愛しの君へ

秋霧ゆう

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第2章

ロス 後編

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「ん…。わっ!?」

 いつもの部屋で目を覚ますと横にはギルベルトが椅子に座って眠っていた。

「ん?あぁ、起きたか。はよ」

 あくびをしながらロスに話しかける。

「お、おはよ。ってそうじゃなくって何でここに!?っていうか、僕にキスしたでしょ!!」
「ん?ああ」
「ああって何?」
「落ち着け、落ち着けって。順番を間違えたのは謝る」
「ん?どういうこと」
「ロス。お前が好きだ。付き合ってくれ」
「………はぁ???」

 面と向かって告白するギルベルトに対し顔が真っ赤に染まるロス。

「ななな、何言って」
「お前は偉大なる魔法士で国中の皆が知ってる魔法士だ」
「え?何の話」
「俺の親父はあの戦争で治療が間に合わず、足を失くした」
「ご、ごめん。ごめんなさい」

 ロスの心の奥深くに刻まれた痛々しい記憶。いくら今皆から英雄扱いされてもあの時の記憶が今も脳を支配していた。

「そうじゃねぇ!!」

 顔面真っ青になるロスにギルベルトが声を荒らげる。

「え?」
「そうじゃねぇんだ。お前に感謝してるんだ」
「…え?」
「親父は1週間前に逝っちまった。本当はな昨日親父からお前に礼を言うはずだったんだ」
「でも、僕は…」
「親父が足をやったのはロスが戦場に来る前の話だし、その後お前が戦場に来て、親父の部下達は大勢救われた。ロスが戦場に入ったことで教会側の負担も楽になったらしくて、教会の人が親父の元に来てくれたんだ。寝たきりで死んだような目をしていた親父が泣いて笑って杖を使いながらではあるけど歩けるところまで治った。お前は親父を救ってくれたんだ。ありがとう」

 ギルベルトは頭を下げた。ロスはギルベルトの話を聞きながら涙目になっていた。

「ぐすっ」
「えっ!?」

 ロスの鼻をすする音でギルベルトは頭を上げる。

「ど、どうした!?」
「どうしたじゃないよ。なんでこの話をいましたの?ぐすっ」
「俺、お前のこと好きだから」
「…え?」
「恋愛的な意味でお前のこと好きだから、俺のこと話したくて」

 ギルベルトは平然としてロスに告白するも、耳が真っ赤に染まっていた。
 ギルベルトは元々嘘をつくようなやつでは無い。ロスも顔が真っ赤になる。

「え、いや」
「嫌なのか?」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ何?」
「そ、その」
「ロス。俺は2年前に初めて会った時、お前に一目惚れしたんだ。なんて綺麗なやつなんだろうって。髪も瞳も全てがキラキラしてた。しかも、魔法も超凄いしな、ハハッ」
「…」
「ロスは俺のこと嫌いか?」
「い、いや、分かんないよ。急にそんなこと言われても。僕は愛情というものが分かんない。親には捨てられたし、孤児院では奴隷のような扱いだった。教会に行ってからも一緒。身を守るために覚えた回復魔法は戦場に行くためのものになった。その後陛下に拾われたけど陛下との関係性なんて王と従者の関係で…」
「残念だな~」

 ギルベルトとロスが話している部屋に皇帝陛下が入ってきた。

「こ、皇帝陛下。帝国の太陽に…」
「よい。この場は非公式だ」
「は、はい!」
「それよりロスよ」
「はい…」
「私とお前が共に過ごした時間は確かに短かった。だが、愛情いっぱいに過ごしたつもりだ」
「…」
「毎食共に飯を食べただろう」
「それは陛下の優しさで」
「数分の日もあったが、毎日お前の部屋にも行った」
「それも陛下の休憩時間なのかと」
「はぁ、お前はそんな風に思ってたのか」
「…」
「お前と私は確かに血は繋がっていない。けれど、共に過ごしたあの日々は私の宝物だ。息子よ」

 突然息子と呼ばれたこと。僕には生涯家族なんて出来ないと思ってたこと。涙が止まらなくなった。
 僕はギルベルトを見た。陛下…、いや父さんの目の前で僕はギルベルトにキスをした。
 ギルベルトは顔が真っ赤になっていて、父さんは驚きのあまり、ギルベルトに剣を抜いていた。
 いっぺんに父親と恋人ができた。
 僕はやっと全てから解放されたような気がした。

 それから半年後。
 僕らは卒業を迎えた。
 これからの人生は陛下を父さんを護る魔法士団に入団する予定だ。レイと共に。
 ギルは街の皆を護る憲兵団。
 家は街に一軒家を借りた。僕とギルとレイで3人で暮らす予定だ。
 レイは最初反対したんだ。僕とギルの愛の巣に住みたくないって。でも、僕とギルで頼み込んだ。
 いざ、2人きりで過ごすとなると小っ恥ずかしくて…。

