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第一章 開戦
第一話 開戦前夜
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【3月上旬 帝国士官学校】
「──ジー……」
「──ジーク……!」
「──ジークハルト!」
「ん、うぇ?」
「もー、同じ本ばかり読んでて飽きない?また“戦術再論”?」
「あぁ、なんだよ急に。今回は別の本だ」
「ふーん」
俺はジークハルト・ミッターマイヤー。
イルマ帝国に生まれ、幼い頃に飛行船に魅了されてココに入った。
自分はあまり積極的には話さないタチだ。
必要の無いエネルギーは使わない、ただそれだけのこと。
それでも、気安く話しかけてくる人間といえば二人しかいない。
まず、唯一の親友であり悪友のヴィツェル。
もう一人が同じ班のシャルロッテ・シュトレーゼマン候補生。
戦史課志望で軍隊では珍しい女性だ。
しっとりとした金髪に宝石のように青い瞳が特徴的で、だれが見ても美人といえる外見をしている。
「私たちの班って見事にバラバラなのよね。あなたは図書館。私は研究会。ヴィツェルは…」
シャルロッテが嘆いた。
「射撃場だ。あいつは下士官志望だからな」
「で、この後どうするつもり?こんな寒い図書館にずっと篭って気を悪くしないの?」
彼女は大袈裟に手を広げて、そう言った。
「一年中ベタベタいる方が気持ち悪いだろ」
「他の班はみんな仲いいよ。休日に買い物行ったり旅行行ったり。」
「よそはよそ。うちはうち」
暇なのか知らないが最近、ロッテはよく図書館にいる俺にからんでくる。
金髪碧眼という理想的な外見の持ち主である彼女は士官の中でもよくモテる。
宣伝部隊にスカウトされたとの噂もある。
「それでなんの用だ?」
「時間見て?お昼よ。昼食を取りに行こうと思ってるの」
「いや、まだ読んでない本が──」
《グゥ~~~~!》
「ふふ、いい返事ね」
「…くそっ!」
──結局ついて行く事になった。
【3月上旬 帝国広場】
都市の中心部、帝国広場を横切った。
遥か彼方の頭上には数多なる軍用飛行船が浮かんでいる。
もう三月だが冬の寒さは余韻を残していた。
士官用コートを羽織り、軍帽を被るロッテは似合っていた。
「一体何処へ向かってるんだ?」
「黙ってついて来て。きっと気にいるわ」
広場を横切り、小さな路地に入り、しばらく歩くと小さなレストランが姿を現した。
古き良き小洒落た雰囲気を醸し出している。
ロッテは休日には飛行船に乗り、遠くへレストランに行ってしまう程の自他共に認める料理マニアだ。
「パンケーキとコーヒーを」
案外シンプルな注文には驚いたが、この店について全くの無知であるジークハルトは、ロッテと同じものを選んだ。
「あくまで噂なんだけど皇帝陛下はオハリアへの侵攻を決めたそうよ。今、学校中がその話題で持ちっきり」
世界は三つの大国によって分断されている。
すなわち、皇帝を頂点としたイルマ帝国。
立憲君主の貴族国家エゼルダーム公国。
そして、南に位置する王政のアステルダム王国。
その三国に囲まれる形で浮かんでいる、オハリア自治領は、資源豊かで永世中立を国是とした平和な国だ。
元々、エゼルダーム公国の領地であった背景から、エゼルダームに独立を承認される形を採っている。
かねてより資源不足で自国の経済が低迷し、解決の糸口を探っていたイルマ帝国にとってオハリア自治領は格好な獲物だ。
今年九月、帝国はオハリア自治領の首都サンマルクの割譲を求め、オハリア政府を武力で恫喝した。
それに対してエゼルダーム公国は介入も辞さないと宣言。
これはほんの一カ月前の出来事だった。
戦争の勃発を予期する不穏な空気が流れている。
「心配しなくてもオハリアには勝つ」
「どうして?オハリア自治領のバックには、エゼルダーム公国がいる。彼らの総兵力は二〇〇万人に達するわ。侮っていい相手じゃない」
「その二〇〇万人はいつ動員される?」
「それは私たちの動員声明に呼応して…」
「そのとおり。相手国の動員に応じ始めて動員を開始する。だがそれでは間に合わない」
「どうして?」
「実をいうと我が軍はすでに動員の過半が完了している」
「え!?」
「総司令部は半年前から秘密裏に動員を進めてきた。あとは動員声明が発令され次第、即日攻撃開始地点に移動しオハリア自治領に雪崩れこむだけだ。オハリア義勇軍が慌てて動員をかけた頃には全てが終わっている」
オハリア自治領だけでなくエゼルダーム、アステルダムも旧式の動員システムに頼っている。それはそれで時間稼ぎにはなるが、問題はその後だ。
エゼルダーム公国が軍を動員した後はどうするのか?
