元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

第15話 あたたかな人参スープ

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クラリス、ヴィル、ミュラー、おまけにアニは頭を突き合わせていた。

「……どうしたんだろね……?」

『城を出た。俺は戻らん!』

先ほどのルスカの宣言のあと、ルスカは理由も語らず、ただ大きな荷物を脇にソファに陣取っていた。

「あれだ。そういう年齢のやつだ。俺も、あの頃は実家の窓ガラス叩き割った」

「……僕はそんなこと、しようと思ったこともありませんけど……」

「なんでそんな非効率的なことするわけ?」

四人のこそこそとした声がやけに響く。

クラリスは少し考えていたが、立ち上がると腰に両手を当てた。

「ルスカ、うちに泊まる?」

「いやなんで?」

ミュラーはクラリスの肩に手を置いた。

「だって本人喋りたくなさそうだし。もう夜も遅いから、寝床の確保しなきゃかなって」

「いやいや、なんでお前のところになるんだ。
お前、女だろ?いろいろ面倒だぞ」

クラリスは何度か瞬きを繰り返した。

「そうでしたね。変な噂立ったらルスカ可哀想」

クラリスの一言に、ミュラーは「そこか……」と言いたげに、がくりと肩を落とした。

「俺は診療所でいい」

ルスカはソファで腕組み一つ。

「そりゃだめだ。あのな、おじさんからのありがたい経験談だが、ここのソファで寝ると腰が死ぬ」

ミュラーはぞっと腰をさすった。
そこへ、ヴィルが手を上げた。

「僕のところにくる?宿屋だし、部屋はあるよ」

ルスカはしばらくヴィルを見つめていた。
が、やがて小さく頷いた。







翌朝。

「おい。おい」

肩をゆすられ、クラリスは呻き声をあげる。

「まだ眠いよヴィル……」

そう言って布団を頭まで引き上げる。
いつもなら、ここで優しくカーテンが開き、穏やかな声が降ってくるはずだった。

が、今朝は違った。

「起きろ!いつまで寝ているんだ!」
「わぁ……っ!?」

ばさり、と勢いよく布団をはぎ取られ、クラリスは目を見開く。

「ル、ルスカ……!?」

ベッドの脇には、腕を組んだまま不機嫌そうに立つルスカの姿があった。
その迫力に、クラリスは反射的に背筋を伸ばし、布団の上で正座する。

「お、おはようございます……?」

「ヴィルは下で朝食を作っている。早く支度しろ」

「おそれいります……!早急に取りかかります……!」

クラリスがぺこりと小さく頭を下げるのを見届けると、
ルスカはそれ以上何も言わず、荒い足音を残して部屋を出ていった。

クラリスは布団の上で、しばらく遠ざかっていくその音を聞いていた。









クラリス家のダイニングで、ルスカは背筋を伸ばして椅子に座っていた。
無意識のうちに、視線が落ち着きなく周囲を巡る。

店とつながった奥から、焼きたてのパンの匂いが流れてくる。
すぐそばの台所では、ヴィルが鍋をかき混ぜる音。
壁には、額に入れられたクラリスの勲章。
そして、どこかで小さく、何かが落ちる音。

(……これが、普通の家)

ルスカは、静かに目を伏せた。

そのとき、どたどたと階段を駆け下りる足音が響く。

「ごめんお待たせ!もう用意終わっちゃった?」

髪を束ねながらクラリスがダイニングに姿を現す。
一瞬ルスカに目を留め、にっと笑みを浮かべた。

「どう?庶民の家。悪くないでしょ」

ルスカは小さく頷いた。

満足そうに頷き返すと、クラリスは食器棚からスプーンとコップを取り出し、手際よくテーブルに並べていく。

「今日は人参スープだよ」

ヴィルが鍋を机におくと、いい香りがあたりに漂う。

「おいしそう!わたしこれ1番好き!」

笑顔を見せるクラリスに、ヴィルもにこにことお皿にスープをよそっていく。

そこへ、パンを山のように載せた皿を抱えた母が現れた。

「クラリス、起きた?ほら、朝の……あら?」

母の視線が、ルスカで止まる。

ルスカはすっと姿勢を正し、軽く頭を下げた。

「お邪魔しています。わたしは、クラリス嬢の――」

「わー!友達!同僚のお友達だよ!」

被せるように、クラリスが声を張る。

(お母さんに余計なこと言うと厄介だから!)

小声でぱくぱくと囁くクラリスに、察したルスカは言葉を飲み込み、口を閉じた。

「ふぅん……?」

母はルスカの顔をじっと見つめるとお皿をテーブルに置き、クラリスの耳元にすすっと口を寄せた。

「わかってるわよ、あの人王子よね?
……おかあさんは、この前の王子よりこっち推し」

「……おかあさん?」

母はひらひらと手を振ると、部屋を後にした。

「さっ、食べよ!」

何事もなかったようにクラリスが言い、スープに手を伸ばす。

ルスカはその様子を、ただ黙って見つめていたが、やがてスプーンを手に取った。

「今日は患者さん多いかな?」

「多いと思う。かきこんでおかないと、次の食事はきっと夜ね」

「そういえば、隣のヒポクルス国から使節団くるみたいだよ。王子様もくるんだって」

「へぇ……それはヴィルのとこの宿忙しくなるね」

「そうなんだ、みんなピリピリしてるよ」

食事を進めながら弾む会話。
時折、笑い声が混じり、あっという間に皿は空になった。

(……これが、普通の食事。
普通の、家族)

ルスカはそっと目を伏せた。






その頃、パストリア城の一室。
窓からは朝日が差し込み、部屋の主の姿を照らしている。

静かな部屋の主、シュヴァンはそっとカップを置いた。
すぐ隣では、栄養士が空になった皿を見ながら何g食べたのか、熱心にメモをとっている。

「……それで、ルスカは今どこに?」

ちらりと視線を送った先には跪く騎士と、大臣の姿。
騎士はびくりと肩を揺らした。

「はっ……昨晩はご友人のヴィル殿の宿屋に。そして今朝はクラリス嬢の居宅にて朝食を摂られている模様です。何度か、説得はいたしましたが……帰らぬと」

「ふぅん……」

シュヴァンは優しく微笑むと、報告書を手に取った。

大臣は恐る恐る顔を上げ、口を開く。

「御心労お察し致しますシュヴァン王子殿下。ですが、近頃はフィーリア姫殿下もその才覚をお見せになっておられます。……お気に止める必要もないのでは?」

シュヴァンはただなにもいわず、大臣をじっと見つめ、そして報告書に目を戻した。

(そうだね。僕にはストックができた。けれどルスカ、僕は君が……)

その先の言葉をシュヴァンは飲み込んだ。
そして、報告書を、音も立てず、机に落とした。
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