愛しの君へ

秋霧ゆう

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第2章

第42話 夏休み 朱音と康太

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 毎朝学校に行く前、必ず5kmを走るようにしている朱音はダンス部合宿でも先生に相談し、走っていた。
 そして、迷った。

「うわ~、ここ圏外じゃん。どうしよう」

 ガサガサ。草木が揺れている。何かが近づいてくるような気がした。

「な、何!?風?動物?どうしよう、お兄ちゃ…」

 音はだんだんと大きくなりそれは目の前に突如として現れた。

「キャー!!!」

 おそるおそる目を開けて前を向いた。目の前に立っていたのは康太だった。

「お前、何してんの?」
「それは…。ってそっちは何してんの?」
「俺?俺はこの裏手にあるキャンプ場に家族で来てんだよ」
「そうなんだ」
「で、そっちは?」
「ダンス部の合宿で来てて、朝ランニングしてたら、迷った」
「は?」
「しょうがないじゃん!来た道を戻ったはずなのに知らないとこに辿り着いたんだから。しかも、ここ圏外だし!!キャンプ場あるのになんで圏外なの!!!」
「ここは携帯とかパソコンとか、電波を放つものから離れるための施設なんだよ」
「あ、そうなんだ」
「でも使えるとこは1箇所あるぞ」
「どこ?」
「着いてこい」
「う、うん」

 朱音の居た道の横、森を抜けるとそこは広大なキャンプ場。

「いや、人多っ!!」

 広大なキャンプ場にギュウギュウ詰めで人が集まっていた。

「何、ここ」
「知らんけどやっぱ全てを忘れて楽しみたい人が多いんじゃねぇの?」
「あんたもそうなの?」
「俺は…ただ連れてこられただけ」

 沈黙が続く。
 康太が朱音に話しかける。

「…なぁ」
「何?」
「何であのこと言いふらさねぇの?」
「言いふらされたいの?」
「そうじゃねぇ!けど、」

 あの時康太は再会からの喜びと大好きな人が取られるかもしれないという焦りからつい行動を起こしてしまったのだった。

「お前俺を気持ち悪いって思わないの?」
「別に」
「何で?」
「何でって…。私さ、言っとくけど男同士のあれこれ、気持ち悪いとか思ってないからね」
「……は?」
「あの行為は確かに最低だし人の尊厳を踏みにじってるとも思うし、男なら正々堂々と行くべきだとも思うし、でも、恋って自由なものでしょ。人それぞれで誰かに言われて何とかなるものでもないし、いいんじゃない?ただ、旭くんは多分恋人いるよ。彼氏か彼女かは分かんないけどちゃんと謝ってもう一度、今度は正攻法で頑張ってみたら」
「…お、おう」
「あ!!携帯繋がった。ありがと、三月」
「康太」
「え?」
「康太でいい」
「じゃあ、私も朱音でいいよ」
「いやそれはいい」
「いやなんで!?蒼先輩の妹って呼ばれ方嫌なんだけど!!」
「…わ、分かったよ。朱音」
「それでよろしい」
「お前も呼べよ」
「え?」
「俺の名前」
「康太」
「おう!」

 やっと電波の届くところに来た朱音は地図を確認する。

「あー、分かった。ここの別れ道で斜め右に行くところを真っ直ぐ進んじゃったんだ」
「もう大丈夫か?」
「うん!ありがとね康太」

 満面の笑みでお礼をする朱音を見て、康太の耳が赤くなる。

「じゃ、じゃあ、さっきのとこまで送ってってやるよ」
「いや、いいよ。1人でも帰れるし」
「こっからまた電波無くなるぞ」
「あ…そうだった。んー、じゃあ、よろしく!!」
「おう」

 2人は話しながら2人が会った道へと歩いていった。すると、そこに。

「朱音ー!!」

 汗だくの兄・蒼が叫んでいた。

「え!?お兄ちゃん」
「朱音!無事か!!」
「え?うん。え?なんでここに。海の家のバイトなんじゃ」
「海の家のバイトはもう終わった。旭と近衛と一緒にバイトして、近衛の次のバイト先はキャンプ場だって言うし確か朱音の合宿先も近くだったと思ったから一緒に来たんだ。そしたら、先生はランニングに行ったっきり帰ってこないって言うし、皆で探し回ってたんだ」
「えっ!?嘘。迷ったのがこんな大事に。急いで戻らなきゃ。じゃあ、ありがとね康太」
「おう」