エゼルダーム公国と帝国までは約千里。
オハリア侵攻と併せた同時攻撃も届かない。
よってエゼルダームとは軍と軍のぶつかり合い、総力戦になると思われる。
単純な兵力差ではイルマ帝国よりもエゼルダーム公国が僅かに上回っている。
人民の血税によって賄われた潤沢な資金と豊富な資源が強みのエゼルダームは、確かに侮ってはいけない。
足らない兵力分は、俺たち候補生が補うことになるだろう。もはや他人事ではない。
──この日は戦争勃発の一ヶ月前だった。
「──ジー……」
「──ジーク……!」
「──ジークハルト!」
「ん、うぇ?」
「もー、同じ本ばかり読んでて飽きない?また“戦術再論”?」
「あぁ、なんだよ急に。今回は別の本だ」
「ふーん」
俺はジークハルト・ミッターマイヤー。
イルマ帝国に生まれ、幼い頃に飛行船に魅了されてココに入った。
自分はあまり積極的には話さないタチだ。
必要の無いエネルギーは使わない、ただそれだけのこと。
それでも、気安く話しかけてくる人間といえば二人しかいない。
まず、唯一の親友であり悪友のヴィツェル。
もう一人が同じ班のシャルロッテ・シュトレーゼマン候補生。
戦史課志望で軍隊では珍しい女性だ。
しっとりとした金髪に宝石のように青い瞳が特徴的で、だれが見ても美人といえる外見をしている。
「私たちの班って見事にバラバラなのよね。あなたは図書館。私は研究会。ヴィツェルは…」
シャルロッテが嘆いた。
「射撃場だ。あいつは下士官志望だからな」
「で、この後どうするつもり?こんな寒い図書館にずっと篭って気を悪くしないの?」
彼女は大袈裟に手を広げて、そう言った。
「一年中ベタベタいる方が気持ち悪いだろ」
「他の班はみんな仲いいよ。休日に買い物行ったり旅行行ったり。」
「よそはよそ。うちはうち」
暇なのか知らないが最近、ロッテはよく図書館にいる俺にからんでくる。
金髪碧眼という理想的な外見の持ち主である彼女は士官の中でもよくモテる。
宣伝部隊にスカウトされたとの噂もある。
「それでなんの用だ?」
「時間見て?お昼よ。昼食を取りに行こうと思ってるの」
「いや、まだ読んでない本が──」
《グゥ~~~~!》
「ふふ、いい返事ね」
「…くそっ!」
──結局ついて行く事になった。
【3月上旬 帝国広場】
都市の中心部、帝国広場を横切った。
遥か彼方の頭上には数多なる軍用飛行船が浮かんでいる。
もう三月だが冬の寒さは余韻を残していた。
士官用コートを羽織り、軍帽を被るロッテは似合っていた。
「一体何処へ向かってるんだ?」
「黙ってついて来て。きっと気にいるわ」
広場を横切り、小さな路地に入り、しばらく歩くと小さなレストランが姿を現した。
古き良き小洒落た雰囲気を醸し出している。
ロッテは休日には飛行船に乗り、遠くへレストランに行ってしまう程の自他共に認める料理マニアだ。
「パンケーキとコーヒーを」
案外シンプルな注文には驚いたが、この店について全くの無知であるジークハルトは、ロッテと同じものを選んだ。
「あくまで噂なんだけど皇帝陛下はオハリアへの侵攻を決めたそうよ。今、学校中がその話題で持ちっきり」
世界は三つの大国によって分断されている。
すなわち、皇帝を頂点としたイルマ帝国。
立憲君主の貴族国家エゼルダーム公国。
そして、南に位置する王政のアステルダム王国。
その三国に囲まれる形で浮かんでいる、オハリア自治領は、資源豊かで永世中立を国是とした平和な国だ。
元々、エゼルダーム公国の領地であった背景から、エゼルダームに独立を承認される形を採っている。
かねてより資源不足で自国の経済が低迷し、解決の糸口を探っていたイルマ帝国にとってオハリア自治領は格好な獲物だ。
今年九月、帝国はオハリア自治領の首都サンマルクの割譲を求め、オハリア政府を武力で恫喝した。
それに対してエゼルダーム公国は介入も辞さないと宣言。
これはほんの一カ月前の出来事だった。
戦争の勃発を予期する不穏な空気が流れている。
「心配しなくてもオハリアには勝つ」
「どうして?オハリア自治領のバックには、エゼルダーム公国がいる。彼らの総兵力は二〇〇万人に達するわ。侮っていい相手じゃない」
「その二〇〇万人はいつ動員される?」
「それは私たちの動員声明に呼応して…」
「そのとおり。相手国の動員に応じ始めて動員を開始する。だがそれでは間に合わない」
「どうして?」
「実をいうと我が軍はすでに動員の過半が完了している」
「え!?」
「総司令部は半年前から秘密裏に動員を進めてきた。あとは動員声明が発令され次第、即日攻撃開始地点に移動しオハリア自治領に雪崩れこむだけだ。オハリア義勇軍が慌てて動員をかけた頃には全てが終わっている」
オハリア自治領だけでなくエゼルダーム、アステルダムも旧式の動員システムに頼っている。それはそれで時間稼ぎにはなるが、問題はその後だ。
エゼルダーム公国が軍を動員した後はどうするのか?
エゼルダーム公国と帝国までは約千里。
オハリア侵攻と併せた同時攻撃も届かない。
よってエゼルダームとは軍と軍のぶつかり合い、総力戦になると思われる。
単純な兵力差ではイルマ帝国よりもエゼルダーム公国が僅かに上回っている。
人民の血税によって賄われた潤沢な資金と豊富な資源が強みのエゼルダームは、確かに侮ってはいけない。
足らない兵力分は、俺たち候補生が補うことになるだろう。もはや他人事ではない。
──この日は戦争勃発の一ヶ月前だった。
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