 これから幸せな時間が始まる、そう思った。そう、思っていた。

 突然、隣国、王国との戦争が始まった。
 王国が攻めてきた。領土を奪うためにと。
 けれど本当は違う。
 陛下と陛下の側近だけには本当の理由を告げられた。
 王国の騎士が帝国の国民を無惨な殺し方をした。帝国は帝国民を護るために王国との戦争を開始した。
 僕はまたあの地獄に帰ってきた。

 …けど、あの時とは違う。
 僕の横には大切な恋人が居て、大切な友人が先輩が後輩が居て。
 僕は1人じゃない。皆となら戦える!

 そう思っていた。
 魔法学園の皆は僕が育てた。剣士学園の皆は僕と互角に戦えるギルが育てた。
 でも、帝国は防戦一方だった。
 これ以上戦闘が続くのは国民達に大きな負担がかかる。解決策を練っていた時、王国から一通の書状が届いた。

『我がアイリス国、国王が帝国の魔法士・ロスを欲っしている。この戦争を停戦させたければ、魔法士・ロスを寄越せ。渡さなければ戦争継続の意思ありと見なす』

 疲弊する国民、仲間達を見て思った。
 僕が王国に行けば戦争は終わる。
 それなら…。

「陛下…僕が行けば戦争が終わる、なら僕は王国に」
「ふざけるなっ!!」

 陛下は聞いたことのない大きな声で言った。

「息子を生贄に捧げるつもりはない!」
「でも!僕が行けば戦争は」

 レイは僕の肩を掴んだ。
 レイも他の皆も僕を怒ったような表情で見てきた。

「ロス、我々を甘く見るな」
「そうだよ。僕らはロスを渡さないし、戦争にも勝つ」

 皆は真剣な表情で僕に伝えてきた。
 陛下は手紙を破り捨て、戦争の継続を伝えた。
 その日から今まで以上に激戦が続いた。

 僕らの仲間のなかで1番最初に死んだのはレイだった。

 街には被害が出ないように王国と帝国の間の森で戦いをしていたはずなのに王国は帝国の首都にまで潜り込んでいた。
 戦争が始まってから僕とレイは2人で動いていたが教会で大きな爆発があり、回復魔法が使える僕は先に教会に向かった。怪我をした皆の治療が終わり、レイの元へ戻った時、路地裏で、レイを殺す男を見た。体から剣を抜く瞬間だった。
 僕が現れてそいつはすぐに居なくなった。
 僕は追うことより先にレイの治療を優先させた。僕は回復魔法をレイにかけ続けた。
 …でも、間に合わなかった。
 レイが死ぬ直前に力を振り絞って言った。

「ロス…ごめん。ごめんな。あり…がとう…」

 レイの体がどんどん冷たくなる。

「うわぁぁぁあああああ」

 涙が止まらなくなった。
 レイとの思い出が時間が頭の中を駆け巡った。出会いは最悪だったけど、時間が全てを解決した。一生の大切な友となった彼との別れだった。
 数時間後、僕はレイの遺体を抱いて教会へ向かった。
 レイも僕と同じ教会出身だったから皆見知ったなかで、家族同然だった。皆が泣いた。
 僕はアイツのことをレイを殺したアイツのことを絶対に忘れない。

 それから数ヶ月経ったある日のこと。
 僕は森でギルと作戦について話し合っていた。

「ロス…」
「うん。見られてる」
「1人、か?」
「いや、多分2人。気配隠すのが上手いやつがいる」

 でもすぐに気配は消えた。

「何だったんだ?」
「さぁ?」

 その日の夜。僕たちは森の見回りの最中、衝撃的なことを目にする。
 王国軍の少年兵だろうか。少年が木に縛られ上官と思われる男から鞭で叩かれてる姿を見た。
 声を上げれば僕らにバレてしまうからなのか少年は必死に声を我慢し鞭に耐えていた。
 その後、鞭を打つ兵士は満足したのかその場を離れていった。
 僕はすぐに少年の元へと向かおうとした。

「待て」

 ギルに止められた。

「離して」
「敵、だぞ?」
「それが?」
「それがって、王国のやつらはお前を狙ってきてるんだぞ。回復したと同時にお前を殺そうとしたらどうするんだよ!」
「僕を欲してるのなら僕は殺されない」
「けど!!」
「それに万が一僕が殺されそうになっても、ギルが守ってくれるんでしょ?」
「それは…」
「それに…」

