皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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「ユーリ・・・ユーリ・・・会いたかった・・・・」

アルフォンスはようやく会えた有里を愛しそうに抱きしめ、まるでうわごとのように名を繰り返し、その首筋に顔を埋め大きく息を吸った。
「アル!良かった・・・・心配したよ・・・・」
それに答えるかのように抱きしめ返し、アルフォンスの頬に自分の頬を寄せた。
そして、「ん?」と眉を寄せる。
「・・・・アル・・・すごい熱!」
濡れた身体が冷たすぎて気付かなかったが、その頬は熱く、有里は熱を測る為にアルフォンスの額に自分の額を付けた。
そして、尋常じゃないその熱さに思わず叫んだ。
「フォランド!!すぐに陛下を運んで!!ラン!お湯の手配と侍医長を至急陛下の部屋へ!レスターさん、シェスさん!一旦私の護衛の任を解きます!陛下と宰相閣下達を部屋まで護衛して下さい!」
毒に侵された時の症状を双子侍女に聞いていたものの、実際に触れる焼けるような熱さに、血の気が引く。
この世界の医療レベルは有里のいた世界と比べ、当然ながら低い。
だからこそ焦る。
早く、早く休ませなくては!治療しなくては!と。そして、沸き上がる想い。

―――彼を失いたくない!

一気にまくしたて「侍従長!陛下をお願い!!」と手を伸ばすも、当のアルフォンスは有里を離そうとはしなかった。
「アル?早く治療しよう?辛いでしょ?」
優しく宥めるように、いまだ縋りつく様に抱きしめるその背を撫でた。
「・・・・離れたくない・・・・」
まるでダダをこねるようにポツリと呟き、抱きしめる腕に力を込めた。
吐息と一緒に吐き出された言葉は熱く、有里は一瞬戸惑う様に瞬きを繰り返し、次の瞬間まるで彼の熱が伝染したかのように頬を染めた。
熱によって身体が辛く甘えているだけなのだと、そう思っていてもこの様なスキンシップに慣れていない有里は、焦りと恥ずかしさで冷静ではいられない。
「早く休んで欲しいのに・・・・そんな事言われたら拒否できないじゃない」
ムッと唇を尖らせながら睨むも、アルフォンスから見れば可愛らしい以外の何ものでもない。
朦朧とした意識の中で、心に思った事が行動と言葉となり「可愛い」とうわ言の様に何度も呟きながら、抱きしめる腕に力が籠る。
「傍に、いてくれないのか?」
いまだ有里を離そうとしないアルフォンスに、早く治療してもらいたい有里は意を決したように、彼の熱い頬を両手で包み背伸びするようにしてその額に唇を寄せた。
「アルが完治するまで、ずっと傍に居るから。離れないから。部屋に行こう?」
まさか有里からの口付けがもらえるとは思わなかったアルフォンスは目を見開いた後、この発熱とは別の意味での熱い吐息を吐いた。
「完治するまでしか・・・いてくれないのか?」
「・・・そこら辺は、要相談で・・・・」
ちょっと不貞腐れたように返せば、ふっとアルフォンスが笑った。
「有里らし・・・い、な・・・」
そう言うと、ゆっくりと倒れ込んできた。
「アル!?」
有里に被さる様に倒れるアルフォンスをエルネストが、彼の重みで後ろにのけぞりそうな有里をフォランドが支えた。
「ベル・・・アルは大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫です。きっと貴女に会えた事で緊張が解けて気を失ってしまったのでしょう」
エルネストがアルフォンスを背に抱えると、レスターとシェスが護る様に立ち、さらにその周りをエイド達が護る様に囲んだ。
「先に行ってて。私は遅れていくから」
そう言いながらチラリとアーロンを見る有里に、フォランドは「わかりました」と頷いてアルフォンスに付き添う様に、その場を後にした。

