元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

文字の大きさ
31 / 70
第二章

第1話 クラリス、働きます!

しおりを挟む
あれから5年が経った。
パストリア王国は相変わらず水と花に溢れ、人々は活気に満ちていた。


クラリスは17歳になった。
背は伸び、白衣は新調され、髪も高く結えるほど長くなりーーそして何より。

「わたくし、働いて、働いて、働いてーーー働いて、参ります!」
「頭打った?」

燃えていた。



「患者が多すぎる!!」


全てはこの一言から始まった。
遡ること5年前。

フィーリア姫を“救った”という出来事をきっかけに、ミュラー診療所の名は国中に知れ渡ることとなった。
……現実とは、少し違う形で。

「ミュラー大先生!!どうか、わたしの父を診てください!」
「ミュラー先生!うちの子のこのケガを…!」
「ミュラー先生!」

「お前のせいだぞクラリス……」

ミュラー診療所には、勘違いによって生まれた“信仰”が押し寄せていた。
なにせクラリスは、まだ資格を持たない医者見習い。
国としても、王女の主治医が“無資格の少女”だったなどとは言えるはずもなかった。

だが、噂は尾ひれをつけて膨れ上がり――
その結果、診療所は“王に仕えし天才医師ミュラー”のもとにある、国一番の名門医院と化してしまったのだった。

診療所はてんてこまいで、あのヴィルですら、カルテの整理を放棄する始末だった。

さらに追い打ちをかけたのが、腸炎パンデミックの一件。
これを解決したのも実はミュラー診療所だったと知れ渡ってしまってからは、各地の医療機関から相談が舞い込み始める始末。

「過労死ライン、見えてきてない……?」

クラリスはガチガチに張った肩を揉み、ため息をつきながら、ある病院へ足を運んでいた。
相談内容は「産褥熱(出産後に高熱を出す症例)が多発している」というものだった。

そこで、気付いたのだ。

素手で処置した医師たちが、手洗いをせずに次の患者に当たっていることが、産褥熱の原因だと。

(この世界は、細菌という概念がまだないんだ……!)

目から鱗が落ちた気分だった。

「細菌が手についてるなら、石鹸で洗えばいいじゃない」

ほくそ笑んだクラリスだったが、すぐさま絶望に膝をついた。

「この世界には石鹸がない」

作り方もわからない。
気づいてしまったあの日、クラリスは静かに膝をつき、すすり泣いた。

けれど、ミュラーがやけ酒しているのを見て気付いたのだ。

(アルコール消毒なら、もしかしたら…?)

そこからは、研究にあけくれる毎日だった。
パン屋を営む父が使っている酒から始まり、王族が嗜む高級酒まで、蒸留、濃度、精製を繰り返す。

何度か火がつき文字通り炎上しかけ、ミュラーに手痛い一撃を喰らった。

そうして、ルスカに協力を仰ぎ、顕現してもらいながら、どの酒が消毒液に適しているか見極めていく。

そしてとうとう完成したアルコール消毒液ーーキンキエールと名付けたそれを、細菌の存在とともに国民に布教する仕事を始めた(ルスカにその名でよいのか何度も確認された)。

「なぜなら、その方がトータルの患者数が減るはずだから!!」

クラリスの言葉に、ミュラーは感心したように頷いていた。

その、次の言葉を耳にするまでは。

「わたしは医師免許がありませんので」

恥ずかしがって嫌がるミュラーを矢面に立たせ、クラリスが陰でカンペを出しながら、手洗いや消毒啓発の脚本を回す。

「えー…この世には、目には見えないものがおり、人呼んで細菌と…あ?ちがう?あっ!目には見えない闇の住人たちがおり……」

(地獄先生ミュラー…!!そしてわたしは、さながら、蝶ネクタイ型変声機使用少年……!!)

こうして、少しずつ「細菌」の概念が国民に浸透していき、“水で手を洗う”"人の体液に触れた後はさらに消毒を"という文化が根付き始めた。

それに伴い相談のあった産褥熱も、診療所の患者数も落ち着きを見せ始め、クラリスは確信したのだ。


「楽をするためには、働くしかない!!」


そうして、地道な草の根活動を続け5年が経つころーー
とうとう、その時がやってきたのだった。

それは、クラリスにとって「医師」としての転機。
そして、この国にとって「医療の夜明け」だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...