 それに僕にはあの経験がある。
 孤児院に居た時、教会に居た時。
 仲間で家族である人たちから暴行を受ける毎日。辛くて辛くて、いっそ死んでしまいたいと思う毎日。
 でも、僕はレイと仲直りして、ギルと出会って幸せになった。
 僕はこの幸せを誰かにお裾分けしたい。
 僕はギルの手を振りほどいて、少年の元へ駆けつけた。

「初級魔法…」
「待て、わざわざ魔法を使わなくてもこんなの剣で切れる」

 ギルは少年を縛る紐を切った。
 少年を地面に寝かすと少年の体は想像以上だった。
 
「これは…」

 ギルも絶句したようだった。
 僕には回復魔法があったから僕の体に傷は残っていない。
 けれどこの子は全身を火傷したような状態に戦闘での切り傷、そして長時間に渡る鞭で打たれた傷。
 
「火傷はきっと僕らの魔法だ。魔法の痕跡がある」

 この魔法はきっと先輩だ。昨日死んだ先輩。学生の頃、巨大な蟹を召喚した先輩。
 おどおどした性格だったけど、誰よりも優しくて誰よりも人の痛みが分かる強い人だった。
 先輩の最後は王国軍の兵士を10人以上焼き殺したって聞いた。
 聞いた時は凄いと思ったけどなかにはこんなに小さな子もいたんだな。

「ロス」

 名前を呼ばれて僕はハッとした。
 そうだ。今は戦争中なんだ。

「ごめんね」

 僕はそう言い、回復魔法をかけた。
 ただ、完全回復をさせてしまうともっと酷い目に合うだろうか傷跡は消さずに痛みを和らげる魔法にした。
 そしてその場を立ち去ろうとした時、少年から細々と声が聞こえた。

「あ…り…がとう」

 敵兵だったけど、僕は少年を治したことに後悔はない。
 それから数ヶ月経ったある日。

「ねぇ、ギル」
「ん?」
「もしかしてなんだけどさ、王国って魔法を使える人居ないんじゃないかな」
「そんなことあるか?」
「彼を治してから王国軍との戦いを見て思ったんだけど、1人も見てない」
「彼っていつかの少年兵か?」
「うん」
「1人も居ないのに俺たちはこんなに追い詰められてるのか?」
「悔しいけどそうだと思う。優秀すぎる兵士なんじゃないかな」
「じゃあ、魔法士の力で空から攻撃すれば王国を倒すことが出来る…」
「早く陛下に相談しに行こう」
「ああ」

 僕らは国に戻り、陛下に相談した。
 陛下との話し合いの結果、剣士が囮となり敵を集中させ魔法士が浮遊魔法を使い敵を殺す。もしくは疲弊させる。
 決行は1週間後に決まった。
 決行日が決まってから5日経った日の夜。

「ねぇギル」
「んー?」

 帝国軍の基地の片隅で僕とギルは2人きりで座っていた。

「あの子大丈夫かな?」
「どうだろうな。けどあいつだって兵士だろ。自分で兵士になったんなら祖国のために戦い続けなければならない。そうだろ」
「もし無理矢理戦わされてたら?」
「…例えそうでも兵士なら」
「…うん」

 10年前の戦争ではあまり深くは考えてなかった。僕は支援係って感じだったし、敵が見えない遠くから撃ったりで人と戦ってるというのをあまり理解していなかったんだろう。
 今は大切な人が死んでいく世界を見た。
 敵国ではあるけど、昔の僕と同じくらいの少年少女が兵士として戦い血を流すのを見た。
 戦争って何のためにあるんだろう…。
 作戦まで残り2日。
 僕が王国に行けば、これ以上悲しい思いをする人は出ないのかな。
 今更そんなことを考えたりもする。
 いや、毎日だって考える。友人の死、体の一部が吹き飛ぶ姿が脳内から離れない。
 正直、僕はもう限界だった。
 そんなことを考えていると。

「そんなことより」
「え?」

 ギルが僕を押し倒した。

「ちょ、何すっ。ん//」

 ギルは僕に長い長いキスをした。
 ギルは凄いキスが上手でキスをしたがる。

「ギル…」
「どうした?」
「どうした…じゃないよ!」

 僕はギルに頭突きした。

「痛っ。…何すんだよ!」
「あと2日!いや、今日寝たらあと1日か。あと1日耐えたら戦争は終わる。そしたら何でも言うこと聞いてあげる。だから今は我慢だよ」

 恥ずかしいことを言ってる気がする。
 顔が赤くなってないといいな。

「ロス~」

 ギルはニヤニヤした顔で僕に抱きついた。
 
「ギルの顔キモイ」
「なーんだよ」

 さっきまで考えていたことがどうでもよくなるような。
 やっぱギルは凄いや。
 決戦まであと少し。僕は僕に出来ることを最後までやるんだ!

