じながらも、下した命令もあった。
―――清濁併せ呑む・・・・来る者はすべて受け入れる度量の大きさ、などと聞こえはいいが、王だからとてそんな人間になどなれはしない。
だが、ある意味ルナティアはそれに近い人間だ。反対にルドルフは好きなものしか受け付けない所がある。
ルドルフが好きな者の為だけに策を練り、ルナティアがそれを視野の広いものへと練り直す。その繰り返しで此処まできたのだ。
あくまでルドルフはルナティアとクロエを助け、ついでに世界を救うスタンスを変えてはいないのだから。
リージェ国を潰すのは、意外と簡単だ。
既にリージェ国に対する包囲網は完成している。
何が問題なのかというと、リージェ国を潰した後が問題なのだ。
リージェ国は農業国家ではあるが、潤っているのは中央都市とその周辺のほんの一部の農村のみ。王都から遠く離れた地方は土地自体が痩せており、農作物など育つはずもなかった。
その日食べるものにも困っているのに、税金など当然払えるわけもない。
そんな地方の人間に税金を免除する代わりに、ミロの花の管理と加工ををさせているのだ。
ミロの花は、元々雑草の様なもので、放っておいてもどんどん増えていく。
それの管理などとは名目の様なもので、本当の目的は加工と実験だ。
加工に関してはその作業中に、有害な物質を直接体内の取り込んでしまい廃人になるものが多かった為、入れ替わりが激しかった。
ただ、そこで働けば良い食事と綺麗な寝床が与えられる。そんな噂から、周辺国の貧しい小国から我先にと希望者が殺到するので、人を切らしたことはなかった。
だがその実態は、親たちに金が払われ実質売られた形で国に来るのだが、当の本人達は知る由もない事。
そんな彼等にも給金も払われている。それは、他国の最低賃金と比べても、かなり低いものだった。だが、貧しい国で育った彼等には大金に等しく、短い人生を謳歌するかのように自分の為に使う者がほとんどなのだった。
そんな国である。国を落としたとして、誰が管理するのか。
王城にある宝物庫を解放しても、地方まで賄えるのか・・・・
自国に大きな負担を強いるのは避けたい。それは偽らざる本音である。
だが、このままリージェ国を放置しておくこともできない。
頭の痛い問題である。こんな事で足並みが乱れる事も避けたいが、なかなか良い案が浮かばないのも仕方の無い事。
其々、自国が大事なのだから満場一致というのが無理な話なのだから。
姉上はどう判断されるのか・・・と、ため息を吐いた時、ぱちりとルナティアが目を開いた。そして、
「連合国にしましょう」と、一言。
ルドルフは立ち上がり、恭しく頭を下げ「御意」と一言。
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