 朱音と蒼はダッシュで合宿先へと戻った。
 その後ろ姿を康太は少し寂しそうに見送った。

 合宿場。

「お前何やってんだ!!」
「すみません」

 戻ってそうそう顧問の高槻先生に怒られる朱音。

「お前も!合流したなら早く連絡しろ」
「圏外だったんで」
「…はぁ、桐生妹は早く皆に謝罪。あと少しで警察に連絡するところだったんだぞ」
「すみませんでした」

 朱音は頭を下げた。

「いや先生も落ち着いて。ここには最近熊が現れると言われてるから鉢合わせなくて良かったよ」
「そうなんですか!?」

 合宿先の旅館の女将に今更教えられた情報。
 熊が出るという情報は高槻先生は知らなかったようだ。

「それは遭遇しなくて良かったぁぁぁ」

 高槻先生が安堵する。

「でも熊なら別に…」
「は?お前な熊の怖さ分かってないのか?熊は人を襲うんだぞ」
「いやでも熊は倒したことがあるし」
「…は?」
「いやでも昔の話!昔の話ですよ」
「あーあれか、昔俺ん家と蒼ん家の皆でキャンプ場行った時のあれなー。熊に出会った時は動くなってあれを蒼が忠実にやってたのに翠兄ちゃんと朱音は蒼が熊に襲われてるって勘違いして攻撃を仕掛けたやつな」
「もう恥ずかしいことバラさないでよー」
「あの時の翠兄ちゃんと朱音の表情、今でも忘れられねぇよ」
「ちょっとー、私が蒼お兄ちゃん大好きってバレちゃうじゃん」
「いやバレバレだろ」
「え、嘘」

 思わず旭がツッコミを入れる。

「え?皆も知ってた?」

 ダンス部員達も皆頷いた。

「うっそー。恥ずかしいじゃん」

 朱音が照れていると、高槻先生が再び怒る。

「お前は反省してるのか!?」
「ごめんなさーい!!!」

 そして、朱音達は練習に行った。康太は家族の元に戻り、近衛は康太と共にキャンプ場へ行った。

「で、お前達は?」
「俺達はこのあと予定もないしこのあたり探検する」
「ガキか、お前は。それで海の家はどうだった?問題起こしてねぇだろうな」
「大丈夫です」
「あ、せんせー、これお土産」
「は?これ…」
「俺が作った焼きそば」
「いつのだ」
「大丈夫!今日の朝、松代さんに頼んで作らせてもらったから」
「そ、そうか」

 高槻先生は焼きそばの前で睨めっこをしている。これは本当に食べても大丈夫なのだろうかと…。覚悟を決め、焼きそばを口に運ぶ。

「う、美味い!!」
「だろー」
「タレがきっと美味いんだろうな」
「松代さんお手製なんだって」
「松代さんって誰だ?」
「俺達を雇ってくれたばばあ」
「ばばあって」
「だから松代さん」
「あれでも昨年おじいさんって言ってなかったか?」
「あー店長か」
「店長は何て名前なんだ?」
「あー知らない」
「は?」
「蒼は?」
「知らない」
「お前らな、松代さんの名前を聞いたんならおじいさん店長の名前も聞くべきだろ」
「じゃあ、近衛に聞いとくか」
「そうだね」
「近衛って1年の…」
「そうっす。何とビックリ。あの海の家、近衛のばあちゃん家だったらしいっす」
「へぇ。そんな偶然あるもんなんだな」
「びっくりすよねー」
「それより、先生。ダンス部の指導に行かなくていいんですか?」
「あーそれな。俺ダンスのこととか全然分かんねぇし、指導は卒業生に任せてんだ」
「じゃあなんで顧問…」
「その卒業生に勝手に提出されてたんだよ」
「へぇ、可哀想」
「夏は野球部の練習優先にしたいのに。ダンス部の合宿に連れ出されるし」
「でもそれ野球部部員は凄い喜んでるの知ってた?」
「お前!!」
「待って待って待って旭!!!あれってもしかして『  』くうはくの奏汰じゃないか!!」

 『  』は最近暁がハマっているアイドルだ。
 異世界ファンタジーをテーマにしてるグループでボーカルは男女で王子様とお姫様。そして、その後ろでカッコイイダンスを踊るダンサーは騎士。奏汰はそんな騎士の1人だ。
 その騎士姿の奏汰がなんともギルベルトに似ていて暁が夢中になっている。
 本物はいつも隣に居るのに奏汰に夢中な旭は不貞腐れる。
 そんな様子を見ていた蒼が言う。

