64 / 110
五章 わたしの目覚め
第三話 在りし日の雪うさぎ
しおりを挟む
「姫様、周辺に異常はございませんでした。どうぞ、安心してお休みください」
雪をかぶり、鼻の先まで赤く染まったふたりが、
ほんのり頬を桜色に染めた伽耶へと、静かに頭を下げた。
――うち一人は、今にも泣きそうな顔をしている。
「ま、まさか……ずっと外にいたの?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す伽耶に、涙目の煌辰がすかさず叫ぶ。
「そうなんですよ!伽耶姫ちゃん!
こいつ、絶対そんなとこ誰もいないって言っても聞かないんだってば!!」
「わかりませんから。わたしたちは姫様をお守りためにここに来たのですよ?
万全を期すのは、当然のことです」
「期しすぎなんだよ!!万全を!!!」
涙目の煌辰の叫びに、並ぶ誠は涼しい顔のまま、微動だにしない。
伽耶はあたふたと視線を往復させ、
「え、ええと……ふたりとも、お風呂、入ったら?」と、そっと言った。
「とっても素敵な湯殿だったのよ。わたしの後で申し訳ないけれど……」
眉を下げてそう言う伽耶に、煌辰の顔がぱっと明るくなる。
「えっ!?ほんとに!?いいんすか!?」
「もちろん。ふたりとも、ありがとう。わたしのために、寒い中……
ゆっくり温まって、休んできてね」
伽耶の微笑みに、誠は静かに頭を下げ――
その隣で、飛び跳ねんばかりに浮かれていた煌辰の頭を、ぐいっと押さえ込んだ。
「うひょ~~~~最高!!」
煌辰は肩まで湯に沈むと、勢いよく背伸びをした。
ほんのりと柑橘の香りが湯気に溶け、半露天の湯船の向こうには、しんしんと雪が降っている。
舞い落ちる白が湯面に触れるたび、まるで淡い花がひとひら、咲いては溶けていくようだった。
身体を洗い終え、少し離れた場所から湯に入っていた誠のもとへ、煌辰が音もなく近づいていく。
「おい……これ、伽耶姫ちゃんの残り湯だぞ?
前世でどんな徳を積んだんだ、俺……」
その囁きに、誠は無言で煌辰の頭をつかみ――
ばしゃん、と容赦なく湯の中に沈めた。
「ぶはっ!?なにすんだよ!!」
ゲホゲホと咳き込みながら頭を上げた煌辰に、誠は冷ややかに告げる。
「不敬です、蒼煌辰」
「いや、いいだろ!これくらい!事実だろ!?!?」
しぶしぶ座り直した煌辰だったが、ふぅと肩の力を抜き、ぽつりと呟く。
「でもさ、実際のとこ……飲めるぞ、俺は」
その瞬間、近くにあった桶が唸りを上げた。
がん。
「いてぇっ!!」
「黙って入りなさい」
湯でほてった顔で眉を寄せながら、誠はそっぽを向いた。
煌辰は殴られた頭をさすりながら、じとりと誠を睨みつける。
だが、すぐに首を左右に振り、ぼそりと呟いた。
「はぁ~~……あのふわふわが、この湯で……
くそっ…乳洗う女官に生まれたかった……!」
心の底から悔しそうな声に、誠はすっと立ち上がった。
無言で煌辰の方へと歩み寄り――
「それ以上口を開くのであれば、ここで首を落とさねばなりません」
その瞳に宿った明確な殺意に、煌辰は即座に両手を上げ、黙って何度も首を縦に振るしかなかった。
湯気だけがふわりと揺れる。
ようやく静けさを取り戻した湯殿には、湯の注ぐ音がやわらかく響く。
誠はそっと息を吐き、視線を岩場の脇へと向けた。
(……あれは)
雪のかたまりが、湯殿の端にちょこんと置かれている。
ふたつの葉と、赤い実。どう見ても、不恰好な雪うさぎだ。
(……まさか、姫様が)
そう思った瞬間、脳裏に蘇ったのは、かつて城内で雪が積もった日に、ふたりでひそかに作った、小さな雪うさぎ。
その時よりも少し歪で、形は崩れていたけれど――
誠は思わず、口元に小さな笑みを浮かべた。
と。
「……え、なにそれ、伽耶姫ちゃん裸で作ったってこと?」
知らぬ間に隣に来ていた煌辰が、屈託なく呟いたその瞬間――
誠の手が、そっと近くの雪を握りしめた。
ばふっ。
「わっ冷たっ!?ちょ、ちょっと誠さん?!?!?!」
煌辰の顔面に思い切り押し付けられた雪の塊が、ばらばらと湯に落ちていくなか――
誠は一言も発することなく、湯へと静かに身を沈めた。
雪をかぶり、鼻の先まで赤く染まったふたりが、
ほんのり頬を桜色に染めた伽耶へと、静かに頭を下げた。
――うち一人は、今にも泣きそうな顔をしている。
「ま、まさか……ずっと外にいたの?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す伽耶に、涙目の煌辰がすかさず叫ぶ。
「そうなんですよ!伽耶姫ちゃん!
こいつ、絶対そんなとこ誰もいないって言っても聞かないんだってば!!」
「わかりませんから。わたしたちは姫様をお守りためにここに来たのですよ?
