元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

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第一章

第28話 だから私は医者をやる

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「わたくしが、助けます」

目を焼くほどの眩い光に、ルスカとクラリスは反射的に目を閉じる。

強烈な魔力の奔流が過ぎ去り、やがて風が静まる。

クラリスがゆっくり目を開くと――

「……あれ?痛くない……」

血もナイフも服の裂け目も、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。

「わたくしの能力は、“時を戻す力”です。
お姉様の身体だけを……刺される“直前”に戻しました」

フィーリアは眉を寄せ、手をかざし続ける。

「ですが、戻した時はいずれ進めなければなりません。お姉様なら……きっと、なんとかしてくださいますよね?」

苦しそうに、それでも微笑みを崩さぬフィーリアに、クラリスは息を呑んだ。
そして、ほんの少しだけ、口角を上げる。

「そう、だね……諦めてちゃダメだ。ありがとう、フィー」

クラリスは立ち上がった。

「ヴィル! ミュラー先生も! 急いで呼んで!」

バルコニーからの強烈な光にいつのまにか室内は音楽が止み、人々が集まり始めていた。

「すみません、通して!通してください!」

その中からヴィルとミュラー、その背後からカレルが現れる。

「どうしたのクラ……?」

駆け寄ったヴィルは、あたりを見渡して――
血も、怪我も、痛みの気配すらないクラリスの姿に、きょとんと目を丸くした。

「ヴィル、わたし……脇腹刺されちゃったんだよね」
「え?……刺さって、ない、けど……?」

ヴィルは何度も何度もクラリスのお腹の辺りに視線を動かし、首を傾げた。

「今ね、フィーの力で、“刺される前”の状態に戻してもらってるの。
このあと“時を進める”と、ナイフが刺さるはず。
そのとき、どの臓器に刺さってるのか、透視で確認して欲しいんだ。
推測されるのは、小腸、下行結腸、それに腸間膜、尿管あたりかな……付属器は、位置的にたぶん大丈夫」

最後まで「?」を浮かべた顔のままのヴィルだったが、やがて小さく頷いた。

「ミュラー先生、鎮痛お願いできますか? あと……もし腸が破れてたら、縫合になりますけど……角度的に、大腸はたぶん外れてる。小腸も、おそらくは無事なはず……」

クラリスの脳裏に、前世でのおじさん外科医の言葉が蘇る。

『小腸はね、可愛いの。刺しても避けてくれるのよ』

思い出し笑いのように、クラリスがふっと笑う。
ミュラーはそれを見て、引いたように一歩下がった。

「俺、我流だぞ……くっついても、文句言うなよ」
「それは嫌だな…よし、じゃあ道具の準備をーー」

からかうように笑ったクラリスの肩に、そっと誰かの手が置かれる。
振り返ると、カレルが一歩、前に出ていた。

「……その処置、わたしがやりましょう」

「え?縫えるんですか?」

カレルは一瞬言いよどみ――そして、静かに答えた。

「……わたしの能力は、“塞ぐ”。
穴や……怪我を“塞ぐ”ことができます」

その言葉に、その場の全員が一瞬沈黙し、ぽかんと口を開けた。

「……チート外科医じゃん……最初に言ってよ……」

クラリスのぼやきに、カレルはわずかに咳払いを一つ。

「感染してもルスカの顕現とわたしの消去でなんとかできる。頼めるよね?」

「もちろんだ」

ルスカは真っ直ぐにクラリスを見つめ、強く拳を握る。

クラリスがカレルに視線を移すと、カレルは小さく頷く。

「さあ、やりますよ。ヴィル、塞ぐ範囲を教えてください」

「はいっ!」

ヴィルがすぐさまクラリスのそばに立ち、二人は揃って手をかざす。

目を合わせた一同が、無言で頷いた。

「じゃあ……フィー、お願い」

クラリスがそう呼びかけると、フィーリアはそっと頷き、再び手を掲げる。

次の瞬間、クラリスの身体が光に包まれた。

「……っ、いた……っ」

クラリスの呻き声が漏れ、白衣が血に染まった、その刹那。
フィーリアの身体がぐらりと揺れ、ふらりと前のめりに倒れ込む。

「フィーリアっ……!」

ルスカが慌てて抱きとめたその背後で、カレルが駆け寄ろうと足を踏み出す。

だが――

「……大丈夫。お姉様を……」

フィーリアは、倒れ込みながらも手を伸ばし、カレルの動きをそっと制した。

一方、クラリスのそばでは――

「ク、クラ……!大丈夫……!?」

ヴィルが悲鳴のような声を上げる。
クラリスの顔は苦痛に歪み、白衣は血に染まった。
その瞬間、ミュラーの手がかざされ、まばゆい光が辺りを満たした。

「先生、ありがとうございます……痛くなくなりました。さあヴィル、頼むよ!」

クラリスの声に、ヴィルは慌てて手をかざし直し、目を閉じた。

「……うん……短い果物ナイフだ、腸にも腸間膜にも刺さってない!筋層だけだ!」

「ふふ、奇跡だね……」

クラリスが笑いながらカレルに目をやると、カレルも静かに頷く。

「よし。じゃあ、抜くよ。抜いたら、筋層と皮膚って…わかりますか?お願いします」

「……頭に入っています。わたしが、シュヴァン王子殿下のお付きに命じられているのは、こういう時のためですから」

そう言って、カレルはそっと手を掲げる。

それを確認して、クラリスは刃物の柄に手をかけた。

(魔法かかってても痛いのかな?流石に怖いな……)

