裏の世界に堕ちた俺が、最強の美少女剣士に見出されて世界の頂点を目指す話

まめだいふく

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第1章:『再会の残火、目覚める虚刃』

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 ネオ・カマクラの朝は、常に灰色の空から始まる。

 上層階の住人たちにはホログラムによる擬似的な青空が提供されるが、ここ第十三区「鉄の墓場」に届くのは、高層ビルの隙間を縫って落ちてくる、濁った鉛色の光だけだ。

 神凪蓮は、作業場の硬い寝椅子で目を覚ました。

「……っ、痛てぇな」

 左腕の古傷が、鈍い熱を持って疼いている。三年前の事故――『閃刃』の歴史から抹消されたあの一夜の記憶が、疼きと共に意識の底から浮上してくる。

 蓮は起き上がり、棚に無造作に置かれた鎮痛剤を水なしで飲み込んだ。

 作業場には、昨夜の雨による湿気と、オイルの匂いが停滞している。彼はいつものように、古いコーヒーメーカーに火をかけ、黒い液体が滴る音を聞きながら、トランクから『零刻』を取り出した。

 漆黒の刀身。
 それは、この世界において最も忌むべき欠陥品だ。

 D-SABREとは、精神を光に変え、希望を力に変えるための道具である。しかし、この『零刻』は、蓮の精神エネルギーを吸い込み、ただ無機質な無へと変換する。

「……掃除、か。我ながら、皮肉なもんだな」

 昨夜、あの銀紫の髪をした少女――天ノ原紫苑に放った言葉を思い出す。

 彼女の剣は美しかった。ジャミング下にあっても、その刀身から漏れ出るプラズマの純度は、蓮が今まで見てきたどのプロ剣士よりも高かった。

 光の住人。
  自分とは決して交わることのない世界の象徴。
 そんな彼女を助けてしまったことに、蓮は微かな後悔と、それ以上に重い違和感を感じていた。彼女が自分の剣を見た時、その瞳に宿ったのは恐怖ではなく、飢えた獣のような熱だったからだ。

 シャッターが激しく叩かれる音で、蓮の思考は遮断された。

「蓮! 起きてるんでしょ! いい加減に開けなさいよ!」

 聞き慣れた、突き抜けるように明るい声。
 蓮が溜息をつきながらロックを解除すると、勢いよくシャッターが跳ね上がった。

「……朝から騒がしいぞ、明里」
「朝じゃないわよ、もう十時! はい、これ、差し入れの肉まん。冷めないうちに食べなさい」

 転がり込んできたのは、結城明里ゆうき あかり

 明るい茶色の髪をサイドで編み込み、スポーティなパーカーに身を包んだ彼女は、この薄暗い鉄の墓場には不釣り合いなほど眩しい笑顔を振りまいている。

 蓮の数少ない幼馴染であり、彼がプロへの道を閉ざされた後も、唯一変わらずに接し続けてくれた存在だ。

「昨日の夜、また裏リーグの近くまで行ってたでしょ。篠宮の親父さんが言ってたわよ、蓮がまた不機嫌そうな顔して歩いてたって」
「……あいつは余計なことしか言わないな。仕事用のパーツを買いに行ってただけだ」
「嘘ばっかり。あんた、修理の仕事がない時は、ずっとあの事件のことを考えてるじゃない」

 明里の言葉が、蓮の胸の急所に触れる。彼女は蓮の腕にあるミサンガをちらりと見た。彼女の手首にも、色違いの同じものが巻かれている。

「……明里。お前こそ、トレーニングはどうした。今日の午後から予選だろう」
「あ、忘れてたわけじゃないわよ! でも、蓮の顔を見とかないと、あんた勝手にどこか消えちゃいそうなんだもん」

 明里は蓮の作業机に腰掛け、バラバラに解体されたD-SABREのパーツを物珍しそうに眺める。

「ねぇ、蓮。もし、またあんたが……その……」
「言いたいことは分かるが、無理だ。俺の脳は、もう『光』を受け付けないようにできてる。……整備士メカニックとして、お前たちの剣を研ぐ。それが今の俺の役割だ」