その姿を見届け、くるりとアーロンへと振り返った。
「アーロン、お疲れ様」
「・・・ユーリ・・・ごめん・・・俺、・・・」
「アーロン、その先は言わなくてもいい事だよ。アーロンが謝ることじゃないんだから」
「だけど!アルに怪我を負わせちまった・・・」
「それは誰の所為でもないじゃない。アルをちゃんと連れ帰って来てくれたことに感謝こそすれ、責める人なんて誰もいないんだから」
いくら有里が言葉を尽くしても、アーロンの表情は晴れない。
そんな彼に有里は、パンッと軽く叩く様に頬を包み込んだ。
「アーロン!貴方はここでくよくよ落ち込んでる暇はないのよ!アルがああなんだから、防衛の指示は貴方が執らないといけないでしょ!?」
はっとしたように顔を上げるアーロンに有里は続ける。
「それに・・・貴方がそんなんじゃ、アルが責任感じちゃうでしょ?」
今だ納得していない表情のアーロンに、子供に言い聞かせるような口調になるのは仕方がない。
「もし、今回の立場が反対でアルをかばってアーロンが怪我をしていたら、きっとアルは今の貴方と同じように考えるよ。そんな姿を見てアーロンはどう感じる?」
「そんな事!俺が勝手にした事だし、それが俺の仕事だから・・・」
「立場がどうであれ、同じことなんだよ。アーロンがそうやってずっと気に病んでいると、その事に対しアルが責任を感じるんだよ?ただでさえ、この任務で怪我をした人達の事を、アルはきっと気にかけているだろうから・・・・」
アーロンは小さく頷く。
「アーロンはよくやったよ。あんなに弱ってる陛下をちゃんと連れ帰ったんだから」
「ユーリ・・・・」
「ありがとう」
にっこりとほほ笑みながらお礼を言えば、アーロンは今にも泣きそうにくしゃりと顔を歪め、笑う。
「アーロンってば酷い顔。さぁ、風邪引いちゃうから着替えよう!身体温めて。お腹もすいたでしょ?ゆっくり休んでからアルの部屋に来てね」
そう言いながら手を引いて歩こうとして、傍に立っている濡れ鼠の金髪美少女に気づいた。
「アーロン、彼女は?」
「あぁ、彼女は医療班のフィンレイだ。ここまでアルを診てくれてたんだ」
「まぁ、そうだったの?」
そう言うと有里は彼女の前に立ち「陛下を助けて下さってありがとう」と言いながら、ぺこりと頭を下げた。
「え?いや!あの!」
と焦るフィンレイにアーロンは「こういう奴だから気にしなくていいぞ」と肩を叩いた。
「雨に濡れて寒いでしょ?女性用も別に部屋を用意してあるので着替えて、ゆっくりしてくださいね」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
正直なところ、有里には敵対心しか持っていない彼女。
だが、目の前の女性は当然フィンレイの心中など全く知らないのだから普通に接してくる。
女神の使徒なのに、偉そうなそぶりなど見せることなく何処にでも居る娘の様に普通に、拍子抜けしてしまうほど普通に話しかけてくる。
そんな彼女はアーロンの手を引っ張りながら控室へと連れて行こうとしいていた。
「フィンレイさんも、一緒に行きましょう?」
手招きする有里に、何だか毒気を抜かれた様に思わず「はい」と返事を返し、後を付いて行く。
そんな自分自身にフィンレイは、複雑な心境を持て余し始めていた。
一人で立っていることすら厳しかったアルフォンスは彼女を見た途端、自分の足で歩ける位・・・それが瞬間だけだったとしても、持ち直した。
先ほどまでのこの世の終わりの様な顔をしていたアーロンはといえば、今は有里と笑いながら話している。
それは一体どういう事なのか。
彼女に向ける、陛下のあの甘々しい言葉。抱きしめる腕。恋い焦がれるような眼差し。何もかもがフィンレイの欲したもの。
この城に着くまでの間に自分が得られるはずだったものだ。
何故、自分ではだめだったのか。何故、彼女でなければ駄目だったのか。
先ほどまで傍に居たのに。触れていたのに。常に視界の中に居たというのに。

何故、私ではないの?!全てに勝っているのは私!なのにっ!!

二人を見ながら、フィンレイは次第に苛立ちを募らせていく。
嫉妬と怒りが次第に膨らんでいき「何故?」という言葉だけがその身を侵していく。

何よりも、使徒様は陛下が心配ではないの?何故、陛下に付き添わないで此処にいるの?
おかしいわ!!私だったら片時も離れないのに!!
帰路の間の様に、ずっとずっと支えて・・・・

フィンレイは歩みを止め、抑えきれない思いが言葉となって漏れた。
「使徒様は・・・陛下が心配ではないのですか?」
その言葉に有里も足を止め、フィンレイの方へと振り向く。
「心配だよ。でも、今は陛下の顔を見たしお医者様に預けられたから、どちらかというと安心したかな?」
「え?あんなに・・・弱っていらっしゃるのに?」
「だって、命に別状はないんでしょ?アーロンをはじめとして、皆が護ってくれたんだもの。私はそんな皆さんにお礼が言いたい気分よ」
にっこりと笑う有里に、納得がいかないフィンレイは、更に言い募る。
「だからといって、あれだけ懇願されているのにお傍を離れるなんてっ!」
少し距離を置いていたリリが、殺気をもってフィンレイを睨み付けた。
それを有里は手で制し、小さく息を吐いた。
「私が傍に居る事で容態が直ぐにでも良くなるのであれば、今すぐにでも飛んでいくわ。でもね、今の私には何もできないの。お医者様にしか治療はできないのだから。ならば今私がやらなくてはいけない事は何か・・・」
有里の黒い瞳に真っ直ぐに見つめられ、フィンレイは知らず知らずに息を止める。
「命を懸けて任務を遂行し、命を懸けて陛下を護ってくれた騎士の皆さんに言葉をもって感謝と労わりを伝えねばならないのです。女神の使徒として、この城で暮らし生活を共にする者として」
凛とした声には強い意思が込められていて、フィンレイは初めて知る。
己の欲と傲慢さを。そして、初めから勝敗は決まっていたのだと。

そう。もし自分が彼女の立場なら、きっとずぶ濡れだろうと怪我をしていようと、そんな騎士達の事など放って置いて陛下の元を離れない。
あんなふうに恋われたら、周りなどどうでもいいと思うくらい傍に居る。

「陛下の看病はしますよ?傍に居るって約束したしね」
ふっと表情を和らげるその姿は、フィンレイですら美しいと感じるもの。

私は陛下が好きだった。今でも大好き。誰よりも、何よりも。
ただただ、彼が欲しくて自分には隣に並ぶだけの資格があるのだと思い込んで・・・・
だけど彼女には敵わない。目の当たりにする、考え方の違い・・・器の広さが違う。
悔しくて憎くて悲しいけど・・・・
馬鹿な私は何も気付いてなかったんだ。初めから、足元にも及んではいなかったのだと。

「さぁ、フィンレイさんも控室へ」
にっこり笑い近くに居た女官を呼ぶと、フィンレイを託した。

「ユーリが自ら『女神の使徒』を名乗るなんて、珍しいな」
アーロンは少し驚いたように有里の方へ振り向いた。
「役に立つんなら、なんだって利用するわよ。『女神の使徒』と言う肩書だってなんだって」
少し不服そうに唇を尖らす有里はアーロンを控室へ押し込みながら、顔を合わせる騎士達に声を掛けていく。
「お疲れ様」「ありがとう」と声を掛ければ、疲れ切った騎士達もまた笑顔を取り戻していく。
特別な事をしているわけではない。特別な事を言っているわけではない。

彼女だから・・・なのね・・・

アルフォンが遠征中、怪我で苦しい最中さなかでも崩すことのなかった表情を、唯一崩した相手は有里ただ一人。
フィンレイはいまだ痛む胸を抱えながら、前を行く女官の背だけを見つめ歩いた。
そんな彼女の視界の端に、誰かが駆け込んでくるのが見えたのと同時だった。
ホール全体に声が響き渡ったのは。


「誰か!!そいつを掴まえてくれ!!」



その時既に『男』は有里の目の前まで来ていた。
左手を有里に向かって伸ばし、右手には剣を持ち。

「ユーリ!!」
「ユーリ様!!」
アーロンとリリが叫び駆け寄ろうとする足が、ぴたりと止まった。

水を打ったような静けさ・・・とは、正にこの事を言うのだろうか。
その場に居たすべての人間が目と口を全開にして、固まった。


何故なら皆が目にしていたのは、有里が不審者を抑え込み、腕の関節を固めている姿だったから。
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