「それじゃあ旭、そろそろ移動しようか」
「おう」
「もう行くのかい?」
「はい。練習の邪魔をする訳には行かないので」
「そっか。あ、どこに行こうとしてるんです?」

 どさくさに紛れて高槻先生も旭、蒼と共に行こうとしていたのを奏汰に止められる。

「お前ら今日帰るのか?」
「明日帰ります」
「宿は?」
「キャンプ場に聞いてみます」
「そうか」

 そうして、旭、暁、蒼は移動した。

「ちぇー、もうちょっと見てたかったのに」

 今度は暁が旭の頭の上で不貞腐れる。

「でも、まさかうちの卒業生に奏汰が居るとは驚きだよね」
「だな、あんなむさ苦しい男子校にあんなイケメンが居たとは」

 そんな奏汰について話しながらキャンプ場へと辿り着いた。

「うわっ、人多っ」
「僕ら今日泊まれるかな」
「無理そー」
「僕野宿は嫌だぞ」
「前世で散々したろ」
「今のこの幸せな日々を過ごすとあの時のような生活は嫌だ」
「まあ、それは言えるな」

 キャンプ場の受付に辿り着くと、呆然と立ち尽くす男の姿が。こいつは見覚えがある。そう。後輩の兎田近衛だ。

「どうした?」

 無反応の近衛に横にいた康太が事情を話し始める。

「どうやら、応募が1ヶ月ズレてたらしいです。9月は学校があるからバイト出来ないし、どうにか入れないか聞いたものの人員は足りてるから無理だと言われて…」
「なるほどね」
「ばあちゃん家戻ったらいいんじゃね?」
「今日からはまた別の人が来るらしくて。今日からの人もまたイケメンさんであんなに喜んだばあちゃんのとこには行きたくないです」
「そ、そうか」

 どんよりした空気の中、キャンプ場の管理者の方がせっかく来たからとテントを1つ貸してくれた。
 そして何事もないかのようにそのテントに入る旭と蒼。康太は今度こそ家族の元へ戻った。

「あの、何で?」
「俺達もここに泊まれるか聞いたんたけど、空きは無いらしくてここに泊まる許可を得た」
「いや俺の意見は?」
「嫌か?」
「別に…嫌ではないですけど」
「ならいいじゃねぇか」
「でも1つだけ条件があります」
「な、何だ?」
「バイト先を1つ紹介してください」
「わ、分かった」

 そうして、このテントで泊まることとなった。
 数時間後、康太が来た。

「あれ?どうした?」
「家族のとこ居てもつまらないんでこっち居てもいいですか?」

 蒼と近衛はすぐにOKを出した。
 旭は少し前に押し倒されたこともあり迷ったが最近の康太は以前より遥かに落ち着いているし、今回は1人じゃなく蒼や近衛もいるからとOKした。
 だが、旭の心配とは裏腹に康太は旭にちょっかいをかけては来なかった。
 それどころかずっと蒼と話をしていた。
 そして夜。
 旭、蒼、暁、近衛、康太は来る時、途中で買った花火を持ってダンス部の合宿場にやってきた。

「お前らな」
「良いじゃんせんせー」
「場所を借りてるのに勝手に花火なんて出来るわけがないだろ」
「それなら大丈夫」
「は?」
「今日の昼間に聞いといたから」
「はぁ…」
「分かった。けど、勝手なことはしないこと。建物の近くには寄らないこと。俺の目が届く距離で遊ぶこと。良いな!?」
「はい!!」

 さすが運動部。声がデカい。

「九条に桐生、花火買ってくるならもっと沢山買ってこいよ」
「文句言うならお前は無しだ」
「ちょ、冗談だって」

 旭と蒼に苦情を入れたのはクラスメイトの藤田。藤田は髪を編み込みにしてる男でチャラついている。2人とはそんなに絡みは無いが、軽く話したりはするなかである。
 旭と蒼が買ってきた花火がどんどんと消えていく。
 数分後。終わった。

「もう終わりかー」
「もっと買ってくれば良かったね」
「そうすると俺達のバイト代が…」

 すると、数分前から姿を消していた奏汰が沢山の花火を持ってタクシーから降りてきた。

「じゃあ、遊ぼうか」

 これまでの疲れが吹き飛ぶかというくらい遊んだ。
 色鮮やかな景色で人を殺す爆薬ではなく、皆を笑顔にさせる花火に笑みが溢れた暁だった。




 
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