紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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五章 わたしの目覚め

第三話 在りし日の雪うさぎ

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「姫様、周辺に異常はございませんでした。どうぞ、安心してお休みください」

雪をかぶり、鼻の先まで赤く染まったふたりが、
ほんのり頬を桜色に染めた伽耶へと、静かに頭を下げた。
――うち一人は、今にも泣きそうな顔をしている。

「ま、まさか……ずっと外にいたの?」

ぱちぱちと瞬きを繰り返す伽耶に、涙目の煌辰がすかさず叫ぶ。

「そうなんですよ!伽耶姫ちゃん!
こいつ、絶対そんなとこ誰もいないって言っても聞かないんだってば!!」

「わかりませんから。わたしたちは姫様をお守りためにここに来たのですよ?
万全を期すのは、当然のことです」

「期しすぎなんだよ!!万全を!!!」

涙目の煌辰の叫びに、並ぶ誠は涼しい顔のまま、微動だにしない。

伽耶はあたふたと視線を往復させ、
「え、ええと……ふたりとも、お風呂、入ったら?」と、そっと言った。

「とっても素敵な湯殿だったのよ。わたしの後で申し訳ないけれど……」

眉を下げてそう言う伽耶に、煌辰の顔がぱっと明るくなる。

「えっ!?ほんとに!?いいんすか!?」

「もちろん。ふたりとも、ありがとう。わたしのために、寒い中……
ゆっくり温まって、休んできてね」

伽耶の微笑みに、誠は静かに頭を下げ――
その隣で、飛び跳ねんばかりに浮かれていた煌辰の頭を、ぐいっと押さえ込んだ。









「うひょ~~~~最高!!」

煌辰は肩まで湯に沈むと、勢いよく背伸びをした。

ほんのりと柑橘の香りが湯気に溶け、半露天の湯船の向こうには、しんしんと雪が降っている。
舞い落ちる白が湯面に触れるたび、まるで淡い花がひとひら、咲いては溶けていくようだった。

身体を洗い終え、少し離れた場所から湯に入っていた誠のもとへ、煌辰が音もなく近づいていく。

「おい……これ、伽耶姫ちゃんの残り湯だぞ?
前世でどんな徳を積んだんだ、俺……」

その囁きに、誠は無言で煌辰の頭をつかみ――
ばしゃん、と容赦なく湯の中に沈めた。

「ぶはっ!?なにすんだよ!!」

ゲホゲホと咳き込みながら頭を上げた煌辰に、誠は冷ややかに告げる。

「不敬です、蒼煌辰」

「いや、いいだろ!これくらい!事実だろ!?!?」

しぶしぶ座り直した煌辰だったが、ふぅと肩の力を抜き、ぽつりと呟く。

「でもさ、実際のとこ……飲めるぞ、俺は」

その瞬間、近くにあった桶が唸りを上げた。

がん。

「いてぇっ!!」

「黙って入りなさい」

湯でほてった顔で眉を寄せながら、誠はそっぽを向いた。

煌辰は殴られた頭をさすりながら、じとりと誠を睨みつける。
だが、すぐに首を左右に振り、ぼそりと呟いた。

「はぁ~~……あのふわふわが、この湯で……
くそっ…乳洗う女官に生まれたかった……!」

心の底から悔しそうな声に、誠はすっと立ち上がった。
無言で煌辰の方へと歩み寄り――

「それ以上口を開くのであれば、ここで首を落とさねばなりません」

その瞳に宿った明確な殺意に、煌辰は即座に両手を上げ、黙って何度も首を縦に振るしかなかった。

湯気だけがふわりと揺れる。
ようやく静けさを取り戻した湯殿には、湯の注ぐ音がやわらかく響く。

誠はそっと息を吐き、視線を岩場の脇へと向けた。

(……あれは)

雪のかたまりが、湯殿の端にちょこんと置かれている。
ふたつの葉と、赤い実。どう見ても、不恰好な雪うさぎだ。

(……まさか、姫様が)

そう思った瞬間、脳裏に蘇ったのは、かつて城内で雪が積もった日に、ふたりでひそかに作った、小さな雪うさぎ。

その時よりも少し歪で、形は崩れていたけれど――
誠は思わず、口元に小さな笑みを浮かべた。

と。

「……え、なにそれ、伽耶姫ちゃん裸で作ったってこと?」

知らぬ間に隣に来ていた煌辰が、屈託なく呟いたその瞬間――
誠の手が、そっと近くの雪を握りしめた。

ばふっ。

「わっ冷たっ!?ちょ、ちょっと誠さん?!?!?!」

煌辰の顔面に思い切り押し付けられた雪の塊が、ばらばらと湯に落ちていくなか――
誠は一言も発することなく、湯へと静かに身を沈めた。
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