裏の世界に堕ちた俺が、最強の美少女剣士に見出されて世界の頂点を目指す話

まめだいふく

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第1章:『再会の残火、目覚める虚刃』

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 空を裂くような電子音が、ネオ・カマクラの夜を震わせていた。

 地上数百メートルを貫く摩天楼の壁面には、色鮮やかなホログラムが踊っている。そこに映し出されているのは、今や世界を熱狂させる新時代の決闘競技『閃刃せんじん』のスタープレイヤーたちだ。プラズマの翼を背負い、光り輝く刀を振るう彼らは、現代に蘇った神話の英雄そのものだった。

 だが、その華やかな光は、足元に広がる巨大な影までは照らさない。

 第十三区、通称「鉄の墓場」。

 かつての高度経済成長を支えた工場群が廃墟となり、不法居住者と犯罪者、そして光の世界から零れ落ちた敗北者たちが身を寄せるスラム街だ。
 錆びた排熱ダクトから吐き出される、硫黄の臭いが混じった重い蒸気。神凪 蓮かんなぎ れんは、その霧の向こう側にある、古びたシャッターの前で足を止めた。

「……また、センサーがイカれてやがる」

 蓮は、黒い作業着の袖で額の汗を拭った。二十二歳。その年齢に似合わない、冷めた、どこか遠くを見つめるようなグレーの瞳が、点滅を繰り返す旧式の防犯カメラを見上げる。

 彼が腰の工具ベルトから取り出したのは、使い古された多機能ドライバーだった。慣れた手つきでカバーを外し、剥き出しの回路に触れる。指先には、オイルと半田付けの焦げた匂いが染み付いている。

 ここが彼の城であり、監獄だ。

 『神凪兵装メンテナンス』。

 看板は半分以上が剥げ落ち、今では何を売っている店かも判然としない。だが、裏社会の住人たちは知っている。ここでなら、公式のショップでは断られるような曰く付きの武器を、音も立てずに直してくれるということを。

 シャッターを潜り、蓮は一人、作業机に向かった。

 机の上には、バラバラに解体された数本の『D-SABREディバイス・セイバー』が転がっている。人々の精神エネルギーをプラズマの刃へと変換する、この時代の主役たる武器。

 蓮はその一つ、粗悪な海賊版のグリップを手に取った。

「……無茶な過負荷をかけやがって。これじゃ、使う側の脳まで焼けるぞ」

 独り言は、誰に届くこともなく作業場の壁に吸い込まれていく。

 蓮の左腕、作業着の袖に隠された場所には、三年前のあの事件で刻まれた古傷がある。その傷跡は、気圧の変化や、強すぎるプラズマの振動に反応して、今でも鋭く疼くのだ。

 かつて、彼は天才と呼ばれていた。

 プロ剣士の登竜門とされるエリート養成機関で、彼は誰よりも速く、誰よりも正確な剣を振るっていた。傍らには、背中を預けられる最高の相棒、柊がいた。二人で『皇呀こうが』の頂点に立ち、新しい時代の伝説を作る――。

 そんな青臭い夢は、一夜にして瓦解した。

 謎の暴走事故。相棒の死。そして、彼自身の体に起きた変異。

 精神エネルギーを光として放出することができなくなった蓮は、閃刃の世界から追放された。

 才能なしという烙印。光を失った剣士に、もはや居場所はなかった。


 深夜二時。

 作業を一段落させた蓮は、トランクを抱えて外に出た。近くの廃ビルで行われている裏リーグの視察だ。メンテナンスした武器が、実際にどう動くかを確認するのも職人の仕事だ。

 地下の闘技場は、むせ返るようなタバコの煙と、アドレナリンに酔った男たちの怒号に満ちていた。

「殺せ! その首を撥ねろ!」
「行け! 俺の賭け金を無駄にするんじゃねぇぞ!」

 中央のリングでは、二人の男がD-SABREをぶつけ合っていた。一方は汚れた赤い炎を撒き散らし、もう一方は不安定な青い雷光を放っている。

 蓮は群衆の最後尾で、冷めた目でその光景を眺めていた。

(……ひどいもんだ。同調率もクソもない。ただ出力をぶつけ合ってるだけだ。あんな戦い方じゃ、武器の寿命も、自分の命も削るだけだってのに)

 彼らが振るうのは、本物の剣ではない。欲望と恐怖を無理やりプラズマに変換した、醜い光の塊だ。

 ふと、背筋を凍らせるような、鋭い気配が走った。

 それは、周囲の濁った空気とは一線を画す、研ぎ澄まされた冷気。

 蓮の視線の先――暗い通路の影に、一人の少女が立っていた。

 フードを深く被っているが、その隙間から零れ落ちる髪は、月光を浴びた銀紫ぎんしのように輝いている。彼女は、リング上の無様な戦いを一瞥することもなく、静かに会場を後にした。

(……プロか? いや、それも最高クラスの……)

 蓮の職人としての本能が警鐘を鳴らす。あのレベルの剣士が、こんな鉄の墓場にいるはずがない。

 好奇心ではない。放っておけば、この街の闇にあの清冽な光が呑み込まれてしまう。そんな予感に突き動かされ、蓮はトランクを掴み直すと、彼女の後を追った。
  

 裏通りの迷路を抜けた先、行き止まりのゴミ捨て場で、その衝突は起きていた。

「……しつこいわね。裏組織『ブラックロータス』。私を狙うなんて、身の程を知りなさい」

 少女の声は、凛としていながらも、どこか疲れを含んでいた。

 彼女を取り囲んでいるのは、十数人の重武装した構成員たちだ。彼らの手には、特殊な電磁波を放つジャミング装置が握られている。

「ひひっ。身の程を知らねぇのはどっちだ、『氷の女帝』サマよぉ」

 リーダー格の男が、歪んだ笑みを浮かべる。

「このエリアは、俺たちの『毒』で満たされている。どんなに高価なD-SABREも、この中じゃただの鉄屑だ。お前のその自慢の『月華』も、今は満足に光ることもできねぇだろ?」