柄を持つ手が、わずかに止まる。

――が、その上から、ミュラー、ヴィル、ルスカが次々に手を重ねる。

「チームミュラーだろ。やるぞ!」

「先生は裏切るけどね」

「今それ言わないで傷つくから」

四人は目を合わせ、深く頷くとーー

「いち、に、さんっ!」

刃物を、いっせいに引き抜いた。

ずるりと腹部からなにかが抜ける感覚がクラリスを襲う。

同時に、カレルの手から――

**バチン!**と鋭い音が空気を裂いた。

「……終わった、の?」

あまりにあっけない結末に、全員が顔を見合わせた。

「ヴィル、確認だけお願い……できる?」

クラリスの言葉に、ヴィルが手をかざし、目を閉じる。

何度も何度も確認のように頷き……やがて、ふっと息を吐いて頷いた。

「……どこにも出血も穴もないよ!」

その言葉に、ミュラーが思わずクラリスの頭をわしわしと撫でる。

「いたた……!」

乱暴な手つきに苦笑しながらも、クラリスはされるがままだった。

カレルも、ルスカも、ようやく肩の力を抜いたようにほっと息をつく。

そのとき――

よろよろと、メイドに支えられながら歩いてきたフィーリアが、クラリスに飛びついた。

「よかった……お姉様、本当によかった……!」

ぽろぽろと涙をこぼすフィーリアの頭を、クラリスはそっと撫でる。

そして、静かに顔を上げると――カレルに視線を向けた。

「……カレル。"塞ぐ"って、血管の断面を塞いで止血してるの?それとも組織新生させてるの?離断面くっつけてるの?……騎士やめて、医者になりません?」

あまりにも真剣な声音に、場にいた誰かが大きくため息をついた。








数日後。

街のミュラー診療所の前には立派な馬車と取り囲むように野次馬たちが輪を作っていた。


それもそのはず。


診療所の中で、頬を真っ赤に染めたクラリスが、ぶるぶると手を震わせながらティーカップを置いた。

カップからは紅茶がこぼれ、その人物はそれを一瞥してから――

「ふふ、ありがとう」

にこりと微笑んだ。

「シュヴァン王子今日もメロすぎる…!!生きててよかった…!!」

「全部口に出てるぞ」

ルスカが頬杖をついて、呆れたようにため息を吐く。
すかさずヴィルが、溢れた紅茶を拭いた。

「それで、どうなさったんですか?こんな所まで。フィーリア様も、もう治癒なさったはずですが」

ミュラーが紅茶を飲みながら問うと、シュヴァンはカップの取手を持ち、口もつけず、ただ傾けた。

「ふふ、お喋りにきたんだよ。こう見えて好きなんだ、お喋り」

シュヴァンは、にこりとクラリスに微笑みかける。
クラリスは悲鳴をあげて、ヴィルの背中に隠れた。

「そうそう、先日のパーティー、大変だったみたいだね。僕も参加する予定が、急用が入ってしまってね」

シュヴァンはカップを持ち上げ中の紅茶をくるくると回す。

「今度、僕ともおどってくれるかな、クラリス嬢」

シュヴァンが話を振ると、クラリスは今度こそ耳まで真っ赤にし、意味のわからない言葉を叫びながらその場にしゃがみ込んだ。

「こいつをからかうのはやめてください。……何か御用でしょう?」

ルスカが眉間に皺を寄せる。
イラつきを隠そうとしないその声に、シュヴァンはちらりと視線を向け、カップを静かに置いた。

「そうだね、これ以上はルスカに怒られそうだ」

シュヴァンは改めて、クラリスの方を向く。

「ねえ、クラリス嬢。頼みがあって。聞いてくれるかな」

「は、はいっ!」

ヴィルに背を押され、クラリスは両手で顔を抑えながら、指の隙間からシュヴァンを眺める。

「国の医療団の一員になってくれないかな?」

「えっいやです」

即答。
誰かがごくりと唾を呑む。

「わたしもう目立たないって決めたんです!だって、前世は過労死、今世は他殺未遂ですよ!!」

「あ、あの、クラ……?そのへんで……?」

「いいえヴィル!!わたし思い出したの!!
今世こそは、プール付き豪邸を建てて、カクテル飲みながらプールサイドで一生を終えるんだから!!」

クラリスが勢いよく机を叩くと、カップががしゃんと音を立てて跳ねた。
彼女の顔は、真剣そのものだった。




第一章 完
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