愛しの君へ

秋霧ゆう

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第1章

第20話 絆

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「蒼、何があったか聞いていい?」
「……」

 翠の問いに対して蒼は何も話そうとはしない。そんな蒼の姿を見て、翠は蒼に話しかける。

「俺はさビックリしたよ。蒼は昔からクールで俺よりしっかりしてて、そんな蒼があんな感情むき出しになってさ」
「兄ちゃん、ごめん」
「何に対して謝ってる?」
「兄ちゃん、生徒会長なのに弟の俺がこんな問題行動起こして…」
「いいよ、別に」
「…え?」
「俺はさ、高校では、蒼も知ってる通り、こんな落ち着いた模範的な生徒を演じてるけど、中学までは大荒れだったじゃん。人を殴って痛めつけて。それで俺は色んな人に怒られるけど、その度に蒼は俺を気にかけて庇ってくれて怪我の手当もしてくれる。そんな優しいやつなんだ。だから、蒼が殴るなんて、何かあったとしか思えない」

 蒼はまた涙がこぼれる。翠の優しい言葉に耐えられなかった。

「蒼、何があったか話してくれない?」
「……ごめん」
「うん。じゃあ、話せると思った時がきたら話してくれない?」
「うん。ありがと、兄ちゃん」

 一方、旭。
 対面に座るも高槻先生を決して見ようとはしない。

「何があったんだ?九条」
「せんせーに話すことは何も」
「何もじゃないだろ。桐生も九条も簡単に人を殴るような生徒じゃないだろ」
「せんせーは俺達のこと何も知らないだろ」
「知らねえな。お前達とは今年の4月から知り合いになったばっかだからな」
「じゃあ」
「放っておけって?嫌だね」
「何で」
「俺さ前に見ちゃったんだよね」
「何を」
「お前が困ってるばあちゃんを助けてるところ」
「それがなに…」
「他にも迷子になってる子供と一緒に母親を探してるところとかヤンキーにカツアゲされてる生徒を助けてるところとか」

 高槻先生が何を言いたいのか分からない旭。

「だから何の話」
「だからお前は困ってる人がいたら問答無用で助けちゃうんだ。……今回もそうなんだろ。桐生が困ってる人ってところか?」
「それは…」
「当たりだな。よし、じゃあ桐生にも聞きに行くか」
「ダ、ダメだ!!」

 高槻先生が立ち上がり、旭が全力で止める。

「何で?」
「ダメなもんはダメで」
「んー。そうか、まあ今日は色々あったし、また明日にでも話すか」
「でも明日は」
「お前再試途中で辞めたじゃん。明日も再試だからな」
「…え?」
「じゃあ、また明日。気をつけて帰れよ」

 そして下駄箱。

「よっ」
「よっ、蒼。落ち着いたか?」
「まあね」
「翠兄ちゃんは?」
「先に帰ってもらった」
「そっか」
「そういえばさ、再試はどうだった?ちゃんと戻ったんだよね?」
「ああ、ダメだった。明日も再試だって」
「そっか…」
「おう」

 2人はゆっくりと歩いた。

「蒼、カラオケ行かね?」
「……行く」

 それから今日あったことは忘れるように歌った。18時まで歌って食べて楽しく過ごした。
 カラオケから家への帰り道。

「旭、僕に何も聞かないの?」
「聞かない」
「何で?」
「それは」
「もしかして盗み聞きした?」
「し、ししし、してねぇよ」
「…ふーん」

 そんな話をしていると旭の家へと着いた。

「じゃあね旭」
「おう!また明日な」

 旭は蒼と別れ、扉を開けた瞬間旭のお父さんが泣きながら「おかえり」と言う声が聞こえてきた。
 その光景に少しの笑みが溢れる蒼。
 1人になった蒼は自分の家に着くも、中に入る気にはなれなかった。
 家を通り過ぎ、近くの公園のブランコに座る。
 それから何時間過ぎたか分からない。

「よう!不良息子」
「あれ?旭。何してるの?」
「何って。蒼のお母さんから電話があって、蒼が帰ってこないって。一緒に帰ってきたはずなのにこんなところにいやがって」
「ごめん。なんか、合わせる顔がなくって」
「そうか?慣れてそうだけど?」
「慣れてそうって」
「翠兄ちゃん、中学の時はヤンチャしてたし、学校からも警察からもお世話になってたじゃん」
「兄ちゃんと僕は違うし」