 少女――天ノ原紫苑あまのはら しおんは、唇を噛んだ。

 彼女の手にある、蝶の彫刻が施された名刀『月華』。その刀身から放たれるはずの美しい深紫のプラズマは、今はノイズにまみれ、弱々しく明滅しているに過ぎない。

 プロ剣士の強さは、D-SABREとの同調によって生み出される。だが、周囲の強力なジャミングは、その精神接続を物理的に遮断していた。

「捕らえろ! 傷一つ付けるなよ。こいつの身代金で、俺たちはネオ・カマクラの王になれるんだ!」

 男たちが一斉に飛びかかる。

 紫苑は、出力の上がらない刀を振るい、必死に応戦した。だが、多勢に無勢。加えて、普段の半分も力が出せない状況だ。一人、また一人と敵を退けるが、体力が削られていく。

 足元がふらつき、背後の壁に追い詰められた。

「……ここまで、なの……?」

 紫苑が瞳を閉じ、最期の覚悟を決めたその時。

「——おい。その汚い光、見てるだけで目が腐りそうなんだが」

 静かな、だが通る声が路地裏に響いた。

 男たちが一斉に振り返る。そこには、薄汚れた作業着を着た一人の男――蓮が、トランクを脇に抱えて立っていた。

「あぁ? なんだてめぇは。部外者はすっ込んでろ!」
「部外者じゃねぇよ。俺は職人だ」

 蓮はゆっくりと歩みを進める。その足取りには、恐怖の欠片もなかった。

「あんたらの持ってるその武器。回路が泣いてるぜ。そんな雑な扱い方をして、恥ずかしくねぇのか?」
「何をぶつぶつと……殺せ! こいつもまとめて始末しろ!」

 二人の男が、赤黒いプラズマ刃を振りかざして蓮に襲いかかる。

 紫苑は叫んだ。

「逃げて! ジャミングがかかっているの! まともに武器は使えないわ!」

 だが、蓮は動じない。
 彼はトランクを地面に置き、その中から一本の棒を抜き取った。

 鍔もなければ、装飾もない。漆黒の、ただの無骨な直刀。

「ジャミング? あぁ、そんなもの、俺には関係ないな」

 蓮の指が、グリップのスイッチを弾く。


『——System Identity: NULL. Drive Zero.』


 瞬間、世界から音が消えた。

 蓮の持つ『零刻』から、光は生まれなかった。
 代わりに、刀身の周囲に漆黒のノイズが発生する。それはプラズマですらない、空間そのものを削り取るような異形の無。

 蓮の周囲に展開されていたジャミングの波動が、その黒い霧に触れた瞬間、ボロボロと崩れ去っていく。

「な……なんだ、その武器は!? 光ってねぇのに、俺の刃が……消えた!?」

 斬りかかった男の赤い刃が、蓮の黒い刀身に触れた瞬間、まるで魔法が解けたかのように霧散した。

「……悪いな。あんたのその綺麗な光……俺が全部、『掃除』してやるよ」

 蓮が踏み込む。

 その速さは、ジャミング下にある剣士のそれではない。かつて天才と呼ばれた頃の、研ぎ澄まされた体術。

 彼は男の懐に入り込むと、峰打ちの要領で『零刻』を振るった。

 斬撃ではない。衝撃波でもない。

 ただ、蓮の剣が触れた瞬間に、男たちのD-SABREは沈黙し、プロテクターの電力は強制停止する。

「瞬きする暇もねぇぞ。……終わりだ」

 流れるような三連撃。

 蓮がその場を駆け抜けると、立っていた十数人の構成員たちは、一人として立っていられなかった。彼らの高価な武装はすべて、ただの鉄屑と化して転がっている。

 静寂が戻った路地裏。

 蓮は静かに『零刻』をトランクへと収めた。

 紫苑は、その光景をただ呆然と見つめていた。

 彼女はプロの頂点を知る者だ。だからこそ理解できる。今、目の前の男が行ったのは、単なる力による制圧ではない。

 あらゆる光を無に帰す、残酷なまでに完璧な虚刃の演武。

「あなた……。一体、何者なの?」

 紫苑が震える声で問いかける。蓮はフードを被り直し、無愛想に背を向けた。

「言っただろ。ただの整備士だ。……あんたの剣、出力安定器が少し熱を持ってる。無茶な使い方はするな。名刀が泣くぞ」
「待って! まだ……」

 立ち去ろうとする蓮の背中に、紫苑は声を張り上げた。

「私は、天ノ原紫苑。……あなたの名前を、聞かせて」

 蓮は足を止めず、肩越しに一度だけ視線を投げた。
 
「神凪蓮。……次に会うときは、店に修理でも持ってくるんだな」

 闇の中へ消えていく蓮の背中。

 紫苑は、自分の胸が高鳴るのを感じていた。

 最強の剣士として孤独に歩み続けてきた彼女の瞳に、初めて、自分を照らす光ではなく、自分を包み込む深い闇が焼き付いた。
 


 ――彼女は最強で孤独だった。


 ――俺は無名で透明だった。


 ――だから、完璧だった。


 ネオ・カマクラの夜は、まだ始まったばかりだ。

 運命の歯車が、重い音を立てて回り始めた。
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