 蓮の言葉は静かだったが、そこには動かしようのない壁があった。明里は寂しげに瞳を伏せたが、すぐに顔を上げ、蓮の背中をバシッと叩いた。

「分かったわよ! じゃあ、私の『日向ひなた』、最高の状態にしておいてよね。負けたら蓮のせいなんだから!」
  

 明里が去り、再び静寂が戻った午後。

 蓮は依頼されていたD-SABREの調整に没頭していた。精密なピンセットで超小型のコンデンサを配置し、精神エネルギーの伝達効率をミリ単位で調整していく。

 この仕事をしている時だけは、余計なことを考えずに済んだ。

 だが、その集中は、再び訪れた訪問者によって破られることになる。

 店の入口に、一台の黒塗りの高級リムジンが停まった。

 鉄の墓場には、およそ似つかわしくない、威圧感のある輝き。

 車から降りてきたのは、漆黒のスーツを着た男たち……ではなく、一人の少女だった。


 銀紫の髪。
 深い紫の瞳。
 昨夜のボロボロの姿とは打って変わり、白と紫を基調とした和モダンな装いに身を包んだその姿は、一輪の気高い花のようだった。

「……本当に、こんなところにあるのね」

 天ノ原紫苑。

 彼女は周囲の錆びた風景に眉を潜めることもなく、まっすぐに蓮の店の中へと歩を進めた。

「いらっしゃいませ……と言いたいところだが、ここはあんたのようなお嬢様が来るところじゃないぜ、天ノ原紫苑」

 蓮は工具を置き、椅子に深く腰掛けた。
 紫苑は蓮の前で立ち止まり、そのグレーの瞳をじっと見つめ返した。

「私の名前を知っているのね。昨夜は、名乗る暇もなかったけれど」
「プロリーグのS級ランカーを知らない閃刃乗りはいない。……で、修理か? それとも、昨日の礼でも言いに来たのか」
「礼なら、もう済ませたわ。あの後、ブラックロータスの拠点は一晩で壊滅させたから」

 さらりと言ってのける。その苛烈さこそが、彼女が『氷の女帝』と呼ばれる所以だろう。

「私がここに来たのは、修理のためじゃない。……あなたの、その剣。あれは何?」

 紫苑の視線が、机の端に置かれた『零刻』に注がれる。

「ただの欠陥品だ。光も出ない、熱も持たない。あんたの『月華』とは正反対の、ただの棒だよ」
「嘘を言わないで。昨夜、私の剣は……ジャミングで死んでいた私の心は、あなたの剣に触れた瞬間に『震えた』の。あれは、否定じゃない。……あれは、究極の静寂よ」

 紫苑は一歩、蓮との距離を詰めた。

 わずかに漂う、高貴な香水の匂い。それが作業場のオイルの臭いと混ざり合い、奇妙な高揚感を蓮の感覚に刻み込む。

「神凪蓮。あなたは、かつてプロを目指していたはず。三年前、将来を嘱望されながら、ある事故を境に姿を消した……『虚空の天才』。私の調べに間違いはないかしら?」
「……よく調べたな。だが、過去の話だ。今の俺は、ただのゴミ拾いだよ」
「ゴミ拾いが、あんな美しい剣を振るうはずがないわ」

 紫苑は懐から、一通の黒い封筒を取り出した。そこには、金色の蝶の紋章が刻印されている。

「……これは?」
「『刹那の祭典フェスティバル・オブ・セツナ』。その予選への招待状よ。……私の『パートナー』として、出場しなさい」
  

 蓮は耳を疑った。

 刹那の祭典。それは、ネオ・カマクラで行われるあらゆる決闘の頂点。プロの中でも選ばれた者しか立てない、文字通りの聖域だ。

「……冗談だろ。俺はライセンスすら剥奪された身だ。それに、今の俺にはプラズマを出力する力なんてない」
「ライセンスなら、私の家――天ノ原家が保証する。出力がないというのなら、私の力を使いなさい」
「……どういう意味だ」
「『同調シンクロニティ』。……あなたは、その本当の意味を知っているはず」

 紫苑の瞳に、激しい光が宿る。

「私の剣、『月華』は強すぎる。並のパートナーでは、私の出力に耐えきれず、精神が焼き切れてしまう。だから私は、ずっと一人で戦ってきた。……でも、あなたなら耐えられる。あなたの『無』なら、私の『全』を受け止められる」