 そして次の日。
 作戦決行日は明日。
 剣士は囮となるため、作戦会議をするそうだ。僕はいつもギルと行動していたけど、今日は別々に動いていた。
 僕にしか使えない魔法がある。
 設置魔法だ。時間を決め、その時間になると小規模な爆発が起きる。
 僕が魔法を使い、もう1人の魔法士が場所を記録する。

「よし、こんなものかな」
「帰りますか?」
「うん」

 離脱しようとした時、陰から王国軍兵士が隣の魔法士を刺した。
 気配が無かった。
 まずいと思いすぐに浮遊魔法を使いその場を離れた。
 でも王国軍兵士は木から木へと移動する。
 昔、城で読んだ異国の国の忍者のように。
 このまま基地に戻れば明日の作戦は失敗する。沢山の王国軍兵士を連れていくことになる。
 僕に万が一があっても帝国には強い魔法士が沢山いる。
 僕は森の中の広い場所に降りた。

「さぁ、どこからでもっ」

 後ろから僕の首元を狙って攻撃された。
 はぁ、決め台詞くらいは言わせてほしいよ。
 いや、それより、今僕の首を狙ってきたのは前に見た少年と同じくらいの背丈だった。
 攻撃を避けながら僕も戦った。
 戦争は明日終わる。彼らには生きて幸せになってほしい。僕は瀕死ギリギリを狙って攻撃した。
 それでもここにいる兵士はみんな既にボロボロで魔法が少し掠っただけでも死んでしまう、そんな状態だった。
 ごめん。ごめんね。そう言って僕は戦った。
 何人もの兵士が倒れてく、僕もそろそろ限界だ。魔力が尽きる…。ごめん。ギル。
 そう思った時、ギルは目の前に来て助けてくれた。
 他にも数人の剣士を連れて。
 剣士が王国の兵士と戦っている時、ギルはすぐに僕の元へ駆けつけた。

「大丈夫か?」

 僕は体力も魔力もギリギリで何も答えられなかった。
 そんな僕を見てギルは兵士に向かって攻撃をしかける。どんどん兵士を殺して…。
 …殺してない!?
 ギルも同じ気持ちなんだ。
 ギルがそばに居てくれることに少し安堵した。そして、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「ごめんなさい。…ごめんなさい」

 彼も僕のことを覚えていてくれたらしい。彼の声は震えていて、もう限界なんだと察した。
 今回の作戦は僕が居なくても優秀な魔法士はいっぱいいる。
 …ギル。ごめん。約束守れそうにないや。少年。生きるんだぞ。絶対に寿命で死ななきゃ、僕は霊になってお前を叱りに行くぞ。もちろん、ギルも幸せになってよ。僕の居ない世界で。………悔しい。悔しいよ。やっと僕も幸せになれると思ったのに。

 そんな後悔が悔しさが走馬灯みたいに僕の頭を駆け巡った。
 
「じゃあね、ギル」

 僕は目を閉じた。
 少年は僕を刺し………

 たはずだったのに、目の前でギルが血を流していた。

「ギル、ギルっ!!」
「…あれ、これもしかして毒塗られてる?」
「何で、何でだよ」
「俺はさお前を守れて良かったよ」
「僕はギルが居なきゃ嫌だよ。生きていけないよっ」

 涙が止まらなくなった。
 言葉がはっきりと伝えられない。
 どんどん冷たくなっていくギルに魔法を掛けなきゃなのに、魔力が足りない…。
 ギルを助けられない…。
 いや、1つ助ける方法がある。それは禁忌の魔法。
 生命力を代償にして使う魔法。成功確率は5%。
 失敗したら…。いや、そんなこと考えるな。僕は無我夢中で禁忌の魔法を使った。
 今は使われていない古語の呪文。
 僕は助太刀に来た魔法士の言葉を無視して呪文を唱え始めた。
 あと少し…あと少しだ。
 あと少しで成功するっていう時に邪魔が入った。あの時、少年に鞭を打っていた男だ。
 溜まった魔力が乱れる。僕は全て巻き込み自爆した。その場にいた全員を殺すことになった。

 神様。もし、もし許されるのならば来世でもギルのそばに居させてもらえませんか?
 人でなくたっていい。魚でも虫でもなんだっていい。 
 ギルの幸せな日々を一緒に過ごさせてください。
 お願いします。

 そして、僕は完成途中だった転生魔法を使った。
 僕が殺してしまったみんなに送るちょっとしたプレゼント。極大転生魔法を使った。
 全員は無理かもしれない。
 でも、少しでも来世の人生を。幸せに平和に生きることの出来る人生をプレゼント出来たら良いな。

 



 






 
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