 沈黙が続く。

「蒼、実はなさっきの、蒼と暁の話を盗み聞きした」
「うん」
「それから夏祭りの時も」
「え…」
「うん。それで話を聞いてから夢とかで断片的に思い出してきて」
「それじゃあ」
「ああ。俺は暁の…ロスの恋人で帝国で剣士をしてた。そしてお前に殺された」
「ご、ごめん」

 力いっぱいに拳を握り下を向く蒼に旭は言う。

「俺も暁と一緒で恨んでねえから」
「でも…」
「そして椿の話を聞いてもう1つ思い出したんだ。木に縛られた血塗れの男の子。あれ、蒼だろ」
「…っ」
「意識は無かったように見えたけど、ずっと守らなきゃって、じいちゃんとばあちゃんだけは守らなきゃって言ってるのが妙に印象に残ってて」
「ああ。それは僕だ。僕は一度ロスに命を助けられたことがある。それこそ、初めてリシャールに鞭打ちをされた日。リシャールは僕の体を縛り打つだけ打ってどこかへ行った。その後、優しい光に包まれて、目の前には赤い目をした青年と筋肉ダルマが立ってた」
「おいっ!筋肉ダルマって俺のことか?」
「正直あの時は空からの迎えが来たのかと思った。でも、目を覚ますと近くにはリシャールが居て、僕は助かったんだって、安堵と悲しみの感情が押し寄せてきた」
「安堵と悲しみ?」
「うん。安堵はまだじいちゃんやばあちゃんを守れることに対して。悲しみはまだ両親や妹の元へ行けないのかということ」
「そうか」
「それから数日後、偵察活動中にまた2人の姿を見た。そこで気づいたんだ。僕を助けてくれた2人のこと」
「うん」
「なのに、ごめん…」
「だーから、謝んなって」
「……」
「俺はさ、リシャールは許せねえけど、転生出来て良かったと思ってる」
「え?」
「俺が死んだあと、何が起こったのか知らねえけど、きっと戦争は終わったはずだし」
「うん。絶対に終わった。王国の兵はみんなあの場所にいたしね」
「そして、俺は敵国だった蒼と友達に、親友に慣れた。それだけでも転生して良かったって思う」
「旭…」
「それにロスだって近くにいる。人の姿じゃねえけど、俺は今この時間が幸せなんだよ」
「旭…ごめ」
「だから謝んなって」

 旭は蒼の口を塞いだ。
 塞がれた蒼は旭の手を退かす。

「旭、ありがとう」
「おう!じゃあ帰ろうぜ!!」
「うん」
「次は俺がお前を家まで送るからな」
「そんな、大丈夫だよ」
「絶対送る!帰らない可能性もあるしな」
「帰るって。大丈夫。もう大丈夫」

 蒼は晴れやかな表情だった。そんな表情に旭も心穏やかになった。
 家の前に着き、深呼吸をする蒼。

「入らねえの?」
「入るけど、ちょっと緊張するというか」
「入らねえなら俺が入る」
「は?」

 ガチャ。
 扉を開ける旭。
 扉を開けたのが蒼だと思ったのか、全力で抱きつく蒼の妹、朱音。

「この胸板、お兄ちゃんじゃない!?」
「おう、久しぶり。朱音ちゃん」
「あー、旭君もいたんだ」
「おいっ」

 ブラコンの朱音。旭に対しては1mmも興味が無い。
 旭の後ろから姿を見せる蒼。

「お兄ちゃん!心配したんだよ!!」
「ごめんね、朱音」

 朱音はすぐに蒼に抱きついた。蒼は朱音の頭をポンポンと叩き謝る。

「蒼!?」

 朱音に続き、続々と現れる蒼の家族達。
 次々に蒼に抱きついて行く。

「心配させんな、蒼」
「それ兄ちゃんが言う?」
「俺は良いんだよ、俺は」
「ははは」

 蒼の家から暖かい笑い声が響いた。

『もう大丈夫。この世界には戦争が無い。帰る家がある。大切な家族がいる』

 蒼の笑顔を見て、旭は静かに蒼の家を出た。
 すると、目の前には旭の父親が立っていた。

「帰ろう」
「おう!」
「父さんはなんであそこに居たの?」
「何でって心配だからに決まってるだろ。旭も蒼君も息子みたいなもんだからね」
「そっか」

 家に帰ると、玄関の前には暁が立っていた。

「旭!蒼は?」
「もう大丈夫だ」

 安心してそれぞれの大事な家族のもと、その夜は平和に過ごした。
 

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