 彼女の言っていることは、理論上は可能かもしれない。だが、それは狂気の沙汰だった。

 一人の出力をもう一人が受け流し、増幅させ、一つの刃に変える。それは、三年前の事故で失われたはずの、禁断の技術。

「断る。……俺はもう、誰かと背中を合わせるつもりはない。柊だけで、十分だ」

 蓮の言葉に、紫苑は微かに目を見開いた。

「……柊。三年前の相棒ね。……あなたは、まだ彼に縛られているの?」
「縛られているんじゃない。忘れないようにしてるだけだ。……帰ってくれ。あんたの願いを叶えてやる義理はない」

 蓮が冷たく突き放すと、紫苑は静かに目を閉じた。

 だが、彼女は引き下がらなかった。

「……分かったわ。今日は帰りましょう。でも、これを置いていくわ」

 彼女は招待状の隣に、一本のメモリーチップを置いた。

「中身は、昨夜のあなたの戦闘データ。……自分の剣が、どれほど戦いたがっているか。職人なら、それを見れば分かるはずよ」

 紫苑はそれだけ言い残し、優雅な動作で店を後にした。

 一人残された作業場。

 蓮は、机の上に置かれたチップを忌々しそうに見つめた。

 外では再び雨が降り始めている。

「……戦いたい、か。ふざけるな」

 蓮はチップを掴み、ゴミ箱へ捨てようとした。だが、その手が止まる。

 左腕の古傷が、今までで一番激しく、熱く疼いた。

 それは恐怖ではなく。
 三年間、無理やり眠らせてきた、剥き出しの闘争本能が叫びを上げた音だった。
  

 数時間後。蓮は作業場の大型モニターに、紫苑が置いていったチップのデータを表示させていた。

 画面に映し出されるのは、昨夜の路地裏。
 黒いノイズを纏い、男たちのプラズマを次々と霧散させていく自分の姿。

 客観的に見る自分の動きは、蓮自身が驚くほどに無駄がなかった。そして何より、その漆黒の刃が、相手の光に触れる瞬間に見せる微かな歓喜のような揺らぎ。

(……俺の剣は、壊れていなかったのか?)

 三年前。自分はすべてを失ったと思っていた。
 だが、この『零刻』は、蓮の絶望すらも糧にして、静かに、鋭く研ぎ澄まされていたのだ。

 モニターの端には、解析データが表示されている。

 蓮の『虚刃』が相手の武器に接触した際、一時的に負のエネルギーが指数関数的に増大し、周囲の因果を書き換えるほどの干渉を起こしている。

 もし、これに紫苑の持つ正の極致とも言えるプラズマが組み合わさったらどうなるのか。

 想像しただけで、脳の奥が痺れるような感覚。

「……チッ、あのお嬢様、性格が悪いな」

 蓮は椅子に背を預け、天井を見上げた。
 彼女は分かっていたのだ。蓮が職人として、自分の剣の可能性を無視できない男であることを。

 その時、店のシャッターが再び音を立てた。

 また明里か。そう思って蓮が顔を向けると、そこには明里ではなく、ずぶ濡れの男が立っていた。

 篠宮要しのみや かなめ。蓮の師匠であり、この街で最も腕のいい……そして最もだらしない開発者だ。

「……よう、蓮。お嬢様にスカウトされたんだって? 世間は狭いねぇ」

 篠宮はよれたコートからタバコを取り出し、火をつけた。

「……筒抜けかよ。篠宮さん、あんた紫苑と知り合いなのか」
「知り合いっていうか、彼女の『月華』を設計したのは俺だからな。……あの剣、実は未完成なんだよ」

 篠宮は煙を吐き出し、蓮の『零刻』を指差した。

「『月華』は、光を放つための剣じゃない。光を受け止めるための『器』なんだ。……そして、お前のその剣は、すべてを飲み込む『渦』。二つが揃って初めて、三年前にお前たちが辿り着けなかった『極致』への扉が開く」

 篠宮の言葉が、蓮の心に重く沈み込む。

 三年前の事故。柊との別れ。

 それらはすべて、この日のために用意された過酷な前振りだったのか。

「……刹那の祭典、か」

 蓮は、机の上の招待状を手に取った。

 指先に触れる上質な紙の感触。

 それは、失われたはずの未来への片道切符。

「掃除屋が、祭りの舞台で何ができるか……見せてやるのも、悪くないかもしれないな」

 蓮の瞳に、三年前のあの熱が、静かに、だが消えない炎となって灯った。
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