万全を期すのは、当然のことです」
「期しすぎなんだよ!!万全を!!!」
涙目の煌辰の叫びに、並ぶ誠は涼しい顔のまま、微動だにしない。
伽耶はあたふたと視線を往復させ、
「え、ええと……ふたりとも、お風呂、入ったら?」と、そっと言った。
「とっても素敵な湯殿だったのよ。わたしの後で申し訳ないけれど……」
眉を下げてそう言う伽耶に、煌辰の顔がぱっと明るくなる。
「えっ!?ほんとに!?いいんすか!?」
「もちろん。ふたりとも、ありがとう。わたしのために、寒い中……
ゆっくり温まって、休んできてね」
伽耶の微笑みに、誠は静かに頭を下げ――
その隣で、飛び跳ねんばかりに浮かれていた煌辰の頭を、ぐいっと押さえ込んだ。
「うひょ~~~~最高!!」
煌辰は肩まで湯に沈むと、勢いよく背伸びをした。
ほんのりと柑橘の香りが湯気に溶け、半露天の湯船の向こうには、しんしんと雪が降っている。
舞い落ちる白が湯面に触れるたび、まるで淡い花がひとひら、咲いては溶けていくようだった。
身体を洗い終え、少し離れた場所から湯に入っていた誠のもとへ、煌辰が音もなく近づいていく。
「おい……これ、伽耶姫ちゃんの残り湯だぞ?
前世でどんな徳を積んだんだ、俺……」
その囁きに、誠は無言で煌辰の頭をつかみ――
ばしゃん、と容赦なく湯の中に沈めた。
「ぶはっ!?なにすんだよ!!」
ゲホゲホと咳き込みながら頭を上げた煌辰に、誠は冷ややかに告げる。
「不敬です、蒼煌辰」
「いや、いいだろ!これくらい!事実だろ!?!?」
しぶしぶ座り直した煌辰だったが、ふぅと肩の力を抜き、ぽつりと呟く。
「でもさ、実際のとこ……飲めるぞ、俺は」
その瞬間、近くにあった桶が唸りを上げた。
がん。
「いてぇっ!!」
「黙って入りなさい」
湯でほてった顔で眉を寄せながら、誠はそっぽを向いた。
煌辰は殴られた頭をさすりながら、じとりと誠を睨みつける。
だが、すぐに首を左右に振り、ぼそりと呟いた。
「はぁ~~……あのふわふわが、この湯で……
くそっ…乳洗う女官に生まれたかった……!」
心の底から悔しそうな声に、誠はすっと立ち上がった。
無言で煌辰の方へと歩み寄り――
「それ以上口を開くのであれば、ここで首を落とさねばなりません」
その瞳に宿った明確な殺意に、煌辰は即座に両手を上げ、黙って何度も首を縦に振るしかなかった。
湯気だけがふわりと揺れる。
ようやく静けさを取り戻した湯殿には、湯の注ぐ音がやわらかく響く。
誠はそっと息を吐き、視線を岩場の脇へと向けた。
(……あれは)
雪のかたまりが、湯殿の端にちょこんと置かれている。
ふたつの葉と、赤い実。どう見ても、不恰好な雪うさぎだ。
(……まさか、姫様が)
そう思った瞬間、脳裏に蘇ったのは、かつて城内で雪が積もった日に、ふたりでひそかに作った、小さな雪うさぎ。
その時よりも少し歪で、形は崩れていたけれど――
誠は思わず、口元に小さな笑みを浮かべた。
と。
「……え、なにそれ、伽耶姫ちゃん裸で作ったってこと?」
知らぬ間に隣に来ていた煌辰が、屈託なく呟いたその瞬間――
誠の手が、そっと近くの雪を握りしめた。
ばふっ。
「わっ冷たっ!?ちょ、ちょっと誠さん?!?!?!」
煌辰の顔面に思い切り押し付けられた雪の塊が、ばらばらと湯に落ちていくなか――
誠は一言も発することなく、湯へと静かに身を沈めた。
0
あなたにおすすめの小説
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
置き去りにされた聖女様
青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾
孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう
公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ
ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう
ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする
最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで……
それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~
はぎわら歓
恋愛
国家占い師である胡晶鈴は、この中華・曹王朝の王となる曹隆明と結ばれる。子を宿した晶鈴は占術の能力を失い都を去ることになった。
国境付近の町で異民族の若い陶工夫婦と知り合う。同じく母になる朱京湖とは、気が合い親友となった。
友人になった夫婦と穏やかな生活を送るはずだったが、事情のある朱京湖と間違えられ、晶鈴は異国へと連れ去られてしまった。京湖と家族の身を案じ、晶鈴はそのまま身代わりとなる。
朱彰浩と京湖は、晶鈴の友人である、陸慶明に助けを求めるべく都へ行く。晶鈴の行方はずっと掴めないままではあるが、朱家は穏やかな生活を営むことができた。
12年たち、晶鈴の娘、星羅は才覚を現し始める。それと同時に、双子のように育った兄・朱京樹、胡晶鈴との恋に破れた医局長・陸慶明とその息子・陸明樹、そして実の娘と知らない王・曹隆明が星羅に魅了されていく。
【完結】どくはく
春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。
あなたのためだったの。
そんなつもりはなかった。
だってみんながそう言うから。
言ってくれたら良かったのに。
話せば分かる。
あなたも覚えているでしょう?
好き勝手なことを言うのね。
それなら私も語るわ。
私も語っていいだろうか?
君が大好きだ。
※2025.09.22完結
※小説家になろうにも掲載中です。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる