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七章 紅に咲く
第四話 選べぬ思い
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開かれた重厚な扉の向こう――
石造りの謁見の間には、厳かな空気が満ちていた。
玉座に腰掛ける景仁を中心に、その両脇には烈翔と総雅が着座している。
景仁は眉を寄せ、両手を顔の前で組んだまま視線を落としている。
烈翔も総雅も、詳細を知らされていないのか、静かに落ち着かなさげな面持ちを見せていた。
その目前、両脇に並べられた椅子には――
煌辰、焉明、そして季国の重臣たち。
誠の姿もそこにあった。
いずれも国の要を担う顔ぶれである。
予定にない緊急会議とあって、場には重苦しい沈黙が満ちていた。
そして、扉が音を立てて閉まると、ようやく景仁が口を開く。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。紫国より届いた書簡の件だ」
視線は手元の文書から動かず、声だけが低く響いた。
「皆も承知のとおり、近ごろ我が国の周辺では、紫国によると思しき賊による略奪の被害が相次いでいる。
そのさなか、紫宸より一通の通達が届けられた」
景仁は一度、深く息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「――“伽耶を、側室として献上せよ”と」
会議の場に、ぴたりと音が止む。
誰もが息を呑み、顔を上げた。
「“献上”……か」
烈翔が低く呟いた。
「まるで我らが、紫の従属国でもあるかのような物言いだな」
椅子の背に寄りかかりながらも、その手は固く拳を握っている。
総雅は無言のまま、僅かに眉をひそめていた。
景仁は書簡を手に取り、睨むように目を落とす。
「これが正式な政略の申し出なのか、あるいは脅しの布石か――その判断も含め、意見を求めたい。
……だが、まずは皆に、この現実を知っておいてほしかった」
重々しい声が、広間の空気をさらに重く染めていく。
誰もが視線を交わしながらも、簡単には言葉を出せなかった。
そして誠は――
伽耶の名が告げられた瞬間から、ずっと目を伏せたまま、拳を握っていた。
沈黙を破ったのは、総雅だった。
「私は、反対です」
声は低く、けれどはっきりと会議の場に響いた。
「紫宸は女にだらしがなく、暴力の噂も絶えません。そんな男に、伽耶を嫁がせるなど、言語道断です」
烈翔がすぐに応じる。
「……それはそうだが、断れば敵意ありと見なされる。
紫は理由などどうとでもつけて、攻め入ってくるだろう」
「それなら、迎え撃てばよい」
総雅は迷いなく言い放つ。
その声音は冷静ですらあった。
「このように我らを侮ってなお黙っているほうが、よほどおかしい。戦ってこそ、誇りを守れるというものです」
その言葉に、烈翔の眉が跳ね上がる。
「誇りのために、民を巻き添えにするのか」
烈翔は拳で肘置きを強く打ちつけた。
その音が、張り詰めた空気に鋭く響く。
「戦になれば、命を落とすのは民だ。
土地は焼かれ、子は飢え、親は我が子を抱いたまま倒れるかもしれない。
……失うものは、あまりにも大きい」
その言葉に、景仁も目を閉じ、静かに頷いた。
「烈翔の言うことは、もっともだ。戦で得られるものなど少ない。
……だが、総雅の言い分も理解できる。わしとて――あれの、父なのだ」
ぽつりと落とされた声に、広間を静寂が包んだ。
誰もが言葉を失い、重く沈黙が支配する。
誠は、そっと目を伏せた。
(理由もなく断れば、戦となる。
ならば、正当な理由があれば……)
握っていた拳を、ゆっくりと開く。
血の気を失っていた手に、じわじわと色が戻っていく。
――『一目惚れしました』
――『何かございましたら、どうぞ遠慮なくお声がけを』
