皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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『このままくるんと腕をくぐって・・』
『えっと・・こう?』
『そうそう!上手いよ、お母さん!!』
有里は娘から護身術の手ほどきを、実験台となることを引き換えに教わることを日課としていた。
両親共にスポーツとは縁遠いはずなのに、子供達三人は武道を習っている。
長男は剣道、長女は合気道、次男は空手を。
娘は護身も兼ね、簡単な技を母親である有里にいつも教えてくれるのだ。
というのも、娘から見ても有里はこの年齢にも関わらず異性にモテるので、何かあってはと心配してからの事だった。
『ほら、相手の動きに合わせながらこう捻れば』
『うわっ!凄い!!』
娘が腕を捻れば、彼女はくるんとひっくり返る。
『人間曲がらない方に曲げられると痛いでしょ?』
そう言いながら、うつ伏せに倒れた自分の腕の関節の絞め技を教える。
有里は怖くてやんわりとしか絞めないのだが、娘は遠慮なく有里の関節を絞めてきて痛い思いもしているが、その痛さを知ることで相手へのダメージが容易に想像できて、有里的には良い経験となっていた。

それが今こうやって実際に・・・異世界ではあるが・・・役に立つとは夢にも思わなかったと言うのが本音なのだが・・・

向かってくる男が、まるでスローモーションのようにゆっくりと見える。
有里の思考は一瞬にして冷静に・・・身体に張り巡らされている神経がまるで一点に集中したかのように視界がクリアになり、身体が自然に反応し動いた。
有里を掴まえようと伸ばされた左腕を・・・その手首を掴まえ持ち上げ、二人の間に空いた空間に相手の腕を捻るようにくるりと身を滑らせた。
本来曲がるはずがない方へと腕を捻られた男は、跳ねるように宙を舞い倒れ、その身体を一瞬のうちにうつ伏せにする。
いまだ掴んでいる腕をぐいっと背の方へと捻り上げ、腕の関節を締め上げ体重をかけるようその体を抑え込んだ。
苦しそうにうめき声を上げるその男は、何とか逃れようともがくが、それに比例するようにさらに有里は腕を捻上げる。

