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第二章
第24話 その発想はなかった
しおりを挟む翌朝。
「お前、オフになにしてたん?とんでもない方がお見えなんだが……?」
欠伸をしながら診療所に現れたクラリスを前に、ミュラーは露骨に顔を引き攣らせる。
そこにいたのは、ヒポクルス国第一王子、カイロンその人だった。
部下も引き連れず、ただ一人で、診療開始前の診療所を興味深げに眺めている。
他国の王子の存在に怯えたヴィルとアニは研究室から静かに覗き、ハンナはそんなことより掃除に勤しんでいた。
「おっ、来た来た。クラリスちゃん、遅いじゃん?」
顔を上げたカイロンが、にやりと笑う。
「……今日のその寝癖、可愛いね」
そう言って、クラリスの右頬に落ちた髪を指で持ち上げ、軽く口づけた。
しんと静まり返る診療所。
(……いや、えっ?朝からスキンシップ濃くない?)
(……クラ、ヒポクルス国第一王子にまでなにかして……!?)
(他国王子まで……さすが王族ハンター)
(おーおー第三勢力の出現かぁ……若いなぁ……)
(先生たち、掃除してくれないかしら……)
ぱちぱちとそれぞれの肌を走る刺激。
カイロンは楽しげに舌なめずりをし、クラリスの顎に指をかけた。
その時。
「その手は、離してもらおうか」
低い声とともに、カイロンの手首が掴まれた。
「ルスカ!」
睨みつけるように立っていたのは、ルスカだった。
「……おや。第二王子のルスカ殿下ではありませんか?病で伏せっていると、聞いておりましたが?」
カイロンはぱっとクラリスから距離を取ると、へらへらと笑みを浮かべる。
「今はここの医師だ。それに、カイロン」
ルスカの声は低い。
「貴様はこの国の者に正式なアポイントも取らず、部下もいない。他国の王子殿下が、そのようなスパイ行為を疑われることをするはずがない。……そうだろう?」
含みを持たせた言い方に、カイロンは一瞬だけ目を細め、すぐに両手を上げた。
「降参降参。今日はただのカイロンだよ。
それに、クラリスちゃんへの色仕掛けはやめる」
肩をすくめ、笑う。
「……女性を動揺させるの、便利なんだけどね。色々と」
ルスカは一歩前に出て、二人の間に割って入った。
「それで、何をしにきた?まさか本気で視察ではあるまい」
カイロンは軽く受け流し、ルスカの肩越しに顔を覗かせる。
「視察だよ?俺の勘では、クラリスちゃんはシュヴァンと何かあるし……それに」
ひょい、とクラリスの両手を取った。
「きみの魔法陣。興味あるんだよね。見せてよ!」
その目の輝き、その押しの強さ、そのあまりの勢いに、クラリスは思わず小さく頷いた。
「すっごいことやってるんだねぇ……」
壁一面に貼られた魔法陣を見て、カイロンはぽかんと口を開けた。
「成果が出てない以上、紙屑だけどね」
「あら、それは違うよアニ」
クラリスは胸を張る。
「この失敗過程だって大事な筋トレよ。無駄だと思ってたことが、いざというとき役に立つ筋肉になること、あるんだから」
が、アニは肘をついてため息を一つ。
「見せるだけの筋肉じゃ意味ないでしょ」
「筋肉を見て喜ばない女などいないぞ、少年」
にかりと笑うカイロンに、アニは露骨に顔をしかめる。
「……気持ち悪い。頭痛いから休んでいい?」
「あ、うん…大丈夫?薬持ってこようか?」
「さっき飲んだ。……いつもの頭痛持ちのやつ」
そう言ってソファに横になるアニ。
クラリスとカイロンは目を合わせ、近くの椅子に腰掛けた。
ルスカは壁にもたれ、腕を組んだまま二人を監視するように見下ろしている。
「ねえ、クラリスちゃん。それで、君とシュヴァンはなんなの?」
「なにって……う~ん……」
クラリスは腕を組み、目を閉じる。
(一方的な推しなんだよな……顔がタイプ……あとにおいもいいよね、優雅さも好きだな……あとたまに怖い目してるのも良き……この前のウインクは一生ちゅき……)
カイロンは瞬きを繰り返し、思わず吹き出した。
「シュヴァンってさ……君は知らないかもしれないけど、底知れない奴なんだよ。読めない。小国の俺みたいな奴からしたら……」
ちらりとルスカを見るが、すぐに視線を戻す。
「怖い。抜群にね」
その声は低い。
クラリスはごくりと喉を鳴らす。
「そんな男が“自分の功績”として育てようとしてるのが、たぶん君のこれだ」
カイロンが魔法陣に手を添える。
(いつの間にか私の思いつきが国家プロジェクトになってたのか……その割には……国、援助してくれないけど……)
クラリスは首を傾げた。
カイロンはにこりと微笑む。
「それで、魔法陣が完成すれば、だれでもその"抗菌薬"とやらを使えるようになる。けど、肝心の改良がうまく行ってないってわけなんだっけ?」
カイロンは壁の魔法陣に視線をやる。
「対象指定、だっけ?」
「……うん。そこがどうしても」
「ふーん……じゃあさ」
カイロンは、あっさり言った。
「対象を指定して発動させた魔法を、そのまま魔法陣にしたら駄目なわけ?」
しん、と静まり返る部屋。
むくりと起きるアニ。
ぽかんと口を開けたままのクラリスと目を合わせると、互いに頷き……
「瓶の中のビー玉消去」
「魔法陣化」
紙に魔法陣が描かれ、その上にビー玉入りの瓶が置かれる。
「魔法陣、発動」
クラリスが震える手で魔法陣を発動させる。
光が瓶を包む。
「き、消えた……!!ビー玉だけ…!!」
キャーと叫び声をあげ、クラリスはアニを抱きしめた。
そのままルスカの手を取り何度も跳ねる。
そのまま言葉にならない悲鳴をあげ、診療室の方へとかけていった。
「……なんか分かんないけど」
カイロンは肩をすくめ、笑った。
「俺、何かすごいことやっちゃった?」
ルスカは答えず、わずかに奥歯を噛みしめ、顔を背けた。
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