あの声が、まなざしが、脳裏に浮かぶ。
(紫国からの縁談に先んじて、翡国との話が進んでいたという形にできれば……
ちょうど先日、翡 陽珀殿下から贈り物もあった。対外的な言い訳にはなる)
誠の胸が、鈍く締めつけられる。
(……翡 陽珀殿下であれば、姫様を、悲しませるようなことはないはずだ)
静かに、もう一度拳を握り直す。
唇がわずかに動いた――だが、どうしても声は出なかった。
そのときだった。
「――翡国の陽珀殿下と、あらかじめ婚約が進んでいたことにするのは、いかがでしょう」
焉明が、誠を一度だけ静かに見やり、
会議の場を貫くように、言葉を放った。
沈黙を裂くように響いた声に、皆が一斉に顔を上げ、その視線が焉明へと集まる。
だが、焉明は誰を見るでもなく、淡々と続けた。
「殿下からの贈り物も届いていますし、これを機に、すでに内々で話が進んでいたとするのが得策かと。
あくまで、紫国より先に話があった。
それを理由に断る。十分に筋は通ります」
ざわ……と微かな動揺が広間を走る。
誠は、その言葉を聞きながら、静かに焉明の方を見た。
焉明もまた、視線を感じてか、ふと誠の方へ目を向け――
二人の視線が、わずかに交差する。
互いに何も言葉は発さなかった。
だがその一瞬に、すべてが通じたようだった。
――気づかれていたのだ。
あの日からずっと、胸の内を。
誠はぎり、と奥歯を噛みしめた。
「ふむ…翡 陽珀殿は翡国の第一王子であったか……」
景仁の声が続く中、誠は胸の奥に、微かに疼くものを感じていた。
自分には、決して望めぬことだとわかっているはずなのに。
「妻帯もなく、人柄も悪く聞かぬ……」
景仁は、まるで自分に言い聞かせるように呟き、小さく頷いた。
「条件としては、悪くない。だが……少し時間をくれ。紫国への返答にしても、それくらいの猶予はあるだろう」
深く息を吐き、景仁は烈翔へ視線を送る。
烈翔もまた、静かに頷いた。
「では、本日の会議はこれにて終了とする」
その言葉を合図に、謁見の間には、張りつめていた空気がほどけるようにざわめきが広がっていった。
石造りの謁見の間には、厳かな空気が満ちていた。
玉座に腰掛ける景仁を中心に、その両脇には烈翔と総雅が着座している。
景仁は眉を寄せ、両手を顔の前で組んだまま視線を落としている。
烈翔も総雅も、詳細を知らされていないのか、静かに落ち着かなさげな面持ちを見せていた。
その目前、両脇に並べられた椅子には――
煌辰、焉明、そして季国の重臣たち。
誠の姿もそこにあった。
いずれも国の要を担う顔ぶれである。
予定にない緊急会議とあって、場には重苦しい沈黙が満ちていた。
そして、扉が音を立てて閉まると、ようやく景仁が口を開く。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。紫国より届いた書簡の件だ」
視線は手元の文書から動かず、声だけが低く響いた。
「皆も承知のとおり、近ごろ我が国の周辺では、紫国によると思しき賊による略奪の被害が相次いでいる。
そのさなか、紫宸より一通の通達が届けられた」
景仁は一度、深く息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「――“伽耶を、側室として献上せよ”と」
会議の場に、ぴたりと音が止む。
誰もが息を呑み、顔を上げた。
「“献上”……か」
烈翔が低く呟いた。
「まるで我らが、紫の従属国でもあるかのような物言いだな」
椅子の背に寄りかかりながらも、その手は固く拳を握っている。
総雅は無言のまま、僅かに眉をひそめていた。
景仁は書簡を手に取り、睨むように目を落とす。
「これが正式な政略の申し出なのか、あるいは脅しの布石か――その判断も含め、意見を求めたい。
……だが、まずは皆に、この現実を知っておいてほしかった」
重々しい声が、広間の空気をさらに重く染めていく。
誰もが視線を交わしながらも、簡単には言葉を出せなかった。
そして誠は――
伽耶の名が告げられた瞬間から、ずっと目を伏せたまま、拳を握っていた。
沈黙を破ったのは、総雅だった。
「私は、反対です」
声は低く、けれどはっきりと会議の場に響いた。
「紫宸は女にだらしがなく、暴力の噂も絶えません。そんな男に、伽耶を嫁がせるなど、言語道断です」
烈翔がすぐに応じる。
「……それはそうだが、断れば敵意ありと見なされる。
紫は理由などどうとでもつけて、攻め入ってくるだろう」
「それなら、迎え撃てばよい」
総雅は迷いなく言い放つ。
その声音は冷静ですらあった。
「このように我らを侮ってなお黙っているほうが、よほどおかしい。戦ってこそ、誇りを守れるというものです」
その言葉に、烈翔の眉が跳ね上がる。
「誇りのために、民を巻き添えにするのか」
烈翔は拳で肘置きを強く打ちつけた。
その音が、張り詰めた空気に鋭く響く。
「戦になれば、命を落とすのは民だ。
土地は焼かれ、子は飢え、親は我が子を抱いたまま倒れるかもしれない。
……失うものは、あまりにも大きい」
その言葉に、景仁も目を閉じ、静かに頷いた。
「烈翔の言うことは、もっともだ。戦で得られるものなど少ない。
……だが、総雅の言い分も理解できる。わしとて――あれの、父なのだ」
ぽつりと落とされた声に、広間を静寂が包んだ。
誰もが言葉を失い、重く沈黙が支配する。
誠は、そっと目を伏せた。
(理由もなく断れば、戦となる。
ならば、正当な理由があれば……)
握っていた拳を、ゆっくりと開く。
血の気を失っていた手に、じわじわと色が戻っていく。
――『一目惚れしました』
――『何かございましたら、どうぞ遠慮なくお声がけを』
あの声が、まなざしが、脳裏に浮かぶ。
(紫国からの縁談に先んじて、翡国との話が進んでいたという形にできれば……
ちょうど先日、翡 陽珀殿下から贈り物もあった。対外的な言い訳にはなる)
誠の胸が、鈍く締めつけられる。
(……翡 陽珀殿下であれば、姫様を、悲しませるようなことはないはずだ)
静かに、もう一度拳を握り直す。
唇がわずかに動いた――だが、どうしても声は出なかった。
そのときだった。
「――翡国の陽珀殿下と、あらかじめ婚約が進んでいたことにするのは、いかがでしょう」
焉明が、誠を一度だけ静かに見やり、
会議の場を貫くように、言葉を放った。
沈黙を裂くように響いた声に、皆が一斉に顔を上げ、その視線が焉明へと集まる。
だが、焉明は誰を見るでもなく、淡々と続けた。
「殿下からの贈り物も届いていますし、これを機に、すでに内々で話が進んでいたとするのが得策かと。
あくまで、紫国より先に話があった。
それを理由に断る。十分に筋は通ります」
ざわ……と微かな動揺が広間を走る。
誠は、その言葉を聞きながら、静かに焉明の方を見た。
焉明もまた、視線を感じてか、ふと誠の方へ目を向け――
二人の視線が、わずかに交差する。
互いに何も言葉は発さなかった。
だがその一瞬に、すべてが通じたようだった。
――気づかれていたのだ。
あの日からずっと、胸の内を。
誠はぎり、と奥歯を噛みしめた。
「ふむ…翡 陽珀殿は翡国の第一王子であったか……」
景仁の声が続く中、誠は胸の奥に、微かに疼くものを感じていた。
自分には、決して望めぬことだとわかっているはずなのに。
「妻帯もなく、人柄も悪く聞かぬ……」
景仁は、まるで自分に言い聞かせるように呟き、小さく頷いた。
「条件としては、悪くない。だが……少し時間をくれ。紫国への返答にしても、それくらいの猶予はあるだろう」
深く息を吐き、景仁は烈翔へ視線を送る。
烈翔もまた、静かに頷いた。
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