「確保っ!!誰か、武器を取り上げて!!」

その声で周りの人間たちははっとしたように動き始めた。
抑えられている男の武器を取り、有里に代わり屈強な騎士が彼を抑えながら縄をかける。
騎士達に両脇を抱えられ連れて行かれようとするその男はまだ若く、信じられないという顔で有里を凝視していた。
当の有里はと言うと、リリとアーロンに支えられるように立ち上がり、その周りを騎士達が護る様に囲んでいく。
「ユーリ様!何て危ない事を!!」
リリは今だ青ざめた険しい顔つきで有里の手を握り、アーロンもまた、有里に怪我が無い事を確認するとほっと息を吐いた。
「これは一体どういう事だ!説明しろ!!」
アーロンが叫ぶと、ずぶ濡れの一人の騎士が膝をついた。
「申し訳ありません、団長。陛下に矢を放った賊を捕らえたのですが、いつの間にか縄を抜け、城内に入ったとたん近くに居た騎士の武器を奪い・・・」
彼は床に頭が着いてしまうのでは・・・と思うくらい、頭を下げアーロンに事の顛末を報告した。
「もしかして、わざと捕まったのかしら?」
そう言いながら、有里は頭を下げ続けている騎士の前にしゃがみこみ「もう、顔を上げて?立ちましょう?」と、彼の手を取って立ち上がらせた。
「ユーリ様!申し訳ありませんでした!」
「そんなに謝らないで。私はこうして無事だったんだし・・・それよりも、あの掴まえた男の目的の方が心配だよね」
そう言いながらアーロンを見上げた。
「恐らくは・・・フィルス帝国の要人・・・地下牢にいる彼等を消しに来たんだろうが、目の前にユーリがいたから拉致できれば・・という所だろう」
「なるほど・・・」
「まぁ、ユーリに投げ飛ばされた事は予想外もいいところだったろうけどな」
「あれは本当、自分でもびっくりするくらい上出来!相手も油断してたから上手くいったんだと思うけどね」
「ユーリのおかげで地下牢の要人も護れたから良しとするけど・・・もう、こんなことは止めてくれよ!心臓が止まるかと思ったんだからな!」
「そうですわ!!もうっ!・・・もう、あんな事・・・・」
リリが目に涙を浮かべ、胸元で固く手を握りしめながら有里を睨む。
「あぁ、ごめんごめん!でも、身体が勝手に動いちゃって・・・若いって素晴らしいよねっ!」
若返った事によって、心身共に軽快で反射神経まで良くなり、怖い思いをしたというのに自分でも驚くくらいハイテンションだ。
アドレナリン放出が半端ないのかも・・・と、頭の隅に居る冷静な自分がこの異常な自分を分析する。
「ユーリ様!!」
「ユーリ!」
能天気に笑う有里は、リリとアーロンに睨まれ「ごめんなさい」と、取り敢えず大人しく謝った。
「リリ、ユーリをアルの所へ。今、一番安全なのはアルの傍だからな」
「承知しました」
有里とリリを護衛するために騎士が囲むと、ランが驚いたように走ってきた。
「ユーリ様!リリ!何があったの!?」
物々しさと、どこかピリピリする様な先ほどまでとは違う雰囲気に、ランの表情が厳しいものとなる。
だが、そんな事などどうでもいいとばかりに、有里はアルフォンの心配をした。
「ラン!アルは?ちゃんとお医者様に診てもらってる?容態は?」
「陛下は大丈夫です。治療も終わり休まれております。・・・それより、何なんですか?この雰囲気は・・・」
そしてリリの顔を見て眉根を寄せた。
「リリ、何があったの?」
ランにとってエルネストに拾われて以来、初めて見るリリの怯えた表情に嫌な予感がしてしょうがなかった。
「ラン・・・実は・・・」
リリが事の顛末を話すと、ランは力が抜けたように大きく息を吐き出しキッと、有里を睨んだ。
「ユーリ様、今回は上手くいったから良かったものの、もしも、あちらの方が手練れな者であったならば、こう上手くはいきませんでしたよ」
「わかってる。今回は相手も油断していたからって事は」
有里も真顔で返すが、「でも・・・」と続ける。
「私は自分でできる事は自分でやりたいし、解決したい。もし又、同じような事があっても、私は多分・・・同じような事をするかもしれない」
「でも、今回のように上手くいくとは限りませんよ」
いまだ厳しい表情のランに、有里はキョトンとした様に小首を傾げる。
「その時は、リリやランが助けてくれるんでしょ?」
さも当然という表情で笑う有里が憎らしくて、ランは唇を尖らせた。
「と、当然です!今回は出遅れてしまいましたが、万が一、次があるとするならば、ユーリ様の出番はありませんから!!」
「ふふふ・・頼もしいわ」
そう言いながら緊張感の欠片もない笑顔を見せた。すると同時に、張り詰めていたその場の緊張が一気に解ける。
「皆さんにもご心配おかけしました!それと・・・これは、陛下と宰相閣下には内緒で・・・・」
困った顔を作って有里が拝む様に手を合わせると「宰相閣下には、無理かもしれませんよ!」と、声が上がり、どっと場が笑いに包まれた。
「うっ・・・痛いとこ突くなぁ。その時は黙ってお説教されるわよっ!」
不貞腐れたように溢す有里に「頑張ってください、ユーリ様!」「骨は拾いますよ!」と声が上がり、益々笑いが沸き上がる。
そんな彼等に「その時は頼みますね!」と笑いながら応え、騎士達に護衛されながらその場を後にした。


「ありがとうございました」
護衛してくれた騎士達にお礼を言い、リリ達と共に自室に入り扉を閉めると、有里は「はぁぁぁ~~~」と大きく息を吐き、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「ユ、ユーリ様?どうなさいました?」
リリとランが慌てたように駆け寄る。
「あぁ・・・あははは・・・」
困った様に笑う有里に双子は眉根を寄せた。
「何というか・・・緊張が解けたら・・・力が抜けて、手足が震えるというか・・・あはは・・情けない」

有里にとっては初めての体験ばかりだった。
平和だった日本。誰かが目の前で血を流しているところや、大切な人が苦しそうにもがいているところなど、これまで見たことが無い。
ましてや自分が襲われるなど。
先ほどまでは緊張の所為で気丈にふるまう事が出来ていたが、此処は安全なのだと認識した途端、腰が抜けたかのようにへたり込んでしまい今更ながらに恐怖が押し寄せてきたのだ。

リリとランは驚いたように顔を見合わせると、ふっと笑い有里を左右から抱きしめた。
「バカですね、ユーリ様は」
「本当に。これから陛下の看病をしなくてはいけないというのに」
「しかたないじゃん!こんな・・・こんな事、初めてだし・・・」
有里は自分自身を抱きしめるように腕をグッと掴み、震える身体を抑えようとした。
「そんなに力を入れては駄目ですよ」
「ゆっくりと深呼吸して下さい」
リリとランに言われ、大きく何度か深呼吸をすると、身体のこわばりが解けてゆくのがわかる。
しばらくは双子の熱に身をゆだね、そして「うん」と自分に言い聞かせるように頷くと、彼女を抱きしめる双子の腕をポンポンと叩き、にかっと笑った。
「ありがとう、リリ、ラン。・・・・さてっと、着替えようか」
そのいつもと変わらない笑顔が無理したものではないとわかると、二人はほっとしたように頷き有里を立たせた。

そして三人は着替えを済ませると、アルフォンスの部屋へと続く扉を開けた。

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